第54話:人の力
「え!? ど、読書!? デルタストリークでも読書ってするんだ……」
「失礼ですねぇ。私も1万年に一度ぐらいは読書しますよ」
「頻度少な!?」
酒場でシャトルーニャと騒ぎに行っていたデルタストリークは帰ってくると、俺の中に戻ることもなく、そのまま俺のいる蟲神教会で読書をし始めた。
「なんだよその本。面白いのか?」
「う~ん? 面白いかどうかはよく分からないかな? でも、これクローくんの部下達の間で人気っぽいですよ? 蟲神クローの噂とか伝説をまとめた本らしくてですね……結構間違ったことも書いてあります。まぁ私は全て分かってるからね……やっぱ、誤情報があるとちょっとねぇ? これによるとクローくんは勇者の生まれ変わりってなってますけど、そんなことはないですし……ラインマーグを舌戦で言い負かして仲間に引き込んだことになってるけど違いますし……あとはミミックとかいうオリキャラも仲間にいるんですよね」
「なんだよミミックって……」
「えーっと、多分マキのことかな? でも醜悪な見た目をした化け物って設定で、クローくんがその醜い化け物に愛を与えたから仲間になったみたいな……5mのタコゾンビで、生まれた時から同族たちから嫌われていた」
「タコゾンビて……なんでそんな風に思ったんだ?」
「なんか海にそういう種族がいるらしいんですが、その種族は賢く狡猾な者が多くて、マキは思考がその系統だからって。なんかそれっぽいことが書いてありますね。この本は考察本みたいな側面もあるってことかな? でもあれですね、邪神視点から天界の神々、獄神、地上のタダヒトまで色んな所から取材してできたっぽいかな? だからどの陣営に属していても、ある程度はみやすさがある。まぁクローくんに関する情報は元から錯綜していたから、こう具体的にこれだ! って感じで出されればみんな飛びつきますよね」
まぁ実際、外側から見たらよく分からんよな。俺達のこと……俺自身よくわかってないし……マキと影糸が裏で動いていたのも全然把握してなかった。
だけど、この本【蟲神の軌跡】は確かに世界中で読まれているようだった。著者不明で、みんな勝手にコピーして広めてるらしい。デルタストリークが持ってきたのも魔法でコピーしたもので、コピーする時に一応本を調べたらしいが、魔法や呪いの類が仕込まれているということもなかったらしい。
しかし、俺はそれでもこの本が怪しく見えた。著者不明もそうだが、情報源となったであろう者たちの所在地がバラバラ過ぎて、普通にやったら数十年かかりそうな所を数ヶ月で行っているからだ。
俺がおかしいよなと思っていると。マキと影糸がこの本を読むこと、コピーして広げることを禁止した。まぁ俺がおかしいと思うぐらいだ、マキ達が警戒しないわけないわな。
「この本は書ける存在がいるとしたら一人だけだも。邪神ファーカラル、強力な転移能力を持つあいつにしか不可能なことだも。神々も転移は可能だけど、転移の度に膨大な魔力を消費するし、連発もできないも。ファーカラルは転移で魔力を消費しないし、転移先も細かく指定できて、高位の結界が展開された空間にも転移可能だも。これは今までやつがやってきた行動を元に予測したことだも」
「転移に魔力を消費しないだと?」
マキ達は本の著者がファーカラルであると断定していた。俺としても、言われていみると確かになと納得だが。
「ファーカラルは天界で奇襲をかけたも、天界は転移妨害の結界があって、転移できる場所が制限されているんだも。でもファーカラルはその結界の効果範囲内に直接転移したらしいも。オライオンドーズから確認したから間違いないも」
「それとワタシ達がアラバイルを弱体化させるために、噂を流したことがあったけど。配下である邪教勢力や仲間の邪神を失った直後のファーカラルも世界中で噂を流していたわ。あの時、噂の出どころを調査していたの。それによると、ワタシ達以外で情報を流していた者の容姿はバラバラで統一性がなく、全て単独行動の男性によるものだったことが分かっているわ。おそらく変装したファーカラルが一人で行った。ワタシ達は組織の力を使って噂を広めたわけだけど、ファーカラルは一人で同等かそれ以上の効率で噂を広めることができていた」
「それで変装したファーカラルであろう存在が出現し、噂を広めたポイントと日付を記録したのがこの資料だも」
影糸が資料を俺に手渡してきた。俺は資料をざっと見てみる。
「同じ日に平均4回の転移を行っているのか……多い時は7回? けど、これってファーカラルが有力者達に接触した時のカウントだろ? ファーカラルがそいつらに接触するにしても、相手に警戒心を抱かせないだけの準備をしていなきゃ無理だ……ってことはよ」
「そうだも。おそらくファーカラルは接触する有力者のことを調査するためにも転移を活用しているも。有力者達の自宅から仕事場まで、転移して調査、その情報を元に有力者と接触し、噂を広めた。だから一人の有力者と接触する時、自宅、仕事場で最低でも3回は転移してるはずだも。7回の転移が行われた日は、その日接触した者が同じ組織に属していて、仕事場が同じだったから時間を短縮できたんだも。だからファーカラルが一日に転移していた回数は、実際には9回以上と考えられるも。これは魔力消費が存在すれば不可能な回数だも」
