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真実の愛は誰のもの?  作者: ふまさ


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「馬鹿が。世間知らずのお前が、一人で生きていけるとでも思っているのか? すぐに現実を知り、泣いて土下座して戻ってくるさまが目に浮かぶ」


 嘲笑するルソー伯爵に、ルソー伯爵夫人がくすりと笑ったが、それには気付かなかったようだ。


「ええ、そうかもしれませんね」


 イーモンが答えると、ルソー伯爵はにやりと口角を上げた。


「跡継ぎのお前がいなくなれば、私が困るとでも思ったのだろうが、残念だったな。コーリーに相応しい婿養子を探し、そやつに継がせればいいだけのこと。なにも困らん。出て行きたくば、好きにしろ。私は止めん」


 当てが外れ、少しは焦るだろう。その予想を裏切るように、イーモンは、ありがとうございます、と笑った。


「では、ここに署名をお願いします」


 書類を左手でかかげ、右手の人差し指で、署名する場所を指すイーモン。本当の馬鹿かと罵りながら、ルソー伯爵はさっさと署名した。


「これで私とお前は赤の他人だ。二度と屋敷にはいれん。とっとと出て行け」


「はい。準備はできていますので、すぐに」


 イーモンは晴れ晴れとしたように頭を下げ、二階の自室へと戻っていった。おろおろするコーリーをよそに、ルソー伯爵夫人が、次はわたくしの番ですね、と前に出た。


「ここに、署名を」


 ルソー伯爵は、ぎろりとルソー伯爵夫人を睨み付けた。


「──後悔するなよ」


「しません。もともとわたくしたちは完全なる政略結婚でしたし、あなたがわたくしを選んだ理由も、この容姿だけでしょう?」


「……うぬぼれるな」


「これは、失礼しました。わたくしもここを出て行く準備はできていますので、一刻も早く出て行ってほしければ、お早く署名をお願いします」


 折れそうなほどの力でペンを握り、怒りのまま署名したルソー伯爵は、これで満足かと、書類をルソー伯爵夫人に突きつけた。


「ええ。ありがとうございます」


 それでは。優雅に腰を折り、ルソー伯爵夫人が自室に向かう。お母様。コーリーが小刻みに震えながら、ルソー伯爵夫人の腕を掴んだ。


「……冗談、ですよね? あたしを置いて、このお屋敷を出ていったりしませんよね? だってお母様は、あたしのこと、愛していますもの。ね?」


 ルソー伯爵夫人は、コーリーと数秒目線を交差させたのち、深いため息をついた。


「あなた、一度でも、エディとミア嬢に罪悪感を抱いたことはありますか?」


「? あたし、あの二人になにも悪いことなんてしていません……罪悪感を抱く必要なんて」


「わたくしはね。エディとミア嬢を、とくに好いていたわけではありません。けれど、同情はしていました」


「同情って……可哀想なのは、あたしです。大好きだったお兄様に、あたしに優しくしてくれていたのは、お父様に脅されていたからだなんて言われて……心が、張り裂けそうでした」


「エディが脅されていたのは、可哀想ではないのですか?」


「脅されていたなんて、大袈裟です。きっとお父様は、お兄様に、あたしを大事にしてほしかっただけで」


「ああ言えば、こう言う。本当にあなたは、人を不快にさせる天才ですね。苛々します」


 コーリーが傷付いたと言わんばかりに、顔を歪ませた。ルソー伯爵が、可哀想にと、コーリーの肩をそっと抱き寄せる。


「こいつには、人の心がないんだ。諦めよう、コーリー」


「……お父様、でも、お母様もお兄様もいなくなったら、あたしっ」


「お前には、私がいる。そして私には、お前がいる。それで充分だ」


(妻と子どもを脅迫していた張本人が、人の心がないとは、逆に笑えるわ)


 そしてそれを聞いてもなお、父親をかばい、一番可哀想なのは自分だと嘆く娘。なんてお似合いの親子なのかしら。


 ルソー伯爵夫人は口には出さず、それらをそっと胸中で吐き捨てると、今度こそ振り返ることなく、その場をあとにした。


 お母様。

 背後から泣き声が響いたけれど、ルソー伯爵夫人の心は、ちらりとも動かなかった。






 ふっと瞼を開けたミアは、寝起きにしても、やけに頭がぼんやりしているなと感じながら、身体は動かさず、目線だけを左右に動かした。


「……あれ?」


 ここは、王都にある屋敷ではなく、両親が住む屋敷にある自室だと気付いたミアは、ゆっくりと上半身を起こした。


 窓からもれる朝の光に、手をかざす。


「……朝、なの?」


 記憶をたぐり寄せ、ミアが首を傾げる。おかしい。確か、最後の記憶では、空は紅く染まっていて、王都にある自室で、コーリーと話をしていたはずなのに。


 コンコン。コンコン。


 ノックの音にはっと我に返ったミアは慌てて「は、はい」と答えた。


「エディだけど、入ってもいいかな」


 扉の向こうから聞こえた声色に、ミアは心が熱くなった。


(……エディ!)


