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小指は契約の香りー秘密の二人編ー  作者: 弥都 史誠


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第九章『情火』#4

 いつもより遅くなったが、ロイスは生徒会室の引き戸に手を掛ける。

「やだ〜もしかして、体操着着ていた時です?」

 アマンシアの声が漏れ聞こえてくる。

「いや、違う」

 やはりレイモンドは生徒会室ここに来ていたようだ。

 扉の中央に細長く嵌められた磨りガラスの向こうに、薄らとレイモンドの青い髪が見える。

「まぁ、レイ先輩にダサい体操着姿を見られても、何とも思わないですけどねー」

「何だよ、その差‼︎」

 ロイスは眉間を寄せると、引き戸を思い切り開けた。

「レイモンド、また居るのか⁉︎」

 その声に、アマンシアとレイモンドだけではなく、他の生徒会委員もロイスへ一斉に目を向ける。

「よお、坊ちゃん。今日もお邪魔してまーす」

「会長、お疲れ様です」

 アマンシアと他の委員達も立ち上がり、口々にロイスに挨拶をする。

「ここはお前のカフェじゃないぞ」

 ロイスはレイモンドが座っている後ろを通り、会長席へ向かう。

「俺は坊ちゃんの護衛だよ? 別に居たっておかしくないじゃん?」

 レイモンドは椅子の背凭れに体重をかけて、腕を頭の後ろに上げて足を組み、左右に椅子を回す。

「お前には頼んでいない」

 ロイスは会長席の机にスクールバッグを置くと、いつも通りアイスブルーの瞳でレイモンドを睨み付ける。全く効果は無いことは判っているが。

「坊ちゃん、今日は来るの遅かったじゃない?」

 レイモンドは相変わらず、椅子を左右に振りながら、ロイスに問い掛けた。

 ロイスはドキリとして、一点を凝視する。が、すぐに気持ちを切り替える。

「まぁな。シエン…先生の所に寄って来た」

 まだシエンのことを「先生」と呼ぶことに慣れなかった。それほどまでに、彼との距離は、幼馴染や主従を超えた、近過ぎる存在になっていた。

 椅子に座ると、今日のレイモンドはここには座らなかったようだった。

 が、レイモンドは揶揄いたくて仕方が無いといった目で見ている。ロイスはそれを忌々しく思い、苦虫を噛んだように口元を歪めた。

「えっ⁉︎ シエン先生の所?」

 パソコンに向かって作業をしているアマンシアが、素早く反応する。

 入学式の時にシエンに一目惚れしたアマンシアは、「シエン」の名前を聞き逃さない。

「──先生、どうでした?」

「ど、どうっ…て?」

 アマンシアの勢いに、ロイスは狼狽うろたえる。

「どうって、ほら! カッコ良かったとか、優しかったとか、良い匂いしたとか──」

「…え? 良い匂い」

 今日もシエンの香りは、いつものアールグレイに似た香りだったはずだ。

「──普、普通…だったが?」

 特段、変わったところは無かったと思う。女子生徒達と楽しそうに立ち話をしていた以外は。

「普通⁇ 会長、どこ見てるんですか! シエン先生が普通だなんて有り得ないじゃないですかっっ‼︎」

 アマンシアは立ち上がると机に手を付いて、前のめりにロイスに向かってマシンガントークを始める。

 部屋にいる者全員が、苦笑いを浮かべる。

「──ほら、今日は髪の毛を縛ってる位置がいつもより高かったとか低かったとか、シャンプー変えたみたいだったとか…えーっと──」

「………」

 レイモンドは完全な無の境地なのだろう。

「………」

 ロイスは彼女の迫力に気圧される。

 そんな周りの反応などお構い無しに、アマンシアのトークは続く。

「あ! 爪が切ってあったとか、今日はお手洗いの時間が長かったとか」

 そして、アマンシアは何かを思い出したように叫んだ。

「──あ゛ーー‼︎ あの数学のジジイに何かされたかもしれなかったとか──」

 少々呆れ気味にレイモンドが呟く。

「…チェッ、人の気も知らずによ」

 そして、諦めの混じった溜め息を吐く。

「え? レイ先輩、何か言いました?」

 一旦マシンガントークが止まり、アマンシアは不思議そうにレイモンドを見る。

「言ってねぇし! 言ってねぇしっ‼︎」

 レイモンドは耳まで赤くして、慌てて否定する。

「数学のジジイ⁇」

 アマンシアの言う“数学のジジイ”にロイスは心当たりはあるが、シエンが何かされたかもしれない、とはどういう事なのか判らない。

「──な、何も無いと思うぞ」

 狼狽うろたえながら、それだけ言う。

「はぁ……」

 アマンシアは大きく溜め息を吐くと、ガクリと椅子に座る。椅子から軋んだ音がした。

「──誰もあのイヤラシイ目に気付いていないのね…」

 アマンシアは電池の切れた人形のように肩を落とす。

 ロイスはシエンへの観察眼が鋭い彼女に、秘密の関係が絶対に知られてはならないと思いながら、逃げるようにお茶菓子置き場へと向かった。

【キーワード】

・いつもより遅くなった

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