ファーカラルめっちゃ働いてるじゃん……調査して対象の人となりをすぐに把握して、自然に会話して、洗脳を使わずとも人を望むように動かす……賢いな。確実に俺よりも遥かに賢い……
「正直なんか変な感じするな。あいつがまともに人と会話できると思えねぇんだよな。俺がファーカラルと会った時はあいつ……そんな会話可能な感じじゃなかった。知能が高かかったとしても、そんな対象に合わせて柔軟に行動を変えられるやつには見えなかった」
「確かにワタシも変だと思うわ。噂を流す時のように動くことが昔からできていたなら、ファーカラルは今頃……世界を武力を使うまでもなく支配下に置くことができていたはずよ。そもそも邪神として活動していたのもよく分からないわ……邪神として活動しても、足かせにしかならない。邪神として活動してわざわざ敵を作る必要もない。悪いことをしたいにしても完全支配を完成させてから本性を出せばいいだけでしょう? ファーカラルがそれを理解していないとは思えないわ」
「ファーカラルが……変わったってことか? ……人と対話が可能になった? 邪神として、脅しや争い、洗脳を使わなくても……人を動かせるようになった。だ、だとしたら……この本の狙いはなんだ? 呪いも魔法も仕掛けてられていない、この本を世界中に広めた理由はなんだ?」
マキも影糸も、ファーカラルが本を【蟲神の軌跡】を広めた理由は分からなかった。だが、ファーカラルに何らかの意図があることは間違いねぇ……【失翼の機織り】と【羽糸の包容】組織が二つに分裂し、弱体化した今、このタイミングでファーカラルは仕掛けてきた。
俺達が警戒すべきはファーカラルだけじゃない、アラバイルもだ。だけど……マキ達が警戒する通り、ファーカラルの方がアラバイルより不気味だった。アラバイルも隠し玉が何かあるんだろうが、やつは予言を当てにし過ぎていた。予言が絶対的でなくなった今、あいつはこの状況についていけていない。
逆にファーカラルは、ついていくどころか、俺たちよりも先を行っている可能性すらある。このままではファーカラルに先手を取られる、こちらも守るだけではなく、仕掛ける必要があるのかもしれねぇ。
──────
「マキに影糸、これがミミックの正体か……二人、いや分裂した一人の精霊の小娘と、狂った愚か者のせいで、アラバイルの計画は滅茶苦茶になったわけか。カカカッ! アラバイル、お前はワレに人の声の出し方を教えてくれたな。感謝するぞ、これでお前を殺すことができる」
巨人系の神であり、人の大きさであっても響いてしまうはずのその声が、ファーカラルから響かなかった。人と同じ大きさで、人と同じだけの響きをしていた。洋灯人の街【アリオン】、バスタァの自宅でファーカラルはくつろいでいた。ソファにどっしりと腰掛ける、目玉だらけの黒い化け物。アリオンの人々はそうした光景になんの違和感も抱かない。
「人の声よりいつもの響く声の方がカッコイイと自分は思います! その方が威厳があります!」
「そうか? ワレはこっちの方が気分的には気楽で好きだが。バスタァお前がそう言うのなら」
『やはりこちらで話そうか』
ファーカラルは元々姿を変えることができた。しかし、人間と関わることができず、巨神としての響く声を隠せないファーカラルが変装できた所で意味はなかった。
しかし、人と関われない特性を克服し、アラバイルの人化を見て、ファーカラルは転移の力の可能性を見出した。
『混在、人と神その力を選り分けることができれば、使い分けることも可能。元から神だったアラバイルには無理な芸当だが、元が人間であったワレならば、それが可能だ。人の部分を引き出して、そこに声を通せば、ワレはタダヒトのように声を響かせられる』
「ファーカラル様! ならば同じ元タダヒトであるラインマーグも同様のことが可能なのではないですか?」
『無理だな、やつはそう器用ではない。肉体の操作では驚くべき技巧を持つが、精神の操作は得意ではない、魂を破壊できても、操ることはできない……ウナギィ・クローがワレと同じ巨神となったなら、可能なのかもしれんがな』
「え? でもウナギィ・クローは愚か者なんですよね? それなのに可能なのですか?」
『よいかバスタァよ。確かにウナギィ・クローは愚かさを持つが、それを貫く強さを持っている。執念と言っても良い、故に最終的には会得するはずだ。愚か故に何度も失敗を積み重ねるだろうが、それでもたどり着く。ただ効率が違うだけ、賢さは効率をあげるだけ……お前が思うほど絶対的な力ではないのだ』
「つまり諦めの悪さは強いと?」
『そうだ。賢い者は見切りをつけ、すぐに諦めることも多い。しかし、ウナギィ・クローは仮にやつが賢かったとしても諦めることはないだろうな。だから……ワレはもうヤツに勝てる気がしない』
