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真実の愛は誰のもの?  作者: ふまさ


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2/22

2

「おはようございます、お義姉様」


 ミアとエディが進級した、はじめての登校日。ミアの屋敷まで迎えにきたルソー伯爵家の馬車の中に、当然とばかりにコーリーの姿があった。予想していたとはいえ、自分の兄の婚約者の迎えに、なんの悪びれもなく引っ付いてくるとは。しかも──。


「これからは、登下校、いつも一緒ですね」

 

 エディの横に座り、正面に座るミアに、にっこり告げるコーリー。つまりは、今日だけではないということ。


「……そうですね」


 力なく、それでも意識して口角を上げるミアに、コーリーは、あら、と両手で口元を覆った。


「もしかして、ご迷惑ですか?」


「そ、そのようなことは」


「ですよね。だってあたしたち、同じところに通うのですから。この方が効率的ですもの。ね、お兄様?」


 自然な仕草で、エディの腕を掴むコーリー。エディが、そうだね、と答える。それは見慣れた光景のはずなのに、ミアの胸がちくりと痛んだ。


(……もう、二人きりの時間は、あまりないのかもしれないな)


 できることなら、手を振り払ってほしかった。そこまでしなくても、せめて、登下校は今日だけだと宣言してほしかった。


(……わたし、本当に愛されているのかな)


 二人で会話をはじめてしまったエディとコーリーを横目に、ミアは、膝の上に置かれた自分のこぶしをじっと見詰めた。




「お兄様。あたし、教室がどこにあるかわかりませんの。送っていただけますか?」


 学園に着くなり、コーリーは甘えた声でエディの制服の裾を軽く掴んだ。エディが「一年の教室はすべて一階にあるから、迷うことはないと思うよ」と答えるが、コーリーは納得しない。


「だって、王立学園は、あたしが思うよりずっと広くて……迷ったら怖いです」


 確かに王立学園は広いが、ここはもう、教室がある校舎の中で。ここまでくれば、迷う方が難しいぐらいだ。


 ミアが、そっと息を吐く。きっとこれから毎日、あれやこれやと言い訳を考え、できるだけエディの傍にいようとするのだろう。


 ──ミアから、奪うように。



「あの方、エディ様の妹ですの?」


 ひそひそと話す令嬢たちの声に、ミアは、はっとした。前を向いたまま、耳をすます。


「そのようですわね。エディ様の妹だけあって、とても可愛らしい方、ですけど」


「なんだか、距離が近すぎません?」


「婚約者の方の前で、あんな、腕をからめて……いくら妹とはいえ、ねえ?」


 噂好きの、令嬢たちの会話。惨め、だとは思わなかった。むしろ、やはりあの兄妹の距離はおかしいのだと、まわりが感じたことに、安堵すら覚えていた。とはいえ、エディの悪い噂が立つことは、ミアの本意ではない。


「はじめての学園ですから、なにかと不安なのでしょう。教室まで、着いていってあげてください。わたしは大丈夫ですから」


 ミアが静かに口を挟むと、コーリーは、学園に着いてからはじめてミアに視線を向けた。


「さすがはお義姉様。その通りですわ。あたしはただ、不安なだけなのです。ね、お兄様。よいでしょう?」


「……仕方ないな。でも、今日だけだよ?」


「いやです。不安がなくなるまでは、できるだけ一緒にいてください」


 ざわざわ。ざわざわ。

 さらに、まわりに人が集まってきた。エディも気付いているのだろう。せめてとコーリーの腕を解こうとするが、コーリーは決して離れまいとさらに力を込める。


「昼食も、一緒にすると約束してください」


「……コーリー。それは、友だちと」


「いやです。お兄様とがいいです」


 これ以上はまずいと、ミアは、慌ててあいだに入った。


「あ、あの。伝え忘れていましたが、今日の昼食は、ドリスとする約束をしていたのです。ですから」


 コーリーの顔がぱっと輝くのが見てとれ、ミアがすべてを語る前に、まあ、と手を叩いた。


「そうでしたの。では、お兄様。今日は二人で昼食をとれますね。教室で待っていますので、食堂までぜひ、エスコートを」


「ミア──っ、コーリー!」


 なにか言いたげにミアを見詰めるエディの腕を、コーリーがぐいっと引っ張った。では、教室まで急ぎましょう。そう笑い、足を進めていく。場所がわからないと言っていたはずの教室を目指して。


