第55話:奇妙な信頼
羽の風糸が二つに分裂し、ファーカラルの書いた本【蟲神の軌跡】が世界中にばら撒かれてから二ヶ月が経った。
その間に地獄と地上の遺跡群を調査した結果、もう一対の転移門が見つかった。俺はそれらをワシャルドとイセエビに設置(分体の俺に)した。
ファーカラルに先手を打たれ、不利を被る前に、ファーカラルとアラバイルを叩く。俺たちはその方向性で意思を統一した。しかし、ファーカラルの情報はまるで得られない。分かっているのは、何故かヤツがエルフを従えていること。
マキ達が捕らえた敵対者、ファーカラルの手下となって動いていた者はほとんどがエルフだった。しかし、このエルフは末端であり、その命令になんの目的があるのかも、ファーカラルの指示であることも知らない。それでも、その繋がりを辿っていけば敵対的エルフのリーダークラスまで情報を辿ることができた。そいつらはファーカラルからの命令であることを知っていた。
ファーカラルの命令と知っていても、やはりその目的までは分からないのだが、やってきたことは情報収集や石碑の創造だった。破壊工作や盗みとそれら以外も色々とやっていたが、マキと影糸はおそらく殆どがブラフで本命は情報収集と石碑だろうと言っていた。
石碑には魔力や呪いによる仕掛けはなかった。ただ、石碑自体は遺跡群の壁に使われているのに似た素材が使われていて、通常の方法では破壊が困難だった。
「解読できたって本当か?」
「うん、これはボク達が生まれてすぐの世界で使われていた古代言語がベースだ。地獄でもエルフの間でも今じゃ使われてないはずなんだけどね……」
マロンちゃんは大量にあった石碑の文を全て解読した。他の仕事も平行しながら、片手間にやり遂げた。
「多分、バレる前提というか、ボク達に伝えるのが目的なのかも。特にボクやデルタストリーク、オライオンドーズに向けてだ。新時代の神々への、警告なんだ」
「警告? ファーカラルがマロンちゃん達に? なんて書いてあったんだよ?」
「創世神には意思がない。感情はない、ただ本能のままに動くだけ。存在を進化させ、頂きへ導く、無機質な法則である。新時代の神々は、下等生物に圧力を与え、圧力に反発し、進化しようとする力を引き出すための駒である。新時代の神々は、いずれ圧力を克服し、進化した下等生物だった者達に滅ぼされる運命にある。しかし、保管、隔離した世界、地獄からエルフが予定外に新世界に流入したことで、創世神の計画は修正を余儀なくされた。地上と地獄の双方を管理する必要が出てきた」
「待ってくれよ。それってかなり大昔だろ? その頃には創世神の計画は、ある意味で一回失敗してるってことか?」
「まぁそうなるね。つまり失敗作だと思っていた旧世界が放置していたら旧世界の存在が予想外に進化してしまったんだ。けど隔離していた世界が繋がってしまったから、二つの世界の管理が必要になった。でも……創世神にとってそれは予定外、リソースが足りなかった。世界の呪いの浄化を止めることで、一度地上と地獄を呪いで満たして人口の圧縮を行おうとした。管理するための要求リソースを削減するためだ」
「……そ、それって……ラインダークが言ってたやつだ……いつの間にか世界の呪いを浄化する機能が失われたって……でもラインダークが強すぎる力で強引に解決しちゃったんだ……しかもラインダークってハイエルフの子でもあるから……最初の失敗が次の、二回目の失敗に繋がったんだな。あれ? でももう半分のサキュバスも魔族で、地獄……つまりは旧世界の存在だったわけで、どちらにせよ旧世界由来の強い力だ」
「うん、だけど浄化する機能を止めたことで創世神の使えるリソースは増えた。力を溜めることができるようになって、また世界を十分に管理するだけの力を得た。それからは大体予定通り、予言通りに事を進められた。だけどそれでも……ラインダークや怒鬼族はずっと不確定要素のままだった。あとこれは予測だと書いてあるけど、ラインマーグはどうにか命の神の力を橙の激流の中に引き込むために、創世神が運命を操作して生み出したのではないか? そう書いてある。実験のようなものだとしたら、ラインマーグは橙の激流の中にあっても……本当は確定させられていなかったのかも知れない……」
「ふーむ、でもそうか……創世神の目的が存在を進化させることなら、予定外に生まれたとはいえ、強い力を持つように進化したラインダーク達、命の神の血族を排除することはできなかったんだ。けど、結局なんの警告なんだよ? エルフ達が作りまくったこの石碑は」
「予定がないのさ」
「え?」