「そ、そんな! ファーカラル様がウナギィ・クロー如きに負けるはずがありません! 弱気なことを言わないでください!」
『そうそう負けんさ。100回戦えば100回ワレが勝つだろう。だが何千、何万と戦ったら? いつかは負ける……そしてヤツの力はヤツだけのものではない。ヤツを支える強力な仲間、配下がいる。戦うのがヤツ単独でないなら……ワレは挑戦者の立場だ。5回に1回勝てるかどうか……そのような確立だろう。そして、ヤツは……ワレを滅ぼすまで諦めない。諦めないとは、恐ろしいものだ』
「む~~~! そんなのおかしいです! ウナギィ・クローにきっちりトドメを刺せばそれでそれで終わる話ではありませんか! 何千、何万と戦うなんてありえませんよ!」
『クククク、それがなぁバスタァ。笑ってしまう話で、ありえてしまうのだ。本を信じた者達の目を通じて……ウナギィ・クローの魂を見た。ワレが初めてヤツを見た時とは比べ物にならないほどに……ヤツは化け物になっていた。ワレならば消滅している魂の傷を負いながら……ヤツは……平気な顔で、しかも魂を再生していた……元から異常に硬い魂をしていたが……巨大で、再生もするのだ。ヤツを殺しても無駄だ、輪廻の果てでワレは生まれ変わったヤツに殺される……! 何度ヤツを殺そうが……いつか必ず! ワレの力では……ヤツの魂を完全なる破壊などできん……故にこれは絶対の運命なのだ。ワレは、ウナギィ・クローに殺される。避けることはできない』
「う、うえええええええん! なんで、ぞういうごというんでずがああああ!!!」
ファーカラルが必ずクローに殺される運命にあるという言葉を聞いて、バスタァは大泣きした。それを見て、ファーカラルはあわあわしている。しかし、そんな時も、バスタァを見るファーカラルの沢山の目は穏やかだった。
まるで残された時間を噛みしめるかのように、ファーカラルはバスタァを見ていた。
ファーカラルの作った本【蟲神の軌跡】それ自体には呪いも魔法もない。しかし、仕掛けはあった。この本を信じた者達の信仰先をファーカラルは作った。それは蟲神の偽物、ファーカラルの神性を与えたクローの分身。
クローは地獄から地上へ出る時、魔獣の素材を使って身代わりの人形を作り、地獄へ置いてきた。それはクローの魔蟲が生み出した素材も使われており、クローの意思によって生み出された道具であり、クローの一部であったものだった。
その身代わり人形には命も意思もない。だが、ファーカラルはそれを回収した。クローが脱出しているらしいと聞いて、ファーカラルは茨御殿を調査し、これを見つけて回収した。
ウナギィ・クローは今はまだ神ではない。そのため、人々がいくら信仰したところで、その力が増すことはない。しかし、その信仰の力が向かう先を用意されていたなら、その力は収束する。
神性を持った偽物の人形に信仰の力は収束する。
『蟲偽神・ソルトクロー、お前は何を思う? 薄弱な意識に、強き信仰の力を宿して、いつか自我を持てば、お前もワレを殺すのだろうか? ククク、頼みがある──ソルトクローよ、いつか自我を持ったなら、ワレの子供らを守って欲しい』
「……」
蟲偽神・ソルトクローはファーカラルの問いに答えることはない。なんの反応もない、ただの神性を持っただけの人形だから。
しかし、蟲偽神・ソルトクローは【蟲神の軌跡】を信じた者達と繋がっている。魔法も呪いもなくとも、その信仰を通じて人々と繋がっている。
そして、ファーカラルはソルトクローから世界を見ることができた。自分では調べに行くことができない場所でも調べることができた。誰も気づくことなく、自然に、重要な情報をファーカラルに与えていく。
『本当の愚か者は見つかったようだ。なぁアラバイル……あの本を信じてしまうとは……クククク! そんなにミミックが恐ろしかったか? ああ、気持ちは分かるとも。しかしなぁ? どうして信じられる? ワレが書いた本だぞ? お前もそれは分かるだろうに、そんなに答えが欲しかったのか? 弱い、弱すぎる……あまりに意思が弱い。このような存在にワレの運命が狂わされたのか?』
ファーカラルはアラバイルを見ていた。蟲偽神を通じて、アラバイルの見るモノと心が見えた。中途半端に人化したアラバイルは神でありながら、神を、人として信仰できてしまった。
それは無意識のものだった。絶対の運命を破壊したクローを、アラバイルは畏れた、その未知の力に憧れ、信仰してしまった。
しかし、アラバイルは今まで信仰される側で、信仰する側の感覚など知らなかった。気づいていない。自分が無意識にクローを信仰してしまっていることに、アラバイルは気づいていなかった。
ファーカラルはソルトクローに神性を分け与えた結果、本体は弱体化したが、ソルトクローが得た信仰の力を己が物とすることで、実際の力は増していた。
『さぁ、決着をつけようではないか。アラバイル!! 貴様に引導を渡してやる!』
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