確かにあの日私は犬を飼いたいと言いました(R15)
内容はオリジナルとほぼ一緒です。ただマイルドにしました。マイルドにならなかったところの方が多いですが.......
まず貴方は一般魔導士だとします。魔導士の中でも治療専門の治療師と呼ばれる魔導士です。この就職難に運良く軍の治療師として就職できました。下っ端の下っ端、まだまともに治療師としては働かせてはもらえませんがそれなりに充実した毎日を送っている人だとします。
さて本日は雑用ばかりの一週間を無事終え、ヤッタね明日は休日。ここは一杯ぐいっと行きたい所ですが、先日飲み過ぎてお財布の中身が心もとないので、酒屋でお酒とおつまみを購入して一人晩酌しようとウキウキと家にかえってきたところだとします。
はい、ここで質問です。上記の情報をふまえて考えてみてください。もし家に帰って玄関のドアを開けた先に、狼の毛皮(頭付)を頭に被った男が四つん這いになって出迎えくださったりしちゃったら、アナタならどうしますか?
1 逃げる
2 悲鳴を上げる
3 男を踏みつけ女王様と呼ばせる
よっぽどの強者でなければ1か2を選ぶと思います。さて私の場合も1と2を選びたいと思いました。しかし……さらにここで追加の情報が入ります。その目の前の変質者がこの国の第2騎士団の団長様だったらどうしますか?
あまり知識がない方の為に補足しますが。王城警備を主にする第1騎士団とは違い第2騎士団はいわばこの国の守り(攻め)の要。いざ戦になれば最前線に立ち、普段は魔物の討伐に飛び回るような武力派集団です。そしてその騎士団のトップとなれば国1番の騎士とも言えましょう。城勤めとはいえ私の様な下っ端は庭ですれ違う事すら恐れ多い人だといえます。
さて質問をおさらいします、家に帰宅したらそんな国一番の騎士様が狼の毛皮以外何も身に付けず、正座して出迎えてくださったらアナタならどうしますか。あ、補足説明です、よく見たら靴下ははいてらっしゃいました。
1 逃げる
2 悲鳴を上げる
3 戦いを挑む
3を選んだら死亡なのは確実です。1か2を選択するべきですが、驚きのあまり私はどちらも選べずただ絶句するしかありませんでした。
なぜこのような状況になったのか、私の脳内は今までに無く高速で回転しだしましたが、普段からあまり素早く回転する事の無い脳です、さっぱりこの異常事態の原因がわかりませんでした。
「よく帰ってきた」
なぜだか騎士団長様にねぎらいの言葉をいただきました。私はどうお返事すればいいのでしょうか。
「ただいま、だろ」
「え、はい。ただいま」
私の挨拶に納得されたのか騎士団長様はヨシと小さく呟きました。なにがヨシなんでしょうか。でも騎士団長様に逆らうなんて一般人にはできません。
「撫でないのか」
「え」
「撫でないのか」
こ、これは私に撫でろと脅迫してきてると言う事でしょうか。もちろん騎士団長様には逆らえないので私は恐る恐る、騎士団長様の頭に乗っかる狼の顔を撫でました。しばらく撫でると騎士団長様はまた「ヨシ」と呟きました。
「あの、え、なぜ?」
おもわず素朴な質問が思わず私の口から漏れました。無意識にこぼれた言葉だったため、言った自分がびっくりしてしまい思わず口を塞ぎました。自分の口を抑える手がほんのり獣臭い……さっき毛皮をなでたせいでしょうか。恐る恐る騎士団長様を見ると、全く変わらぬ表情のまましばらく考える素振りを見せた後「犬が欲しいといった」とボソリと言われました。意味不明です。
確かに私は無類の犬好きで、犬を飼いたいとは常々思っています。けれど下っ端なのでいつ呼び出されるか、そしていつ家に帰れるのかわからない現状では飼う事は不可能。犬が欲しいが飼えないと先日酒場で友人に嘆きました。でも騎士団長様、貴方の奇行と私が犬を飼いたいのとどう繋がるのでしょうか。さっぱりわかりません。
「夕飯は作っておいた」
そう言うと騎士団長様はスッと立ち上がられました。ええ、狼の毛皮とかろうじて靴下を履いている騎士団長様がスッと立ち上がったのです。善良な一般市民であろう皆様ならどんな事になったかご理解いただけると思います。
