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真実の愛は誰のもの?  作者: ふまさ


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 大切な幼なじみに会えたその日に、エディは記憶を失った。はたしてこれは、偶然なのだろうか。


 もし、必然なのだとしたら。


 医者と話していた個室から、エディがいる病室へと戻る途中、ミアの頭は、その考えがぐるぐると回っていた。


『エディの幸せを願うなら、そうね』


 響いたのは、ルシンダの声。


『ダリアは、やっぱりエディといっしょがいい』


 ──でもそれは、わたしたちの幸せだから。


(ごめんね、ダリア。ルシンダ)


「ジェマさん」


 先を歩いていたジェマが、ゆっくりと振り返る。その双眸はまだ、涙で濡れていた。


「あなたは、エディを幸せにできますか?」


 ジェマは少し首をかしげたあと、はっとしたように目を吊り上げた。


「……まさか。記憶を失くしたエディを、捨てるつもりですか?」


 そんな考えなど微塵もなかったミアは内心驚いていたが、そうか、この問いはそうとれるのかと、頭の隅でぼんやりと思いながら、続けた。


「そうです。貴族にとって、幼い頃から身に付けた教養は必須。ましてわたしの夫となる人は、いずれ、伯爵の爵位を継ぐ身。ですから、すべてを忘れたエディに、わたしの婚約者は相応しくありません」


 口をついて出る科白に、ミア自身が驚いていたが、それは綺麗に隠した。


「……さいってい」


 唾棄せんばかりに吐き捨てられた言葉に、むしろ、安堵を覚える。


「その通りです。それで、ジェマさん。あなたは、エディを幸せにすることができますか?」


「身を挺して助けてくれた恋人を理不尽に捨てるくせに、なんの心配? 反吐が出るわ」


「……はい」


「なにがはいよ。実父に虐待されていたっていうのも、嘘じゃないの? 儚いレディ気取り? それでエディにかまってもらっての? だから甘やかされて育った貴族のお嬢様は嫌いなのよ」


 怒りと苛つきのため、ジェマが右足のつま先で床にトントンと音を立てる。


「うちにはエディを養うだけのお金があります。貴族令嬢のあなたには到底かないませんけどね。それに、元気になれば、うちのお店で働いてもらえばいいし。職にも困らないでしょう。記憶喪失でも、あたしはエディを見捨てたりしませんので、どうぞ、ご心配なく」


「……あなたは、エディを愛していますか?」


 頭で考えるより先に口をついて出た言葉に、ジェマは怒りで顔を真っ赤にした。


「あなたなんかよりは、ずっとね!!」


 吐き捨て、ジェマは一人、エディの病室へと戻って行った。


 それからミアは病院の受け付けへと向かい、エディへの請求はすべてここにお願いしますと、現在住んでいる屋敷の住所を渡した。


(わたしのお金じゃないのに、勝手なことしてしまったな)