 寝台から飛び出し、急いで扉を開けた。驚いたように目を丸くしたエディが、そこにはいた。


「びっくりした。えと……」


「エディ! コ、コーリーと付き合うのですか?」


「……ミア?」


「コーリーから、あなたたちは従兄弟で、本当の兄妹ではないと聞きました。あ、愛し合っていると……」


 目を潤ませるミアに、エディはふっと表情を緩めると、そっとミアを抱き締めた。


「僕が愛しているのは、きみだけだよ。それに、その問題は解決したんだ。ジェンキンス伯爵のおかげでね」


「ど、どういうことですか……?」


「うん。最初から、ぜんぶ話すよ。聞いてくれるかな」


 そう言ったエディの笑顔は、見たことがないほど穏やかで、晴れ晴れとしていた。





 ミアが、膝の上に置いた拳を震わせ、涙を必死に堪える。三歳のころからずっとエディが脅迫されていたと知ったミアは、ルソー伯爵に対する怒りで、どうにかなりそうだった。


 ミアが「……いまから、ルソー伯爵を殴りに行ってきます」と寝台からすくっと立ち上がると、エディは、声を上げて笑いはじめた。


「わ、笑い事ではありません。わたし、そんなことも知らず、あなたを責めて……っ」


「隠していたんだから、知らなくて当然だよ。それに、ミアに責められた記憶なんてないし。それよりほら、座って? まだ話の途中だよ」


「……はい」


 ぐすっと鼻を鳴らし座るミアを愛おしく見ながら、エディは続けた。


「それでね。無事、ルソー伯爵家から解放された僕は、ジェンキンス伯爵の、親戚の養子になる予定なんだ。子どもはもう、二人とも成人していてね。とても優しい人たちだそうで。近々、顔合わせさせてもらえそうなんだ」


 嬉しそうに語るエディに、ミアの心が落ち着いていく。


 ──ああ、こんな。


「……こんなエディ、はじめて見ました」


「? どんな?」


「そう、ですね。哀しそうでも、苦しそうでもなくて……無理にではなく、心から笑っているような。真実を知ったいまだからこそ、そんな風に感じるのかも知れませんが……」


「……そっか。心配かけて、ごめんね」


「いえ、そんな。話してくれて、嬉しかったです。でも……できれば、もっと早く知りたかったです」


「……うん」


 ルシンダが言った。真実を話しても、大丈夫よ。そこまでミアは弱くないわ、と。だからこそ、決心できた。いずれは話すことになったとしても、こうも早くに決断はできなかっただろう。


 ──でも。


「あの、エディ。わたし、王都にいたはずなのに、どうしてお父様のお屋敷にいるのでしょう。王都からここまで何日もかかるはずなのに、まるで記憶がなくて……」

(……当然、だよな)


 ダリアがずっと表に出ていた小さな頃を除けば、これまでのダリアとの交代は、長くて半日ほど。いつもより長く眠っていたのだと、ミアも納得はできていた。


 けれど、今回は違う。数日間の記憶がなければ、流石のミアも、不思議に思って当然だ。


「……それも、説明するよ。行こう」


 エディが立ち上がり、ミアに手を差し出す。ミアが、どこにと首を捻る。


「ジェンキンス伯爵と、ジェンキンス伯爵夫人が、待っているよ」





 応接室に入ると、ミアは、両親におはようございます、といつものようにあいさつをした。ジェンキンス伯爵たちが、ちらっとエディに目配せする。エディがこくりと頷いたのを確認してから、ジェンキンス伯爵は、にこりと笑った。


「ああ、おはよう。ミア」


 ジェンキンス伯爵夫人が「お腹はすいてない? 先に朝食にしましょうか?」と問いかけると、ミアは、小さく首を左右に振った。


「……あの、わたし。王都でコーリーと話し合いをしていたはずなのに、気付いたら、ここにいて」


 ミアは意を決したように、口を開いた。


「昔から、記憶が途切れることがときどきありました。でも、お父様たちが大丈夫だと。気にしなくてよいとおっしゃってくださったので、わたしはあまり、考えないようにしてきました。でも、今回は……こんな、何日も記憶がないなんて」


「そうだね。とても怖かったろう。きちんと話すから、そこにかけなさい」


 ジェンキンス伯爵が、正面の椅子を指した。ミアが、はい、とそこに腰を下ろす。きみもね、と促され、ミアの隣に、エディも座った。


「これから話すことは、簡単には信じられないことかもしれない。それでも──」


「お父様とお母様。そしてエディが言うことなら、わたし、どのようなことでも受け止めます。だって、わたしがこの世の誰より、信用している人たちですから」


 真っ直ぐな瞳を光らせるミアに、ジェンキンス伯爵たちは、改めて、決意を固めた。


「ありがとう、ミア」


 そう言って、ジェンキンス伯爵は、口火を切った。




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