004 外道に落ちる覚悟
メルトは、枯れた泉のなかで眠っていた。
俺とクリスティは水晶の部屋で、次に行うことを考えていた。
ダンジョンの土壌改良だった。
魔力草が良く成長する場所を作り出さなければならない。
「クリスティ、この近くに土のたくさんある場所は?」
「はい、アッシュ様。この水晶の間から東に進んだところに、広い空間があります。以前は、モンスターの飼育場として使われていましたが……」
当然、荒れ果てて魔力もほとんど残っていないのだろう。
「よし、行ってみるか」
クリスティに案内されながら、俺は東の空間へ向かった。
しばらく歩くと、広い空間に出た。
そこは、かつてモンスターの飼育場だったというだけあって、土がむき出しになっている。
しかし、土は乾燥し、ひび割れており、とても植物が育つような状態ではない。
「……これは、酷いな」
「はい……。魔力循環が停止していた影響で、土壌の質も悪化しているのです」
「よし、この土壌を改良するぞ」
俺は、杖を構え、土壌改良の魔法を発動させた。
研究所時代に、植物の研究に使っていた魔法だ。
「大地の精霊よ、我が呼びかけに応じ、この地に肥沃なる力を与えたまえ……!」
俺の杖から、緑色の光が放たれ、地面に染み込んでいく。
すると、乾燥していた土が、徐々に湿り気を帯び、ふっくらとした感触に変わっていく。
だが。
「これだけでは、まだ不十分だな」
俺の魔力を大量に費やせば、もっと土壌が改良される可能性はある。
しかし、長い時間が掛かってしまうだろう。
もっと良い方法を思いついた。
「クリスティ、メルトと、スライムたちをここに呼べるか?」
「モンスターにとって、ダンジョン・マスターの命令は絶対です。あなたがダンジョン内で念じただけで、メルトたちは来ます」
少し待っていると、流体のメルトが地面を滑るように移動してきた。
その後ろを、小さいスライムたちが一所懸命についてきている。
「パパ、おまたせ」
「来てくれてありがとう」
「モンスター相手にありがとうなんて、変なの」
「変じゃないさ。俺達は家族なんだから」
メルトは嬉しそうに溶けた。
「とりあえず、食事の時間だ」
俺は水晶の部屋から持ってきていた魔力鉱石を床に置いた。
「パパ、食べていいの?」
「そうだ。みんな、好きなだけ食べろ」
床に置いた魔力鉱石にスライムたちが群がる。
メルトも美味しそうに魔力鉱石を口に入れ、体内で溶かしていた。
しばらく待っていると、スライムたちは食事を終えた。
そして、小さなスライムたちが、ぷりぷりと粘液を吐き出しはじめる。
「あ、こら。こんなところでトイレしない」とメルトが怒った。
「いや、良いんだ。これを待っていた」
「え。パパ……そういう趣味なんだ。私も、ここでする?」
「……違う。そういうわけじゃない」
変態だと思われているようだった。
「スライムの排泄物は、土壌の改良に使えるんだ。メルトは……ちょっと、物陰でしてきてくれ」
「わかった……」
そしてメルトは物陰へと移動した。
戻ってきたメルトは、少し照れているようすで、粘液を地面に流した。
スライムたちの吐き出した粘液と、粉々に砕いた魔力鉱石、そして土を魔法で混ぜ合わせる。
すると、土壌は、見る見るうちに黒々とした、肥沃な土へと変化していく。
「これで良いか。クリスティ、この土壌の魔力濃度を測定してくれ」
「はい、アッシュ様……。……すごい! 魔力濃度が、通常の土壌の10倍以上になっています!」
「パパ、すごーい!」とメルトも喜んでくれる。
「上出来だ。これなら、魔力草もよく育つだろう」
これで、ダンジョン内の魔力循環は、さらに加速するはずだ。
ダンジョンのステータスを確認しておくことにする。
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ダンジョン名: 名もなき古のダンジョン
ダンジョンレベル: 1
階層: 1
ダンジョンコア魔力残量: 45/100 (+15/1h)
保有モンスター: スライム・マザー(Lv.5)×1、スライム(Lv.1)×10
侵入者撃退数: 0
特記事項: 魔力循環機能一部回復、構造一部修復、肥沃土壌生成
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魔力の回復量が上がっている。
これで生産性が高まっていくことだろう。
メルトたちを泉で休ませ、俺とクリスティは水晶の部屋へ戻った。
さて、次にしなければならないことは……。
「クリスティ、次の作業に移る前に、少し相談があるんだが……」
「はい、なんでしょう? アッシュ様」
クリスティが明滅する。
「妹を……。ルゥナを、ダンジョンに住まわせるというのは、どうだろうか」
「良いと思います。ダンジョン内で生成される魔力で、魔力欠乏症を一定程度は抑えることができるでしょうし。でも、ルゥナ様次第かもしれません。ダンジョンになんて住みたくないとおっしゃるかも」
「それはわからない」
いまは街の外れにある小さな家に二人で住んでいた。
そろそろ遅い時間だ。
帰らないと心配するだろう。
「ダンジョンに住むことになれば、もう、人間世界には戻れない。果たして、本当にそれで良いのか……」
「アッシュ様も、悩んでいらっしゃるのですか」
「いや、俺は覚悟を決めた。妹の命を救うために、ダンジョンマスターとして生活する。ここで魔力増幅技術を研究し、魔力欠乏症を完治させるよ」
「人間たちを、傷つけることになります」
「……そんなこと、わかってるさ」
ダンジョンを成長させるためには、冒険者たちから魔力を奪う必要がある。
それはつまり、彼らを傷つけ、場合によっては、命を奪うことにも繋がりかねない。
研究所にいた頃の俺なら、そんなことは絶対にできなかった。
俺は、魔法を、人を傷つけるための力として使いたくなかった。
だからこそ、魔力増幅技術の研究も、平和利用を前提としていたんだ。
……それなのに。
「……でも、俺には、もう他に道がないんだ」
俺は、ぎゅっと拳を握りしめた。
ルゥナを救うためには、この道を進むしかない。
たとえ、それがどんなに過酷な道であろうとも。
「アッシュ様……」
クリスティが、心配そうな光を放つ。
「……ごめんな、クリスティ。こんな暗い話をして」
「いいえ、気にしないでください。……でも、アッシュ様は、優しい方ですね。人間たちを傷つけることに、心を痛めている」
「……優しさ、か。そんなもの、今の俺には必要ない」
優しさだけでは、ルゥナを救えない。
この世界で生きていくためには、強くならなければならない。
いまの俺は、人類に仇なす存在だ。
たとえ、外道に落ちようとも、ルゥナを救う。
俺は、その覚悟を決めていた。
問題は、ルゥナがダンジョンに住んでくれるかどうかだ……。
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