プロローグ
ネオンライトが眩く辺りを照らす繁華街。
長い髪をポニーテールに結い上げ、コンビニ袋を提げた少女が、繁華街から逸れた人通りの少ない路地を駆け、何者かから逃げていた。
「チッ、待ちやがれ!」
「嫌」
少女が走る、その後ろからガタイの良い男が包丁片手に少女を追う。
少女にしてはスラリと背が高く、手足の長い彼女であったが、成人男性の全速力には敵わず、追いつかれてしまう。
しかも後ろは運悪く行き止まり。これでは逃げようも無い。
仕方なく少女はコンビニ袋を地面に下ろし、男の方を振り向くなり、男が包丁を持つ右手首へと蹴り技を見舞った。
男が間一髪で身を引き、少女の長い右足が空を切る。
体勢を整えた事で一瞬の隙を見せた少女の胸元、心臓のある場所に向け、男は包丁を前に突き出した。
「死ね!」
「あ、……」
ドッ、という鈍い音がすると、ゆらり揺れた少女が地面に倒れ込む。
男は勝ち誇った笑い声を上げると、少女の死体を置き去りにどこかへ去って行った。
今し方殺された少女の名は、「赤霧 莉羽」。
ここら一帯を占めるやくざの娘にして、この物語の主人公である。
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「りうちゃん、……莉羽ちゃん。お願いだから、起きてちょうだい」
近くで、鈴を転がすような、高い女の子の声がした。
まだ微睡むような眠気に抗わずに寝たかった莉羽だっただが、どことなく焦る様な声に仕方なく目を覚ます。
「……え、どこなのここ」
驚愕する莉羽。
その問いかけに答えたのは、彼女の傍らに居た、桜色のドレスを纏い、ふんわりとしたクリーム色の髪を腰まで伸ばして、桃色の瞳の中に花を映した少女だった。
「ここはわたしの神域。貴女は一度死んで、わたしがここに魂を招いたの。」
「神域……?って。あんたは一体何者……?」
可憐な少女は肩をすくめて、ドレスの裾を摘んでお辞儀をした。
「わたしは春神、フラウレンス。フラウレンス・エレン・プリムシュリエ。名前が長いから、フローラと呼ぶといいわ。」
「……成程、?」
「あのね、時間が無いの。質問したいことは山積みだろうけど、わたしの話聞いててくれるかな?」
莉羽が口を挟む暇もなく、目の前の神は説明を始めた。
「この世界は、四人の大神、そして魔神などの魔力持ちが、それぞれ大神が祀られている神殿に、魔力を奉納して成り立っているのね。」
「ファンタジーだな……」
「大神として主に祀られてるのは、春神であるわたし、夏神、秋神、そして冬神。秋神のところには、わたしたち大神の某系である、魔王と呼ばれる子がいるのね」
「魔王?悪いやつじゃなく?」
「うん。あの子は、偏見こそありすれど、良い子なの」
「ほーん、」
「でね、ここからが問題。冬神であるシュテルクリスが、な〜ぜ〜か。姿を消したの。それも、わたしの管轄下にあるクレー・ドゥ・リュンヌ王国で。」
「えっ、それってやばいんじゃ……」
「そう!その通り、やばいのよ。しかもわたしも同時期にアイツの眷属に奇襲されて、今は魔力がすっからかん。シュテルクリスの魔力痕を参考に、アイツに姿を変える呪いを掛けておいたから、一応溜飲は下がったんだけどね」
憤慨するフラウレンスに、莉羽は聞いた。
「で?ここに呼び出して、私に何をして欲しいの?」
フラウレンスはにっこり笑った。
「各神、神に連なる者たちに協力を仰ぎ、シュテルクリスを見つけ、その思惑を探る。更に言えば、アイツが何かアクションを起こす前にそれを止めて。」
「断ったら?」
「貴女を元の輪廻へ返還するわ。どういうわけか、貴女の世界の冥界とこちらの世界の冥府が繋がってて、一番総合的な強さが大きい子を、と思ったら、貴女が来たわけ。しかもこれで三回目なのよ。おかしいよね、」
首を傾げる二人の周りを、淡い光が取り囲む。
フラウレンスは莉羽を優しく抱きしめた。
「ごめんね莉羽ちゃん。頼んでもいい?あとの二人はもう頼み終えてて、向こうにいるの。会えたら合流して。わたしはここで魔力を回復させながら、もう転生しちゃった最後の子に声をかけて、陰ながら貴女たちをサポートするね」
「……わかった。やってやろうじゃん。」
莉羽の返答に、にっ、と笑顔を浮かべたフラウレンス。
すっ、と彼女が離れると、唐突に睡魔が莉羽を襲う。
「いってらっしゃい、よろしくね。……【緋色の傭兵】赤霧 莉羽。」
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「フェレス様。ここにいらしたのですね」
腰まで届く長い黒髪を姫カットにし、ロングコートを着込んで刀を携えた、凛とした佇まいの女が、夜の館の屋根の上で座り込み、満月の下で歌を歌う、長い銀髪を一纏めにした青年……フェレスに声を掛ける。
フェレスは、軽々と屋根に飛び乗って隣に座った女を見、切長の目を更に細めた。
「おや、キリカ。どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもありません。食事後、気付いたらフェレス様のお姿が見えないではありませんか。コクリコット様もネレーシャも、驚いて館中駆け回ってフェレス様を探しているのですよ。」
「ふぅん。それはすまないことをしたね」
キリカの紅い瞳に睨まれて、フェレスが軽く肩をすくめる。
彼はまた夜空の方に視線をやると、美しいテノールボイスで再び歌い出した。
しばらく側で聞いていたキリカだが、フェレスがこんな夜更けに歌を歌うことを珍しく思い、彼に問うた。
「フェレス様。どうしてこの様な夜分に歌なんて……」
「キリカ。」
フェレスがキリカの言葉を止め、夜空色の瞳を伏せ、言った。
「冬神の思し召しは、私たちには理解しかねる。故に、今夜の月は、明るいんだよ。」
神様に喧嘩を売りに行きましょう。
ちまちま書き進めていくので、どうぞお付き合いください。