「新時代の神々は破壊神に天界を滅ぼされ、生き残りは新時代を生きていく。そんな予言がある。でもね、具体的なその先は、予言にはないんだ。分からない? 創世神は一度、旧世界を失敗作として隔離して放置したんだよ? 同じことが起こるのさ。今度こそ創世神は地獄も地上も天界も、完全に隔離して、今ある世界の上に新たな世界を創る。創世神の本能、役目に終わりがないのなら、それが永遠に繰り返される」
まぁ進化の実験というか、進化させるのが神が世界を創った目的っていうのは、色んな哲学、思考実験、娯楽作品でも言われてるやつだな。まぁ、俺のいた世界だと少し違ったが……俺のいた世界を創った神は邪悪だった。人々が争い、苦しんで死ぬのを見たいがために生み出された世界だった。でも結局、世界に生きる存在は進化して神を殺すまでに至ったわけだが……それと比べればこの世界の創世神はやはりまだまともと言える。
「そして、新時代の神々の力は創世神経由の世界の力だ。それはつまり……創世神が新世界を作って旅立ったなら、新時代の神々は力を失い、地上も地獄も管理を創世神の力に頼っていた部分は……崩壊する。秩序を失い、世界は荒れに荒れるだろう。そしてその時、新時代の神々にできることはない。そういう警告なんだよ」
「なるほど、予言には書いてないだけで次の時代が来たら実際には新時代の神々は全員死ぬようなもんってことか。分からねぇな……なんでファーカラルがそれをお前らに警告するんだ? ファーカラルもアラバイルを殺すつもりなんだろ? そんでアラバイルを殺す=天界が滅ぶみたいなもんだろ? お前らが力を失うのを恐れるならアラバイルを殺さなきゃいいのによ」
「……彼も……ファーカラルも次の時代が来たら力を失うのかも……」
「は?」
「いや確信はないし、ファーカラルが新時代の神でないこともわかってるから、おかしなことだとは思うんだけど。それなら辻褄は合うかなって……次の時代、自分も、神々も力を失うから、世界の秩序が崩壊しても、何もできない。だとしたら、ファーカラルも世界の秩序が失われることは望んでいないんだ。だけど、アラバイルを放って置くこともできない。あいつもあいつで放置すれば世界を本当の意味で滅ぼしてしまうわけだからね」
「……ケッ……ありえねぇ……ファーカラルが、あいつが秩序の崩壊を恐れてるって? 秩序が崩壊したらマズイのかよ? 守りたいもんがあるってのか? 秩序の崩壊から……変……だよな。なんかよ……ファーカラルのこの警告からは……なんか、何かを思う愛情みたいなもんが……感じられる。ありえねぇだろ? 地上のタダヒトの半分以上化け物に変えたし、その前から悪行の限りを尽くしてた。聖女の、シャトルーニャの運命と故郷を滅茶苦茶にしようとして……茨御殿で気に入らないってだけの理由で魂ごと人をぶっ壊しまくった。そんなゴミ野郎に……愛情だと? ありえねぇだろ……」
「そうだね。やつは地獄でも地上でも、いくつもの街や国を邪悪で穢して、滅ぼしてきた。けど……ボクも君と同じように感じた。だとしたら……ファーカラルに守りたいものはある。そしてそれはファーカラルの弱点だ。その弱点を突けば──」
「──駄目だ!! ……っ!? あっ……? 俺、何言って……ま、まさかファーカラルお前……俺が、俺がお前の守りたいもんを……他の奴らが狙おうとするのを、止めるって思ってんのか? だからなのか?」
「く、クローくん……?」
「俺、マロンちゃんが……ファーカラルの弱点を突くって、あいつの守りたい、愛情を向けた何かを傷つけるって言った時。それは駄目だって思った。確かに、俺はファーカラルを憎んでいるし、死ねばいいと思ってる。どんな理由が、どんな過去があろうがあいつは死ぬべきだと思ってる。でもよ、やっぱ違うぜ。それで勝てるとしてもよ……本当はベストな選択だったとしてもよ。それは違うぜ……あいつ、俺を信用してんだ……確信してやがんだよ。俺は敵で、あいつを憎んでて、殺そうとしてるのに……その俺に……何かを託そうとしている。あいつが守ってきた何かを……」
ふざけやがって! そんなに分かりやすいか? ああ、そうだよ。俺は守るだろうさ。お前の守るもんが、守るべき存在なら、俺はそれを守る。そして、ファーカラル、お前には分かってんだ。お前の守るやつが、守るべき価値のある存在だって……
「あの野郎……自分が死のうが生きようが、目的を果たすってことかよ。どうなろうとあいつの勝ちってことか? ムカツク野郎だ……負けはアラバイルが勝った時だけ……アラバイルが負けて死んだなら、同時に次の時代が来る。マロンちゃんの予想通り、あいつが創世神の力を頼ってるなら……力を失う……そんなのお前、勝ち目なんてねぇだろ……」
クソがっ!! ファーカラルのゴミ野郎が! どうして俺に気持ちよく復讐されねぇんだ。こんなの全然気持ちよくない。スッキリしない……元からそんなもんは求めてねぇけど……ひたすらにムカツク。気に入らねぇ……お前の何もかもが!!
