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真実の愛は誰のもの?  作者: ふまさ


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 エディの目が、見開かれた。ミアはエディに抱き付いたまま、続ける。


「複数の人格があるわたしは、普通ではありません。パニックになったり、泣き出したり。特にこの数日間は、どれほどあなたに迷惑をかけたかわかりません。いつ見捨てられても、おかしくない」


 エディはミアの両肩をぐいっと押すと、目線を強引に合わせた。


「迷惑だなんて思っていないし、見捨てるなんて、絶対にしない! ダリアとルシンダのことだって、きみはなに一つ、悪くないだろう?!」


「──ダリアがどうして生まれたのか。二人に、話してもらいました」


「…………っ」


「わたし、実の父親に、虐待されていたんですね。大人の男の人が怖いわけも、ここ数日間の痛みも恐怖も、きっと、そのせい。でも、どこか実感がなくて……変ですよね」


「ミア……」


「ダリアが怒るの、無理ないです。幼いあの子に、ぜんぶ背負わせていたんですから。でも、ダリアもルシンダも、あなたと別れること、承知してくれたんですよ。あなたと同じで、とても優しいんです」


 エディが、どうして、と愕然とする。ミアは、哀しそうに笑ってみせた。


「エディの幸せのためならって……」


「前にも言ったよね? きみに出逢わなければ、僕の心は死んでいたって。僕の幸せは、きみと一緒にいることだ。どうしてそれを奪おうとするの?」


「あのとき、わたしは、よく理解していなかったんだと思います。複数の人格があるなんて、決してエディたちを信じていなかったわけではないけれど、こうなってみるまで、わたしがここまで異常だとは思っていなかったんです」


 ダリアとルシンダの存在を認識した朝。ミアは、やけに落ち着いていた。それを僅かに不思議には思っていたけれど、口には出さなかった。


 でも、ミアは。きっと想像もつかないほど、心が不安定になっていた。ただ、なんでもないと。そんな風に偽るのが上手かっただけで。


 ──ああ、この子は。


「ダリアもルシンダも、あなたと一日過ごせて、とても楽しかったみたいです。わたしも、最後にあなたと口付けできて、よかった。これでもう、笑ってさよならできます」


「……いいの? 本当に? 僕が他の令嬢と付き合っても、泣かない?」


「……泣きません」


「きみではない誰かと抱き締め合って、口付けして、結婚して。子どもも授かって。それがきみの望みなの?」


 試されている。察したミアは、真っ直ぐにエディを見据えた


「はい。わたしと一緒では、あなたは、幸せになれませんから」


「──そんなに強く拳を握ったら駄目だよ。手のひらが傷付く」


 無意識に握りしめていたミアの拳に、エディが触れた。ミアが痛みを覚えて手を開くと、爪が食い込んだせいか、血が滲んでいた。でも、そんなことにかまっている暇などなかった。


「エディ。わたしと別れても、お父様は、養子の約束、きちんと守ってくれます。だから大丈夫です」


「僕が、それを気にしてきみと別れないと思っているわけじゃないよね」


「……わたしといたら、あなたはこの先ずっと、苦労します。ようやく、自由になれたというのに」


「そうだね。僕は、ようやく自由になれた」


「縛られる必要など、ないのです」


 エディは、ふっと笑った。


「僕のために、必死に考えてくれたんだね。そんなに爪が食い込むほど、自分の気持ちを押し殺して」


 でも、ごめんね。言いながら、エディはミアの手のひらに口付けた。


「きみと別れるつもりはないよ。僕は、きみを愛しているから。ダリアもルシンダも、丸ごとぜんぶ、愛しいんだ」


「…………」


 ミアが泣きそうな顔で俯く。きっとたくさん考えて、考えて、出した結論で。そう簡単に納得はしてくれないのだろうなと、エディは苦笑した。


 ──なら僕は、その度に、言うよ。


「街に出掛けようか。ずっと屋敷に閉じこもったままだし。デート、しようよ」


 手を差し出す。ミアは戸惑った様子だったが、エディが「いや?」と微笑むと、おずおずといった風に、手を重ねてきた。


(僕がきみを愛しているように、きみも、僕を愛してくれている)


 だから、こんな言い方をすれば、ミアは拒絶できない。と、考えるのは、自意識過剰だろうか。


(それでもいい。どんな手をつかっても、きみを手放すつもりはないよ)