「ぎやぁぁぁぁぁぁ」
「どうした、敵襲かっ」
「いやぁぁ、変質者いやぁぁ」
「なに、変質者っ何処にいる」
騎士団長様が変質者を警戒して剣を片手に気配を探ろうと集中しています。まって、どうして自分が変質者だという考えに至らないのでしょうか。ついでにその剣はどこから出てきたんですか。
「大丈夫だ、他の者の気配はない」
騎士団長様は私を片腕に抱きしめ、安心するようにといわれました。変質者に変質者はいないから安心するようにと言われました!!!キャパを超えた私の精神はプツリと音を立て切れ、先ほどまで動揺していた心はサァーっと妙な冷静さを取り戻しました。
「変質者は貴方です」
「なんだと」
「妙齢の女子のまえにそのような格好で現れる人を、変質者といいます」
「しかし、今の私は犬だ」
「…………」
あぁ、きっと騎士団長様は戦で頭を強く打ってしまったのだろう。国に貢献し何千もの魔物を切り裂き我々を守ってくれた英雄の末路……悲し過ぎます。私のような一般市民が出来る事は、ただなま暖かい目で見守る事しかありません。
「とにかく、へんし……騎士団長様、ズボンを、せめてズボンははいてください」
「ヨシ」
私の言う事を素直に聞いてズボンをはく騎士団長様。服や装備が私の部屋に有ると言う事は狼の毛皮の下はスッポンポン(+靴下)の姿で街を徘徊したわけではないようです。ひとまず安心しました。大丈夫ですよ騎士団長様、貴方の名誉を僭越ながら私が精一杯お守りします。
「冷める、早くこい」
騎士団長様の声に促され、私が部屋に入るとテーブルには豪華絢爛と言える料理がならんでいました。
「ええ、これ騎士団長様が作ったんですか」
「そうだ」
剣に生きる男の意外な特技を垣間見ました。それにしても美味しそうな匂いが鼻をくすぐります。平素の私ならけっして怪しい人の作った料理を口にする事はしないでしょう、しかし既に一度プッチリ言ってしまった私は深く考えるのも面倒で、欲求に従い目の前の料理を口にすることにしました。
「おいしぃ」
完璧な味付け、完璧な焼き具合、そして素材もきっと高級品。こんな機会がなければ一般市民の私など一生食べれないであろう贅沢料理。無我夢中で目の前の料理に食らいつく私を、騎士団長様は満足げに見ています。
今更の補足説明ですが、騎士団長様の眼力は小さな魔物すら射殺すことができると言われています。そんな人にジッと見つめられると、平民の心臓はせわしなく動き出してしまうのは当然の事だと思います。窮地に追い詰められた獣の気分です。でもご飯はおいしく頂けるのは先ほどのプッチリきれた神経のおかげかと思います。
「上出来か」
「え、はい。美味しいです」
「ヨシ」
テーブルの向かいに座っていた騎士団長様が何故か私の横に移動してきました。私は訳も分からず、ただ私の横に来て跪く騎士団長様を見ていると、騎士団長様は少し不満げに喉をならしました。
「撫でないのか」
「え」
「褒めないのか」
「へ、え」
訳も分からず騎士団長様を見ていると、騎士団長様がテーブルの料理をチラリとみられました。つまり料理がおいしかったなら褒めろと、撫でろと?とにかく騎士団長様には逆らわない方針を取っている私です、言われた通りにするしかありません。
「あ、ありがとうございます。とっても美味しいです」
騎士団長様の頭にのる狼の毛皮を撫でました。強く撫ですぎたのかずるりと毛皮がずれ落ち、騎士団長様のフワフワとした綺麗な髪が現れました。狼のごわごわした毛皮を撫でるぐらいなら、その頭をなでさせてほしいです。けれど、私のそんな思惑は虚しく騎士団長様はずれ落ちた毛皮を慌てて掴むといそいそと自分の頭の上にのっけました。
「室内なのでその変なかぶり物とりませんか?」
「しかし犬耳が」
「え」
「コレが無いと犬の耳がなくなる」