 二人がいなくなったことで、校舎入り口に集まっていた生徒がそれぞれに散っていく。ミアはようやく、ほっとしたように大きく息を吐いた。


「──昼食の約束なんて、していたかしら?」


 背後から響いた、少し呆れた声色。ミアは振り向きながら、ごめんなさい、と苦笑した。


「咄嗟に、ドリスの名しか思い浮かばなくて」


「ふふ、光栄だわ。それにしても、聞いていた以上のわがままお嬢様ぶりね。それに、いくらエディ様が好きだからって、あれは少し、執着し過ぎじゃない? 実の兄にする態度じゃないわ」


「……そう思う?」


「誰が見ても、そう思うわよ。ミアから話だけ聞いていたときは、少し大袈裟に言っているのかとも思っていたけど……想像以上だったわ。それにしても、エディ様、本当に妹には甘いようね」


 二人が消えていった方向を見ながら、ミアは、ええ、と薄く笑った。


「……それだけ深く、愛しているのよ。もしかしたら」


「──もしかしたら?」


 わたしより。との言葉が、喉まで出かかっていたが、なんとか抑えた。それでもドリスは、なにかを察したようで。


「愛しているのかもしれないけれど、少なくとも、先ほどのエディ様は、妹の行動に困っているように見えたけどね」


「それは、人の目が集まっていたから……」


「ミアの前では、違うの?」


「……申し訳なさそうに、謝罪はされる」


 ドリスは、まったくもう、と頬を膨らませた。


「そんな顔をするぐらいなら、妹をきちんと叱ってくださいって、言えばいいのに」


「……言えない。そんなことしたら、嫌われるかもしれないもの」


「ほんっとに、エディ様のことが好きなのねえ」

 

 うつむき、黙り込むミア。そんなミアの背中を、ドリスは強めに平手で叩いた。いたっ。ミアが、小さく声を上げた。


「ほら、そんな顔しない。この優しいドリス様が、いくらでも愚痴を聞いてあげるから」


 ミアは目を丸くしたあと、ありがとう、と、心からのお礼を述べた。




 それからの学園生活は、ミアが予想していた通りのものとなった。もちろん、悪い意味で。


 学園への登下校。昼食。はては、授業と授業の合間の、短い休み時間ですら、コーリーはエディに会いにきていた。そして、休日のデートにすら、笑顔でついてくる。


『実の兄に対する態度じゃないわ』


 ドリスの抱いた感想を、学園に通う生徒たちも、日を追うごとに覚えていく。そして同じように、エディの評判も、下がっていく。


 もっと、注意をするべきでは?

 妹に甘過ぎますわ。

 婚約者様が、気の毒ね。


 ──一方で。


 エディ様は、婚約者より、妹が大事なのよ。


 こんな嘲笑すら、されるようになってしまった。コーリーが入学してくるまでは楽しかったはずの、学園生活。


 今では、顔を上げて歩くことすら、困難になってしまった。


「お嬢様たちは、色恋の話も、人の不幸も、大好物ですものねえ」


 廊下を並んで歩く、ミアとドリス。ドリスがため息まじりに吐いた言葉に、ミアは顔を下げながら、そうね、と小さく答えた。


「……ごめんなさい、ドリス。あなたまで、不快な視線に晒されてしまって」


「あら、そうでもないわよ? エディ様とあの妹はともかく、あなたに集まっているものは、ほとんどが同情のものだしね」


 同情、か。呟き、ミアは「三つ年上の婚約者とは、どう?」と、なんとなしにたずねてみた。ドリスが、なんともいえない顔をする。


「……答えにくいわ」


「そう。うまくいっているのね」


 いいなあ。ミアはぽつりと吐露し、面をゆっくりと上げ、窓からどんよりとした曇り空を仰いだ。





 朝が、憂鬱となった。平日も、休日も。だって、どうせコーリーがいる。そんな風に思うようになってしまってから、三ヶ月後。朝の迎えの馬車の中に、コーリーの姿がなかった。