 エディがミアの手を包み込む。決意はミアには届かなかったけれど。これから少しずつ、何度でも繰り返して、わかってもらおう。


 ──例えばこのとき。


 この想いを口に出していれば、なにかが変わっていたのだろうか。






「晴れてよかったね」


「……はい」


 広場のベンチに座るエディが、隣にいる浮かないミアに、それでも笑顔で話しかける。すべてが申し訳なくて、声が小さくなる。


 嫌われる。捨てられる。それを願っているはずなのに、怖くてたまらない。


「……あの、エディ。やっぱりわたし」


 そのとき。


 前を通りかかった女性が、ぴたりと足を止めた。こちらを──エディをじっと見詰め、それから、目を潤ませた。


「……エディ、なの?」


 距離を詰める女性に、エディとミアが戸惑う。気付いた女性が、急いで顔を離した。


「ご、ごめんなさい。あたし、ジェマっていいます。昔、隣に住んでいた子が、エディという名で、あなたに似ていたなって」


 エディが、あ、と口を開いた。


「……ジェマって、僕が昔いたアパートの隣に住んでいた、あのジェマ?」


 女性──ジェマが、ぱあっと顔を輝かせた。


「そう! そうよ! あなたより二つ年上の、ジェマ!」


「……驚いた。それにしても、よく僕の顔を覚えていたね。僕はもう、うろ覚えだったよ」


「そりゃあ、あなたはまだ三歳だったもの。あれだけ仲良くしていたのに、なんのあいさつもなく、ある日突然いなくなって。後からおじさんの兄に引き取られたって聞いてさ。ほんと、哀しかったんだから」


「……ああ、うん。その時間も、与えてくれなかったから」


 ジェマは、どういうこと、と眉をひそめた。


「あなた、いま、幸せにやってるの? そうじゃないなら──」


「いや、幸せだよ。こうして、愛する婚約者も傍にいてくれるしね」


 エディはミアの背中にそっと手をあて、ね、と微笑んだ。


 あからさま。というほどではなかったが、ジェマがショックを受けているように、少なくともミアには見えた。


(……ひょっとして、ジェマさん、エディのこと)


「そ、うなの。ふーん。婚約者ね。いっつもあたしの後をついてきて、離れなかったあんたがねぇ」


「もうあまり覚えてないけど、そうだったかも。父さんが忙しくて、あまり家にいなかったから、きみたちの家族にはとてもお世話になったよね」


「……なのにあなたは、突然、消えてしまった」


「ごめん」


 謝罪のみで、訳を話そうとしないエディに、仕方ないわねぇ、とジェマは苦笑した。


「やむを得ない事情があったんでしょ? 特別に、許してあげるわ」


「ありがとう」


 心なしか、いつもより幼く見えるエディを見詰めるミア。


(……ジェマさんは、エディのお父様を知っているんだ。それに、ルソー伯爵に引き取られる前のエディも)


 それはきっと。ルソー伯爵の元にいる頃より、ずっと幸せだったはずで。


「ねえ。いま、何処に住んでるの? あたし、今日は仕事休みなんだけど、何処かでお茶でもしない?」


 ジェマに誘われたエディは、少し困った顔をした。あ、とミアは察した。わたしのせいで、エディが迷っていると。


(……わたしがあんなこと言ったから)


「ごめん。ちょっと、いまは……」


 せっかくの再会。台無しにしたくない。その思いから、エディの返事に重なるように、ミアは声を上げた。


「ぜ、ぜひ、お願いします。つもる話しもあるでしょうから」


「いいの? あ、もちろん。婚約者のあなたも一緒に」


「いえ。せっかくの再会ですから、お二人で」


「──ミア」


 静かに名を呼んだエディの声色は、少しの怒気が混じっていた。ミアが、えと、と口ごもる。


「……お邪魔でなければ、わたしも一緒に」


「うん、うん。もちろんよ。婚約者がいる相手と二人きりになろうなんて無粋なこと、あたしはしないわ」


 そうときまれば。ジェマは、ぱんと手をうった。


「おすすめの店はある? あたし、王都に来てから日があさいうえに、忙しくて、街を探索するのは今日がはじめてなの」


「そうだったのか。それにしても、どうして王都に? おじさんとおばさんは?」


 ジェマは、ふふん、と胸を張った。


「お父さんの事業がうまくいってね。王都にも店を出店するまでになったんだけど、そこの店の経営を、あたしが任されたの」


「へえ。それはすごいな」


「でしょう?」


 自信と希望に満ちあふれている彼女は、ミアには、とても眩しく見えた。







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