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候補者暗殺未遂



「あのマンションの非常階段からなら、腕の良いスナイパーなら狙えますね」


「ああ」


「でもさすがにスナイパーはないだろう」


「何が起きるかわかりませんよ。物騒な世の中ですから」


「まあ、元総理とか元大統領なら別だがな」


「でも、明日は大山党首が応援演説に来ますし、今うちは注目の的ですからね」


「とりあえず、あのマンションの非常階段を封鎖しよう。県警の警備担当にも電話を入れておく」


「それよりも死角になるような位置に街宣車を止めて、演説場所を変えた方がいいんじゃないですか」


「ダメだ。あの駅前の広場の横が一番目立つんだ」


 流れ落ちる汗を手の甲で拭った。


 日が落ちても暑さは変わらない。


「それにしても暑いですね」


「今日も最高気温は38度だそうだ」


「人間が生活できる温度じゃないですよ」


「明日は盆休み期間中だから帰省している者も多い。駅前の演説には大勢集まる。最後の追い込みで票を伸ばすチャンスだ。しっかりやってくれ」


 政策担当秘書で事務所を仕切っている山川が俺にそう言った。


「はい」


 夏の衆院選だった。


 政権与党が政治と金のスキャンダルで支持を失い、解散となり、真夏のお盆の期間中に選挙戦となったのだ。俺は保守系の第三極として人気が急上昇中の今回当選すれば2期目の代議士の秘書をしていた。

 俺達は選挙活動ができる午後8時が終わってから、明日の演説会場に危険がないかを確認しにきていた。地方都市での選挙戦といえども何が起きるかわからないのが今のご時世だ。


 もう一度、演説会場となる駅前を見渡した。日が落ちても変わらない暑さに人通りはまばらだった。





 午後11時過ぎにやっと部屋に戻った。


 シャワーを浴びると、寝る前に一杯やりたかった。


 冷蔵庫を空けたが缶ビールは残っていなかった。一人暮らしなので今は補充する暇もない。


 冷えている酒は前に88円で買った見切り品のストロング・オレンジハイだけだった。


 仕方なくオレンジハイの缶を手にして、ソファーに身を投げ出した。


 するとスマホが生き返って震えた。


 表示された名前を見て眉をひそめた。


「はい」


 かけてきた相手は黙ったままだ。


「祐実か?」


「ええ」


「久しぶりだな」


 祐実は答えなかった。


「君からかけてくるなんて珍しいな」


「今日、街宣車に乗ってカラスをしていたでしょう」


「見てたのか」


「偶然通りかかっただけよ」


「そうか」


 祐実は同じ代議士の秘書だった。


「明日もカラスをするの?」


 カラスは男性版のウグイス嬢をしめす隠語だ。俺は警備が専門で本来はやらない仕事だ。


「いや。今日はウグイス嬢が朝に熱を出してキャンセルになり、誰も街宣車に乗れる人員がいなかったので、ピンチヒッターでやった。明日はやらない」


「そう。大変ね」


「でも、(いくさ)だから仕方ないさ」


「明日は演説会はあるの?」


「ああ」


「どこ?」


「区役所前駅のロータリーだ」


「何時から」


「午後6時からだ。大山千里党首も応援にくる」


「選挙戦の山場ってわけね」


「そうだ」


「ごめんね。疲れているのにこんな電話をして」


「いや。それより……」


 俺の言葉を遮るように彼女は電話を切った。


「待て……」


 スマホをテーブルに置くと思わずため息が出た。


 残っているオレンジハイを飲み干した。


 人工的甘味料のベトついた後味が舌に残った。





 お盆の時期は午後6時でもまだ外は明るい。


 野党の一候補にSPなどもちろんつかない。事前に脅迫でもない限り県警も来ない。警備は自前だ。だが、今の世の中、頭のおかしいやつは五万といる。さらに、物価高なのに給料は安く、仕事は無く生活に苦しんでいるヤツは大勢いる。リスクは隣り合わせだ。会場警備が担当の俺は、あたりを確認した。


「皆さんの生活を守ります!」


 大山千里党首が明るい声で言った。


 未来の女性総理候補と言われている大山千里だ。だが、今回の選挙ではどうあがいても野党第2党の党首の大山が総理になることはない。それでも、政界の中にあっては美人すぎる党首と言われる大山千里目当てで聴衆が集まってきていた。手にそれぞれスマホをかかげて写真や動画を撮っている。


