第一話
グラディウス王国の王都、貴族の屋敷が立ち並ぶ区域。数年前までは大きな屋敷が立ち並んでいたが、今は一つの屋敷を残してみな他の区画へ引っ越してしまった。
残っているただ一つの屋敷こそ、伯爵令嬢ベアトリクスの住まい――通称ゴミ屋敷であった。
もはやどこが入口かも分からない屋敷は、かつては優雅で広大だったのであろう庭を含めて敷地いっぱいにゴミが積みあがっている。麻袋や皮袋に詰まったゴミや、壊れた家具、ヘンテコな道具なども混じっていて、この区画だけ明らかに異様な雰囲気を漂わせていた。
「さて! 今日も元気にゴミを拾いに行きますわよ!」
ゴミの山の間を縫うようにして敷地から出てきた令嬢が、この屋敷の主・ベアトリクスだ。金髪碧眼の整った容姿に、ゴミ屋敷から出て来たとは思えないような清潔なドレスを着ている。
彼女は左手に麻袋、右手に火ばさみを持ち、ふんと鼻を鳴らした。
ベアトリクスの朝は早い。朝四時には起床し、身支度を整えて朝食をとる。人々が活動を始める前に朝のゴミ拾いを行わなければいけないからだ。
グラディウス王国は血気盛んな騎士や冒険者が多いため多くの居酒屋がある。そのため明け方の道路には酒の空き瓶や、骨付き肉の残骸、はたまた靴下やパンツといったものまで、たくさんのゴミが落ちているのである。
「……これは拾い甲斐がありますわね」
ベアトリクスは丁寧に腰をかがめ、一つ一つゴミを拾い、持参した麻袋に回収していく。貴族令嬢の優雅さとしなやかさを備えたその所作はたいそう美しい。
彼女がゴミを集め出したころは眉をひそめて陰口を叩いていた住民たち。しかし、この美しい所作と街の美化活動に胸を打たれ、多くの者は今や彼女のゴミ収集を黙認しているのだった。
呪いを受けてから突き動かされるように数年間毎日続けているゴミ拾い。それはいつしか丁寧さと速さを兼ね備えるようになり、あっという間に王都の巡回が終わってしまう。
「王都はこれで大丈夫ですわね! 次は平民街。さくさく行きましょう」
いったんゴミの詰まった麻袋を屋敷に置きに戻り、改めて平民街のゴミ拾いに向かう。貴族街を取り囲むように位置している平民街までは、屋敷から歩いて十五分程度だ。
「朝から身体を動かすのは気持ちがいいわね! ふふっ、貴族なんて堅苦しくて嫌だったけど、こうして自由気ままに生きられるようになれて、ほんとうによかったわ!」
艶のある金髪が朝日に照らされて美しく輝く。
「おはようございます、ベアトリクス様」
「精が出ますね。ありがとうございます」
早起きの住民たちが次々に挨拶をする。貴族たちからは陰で『ゴミ屋敷令嬢』と揶揄されるベアトリクスだが、平民からの人気は高い。
「皆様、おはようございます。今日という一日が善き日になりますように」
そう返して、彼女は再びゴミ拾いに集中する。平民街のほうがゴミが多いため、作業は昼頃まで続いた。
いつも通りぱんぱんになった麻袋を手にしてベアトリクスは満足し、昼食をとりに屋敷へ戻ることにした。
裏道を使うと屋敷まで近い。ゴミ拾いを通して地理に詳しくなったベアトリクスは、細い裏通りを通って家路を急ぐ。
「――あら? 何でしょう」
目線の先には黒い塊が。先刻ゴミ拾いで通ったときには無かったものだ。こんな大きなゴミに気が付かないわけはないので、ここ数時間の間に新しく投棄されたものだろう。
「粗大ゴミ? それとも大きな黒猫かしら……?」
ごわごわとして身体を丸めているそれは大きな黒猫のようにも見えたが、近づいてよく見ると、なんと薄汚れて痩せた小さな男の子だった。
呼吸は弱く、衰弱しているようにみえる。ベアトリクスの胸がつきんと痛んだ。
(可哀相に。捨てられて行き倒れてしまったに違いないわ)
グラディウス王国は痩せた大地に立地していることもあり、決して豊かな国ではない。子供をたくさん産むことがよしとされているものの、育てられずに放棄される子供もまた多い。
ベアトリクスがその少年を拾ったのは、何でも拾う呪いのせいか、それとも彼女の心が清らかだったからか。答えは定かではないが、とにかく彼女はその少年を背負い、屋敷に連れて帰ったのであった。
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