騎士団長様の言いたい事がさっぱりわかりません。狼の耳の時点で犬耳とは言わないのではと言うツッコミは何とか飲み込みました。とにかく、その狼のかぶり物は騎士団長様の気迫をさらに増幅しているだけでなく、何となく獣臭いので取って頂きたいです。
「そんなに、こだわられなくても」
狼の毛皮で威嚇しなくても騎士団長様は既に怖いですよ……いろんな意味で。とりあえずその言葉は飲み込みました。騎士団長様はしばらく眉間にシワを寄せた後、なぜか渋々狼の毛皮を部屋の隅にそれはそれは大事そうに畳んでおかれました。
「これでいいか」
「え、はい」
私の横に戻ってきた騎士団長様が、目で先ほどの続き、つまり撫でろと命令されました。先ほど確かにそのフワリとした髪をなでたいとおもいました、思いましたが、実際なでるとなると緊張します。
前にも言ったように、私の様な下っ端などお目にかかることすら無いであろう上の地位にいらっしゃる方です……たとえ頭の中身が残念な事になっていようが立派な方なのです。しかし騎士団長様のご命令には逆らえませんので、意を決して撫でてみました。フワリとした騎士団長様の髪、手に触れる柔らかい感触がくせになりそうです。本当に柔らかくてフワリとした髪……将来が少し心配です。
いつまで撫でればいいのだろうかと騎士団長様を覗き込めば、何かとても嬉しそうに撫でられていらっしゃいました。剣を振るえば幾万の魔物が血の海に沈む、この男を殺すのは魔王でもむりだろうと言われる国一番の騎士。けれど今は射殺す様な視線を放つその目を閉じ、幸せそうに撫でられています。キュン……あれ?この胸に広がる感覚はなんでしょう。
キュンキュンする胸と戦いながらしばらく騎士団長様をなでていると、どうやら満足されたらしく、スクリと立ち上がられました。
「風呂はどこだ」
「へ」
「風呂の用意をする」
残念な事に、格安物件だったこの家にはお風呂などありません。いつか大型犬を飼って一緒に暮らせるほど広い家に住むという夢のために今は我慢しているのです。
「あ、お風呂はないんです」
「川か、夜は冷える」
「川は行きませんよっ」
お風呂が無ければ川で洗う、その発想にビックリです。でも、魔物退治で何日も遠征する事などざらにある騎士団長様らしい発想です。たしかに私もいざとなれば川で体を洗うぐらいできますけどね…
「いつもはお湯を沸かして体を拭いてます。週に数回大衆浴場にいって髪もあらってるので、汚くないですよ」
「ヨシ」
何か一人で納得された騎士団長様はそのまま席を退出されました。どうやら調理場に向かわれたようです。追いかけていくべきでしょうか、でも目の前のごちそうを食べたいと私の腹の中の虫が訴えてきます。
「ま、いっか」
一度ぷっつり切れたら人間は強くなるようです。この貧乏暮らし、何か盗まれてもたいして困りませんし、もしかしたらデザートでも作ってくれるのではと微かな期待もありました。それにしてもこの料理達は本当に美味しい。半ばやけなのかいつもの倍近くの量を胃袋におさめ、満腹感を堪能していると、桶をもった騎士団長様が部屋に入ってきました。
どうやら、デザートではなくお湯を持ってきた騎士団長様。少し期待していたのでちょっぴりガッカリです。そんな私をよそに桶を置き布を湿らす騎士団長様、その手にはしっかりと私のような貧乏人が石鹸用に使う除菌効果のあるハーブが握られています。
「………」
「………」
桶の横でじっと待機する騎士団長様と思わず見つめ合ってしまいました。そうですよね、考えが至らなかったです。たとえ登場時に狼の毛皮(+靴下)以外着ていなかったとしても、体を拭く時に女性が部屋にいたら迷惑ですよね。
「ごゆっくりどうぞ」
「まて、どこへいく」
どこへと言われても、この小さな家には部屋と調理場とトイレぐらいしかありませんし、こんな夜遅く外に出るつもりもありません。
「あっちの調理場で待機しておきますから」
「調理場で拭くのか」
ヨシと短く言った後、騎士団長様は桶を持ち調理場へと移動されました。そして座ってジッと私を見ています、と言う事はもしかしてそちらの桶のお湯は私用のお湯?
