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第60話:絶望の勇者


『こ、これが……勇者の死体……まだ、微弱ながらも、創世神の力が残っている……しかしなぜ、なぜ創世神はソルト・クオンに力を貸さなかったんだぁ? 力を貸せば、グローカスに殺されるなどありえないのに……』


 5万年前、勇者は魔王討伐に成功し、帰郷する。しかし、その旅の途中、エルフの森ででグローカスに奇襲を受けて死んでしまう。聖女によってグローカスは撃退されたが、グローカスを殺すことはできなかった。


 エルフ達は勇者、ソルト・クオンに多大なる恩を受けていた。エルフの里を魔王の襲撃から守り、魔王に囚われた同族を救出してもらい、人間とエルフの架け橋となって、大同盟を実現させた。その結果、魔王に占領されていたエルフの森はその全てがエルフの元へ返ってきた。


 そのエルフの森で、ソルト・クオンはエルフ達から魔王討伐の祝い、持成しを受けた。しかし、エルフは、大恩ある、救世主を……自分の支配する土地で死なせてしまった。ソルト・クオンを守ることができなかった。


 エルフ達は己の不甲斐なさと、勇者を見捨てた創世神に怒り、エルフの未来を決めた。エルフは、ソルト・クオンの無念を晴らし、創世神の傲慢さを打ち砕くために生きると。


『すまない、ソルト・クオン。ワシは創世神の手なのだよ。創世神の命令は絶対、創世神が勇者を見捨てると判断したのなら、君を哀れだと思っても、ワシはそれに従うことしかできなかった』


 ──ドクン──


 アラバイルが同情の言葉と、謝罪を口にした時、勇者の死体は脈打つように跳ねた。黒と紫の、小さな稲妻が、勇者の体を駆け巡り、その肉を焦がした。焼かれた勇者の肉は、黒く焦げて、周囲にある存在を、黒と紫の稲妻が焦がし汚染した。黒く焦げた地面から、今度はアラバイルに向かって稲妻が跳ねた。


『あ、ああああ!?』


 アラバイルは黒と紫の雷に打たれた。憎しみを持って放たれた雷は、アラバイルを殺すには至らなかった。その力はたった今生まれたばかりで、弱かった。


『ワシを……殺したいのか……だけど、この身に受けて、わかったよ。この力は、創世神の力だ……憎しみ、恨みで反転してしまった創世神の力……あ、あああああ! 創世神の力! これも創世神の力なのかぁ!? 創世神の力なのに……君は、世界を滅ぼしたいのかい? ああ、そうだね。気持ちはなんとなく分かるよ……ワシも、そういう気持ちはずっとあったから……でも、ワシは、創世神の命令は絶対だから……理不尽だよねぇ』


「……」


 勇者の死体は何も答えない。そこに命はなく、神に至るだけの力もなく、精霊にもなれない、弱い力があるだけだった。


『ああ、そうか。この世界を呪う力も、創世神の意思なんだ。反転しているだけで、同じなんだ。ああ、凄い……今まで、考えちゃいけないって、思考を中断されてしまった考えが、止まらない! 壊してもいいってことなのかい? ねぇ!? そうなのかい? ワシは自由に考え、行動してもいい。君は、そう言ってくれているのかい!? 黒の雷よォ!』


 創世神に見捨てられた勇者は世界を憎んでしまった。しかし、元から見捨てられていたが故に、勇者には創世神の力は殆ど残っていなかった。残り香のような、微弱な足跡だけがあった。しかしそれは確かに反転した。世界を生み出す力から反転し、世界を憎み、壊す力に。


 それは小さな、とても弱い力であったが、アラバイルに自由意志を与えた。反転した力も創世神の意思だと、アラバイルは考えることができた。きっかけさえあれば、一度の命令さえあれば、アラバイルには十分だった。


 アラバイルは勇者の死体を埋葬しなかった。他の天界の神々には埋葬したと嘘をついて、アラバイルは勇者の死体を調べた。この世界を呪う力をどうにか強くできないか、考えた。


『そうか、ソルト・クオン……確かに君は、世界を、創世神を恨みはしたけれど……世界の全てを憎み切ることはできなかったんだ。君は優しいから、愛する者達の生きる世界を壊したくないって気持ちも強いんだ。でも、君は賢いから、どうしても頭を過ってしまう。あの時どうして力を貸してくれなかったんだってねぇ……』


 アラバイルは死体のソルト・クオンと会話をするのが日課になっていた。物言わぬ屍のソルト・クオンは、アラバイルが唯一本音を話す対象だった。アラバイルが世界を憎み、世界を呪う力に同調する度に、アラバイルの闇は肯定された。


『ふふふ、なんだ。簡単じゃないか……君の愛を壊せばいいんじゃないかぁ……そうすれば、世界を全部憎んでくれる。強く大きく成長できるんだぁ! 反転、反転だ……愛を反転させるッ!! ベースとなる、人間の魂なんて、簡単に捻じ曲げられる。だって、創世神に守られていないんだからねぇ! 君を呪ってあげようソルト・クオン! いや呪いじゃない──これは闇の祝福さァ!!』