「マロンちゃん……地獄は神依存の社会から脱却しつつあるんだろ? マロンちゃんの改革でさ。でも、あれはマロンちゃんの力を使って信用できる存在を見つけてるからだ。それをさ……どうにかマニュアル化できねぇか? マロンちゃんの力がなくても、いい感じに世の中を回せるようにさ。頼むぜ……引き続きアラバイル対策とファーカラル対策は練っていくが……おそらくファーカラルは俺たちを狙わない、アラバイルしか見ていない。だから俺達もアラバイル対策の方に集中する」
「君にそう判断させるための罠かもしれないよ?」
「かもな。けど、俺は確信してる。俺に縋るような、必死な、なりふり構わない執念を感じたからだ。テメェを殺すやつに大切なモンを託す。イカれたように見えるが、あいつは大真面目だぜ。俺は……やつの信頼には、信頼で返すぜ! 気に入らねぇけど、それが俺の選択だ!」
それから俺達は、次の時代に向けての準備と、アラバイルを殺すための罠、策を練り、準備をしていった。ひたすらに、それだけに集中した。
──────
「もう、わたし19歳になっちゃいました。流石のクローさんでもわたしを女として見られるようになったんじゃないですか?」
「もう4年か、アラバイルもファーカラルも表向きはまるで動かなかったな。激動はお前と会った最初の一年で、後は平和なもんだった。誕生日おめでとう、シャトルーニャ」
ワシャルドの王都の酒場、いつもシャトルーニャが騒いでいるこの場所を、今日はシャトルーニャの誕生会のために貸し切りだ。
ワシャルドも他の場所も、ここ数年で割と復興してきた。少しの街ぐらいしか生き残らなかったワシャルドの街も、復興が進んで、領地が戻って、帝国であった頃を思い出したみたいだ。
そんなワシャルドには、今では色んなやつらが世界中からやってくる。特に吟遊詩人。俺が吟遊詩人をこの王都で優遇したし、歯車巨人達は、装甲を使って演奏するのが好きだから、王都は音楽と芸術の都市みたいになった。
一年中、賑やかで活気のある街。平和、幸福、笑顔、そんなもんで溢れた、俺が愛する街。
けれど、この街の人々はその平和の中にあっても、戦いの記憶を忘れてはいない。浮かれていないし、油断もしていない。
「邪魔するぜ……聖女、そしてウナギィ・クロー。誕生会に悪いとは思うんだが……時が来たぜ。アラバイルが動く、決戦の時だ。やつを殺す時が来た! 平和と安寧、浮かれ気分はここで一旦休みだ」
「浮かれてるだぁ? 馬鹿言ってんじゃねぇよセトラドーズ。いったいどこに浮かれた野郎がいるんだ? 見てみな。こいつらの顔をよ」
騒がしく盛り上がる酒場に、セトラドーズが大げさに扉を開けて入ってきた。そして、大声で宣言した。最終決戦、真の聖戦が始まることを。
それを聞いた酒場の者たちも、外にいる住民達も、顔つきを変えた。さっきまで騒がしく、楽しげに笑っていた者も、セトラドーズの宣言を聞いた瞬間。
戦いの顔になった。真剣で、殺意と闘志の籠もった顔。笑う者もいるが、その喜びは、ずっと待っていた戦いがやってきたからだ。
みんな分かっていた。アラバイルをぶっ殺す、最後の決戦が来ることは知っていた。世界中がアラバイルを崇める中で、俺達魔王軍の者達は、最初からアラバイルを敵として認識し、ヤツを殺すために牙を研いできた。もちろん崇めてるやつなんていない。
「行くぞお前らぁ!! アラバイルのゴミ野郎をぶっ殺す! 最終決戦だ! 勝つぜ! 死ぬ気で、全力で! 未来を切り開く! いいか? 必ず生き残れ! そんで宴だ!」
俺達とアラバイル、そしてファーカラルとの最終戦争が始まる。
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