「どうした、冷めてしまう」
「あはは」
やはりそのようです。何の虐めですかこれ。しかし真面目に待機する騎士団長様のご様子から冗談をいわれているわけでもないようです。いくら頭がおかしくなってしまったとはいえ相手は国の英雄で、こっちは掃いて捨てるほどいる底辺治療師。泣きたい気持ちを押さえ込み、服に手をかけました。既にやけくその域に到達しつつある私がいます。
勢いにまかせて上の服は脱いだけれど、やはり下まで脱ぐ事は出来ませんでした。上半身を脱ぎ、前だけ布で隠したその姿で騎士団長様の前に座りました。心の中では既に真理の追究者の気分、つまり無心、無心です。孤高な修行者になりかけた私の背中を、騎士団長様は堅く絞ったタオルにハーブを包み拭き始めた。
「………」
「………」
肌に微かに触れる布の感触、タオルを水につけるたびに響く水音、そしてほのかに暗い調理場がなんだか私の羞恥心を倍増させていくきがします。騎士団長様も戦士ならもっとグアッと力任せに擦ってくれればいいものを、想像以上の優しさでそっと擦るからなんだか変な気分になるんです。
「気持ちいいか」
「えっと、はい」
「ヨシ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「うひゃん」
しばしの沈黙の後、騎士団長様に首筋を急になめられました。突然の攻撃に私はなんとも間抜けな悲鳴を上げるしかありませんでした。その後も騎士団長様の攻撃はとどまる事をしらず、騎士団長様の舌が首筋やら肩やらうなじやらを動き回ります。
「ひゃ、あ、なんで」
「……犬、だからな」
質問の答えになってません騎士団長様っ。逃げようと足掻くけれど、どこをどう押さえつけられているのか、騎士団長様の腕から逃れる事ができません。這い回る舌をくすぐったく感じるだけではなく、何かいけない扉を開いてしまいそうになった時攻撃が止みました。
「え、きゃ」
騎士団長様は後ろからの攻撃を終わらせ、今度は前から攻撃するつもりのようです。私の体を強引にくるりと回した後、床にそっと壊れ物を扱うかのようにおろしました。乱暴なのか丁寧なのか判りません。
「い、い、いったい何を」
見上げた騎士団長様の左手の中には、いつの間にかミルク色のブロックがおさまっていました。確かにそれは調理場ではよく見るものです。しかし決して今の状況で手にする物ではないはずです。先日買い置きできるし、大きめのを買ったため、大きな騎士団長の手にもそれは収まりきれてません。
「そ、それは……」
「バターだ」
まるで見れば判るだろうと言いたげな騎士団長様。ええ、視界では判っていたのですが私の脳がそれを理解するのを拒否してるんです。
「なんで、バターなんか」
思わず聞いてから大後悔。これは絶対聞いてはいけない事、知ってはいけない事。開いてはいけないパンドラの箱
「犬だからな」
うわぁぁぁん。質問の答えになってませんよ騎士団長様ぁぁぁ。グシャっと音がなりそうな勢いで騎士団長様の左手にあったバターが潰されました。バターと共に私の中の騎士団長様を理解しようとする気持ちまで吹っ飛んだ気がします。あぁ、もう目の前にいるのは同じ人類ではなく、騎士団長様という新種の生き物なんですね。
しかしなぜ私は体中にバターを塗られてるんでしょうかね。全くもって意味不明ですよ。とにかく無言でひたすら私の体にバターを塗る騎士団長様が恐ろしいです。カニバリズムでしょうか、私は食べられるのでしょうか。それゆえに狼の毛皮かぶってたんでしょうか。
