第六話
翌日。ベアトリクスはゴミ拾いかリサイクルショップの店番か分からないが、ルシファーが起きた時にはすでに不在だった。
そこでルシファーは屋敷の探索をしてみることにした。ベアトリクスがここでどんな暮らしをしているのか、ふと興味が湧いたからだ。
「ほんと、すげえ量だよなあ。呪いをかけたのは三年前だから、それから毎日拾ってるのか」
無駄なくぴっちりと積まれたゴミ袋に、職人技を感じるルシファー。
ゴミをかき分けて進んでいると、ふとあることに気づく。
「もしかしてこれ、分別してあるのか?」
各部屋のドアには何らかのマークが付いている。同じマークの部屋には同種のゴミが積まれている法則に気が付いた。
そして廊下に出ているのは、通るときに身体を傷つけないような毛布や衣類ゴミが中心だ。いずれも街中に落ちているときの薄汚れた状態ではなく、清潔でほのかに石鹸の香りがする。洗濯済みなのだろう。
「なるほど。一応考えられてるんだな。そういえば、ここはリサイクルショップの倉庫だって言ってたな」
妙に感心しながら見て回り、最上階から一階のホールへとたどり着く。
「入口付近にあるのは未分別のものか。これだけの量を拾って分別するなんて、時間がいくらあっても足りないだろうな……」
そう考えながら、少しゴミが少ないドアの前に立つ。
玄関ホールから続く、元応接室と思われる部屋。ここでベアトリクスは生活している。
――どんな部屋なんだろう? 気になったルシファーは興味本位でドアノブに手をかける。
「……勝手に見るのはいけないな」
ブラジャー事件が脳裏をよぎった。ドアノブにかけた手を離し、ホールから外に出る。
もちろん庭にもゴミが積まれている。おそらくこれは屋敷に入らなかった粗大ゴミ系のものだろう。へんてこな機械や大型の家具を横目に見ながら、庭をぐるりと回って進んでいく。
「伯爵家の屋敷とだけあって広いな。まあ、城には敵わないが」
屋敷の裏手に進んだところで、ルシファーは目を見開いた。
「ここは……!?」
屋敷裏手の開けた土地にゴミはない。その代わりに、一面に花畑が広がっていた。
風にそよぐ色とりどりの花。流れるほのかに甘い香りが心落ち着かせる。
先ほどまでの風景とは百八十度正反対だ。夢でも見ているのかと思って急いで引き返すと粗大ゴミが目に入る。ああ、やっぱりここはゴミ屋敷だ。
「一体どういうことだ? ……花だけじゃなくて野菜もあるぞ」
長い足ですたすたと近づき、状況を確認する。
白やピンクの花が咲き誇る畑に、たわわな実を付けた野菜畑。痩せた大地のグラディス王国において畑は貴重な光景だ。手入れが行き届いた王城の庭とほとんど遜色ない景観に驚きを隠せない。
じっと畑を見ていると、土の表面に動物の骨や食事かすのようなものが見えた。
「そうか。これは生ゴミを利用しているのか」
実際に目にするのは初めてだが、生ごみは堆肥になると聞いたことがある。拾ったゴミは全て無駄なく利用しているのだろう。
何でもかんでもゴミを集めるゴミ屋敷令嬢――。一部ではそう陰口を叩かれているベアトリクスだが、その生活は整頓され、工夫が凝らされている。
屋敷の内外を見て回ったルシファーは、どこか晴れやかな気持ちになっていた。
「ベアトリクス嬢はこの生活が好きだと言っていたが、分かる気がするな」
ゆっくりと岩に腰を下ろし、傍らに生える小さな白い花を撫でる。
「……こんなに大切にされているゴミが羨ましいな」
これまで、どれだけ魔法と鍛錬を頑張っても認められなかった。嘲られ、虐げられた記憶しかない。
お前などいらない、そう感じてきた人生だった。
「ゴミになりたいと思うなんて、疲れてんのかな。……寝よ」
ベアトリクスに拾われて数日。空腹になることはないし、疲れることもしていないのに、なぜだかよく眠くなる。
(なんだかここは、時間の流れが遅く感じるな)
常に何かに駆り立てられるように生きてきたせいか、全てから解放されたこの生活はまどろみのなかにいるような感覚がする。
ルシファーはふわぁとひとつ欠伸をし、自室に戻って二度寝を決め込んだのであった。