「……コーリーは?」


 たずねると、エディは「今日は、休みだよ」と、いつもよりどこか柔らかく笑んだ。


「風邪を引いてしまったみたいでね。熱もなくて、たいしたことはないんだけど、父上が大事をとって休んだ方がいいと」


 それを聞いて、ミアが真っ先に思ったことは。


「……看病、しなくてよいのですか」


 屋敷には、使用人がいる。看病のためにエディが学園を休む必要はない。そんなことは、ミアだって理解している。問題なのは──。


「……コーリーが眠っているあいだに、出てきたんだ」


 察したように、エディが口調を弱め、答える。あのコーリーのことだ。傍にいてくださいと駄々をこねる姿が、容易に想像できたミアは、よかったのですか、と重ねてたずねた。


「……いいよ。あとで、叱られるかもしれないけどね」


「……そうですか」


 それから少しの沈黙のあと、エディが、隣に座っていいかと聞いてきた。少し前のミアなら、喜んでうなずいていただろうが、とてもじゃないが、あの頃みたいには笑えなかった。それでもミアは、黙ってうなずいた。


 うつむいたままのミアの隣に、エディが座る。エディはミアの身体を引き寄せると、ぎゅっと抱き締め、ごめん、と謝罪した。なんの謝罪かは聞かず、抱き締め返すこともせず、ミアは、静かに口を開いた。


「……近頃のエディから出る言葉は、謝罪ばかりですね」


「……うん。ごめん」


 ──わたしとコーリー、どちらが大事ですか?


 胸中で、問う。コーリーがいない今は、きみだよ、と答えてくれるかもしれない。けれどそれでは、ミアの心は満たされない気がした。



 次の日にはコーリーは元気になり、学園に登校した。変わらぬ、兄への執着ぶり。卒業するまではきっと、こんな日々が続くのだろう。そんな風に諦めていた、数日後の休日。




 エディと一緒に、ミアの屋敷まで来たコーリーが、いつにもまして上機嫌で、こう告げた。


「どうぞ。今日は、お二人で出掛けてきてくださいな」


 ミアも、そしてなにも聞いていなかったであろうエディも、ぽかんとした。


「……なら、どうしてミアの屋敷まで着いてきたの?」


 エディがたずねる。確かにそれなら、自身の屋敷にいるのが自然だ。コーリーが、うふふ、と頬を緩める。


「お二人がデートを楽しんできたあと、お義姉様にお伝えしたいことがありまして」


 ミアが「わたしに?」と、訝しむように眉をひそめる。コーリーが、いやですわ、と苦笑する。


「そんな顔、なさらないでください。失礼ですよ?」


「え、あ、ごめんなさい……でも、伝えたいことって」


「それは、後のお楽しみです」


 すかさず、エディがあいだに入る。


「コーリー。それじゃあ、気になって楽しめないよ。どうしていまじゃ駄目なの?」


「これは、あたしのお義姉様に対する、優しさ、気遣いです。さあさあ、早くお出かけになって。あたしは、ここで待たせてもらいますので」


 ミアが「ここで、ですか?」と、ぎょっとする。コーリーの思考がまるで読めなくて、困惑する。


「はい。一刻も早く、お伝えしたいことなので」


「……なら、いま聞きますよ?」


「もう! ですから、お二人がデートを楽しんできたあとにと言っているではないですか!」


 それから、半ば追い出されるかたちで、ミアとエディは、馬車へと乗り込んだ。





「……コーリーが伝えたいこととは、なんなのでしょう」


 静かに、問いかけるというよりは、独り言のように呟くミア。申し訳ないが、嫌な予感しかしない。あのコーリーが、ミアが喜ぶことをする姿など、想像できない。


「……僕にもわからない。ただ」


「ただ?」


「関係があるかはわからないけど。コーリーが風邪を引いて学園を休んだ日。寝ている間に置いていったこと、きっと酷く責められるのだろうなと覚悟していたら、想像よりも、ずっと機嫌がよくて」


「……それは、おかしい、ですね」


「──うん。もちろん、少しは怒っていたけど。それ以上に、なにかいいことがあったんじゃないかな。その日、父上も仕事を休んで、コーリーの傍にいたようだし、そのおかげかなって、思っていたんだけど」


「……コーリーは本当に、愛されているのですね」


 エディが「過保護過ぎると思うけどね」と、ぽそっと吐き捨てる。それはミアの耳には届かず、ミアは、首をかしげた。


「なにか言いましたか?」


「……いや、なんでもないよ。それより、これからどうしようか」


「そう、ですね。正直、コーリーのことが気になって、なにも楽しめそうにはないですけど……」


 エディが申し訳なさそうに「……引き返す?」と問うと、ミアは、ゆっくりと頭を振った。


「いいえ……コーリーにどんな思惑があるのかはわかりませんが、エディと二人で過ごせる時間は、大切にしたいですから」


 小さく笑うミア。エディは目を細め、噛み締めるように、ありがとう、と、心からの笑みを浮かべた。




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