……靴下はなぜはいていたんでしょうか。
ひとしきりバターを塗り終えた騎士団長様が、ヨシと満足げにいわれました。もう私は引きつった笑みをうかべること以外できませんでした。
その後も騎士団長様に思う存分に翻弄された私は、限界がきてぷっつんと意識を手放したのでした。徐々になくなる意識の中、私の耳元で「騎士クラウディオ・ベルタッジアは永遠の忠誠を貴女に誓う。永遠に貴女の犬であり続けよう」という恐ろしい騎士団長様の騎士の誓いを立てていた気がしますが、これはきっと気のせいだったと思います。気のせいですよね、気のせいだって信じたいです。
そして私はベットの上で爽やかな朝を迎えました。妙にお肌がしっとりしています。そうだ、たしかバターを体中に塗られていたんでした。体にべとつきが無いと言う事は、全て舐められた……いえ、拭き取られて、そう拭き取られているようです。いつも以上にしっとりつるつるのお肌。バターの保湿効果は絶大です。
肝心の騎士団長様はベッドで寝る私の片足にしがみつきながら傅かしずくように眠っています。床にねるか、私を押しやってベットで寝ればいいのに、なぜあえてそこにいるのかまったくもって不明です。
「目が覚めたか」
「はい……おはようございます」
「うむ、良い朝だ」
私に挨拶された騎士団長様がほのかに喜ばれている気がします。思わず頭を撫でると、満足げに微笑む騎士団長様。かわい……お、落ち着け私、相手は騎士団長様だぞ。
「食事は用意しておいた」
「ありがとうございます……でも一体どうして」
そこまでしてくださるんですか。気がつけば綺麗に掃除されている部屋、食べたい時に用意されている食事、体だって拭いてくれようとした。お世話される立場の騎士団長様がなぜ、こんなに甲斐甲斐しく私の世話をしてくれるのでしょうか。
「犬だからな」
「犬……ですか?」
「うむ、犬は下僕でもある」
やはり騎士団長様の思考回路はさっぱりわからないです。犬と言い張る騎士団長様を私は飼う事になるのでしょうか。とりあえずだれかに連絡するべきですよね、どうやら騎士団長様が残念な事になってますと……こちらで保護しますと。
私が今後の事を悩みつつ、期待に満ちた目をする騎士団長様の差し出す朝食に手をつけたとき、玄関のドアの叩く音が響き渡りました。すかさず剣を片手に取り臨戦態勢に入る騎士団長様。一般のしかもただの下っ端治療師の家に朝から敵襲などあるはずが無いのに。
「そこにいるんだろ、クラウディオっ」
「ケイスか」
どうやら騎士団長様のお知り合いのようです。とにかく玄関を開けようと立ち上がる私を騎士団長様は手で制止し、自らドアを開けにいかれました。なんだか心配になった私はこっそりその様子を覗いてみる事にしました。
「なんだ」
「なんだじゃないよ。全く君って人間は……」
黒いローブの男が遠慮も無く人の玄関に上がり込みました。よくよく顔をみたら第2騎士団の副団長様でした。エリート中のエリート様です。私の心に乾いた笑いが吹き荒れます。こうなったら王様がこの家に上がり込んでも驚きはしないでしょう。
「まぁまぁ、ケイス。クラウディオが見つかったからいいじゃないか」
神様、前言撤回します。驚きます、驚きますから……もう止めてください。黒いローブの副団長様の後に入って来たのはこの国の第1王子デニス様でした。これで第1騎士団の副団長を務めるダドリー様が現れたら我が国の若き砦と言われる4人が完璧にそろいますね。
「それでは、さっさとクラウディオを回収して帰りましょう、デニス様」