 でも、お父様ならきっと許してくれる。そんな甘えからの、勝手な行動。


「……甘やかされて育ったお嬢様、か」


 馬車に揺られながら、一人きりの空間で、ミアはその通りねと、ぽつり、呟いた。





 屋敷の前に、一台の馬車が止まっていた。見覚えのあるその馬車に、扉から見えるその姿に、ミアの心が揺れる。まだ走行中の馬車の扉を開け「──お母様!」と叫んだ。


 馭者が気付き、慌てて馬を止める。ミアが馬車から降り、駆け出す。


 ジェンキンス伯爵夫人も同じく、ミアに気付き、馬車から降りてきた。胸に飛び込んできた娘を優しく受け止める。


「駆けつけるのが遅くなってごめんなさい。コーリーに襲われたと手紙にはあったけど、大丈夫なの?」


「……はい、はい」


「本当? 顔をよく見せて?」


 鼻を鳴らし、顔を上げる。ジェンキンス伯爵夫人は、そっとミアの頬を撫でた。


「顔色が悪いわ。そう言えば、エディはどうしたの? 一緒ではないの?」


 ぴくん。肩を揺らしたミアは、数秒後、こう答えた。


「……お別れ、してきました」







「──そう。そんなことがあったのね」


「……はい」


 応接室にて。ここ数日間で起こった出来事をすべて語り終えたミアの目は、腫れていた。隣に座るジェンキンス伯爵夫人が、ミアの手にそっと触れる。


「でもね、ミア。幸せって、人それぞれなのよ。なのに、エディの幸せを、あなたが勝手に決めていいの?」


「……わたしと一緒にいては、幸せになれません」


「決めつけては駄目。エディが記憶を失くしているのなら、なおさらよ」


「……いいえ。記憶を失くしたいまだからこそ、エディは、自分の幸せだけを考えられるようになったのだと思います」


 幼い頃の辛い記憶が蘇ったから、複数の人格があると自覚してしまったからこその、考え。想い。


 それはきっと、簡単には変えられないだろう。


 それでもジェンキンス伯爵夫人は、願ってしまうのだ。


「お母様と一緒にもう一度、エディに会いに行きましょう。ね?」


「……ジェマさんが、許してくれません」


「でも、エディが記憶を取り戻していたら?」


「それは……」


「わかっているのでしょう? もしそうなら、きっとエディは、あなたといることを望んでくれるわ」


「……エディと別れたくないと思うのは、わたしのわがままです」


 ぽろぽろと涙を流し、小さく本音を吐露する娘を、ジェンキンス伯爵夫人は優しく抱き締めた。


「わたしの可愛い子。お願いだから、エディがあなたと別れたいと望まないかぎりは、幸せになることを諦めたりしないで。今回のことは、ただの事故よ。必然なんかじゃないわ」


(……温かい。お母様の匂いだ)


 本当の子どもじゃなかったのに。たくさんの愛情を注いでくれた。それだけで充分なはずなのに、心はどこまでも貪欲に、エディを求める。哀しくて、哀しくて、胸が痛む。自分が望んだことのはずなのに。



『ミア』



 あの大好きな声で、もう一度、名前を呼んでほしい。記憶を取り戻して、ここに帰ってきてほしい。


 ──神様。わたしは、どこまでも身勝手なようです。


 瞼の裏に、エディの笑顔が過った。








「なによ、あの女! 最低!」


 ぶつぶつとぼやきながら病室に入ると、寝台の上に上半身を起こしたエディがいた。ジェマに気付き、そちらに顔を向ける。


「エディ。具合はどう?」


 怒りなど忘れ、エディの傍に駆け寄るジェマ。エディは、大丈夫です、と答えた。


「それより、その、僕とあなたの関係は、なんなのでしょう。家族ですか? それとも」


「それは……えーっと」


「そういえば、もう一人の女の人は? あの人は」


 ジェマはぴくりと片眉を上げてから、腰を屈め、エディの手を握った。


「あの子が階段から落ちたとき、たまたま真下にいたあなたが受け止めたの。かなりの衝撃だったから、耐えきれず、そのまま倒れ、頭を打った。大まかな経緯はこうよ。そしてあの子は、ただの通りすがりの人。あなたの怪我が大したことないと聞いて、帰ってしまったけど」


「……そうだったんですね」


「うん。そしてあたしは、あなたの家族じゃなくて──恋人よ」


 ジェマは両手で、エディの手を包み込み、真剣な表情で告げた。ジェマは内心、緊張していたが、エディは目を丸くしながらも、そうですか、とそれを受け入れた。


「……すみません、なにも思い出せなくて」

 

 ジェマはそっと胸をなで下ろし、頬を緩めた。


「いいのよ。それより、その丁寧な言葉遣いは、止めてほしいかな」


「そう、だね。気をつけるよ」


「ふふ。大丈夫。自然でいいのよ。いま誰より不安なのは、あなたなんだから」


 エディが「ありがとう」と微笑む。ジェマは、鼓動が早くなっていくのを感じた。


「あ、あのね。このあとお医者さんに診察してもらって、異常がないなら、帰っていいんだって」


「……帰る。そういえば、僕の家族は」


「……エディの両親は、もう亡くなっている、んだけど」


 実父の兄に引き取られたあとのことは、知らない。けれど、エディが入院しても誰も病院に来なかったこと。あの女が、無責任にエディを見捨て、さっさと去って行ったことを考えると──。


