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小指は契約の香りー秘密の二人編ー  作者: 弥都 史誠


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第九章『情火』#3

「…あ」

 シエンの言葉で、ロイスは我に返る。一気に顔が熱くなり、背中が汗ばむ。

 そして、ストンと椅子に座り直して、膝の上の拳を見つめる。

「何処に行きましょうね。何処か行きたい場所はありますか?」

 シエンはコーヒーを飲みながら、ロイスに聞く。

「そうだな…」

 ロイスは呟きながら考える。

 レイモンドは「デートなら映画」と、言っていたが、学園近くは生徒に目撃されるリスクがある。

「──久し振りに海に行きたい」

 海ならここから遠い。

 何より両親やシエンと行って以来、海には行っていなかった。

『──シエンがいないから、行きたくない』

 そう言って、ベッドの上で枕に顔をうずめていた。

「海、ですか。良いですね。マレニア港の近くに、魚介のパスタの美味しいカフェがあるんですよ」

 シエンが頬杖を付いて、こちらを見ていた。

 慌ててマグカップを手に取り、紅茶を飲む。

 心臓のドキドキはおさまらないが、落ち着きは取り戻せた。

「俺、トマト嫌い…」

 折角シエンが選んでくれた店なのに、断るのが申し訳なくて、声が小さくなった。いや、子供扱いされたくない方が、まさったかもしれない。

「……ふっ」

 シエンは思わず吹き出す。

「──相変わらずトマトは食べれないんですね」

「うるさい。嫌いなものは嫌いなんだ」

 ロイスはむくれながら、もう一口紅茶を飲む。

「大丈夫ですよ。トマトソース以外のパスタもありますから」

「じゃあ、それで良い」

「ではそうですね…」

 そう言ってシエンは腕時計を見る。

「──混雑を避けて、少し早めに店に着きたいので…十時にお迎えに上がりますよ。場所は…どうしましょう」

 シエンは椅子の背もたれに体重をかけると、一度腕を組む。そして左手を顎に添えて考え込む。

 ロイスは携帯電話を取り出して、スケジュール帳を表示させる。

「──この前、あなたを降ろした外燈の下でどうでしょう?」

「えっ?」

 ロイスが手を止めて、顔を上げる。

「──あそこは…誰かに見られるかも」

 顔を赤く染めて、ロイスは上目遣いでシエンを見る。

「そうですね。流石に今の私とあなたの立場で、二人で会うのを見られるのはまずいですね」

「…裏の駐車場」

 ロイスが携帯電話に目を落として呟く。

 シエンが不思議そうに、小首を傾げた。

「──裏の使用人や業者が使ってる駐車場…あそこなら、人目は無いと思う」

 人目を忍んで待ち合わせをする背徳感に、ロイスの心臓の鼓動が更に大きくなった。

 シエンはロイスの提案に、納得したように微笑む。

 子供から大人へと変わる思春期の年頃の子は、自分の恋心を周囲に隠したがるものだ。

 それに過去は幼馴染であっても、現在はお互いの立場が違う。教師と生徒が学校の外で会うことに、良い顔はされない。

 ロイスはそれも見込んで、「海に行きたい」と言ったのだろう。

「判りました。では、裏の駐車場で」

 シエンはマグカップに残っているコーヒーを飲み干す。

「うん。じゃあ、十時に駐車場に行く」

 ロイスの携帯電話の画面を滑らせていた指先が止まった。

 スケジュール帳に何と記入すれば良いのか迷った。

(──…『デート』って入れれば良いのか? いや、明からさま過ぎるな)

「どうしました?」

「いや…何て入れておこうかな、って」

 ロイスは手が止まった理由を告げる。

「お好きなように。…『デート』、で良いんじゃないですか?」

 シエンの顔も声も、明らかに困っているロイスを面白がっている。

「そっ、そんな事、書ける訳ないっ…だろ」

 顔を真っ赤にして、狼狽うろたえる。

「フッフッフッ…私は全然構いませんよ」

「笑うな‼︎」

 コーヒーを飲みながら、笑っているシエンをチラリと見て、携帯電話の画面に目を落とす。

 そしてスケジュール帳の件名に「ばつ」と打ち込む。表示された変換候補の中から記号の赤色のばつ印を探して、それのみを入力し、時間は「10:00」と指定した。

 保存ボタンを押すと、次の土曜日──明明後日しあさっての欄に赤色のばつ印が他の予定よりも一段と目立って表示された。

 何となく気恥ずかしくなって、すぐにスケジュール帳を閉じて、携帯電話を裏返して机に置いた。

 そして、出された紅茶を飲んで、乾いた喉を潤す。

「何て書いたんです?」

「内緒だ!」

 赤色のばつ印を、シエンのイニシャルの暗喩にしたとは言えなかった。

「では土曜日、楽しみにしていますよ」

 シエンはニコリと笑う。

 その笑顔に、ロイスの胸の奥から、誰にも言えない秘密の約束への甘さと刺激を感じる。

 それが何かとは言葉には出来ないけれど、その矛盾がクセにさせる気がした。

「じゃ、俺、生徒会があるから」

 ロイスはスクールバッグを手に取って席を立つ。

「──土曜日、俺も楽しみにしてる。あと、コレ」

 ロイスは制服の胸ポケットから、四つ折りの紙を取り出して、シエンに差し出す。

「──俺の連絡先」

 シエンは紙を受け取ると、整った美しい文字で、携帯電話の数字の羅列とメールアドレスが記されていた。

「ありがとうございます。私用携帯電話の持ち込みは禁止されていますので、あとで登録しておきます」

 元のように四つ折りに戻すと、シャツの胸ポケットにしまった。

「──行ってらっしゃいませ」

 シエンは笑ってロイスを見送る。

「うん…」

 ロイスは部屋を出ると、引き戸を静かに閉めた。

 シエンとのひと時は、学長の息子でも生徒会長でもない、“ただのロイス”でいられる。

 シエンの温もりが胸に染みて来るのを感じながら、生徒会室へ向かった。



「さて…土曜日はどうしましょうね」

 シエンは立ち上がると、ロイスが残した青色のマグカップを取る。

「──私も“楽しみ”にしていますよ、ロイス様」

【キーワード】

・温もりが胸に染みて来る

・“楽しみ”

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