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真実の愛は誰のもの?  作者: ふまさ


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「……エディをルソー伯爵家から除籍する書類に署名すれば、いいのでしょうか」


 項垂れ、すっかり闘争心を失ってしまったルソー伯爵が、呟いた。コーリーが、ゆっくりとルソー伯爵の方へ顔を向ける。


「……お父様、いや。あたし、お兄様と離れたくない。ミアの言うことなんて、ぜんぶ嘘です。あたしを信じて」


「……コーリー。なにが真実かなんて、いまは無意味なんだよ。それに、エディの心にお前はいないんだ。諦めなさい」


「なんで……? お父様は、諦めろなんて、一度だってあたしに言ったことはなかった。いつもあたしの願いを叶えてくれていたのに、どうしてそんなこと言うの……?」


 訴えかけるような瞳から逃れるように、ルソー伯爵はコーリーから目を逸らせた。ジェンキンス伯爵から、離してやれと命じられた執事が、ルソー伯爵の腕を離した。ようやく解放されたルソー伯爵は暴れることなく、用意された書類に、黙って署名した。


「確かに」


 ジェンキンス伯爵が確認し、告げると、ルソー伯爵は席を立ち、まだ床に座ったままのコーリーに近付いた。


「帰ろう、コーリー」


 腕を取られ、立ち上がらされる。コーリーが、お兄様、と振り返る。エディはミアを抱き締め、声を殺しながら泣いていた。


「もう大丈夫よ、エディ」


 ミアが、優しく繰り返す。エディが、うんうんと頷く。


(お兄様が、泣いている……)


 はじめてみる光景に、コーリーは声をなくした。なんで。どうして。


(そんなに、ルソー伯爵家にいるのが辛かったの……? あたしといるのが、そんなに苦痛だったの……?)


「……わざとらしい奴めがっ」


 ルソー伯爵が、ぼそっと吐き捨てた。コーリーが、そうか、と父親をぼんやりと見た。


 ──あれ。あたしたちへの、当てつけなんだ。


 見せつけているんだ。いかに辛かったか。いかに苦しかったかって。


(──なんてひどい人たちなの)


 一番傷付いたのは、あたしじゃない。騙されて、偽りに優しくされて。なのに、あたしだけ悪者にして。


 ぎりっ。


 悔しさから、コーリーは唇を噛み締めた。たらりと口元から、一筋の血がこぼれた。







「お帰りなさい、あなた。コーリー」


 王都にあるルソー伯爵の屋敷に着くなり、待ちわびていたように、ルソー伯爵夫人が玄関ホールへと姿を現した。


 真っ先に口を開いたのは、コーリーだった。


「お母様、聞いてください! あたし、ジェンキンス伯爵たちからとてもひどいことを言われて……お兄様も!!」


「──ジェンキンス伯爵から、なにかお咎めは?」


 心配するでもなく、そう問いかける母親に違和感を覚えたコーリーが、首を捻った。


「お咎めって……だから、ひどいことをたくさん言われましたよ。それに、お兄様をルソー伯爵家から除籍する書類に、お父様が無理やり署名させられて」


「それだけ、ですか?」


「それだけってなんですか?!」


 怒鳴るコーリーを無視し、ルソー伯爵夫人は、ルソー伯爵に視線を移した。


「他には、なにかありましたか?」


「……いいや。コーリーが言ったことに間違いはない」


 ルソー伯爵夫人は、まあ、と僅かに目を丸くした。


「……ジェンキンス伯爵は、器が大きくていらっしゃるのですね。エディも、ミア嬢も……」


 しみじみと目を伏せるルソー伯爵夫人に、コーリーが、どこがですか、と苛々しながら声を荒げた。


「お母様。あたしの話、ちゃんと聞いていましたか? あたし、一方的に悪者にされたんですよ?!」


 おかしい。おかしい。いつもなら、可哀想にと、すぐに慰めてくれるはずなのに。お母様まで狂ってしまったのかと、コーリーが憤慨する。


「──エディがあなたの相手をしてくれていたからこそ、わたくしは今日まで耐えることができました」


 顔から表情をなくしたルソー伯爵夫人が、冷たい声音で、唐突に、そう吐き捨てた。


 コーリーも、ルソー伯爵も、同時に固まった。ルソー伯爵夫人が、かまわず続ける。


「それだけでありません。今回は、たまたま、相手が寛容だっただけです。そうでなければ、どうなっていたことか……それほどまでのことをしたという自覚は、あるのですか?」