(でも。あの女は伯爵令嬢で、エディはその婚約者なわけで。貴族の子息かって聞いたら、そうだって……いや、でも。はっきりとそう言っていたわけじゃなかったかも)


 ぐるぐる悩んでいると、エディが、そう、と目を伏せた。それはそうだろう。家族がいないという事実に、ショックを受けない人間などそうはいない。


(──もういい。あたしは、エディのことだけを考える。貴族様の事情なんて、知ったことではないわ。もう絶対、エディを返してなんかあげないんだから)


 弟のように、大切に想っていた。ずっと忘れられなかった。でも、大人の男になったエディと再会して、ジェマはきっと、一目惚れに近い感情を抱いた。でも、婚約者がいるから。気付かないふりをしていた。


 なのに。


(……エディが記憶喪失になったのは、あたしのせいでもある。でも、そんなエディを捨てたのは、あなたよ)


「あたしは、あなたの婚約者。いずれ、結婚して家族になるの。だからあなたは、一人じゃないわ」


 そう告げると、エディは、安心したように小さく笑った。その姿に、ジェマは確信した。


(これでよかったのかも。あんな女と結婚して、エディが幸せになれるはずないもの)


 それから医師の診察を受けたエディは、その後、ジェマと共に、病院を後にした。







「大丈夫? 歩ける?」


 心配そうに声をかけてくれるジェマに、大丈夫だよと笑いかけながら、エディが歩く。ジェマの腕が、支えるように右腕にある。


「ジェマは随分、心配性だね」


「記憶喪失になった恋人を心配しない人なんていないわよ」


「それもそうか」


 歩きながら、エディが街並みをゆるりと見渡す。それを、ジェマがじっと見詰める。


「……なにか思い出しそう?」


「いや。残念ながら、なにも。ごめんね」


「いいの。無理して思い出さなくても。これからたくさん、新しい思い出を作っていけばいいんだから」


「ありがとう」


「お礼なんていらないわ。あたしは、ただ、あなたが傍にいてくれればそれでいいの」


「熱烈だ──とっ」


 歩道を歩いていると、店と店のあいだにある小さな隙間から、男の子が飛び出してきた。ぶつかる寸前、エディとジェマが止まる。同時に、男の子も驚いたように動きを止めた。


「──おにいちゃぁん……っ」


 ふいに響いた声に、エディはびくりと身体を揺らした。それはエディの腕を掴んでいたジェマにもわかるほどのもので。


「ど、どうしたの?」


「……え? いや、わからない……でも、なにか」


 エディが左手で、頭を抱える。心配そうに覗き込むジェマ。すると男の子が、くるなと、たったいま通ってきたところに向かって叫んだ。


 そこから、女の子が出てきた。涙目で、おにいちゃん、おにいちゃん、と男の子に近付くが、男の子はもう一度、くるな、と叫んだ。


 ジェマは男の子と女の子を交互に見ると、男の子に向かって、こら、と腰に手を当てた。


「ちょっと、きみ。その子、きみの妹なんでしょ? 来るな、なんて酷すぎるよ。泣いちゃってるじゃない。お兄ちゃん失格よ」


「……っ」


 男の子が、大きく顔を歪ませた。そんな顔をしても駄目よ、とジェマが叱りつける。その光景に、エディの心が急激に冷えていく。


「……どうして、その子が悪いと決めつけるんだ?」


 低い声音に、ジェマは驚いたようだった。


「だ、だって。この状況を見れば、わかるでしょう? お兄ちゃんが、妹を泣かせているんだよ? どんな理由があっても、それは悪いことでしょう?」


「その理由が、なにより大事なんじゃないのか?」


「な、なんであたしが責められるの? あたし、そんなに悪いことした?」


 じわっと涙を浮かべるジェマに、エディは、ごめん、と謝罪したものの、心はモヤモヤしたままだった。





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