 俺は、向かいにあるマンションの非常階段を見た。


 踊り場に人がいてスマホを構えていた。


 チッと舌打ちをした。


「山さん、向かいのマンションの非常階段は封鎖じゃなかったんですか」


 インカムで山川に苦情を言った。


「あのマンショの管理人と県警とに言ったんだが、非常階段は緊急時の避難経路だから閉鎖できないのだとよ」


「でも階段の入口に人を置いて、関係者以外立ち入り禁止にくらいはしてもいいんじゃないですか」


「おい、お前、いつからオレに指図できるような身分になった。周りを見てみろ、スタッフはいっぱいいっぱいなんだよ。階段の下に回せる人員なんてないんだ」


 山川がインカムを切った。


 俺は会場を見回した。


 ふと、警察官をしていた時のことを思い出した。


(あの日も、俺は警護対象者を守りきれなかった……)


 組織の都合、風通しの悪い体質。


 対象者を守ることより、誰もが自分を守ることに精一杯だった。


 国益第一、地域が一番、みんな嘘だ。


 事件が起きてからの責任のなすりつけあい。


 だが、所詮は末端のコマでしかない。


 高校時代にインターハイの剣道で少しばかり名を上げ、何も考えないで武道一筋で警官になった。そして不祥事が起きて責任を取って辞めた。今は政治家にボディガードとして飼われている。


 その時、群衆の波の中に異なる動きが見えた。


 不審者だ。


 このクソ暑い中、パーカーのような上着を着てフードをあげている。


 俺は、ターゲットにすり寄る。


 不審者は、演説を終えて街宣車の車上から降りて握手をしている警護対象者に接近しようとしている。


 フードがずれ落ち顔が見えた。


 祐実だった。


 俺は群衆の波を強引にかき分けた。


「痛い」


「なにするんだよ」


「押すなよ」


 そんな声を無視して、祐実の進行方向の動線に割り込んだ。


 脇腹に痛みが走る。


 だが、俺は祐実を身体で受け止めた。


「何するの」


 祐実が小声で咎めた。


 俺はそのまま祐実を抱くようにして群衆の外に出した。


 駐車している車の陰につれてゆくと、掴んでいる手首を逆に極めて、持っていた刃物を振り落とした。


「どうしてだ」


 俺は低い声で言った。


 祐実は泣き出した。





 朝が来ようとしていた。


 横で寝ている祐実は目を開いたまま天井を見ていた。


 床には二人が脱ぎ散らかした服が落ちていた。


「なぜ止めたの」


 俺は答えなかった。


「あいつがそんなに大事?」


 俺は、あの時、そのまま演説会場から祐実を連れ去った。

「何をしている、返事をしろ」という山川の声が響くインカムのスイッチを切り、誰にも報告せず、その場から立ち去った。


 興奮している彼女をなだめるため二人でラブホテルに入った。


 そして、成り行きで寝た。


 彼女は二人になってからは抵抗しなかった。何もかも諦めたような表情になった。


 そして、問わず語りに代議士がしてきた数々の不正行為とパワハラとセクハラを聞かされた。


 最後には代議士に脅されて、秘書をクビになり、その後もその精神的な外傷の後遺症で引きこもったままだったという。


 週刊誌にも告発したが、何も証拠となる資料がないのと、彼女が精神病院に通院していることのタレコミが何故か編集部にあり、告発記事はボツになったのだという。


「殺す気だったのか?」


 彼女は首を振った。


「素人の私では致命傷を与える自信はないわ」


「じゃあ、なぜやった」


「大山千里が来ているところで、元秘書の私が刃物を振り回して逮捕されたら事件になるでしょ」


「それで代議士の政治生命を断つつもりだったのか」


「うん」


「無駄だ。逆効果だよ。そうした襲撃事件後に、民主主義を守れとか、暴力には屈しないとかで反対に投票率や支持率が上がるのは知っているだろう」


「でも、他に手段がなかったのよ」


 祐実は泣き崩れた。


「知っていたよ」


「えっ?」


「分かっていた。だから警戒していた」


「……」


「一言だけ言っておく。俺が止めたのは代議士を守るためでも、民主主義を守るためでもない」


 俺は元SPの勘で、前日の祐実の電話から襲撃を予想して防刃チョッキを着込んでいた。そして、選挙活動員がしている白い手袋に偽装して、警察などが使ってる防刃手袋を装着していた。


 祐実を見つけると、防刃チョッキで守られた腹をあえて刺させて、その体勢から防刃手袋で刃を掴み、上着の下に刃物を隠して何事もなかったように現場から彼女を連れ去ったのだ。


「俺が守りたかったのはお前だ」


「えっ?」


「あんな、くだらないヤツや、こんな腐った国のために自分を犠牲にするな」


 みるみるうちに祐実の大きな目に涙が溜まった。


 もう一度俺たちは愛し合った。


   



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