「……貴様、当主の私に向かってっ」


「ええ、ええ。結婚したとき、言われましたね。あなたに逆らえば、離縁してやると」


 ルソー伯爵夫人は、懐から離縁の書類を取り出した。


「あなたが愛し、甘やかした結果が、いまのコーリーです。危なっかしくて、心が持ちません。このままでは、いつ、わたくしも、わたくしの実家も巻き添えになることか」


 差し出された書類には、もう、すべてが記入されていて。あと必要なのはもう、ルソー伯爵の署名だけだった。


「……ルソー伯爵家との繋がりが断たれてもかまわないと言うのか!」


 拳を震わせ、ルソー伯爵が叫ぶ。ルソー伯爵夫人は、ええ、と答えた。


「ルソー伯爵家との繋がりはいまや、リスクの方が高い。お父様に相談したら、納得してもらえましたので、ご心配なく」


「お、女の一存で離縁はできんだろうが!」


「そうですね。男は、一方的に離縁できますのに……なんと、不平等なことか」


「法で決まっていることに、難を示すか」


「いいえ。ただ、わたくしはこれから、あなたに従うつもりはありません。コーリーの機嫌伺いも終いです。だから、離縁してくれるのでしょう? そう言っていましたものね?」


 ぱあん。

 ルソー伯爵は、怒りのまま、ルソー伯爵夫人の頬を叩いた。コーリーは驚愕に目を見開いていたが、ルソー伯爵夫人は、思いのほか、冷静だった。


「……なんてひどい。慈善活動家を名乗るお方が、妻を打つなんて」


「自業自得だろう!!」


「──父上。そのへんにしておいた方が、よろしいかと」


 二階からゆっくりと階段を下ってきたのは、イーモンだった。


「母上は、父上が思っているよりずっと、強かですよ」


「うるさい! お前ごときが私に意見するな!!」


 穏やかで、優しい家族。そう思っていたコーリーは、パニックになっていた。冷たく、離縁を迫る母親。怒鳴り散らし、あまつさえ母親を打った父親。


(……なんで。お兄様のことだけでもう、気が変になってしまいそうなのに)


「……イーモンお兄様! お父様も、お母様も変なんですっ」


 コーリーが、縋るようにイーモンに駆け寄った。イーモンが、にっこりと笑う。ほっとしたのもつかの間。


「お前が知らなかっただけで、あの二人は、ずっとああだよ。どこも変じゃない」


「…………へ?」


「しかし、驚いたな。これまでエディとミア嬢の邪魔ばかりしていたあげくの、お前の妄言。それをなんの疑いもなく、信じた父上。よく、ジェンキンス伯爵たちは許してくれたね。誤算だったなあ」


「……イーモンお兄様?」


 ぱちくりとするコーリーに、イーモンが笑顔のまま、続けた。


「愛されて当然。甘やかされて当然。肯定されて当然といわんばかりのお前の態度。表情。言葉。いい加減、うんざりしていたのはなにも、エディだけじゃないんだよ」


「……イーモン!」


 拳を上げ、殴りかかろうとしてきたルソー伯爵を、イーモンが躱す。それにより、更に怒りが増したルソー伯爵が、ふうふうと、鼻息を荒くする。


「なんだその態度は! コーリーを傷付けて、ただですむと思うなよ!!」


「思っていません。ぼくを屋敷から追い出すのですよね? それからエディのように、人買いに売りますか?」


「な……っ」


 驚いた様子のルソー伯爵に、イーモンも、ルソー伯爵夫人も、呆れたようにため息をついた。


「あれだけ何度も屋敷内で脅せば、誰かの耳に届くこともありますよ。その可能性に、いまのいままで気付いていなかったのですか? まあぼくも、コーリーを泣かせれば屋敷から放り出すとは小さな頃から言われていましたけどね」


「……お、お父様……?」


 カタカタと震えながら、コーリーがルソー伯爵に視線を向ける。その顔は、真っ青だった。


「コーリー、聞くな! すべてでたらめだ!」


「はい、それでかまいませんよ。コーリーに信じてもらおうなんて、はなから思っていませんから。それより父上。ぼくも、母上のように書類を用意しましたので、署名をお願いします」


「……なんだと?」


「エディと同じ。ルソー伯爵家から、ぼくを除籍する書類です」


 ルソー伯爵は一瞬、目を見開いたが、すぐになんでもないように鼻で笑ってみせた。


「はっ。母親について行くつもりか。言っておくが、あいつは──」


「知っていますよ。あなたの血が混じるぼくを、母上が連れて行ってくれるわけがないでしょう。あなたたち両親からの愛情など、とうの昔に諦めています」


 コーリーが、そんなことはありません、と掠れた声で叫んだ。


「お、お父様もお母様も、あたしと同じぐらい、イーモンお兄様のこと、愛してくれています……なのに、どうしてそんなことを言うのですか……っ」


「お前の耳は飾りか? エディと同様、ぼくも母上も、父上に脅されていたんだ。逆らえば、お前を泣かせれば、離縁してやる。屋敷を追い出してやるとね。それのどこに愛情を感じろと?」


「……お、お父様は、そんなこと……」


「しないって? さっきも言ったけど、お前が信じようが信じまいが、どうでもいいんだよ。お前はこの屋敷で、父上と二人で、仲良し家族をしてればいい。ぼくはエディのように、すべてを押し殺し、お前をお姫様扱いすることなんてできない。そうすれば、いずれぼろがでる。遅かれ早かれ屋敷を追い出されるなら、自分で出て行く。それだけだ」





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