わぁい、この国の若き4トップが何故かうちの玄関に大集合です。もう、なんか虚な目で玄関の先にきっと広がる妖精さんの世界を眺める事以外、私に出来る事は無いと思いませんか。うふふ、あはは、まぁすてき七色のチューリップさんがさいているわぁ。
「私は帰らないぞ」
騎士団長様が3人を睨みつけながら爆弾発言をかまされました。そうでした、騎士団長様は頭が残念な事になっている最中でした。
「はぁ、なにいってんのクラウディオ」
「おや、クラウディオが我がまま言うなんてめずらしいね」
「クラウディオなどおいて帰りましょう、デニス様」
「そういうわけにはいかないよダドリー、クラウディオがいないと我が国は滅ぶよ」
「そうだよ、ほら、帰るぞ、クラウディオ」
強制的にでも連れて帰ろうとする第2騎士団副団長様、それをのほほんとみる王子様、そんなことはどうでもいいから帰りたそうな第1騎士団副団長様、そして当の騎士団長様は何故か剣に手をかけてます。
「犬は飼い主と一緒にいるものだっ」
何言ってのけちゃってるのこの人っ。
「「「犬?」」」
何だか嫌な予感がして、玄関とは反対側にある部屋の窓から逃げ出す準備をします。荷物は昨日と同じ物でよし、財布と金目の物をもって、いざ窓から脱出です。しかし、どこぞから伸びてきた腕に腰をがっちりホールドされて、窓からの脱出計画はあえなく失敗しました。
「そこからの出入りは危険だ」
「そ、そうですね(知ってます)」
そして私は騎士団長様にがっちりホールドされたまま、玄関に連れて行かれました。なんでしょう、不可解で理解の範疇を超えた状況なのに、騎士団長様の腕の中をここちよく感じてしまうのは私の頭も結構残念な事になってしまったということでしょうか。昨日の酸欠が脳にきたのでしょうか。
「これが私の飼い主だ」
3人の男性の視線が痛いです。私の様な下っ端治療師は一生お会いする事も無い様な方々の視線、ざっくりざっくり刺さってきます。逃げ出したいのですが、それは自称私の犬である騎士団長様のがっちりホールドに捕まって無理なのです。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
にこやかな笑みを浮かべる王子様が怖いです。私は視線を合わす事も出来ずただ玄関の床をながめることしかできません。
「ねぇ、君、国の英雄とも言われるクラウディオがこんな残念な性格だって知ってた?」
「そ、そんな事……」
「だよね、だって僕たち上層部が隠して来たんだもんね」
「あ、あの、私絶対口外しませんっ」
どうやら騎士団長様は魔物との戦いで頭が残念になったわけではなく、最初っから残念な人だったようです。そして、その秘密を知った私は消される気がするのはなぜでしょうか。からだじゅうから汗が吹き出る気がします。
「しかたがないよね」
「そうだな」
「そうですね」
3人の男が顔を見合わせ、目で合図をし合います。あらとっても仲良しなんですね、と言ってあげる余裕はもちろんありません。
「君を第2騎士団、団長と副団長専属魔術師に任命する」
「今日から専属の寮に、つまりクラウディオの部屋で寝泊まりするようにな」
「面倒ですが、こちらで手続きはすませておきます」
「これからずっと一緒に居れるな、主っ」
さて皆様、ここで質問です。今までの流れをふまえ皆様ならこの状況でどう行動されますか?
1 引きつった笑みをただただ浮かべる
2 号泣する
3 この国最強と言われる男達を薙ぎ払い逃げ出す。
私が取った行動は皆様のご想像におまかせします。