 アラバイルはソルト・クオンを呪った、創世神の力を使って呪った、魂に呪いを刻み、その魂を歪めた。アラバイルは創世神の手、創世神の計画の遂行を補佐する存在。元々創世神の力の一部を扱うことができた。そこに命令さえあれば、アラバイルは創世神の力を使うことができた。アラバイルは微弱な黒の雷、反転した創世神の力、世界を呪う意思を命令として、その力を行使した。


 微弱な力の意思は言語化すら不可能で、なんとなくの雰囲気しか存在しなかった。そんな力の命令など、殆どアラバイルの妄想のようなものだった。しかし、繋がってしまった。噛み合ってしまった。


 ソルト・クオンはその魂の全てを闇に堕とされた。その魂は一つの場所を向いた、世界を呪い、破壊し、終わらせる未来を。ソルト・クオンの世界を愛する心は、世界を憎むよりもずっとずっと強かった、強い想いの全てが、反転してしまった。抗うことのできない、理不尽の力、創世神の力で刻まれたその呪いを解く術はない。


『やったぁ! 思った通りだぁ! 今までとは比べ物にならない! これなら君は、神になれる! 創世神の望む、進化のための圧力! そのための大いなる破壊を! 完璧に遂行できる! そうだ! 生ぬるかったんだよォ! 創世神のやり方じゃ、真なる破壊、圧倒的な進化は生まれないィ!!』


 勇者の死体は、漆黒の意思に塗りつぶされて、その全身を黒の雷が駆け巡った。もう微弱な弱い力ではない、活き活きとしていて、命があるかのようだった。


『実はねぇ……君にプレゼントがあるんだよ。ほらこれ』


 ドサリと宙から死体が落ちてくる。それも大量に、アラバイルの小屋のような狭い住処が死体で埋もれるほどに、大量に落ちてきた。


『世界中で死んだ強者や化け物、神、邪神達だ。これらを全て君と同じように歪めた。君のその黒き雷で焼いて、君と繋がりを作ってやれば……』


 アラバイルの召喚した大量の死体を勇者の死体を駆け巡る、黒の雷が焼いた。


『これらを、君を神へと押し上げるエネルギーに変換できる! さぁ、ソルト・クオン。新しい君が生まれるよぉ? 今日から君はファーカラル。邪神ファーカラルだ! 闇の救世主! これでワシは! さらなる高みを目指せる! 君の生み出した概念が、新たな地平を切り開く!!』


 こうして邪神ファーカラルは生まれた。勇者ソルト・クオンの記憶を持っただけの、邪悪の化身。ファーカラルの長い旅が始まった。



──────



「まだ隠し札はあるんだろぉ? オレが準備してきたように、ファーカラルも、ウナギィ・クローも準備してきたんだろう? オレは全部出し切っちゃったけど、負ける気はしないんだぁ。今のオレには不屈の闘志、勇気があるからねぇ。けれど……ファーカラル、君の奇襲……あの時点のオレが全てやりきったんだって、完全に知ってた感じだ。ふーむ、どうやったか知らないけど、オレの考えを読んだんだねぇ? 厄介、厄介だなぁ。君には多大なる恩があるけど、もういいんだ。死んでくれ、今までよく頑張った、偉いよぉ!?」


 アラバイルがファーカラルを狙うこと、それはアラバイルの言葉を聞けば、分かりきったこと。だから、俺はアラバイルが動く前に、行動を起こした。


『──なっ!?』


「ぐああああああァッ──!??」


 全く見えない、あれからさらに強くなったアラバイルの攻撃は、俺には見えない。だけど、俺はその攻撃に対応した。俺はファーカラルを庇った、ダメージを俺の魂に肩代わりさせた。


 今までとは比べ物にならない大ダメージが俺に入る。耐えきれず、俺の中にいる仲間たちの数匹が、ついに死んだ。消えない炎で回復力の下がった俺の魂だけではダメージを軽減しきれなかった。俺の魂にダメージを肩代わりさせ、そこからさらに俺の肉体へとダメージを流した。


『な、なぜだウナギィ・クロー!? ワレを庇うだと?』


「黙って守られてやがれ!! 俺の決断のために……死んでくれたやつがいんだ! アラバイルの言う通り、お前にはまだ隠し札があんだろ? 残念ながら今の俺には、隠し札はねぇ!」


 アラバイルの攻撃は続く、俺はファーカラルを庇い続ける。魔蟲達が死んでいく、死にたくねぇなら、俺の命令なんて聞かなきゃいいのに……こいつらは、俺の意思に従った。自らの意思で、勝利を掴むために、死を選んだ。


『馬鹿者が! それを言ってどうする!!』


「うるせぇ! どのみち俺は策を思いつかなきゃ、このクソ野郎をぶっ倒す役には立たねぇ! だったらお前に賭けるしかねぇだろ!! 諦めてねぇんだろ!? ファーカラル、お前が勇者だってんなら! 諦めるわけねぇよなァ!?」


『──ッ……カセドラル・ウィンダージ!!』


「──まさかッ、それはセルの!?」


 ファーカラルの詠唱で風が吹き荒れる。風がアラバイルを吹き飛ばした。吹き飛ばされたアラバイルはそのまま風でできた檻に捕らわれていた。


『そうだ。貴様が殺した風神セルの力だ! 貴様を殺すために、今この時だけは! ワレとヤツの心は一つ! ──響かせろ! デッドエンド・コール!!』


 アラバイルを閉じ込めた風の檻の中で、音が響く。斬撃、刺突、殴打、燃焼、あらゆる死の音が響いた。アラバイルの肉体が傷ついていく。この音を聞いたアラバイルの肉体が、音の想像させる事象を再現させた。これは、敵対者の肉体に自分自身を攻撃させる、自壊へと導く技だ。


 自分が自分を攻撃する。アラバイルが風の檻を破壊しようとしても、そうする前に、体が勝手に自分を破壊し、中断してしまう。ラインマーグの死体から得た高い回復能力でどうにか耐えてるみてぇだが……これはエグいな。


 まるでグローカスのアンデッドみたいだ。ファーカラルは、自分を殺した仇の技をヒントに再現したんだ。だが、これは有効だ。


 アラバイルは能力が向上されている故に、その自爆ダメージも高くなる。この技に掛かったなら、どんな力量の存在に対しても、一定以上の効果を発揮する。


 耳を塞ぐアラバイル、しかし意味はなかった。体自体に響く音は、どうあがいても防ぐことができない。


『カイアス・ヴォーテックス!!』


 ファーカラルはさらなる追撃を行う。セトラドーズがデルタストリークの機能不全を解除した技。ファーカラルが生み出した技だったんだ! 黒とオレンジの竜巻……世界を呪う力と、創世神の力……創世神の力? じゃあ、今のファーカラルは! 創世神の力も使えるのか! アラバイルと同じく、二つの力を使える。


 黒と橙の竜巻がアラバイルに襲いかかる。風の檻は、その竜巻を邪魔することなく、竜巻だけを中へ迎い入れた。竜巻がアラバイルを切り刻んでいく。


「うわあああああああ!!? やめろぉ!! やめろファーカラルぅ!! オレを! 削り取るなァあああああああああ!!」


 カイアス・ヴォーテックスがアラバイルを切り刻み、アラバイルの中から”ナニカ”を弾き出していく。


「こ、これは……ラインマーグの頭? まさか、削り取るって……ヤツの中から取り込んだ力を解放してんのか!!」


『カイアス・ヴォーテックス、またの名を解放の竜巻。心を取り戻したワレの中に生まれた微かな創世神の力! それを増幅し、育てた! ワレに従う、創世神の力が実現した究極の解呪魔法! もう逃れられん! 当たる隙さえあれば、ワレの勝利は確定していたのだ!』


 アラバイルがカイアス・ヴォーテックスで削られ、今までやつが取り込んできたであろう、存在の肉がアラバイルから大量に解放されていった。


「あ、ああああああ!! 諦めない! オレは諦めない!! ……う、うわあああああ!」


 泣きわめくアラバイル。しかし、竜巻は無慈悲にアラバイルの中にあった取り込んだ死体の全てを解放した。


 風の檻の中心には、タダヒト、ただの無力な人間となったアラバイルがいた。デッドエンド・コールによるアラバイルへの自爆ダメージは、随分と地味なものとなった。ただの人間程度の力しかなかった。


「あ、あああ酷い……酷いなぁファーカラル。オレは今までずっとずっと頑張って、頑張って、力を取り込んで来たのに……それを、それをォ!! ど、どうすればいい、どうすれば! お前に勝てる! 無力な人間だけの力で、どうやって神に勝つんだ!!」


『知らんな。人間のワレは神に蹂躙されただけだったからな』


「あ、諦めない! なんで諦めないんだよ! この体はァ! おかしい、こんなの絶対おかしい! なんでまだ諦めようとしないんだ! う、うわああ! あああああああ!!」


 何言ってんだこいつ? もうどうにもならな──え?


 ──グサリ。


 アラバイルが勇者の剣を使って、俺を貫いていた。な、なんで……あいつの中から、死体は……


「全部……解放されたんじゃ……なかった……のか?」


『ば、馬鹿な……ワレの死体が……ない……間違いなく体外に放出されていたはずだ……戻ったと言うのか? アラバイル、やつの中に!?』


「ああ、そっか。魔王がいるものなぁ。勇者であるオレが殺さないといけないんだ。魔王ウナギィ・クローは勇者によって倒される。だけど、そっちの勇者は、その魔王を殺す気がないから……オレに力を貸してくれるんだ。絶対の運命力、理不尽の力が、勇者の力が最も輝く時を再現してくれたんだァ!! はは、ははははは!! 魔王を倒す、勇者の本能、世界の法則! 橙の激流の外の運命が、オレに味方をしてくれたんだ。運がいい、だって、こんなの予定になかったんだから」


 シャトルーニャがグローカスを圧倒した、あの時の戦いを思い出す。あれ以上の理不尽が、俺達の前に絶望の壁として立ち塞がった。



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