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第36話:己の無力に怒り

 三人称視点です。



『アラバイル様……あなたに聞きたいことがある。僕が……僕が殺した堕落神は……本当に殺すほどの罪を……犯していたのですか?』



 天界、アラバイルの住処。それは人間用の小屋、ログハウスのような木造建築で、天界の実質的な管理者であるはずのアラバイルの住処にしては随分と質素なものだった。



 その小屋に、ラインマーグはあることを確かめるためやってきた。



『オライオンドーズ様が罪のない者は自分が殺したと言っていたけれど……あれは僕とガオガオを気遣ってついた嘘だ。本当の事とは思えない』



『それを聞いて一体どうするのかなぁ? ……ワシが本当の事を言うと思うのかい?』



 のらりくらりとはっきりしないアラバイルをラインマーグは睨む。



『そもそもここに来た時点でぇ、君は分かってるんじゃないかなぁ? 元々疑っていたことが、確信に変わっただけでね。そうだよ、君が殺した堕落神達に大した罪などない。彼らはただ……天界にいることが嫌になっただけなんだ』



『そんな……ど、どうして……』



『君達が殺してきた堕落神は天界の裏切り者と言われていたが……それは実際事実ではある。だけどね、逆なんだ、ワシらが彼らを排除しようとしたから、彼らは裏切るしかなくなったんだ。君が殺してきた者は全て、元タダヒトだ。なんなら、今まで生まれた堕落神のほぼ全てが元タダヒト……なんだよね』



『あ、え……? 元タダヒト……? それは、僕と同じ……』



 ラインマーグが裏切り者として殺してきた堕落神は、自身と似た境遇の元タダヒトで、彼らから裏切ったわけではなかった。その事実を聞いてラインマーグは動揺した。薄々感づいてはいたこと、殺した中には元タダヒトであると知っていた神もいたから。


 しかし、殺した全てがそういった存在であることは考えもしなかった。



『元タダヒトの神はねぇ。どうしても地上の小さき者たちを愛しすぎる。だから、天界の傲慢さに耐えられず、次第に反抗的になっていく。そのうえ元タダヒトの神は、神となっても成長を続ける。時が経つほどに成長していく。それはいずれ創世神の造物である神々の手には余る存在になってしまう。だから処分するんだよ。適当に理由を作ってね……けれど、元タダヒトの神はどうあがいても生まれてきてしまう。長い時の流れでは、時々は、確実に起こってしまうことだからね』



『あ、あなたはっ!! なら僕も、裏切り者として殺すというのか? 僕は、適当な理由を考える必要すらないでしょう?』



『いやぁ、それが無理なんだ。だってぇ、君は強くなりすぎたからね。天界の神々が束になって君と戦っても勝てるか怪しい、うまくいっても共倒れかなぁ? だから、君なら天界を滅ぼせるよ? まぁ、そうなるようにしたのはワシ、なんだけどねぇ』



『え?』



 ラインマーグが天界を一人で滅ぼせるまでに成長させたのはアラバイルだという言葉に、ラインマーグは理解が追いつかないでいた。そんなことをして一体なんのメリットがアラバイルにあるのかまるでわからなかった。



『この世界に生きる、創世神の造物である新時代の神以外の全ては、他を殺すことでその力を強くする。殺す相手が強ければ強いほど、強くなれる。逆に殺さなければあまり強くなれない。なぜなら他の存在を殺すことで、それが持つ”存在の力”を得られる。そんな非情なシステムでこの世界は動いているからね。君は元々強かったけど、殺さなければ、さらに成長することはなかった。ワシは君を武神合軍の戦士としての役割を与えただろう? 他の神々からは反対されたよ、賛成したのはオライオンドーズとデルタストリークだけだ。そりゃそうだ、だって元タダヒトの神は成長してしまったら、いつか処分しなきゃいけないのに、殺せないまでに成長する確率が高まるわけだからね』



 淡々とした口調で語るアラバイルの心情が、ラインマーグにはまるでわからなかった。それ故に恐怖を感じ、ラインマーグは後ずさりした。



『そろそろ終わりなんだ。ワシ等新時代の神々はね……元タダヒト、元獣の神々はこれからどんどん生まれてくる。これまでにないほどね……そういう流れが、すでに決まってて、今それが起こってるんだ。ラインマーグ、君は役割を持ってる。天界を滅ぼすという役割をねぇ。預言だの創世神の意思だのを神々は表向き尊重しているけれど、いざ自分たちがその宿命に殺されるとなれば抗うし、残念なことに……神々には”抗うな”という命令が創世神によって組み込まれていないんだ。まるでぇ、抗って、苦しんで死ぬことを期待されているみたいだろう? それともこれも、視点を変えれば慈悲なのだろうか?』



『僕が……天界を滅ぼすために……それが、役割? 違う、あなたにそれが可能なように誘導されただけで、僕にそんなつもりはない……確かに天界の在り方は気に入らないけど、少しずつ変えていけばいいんだ。だから──』



『変わらないよ。創世神に造られた新時代の神々はね、この世界のワシ等以外と違って、ワシ等は成長できない。考え方が変わること、それはつまり、魂が壊れた時だ。ワシは創世神の意思を誰よりも完遂しようと考えていたから……ワシ等を滅ぼすと分かったうえで君を成長させられたんだよ。ワシだけが、強制的な”命令”の祝福を受けていたから』



『……アラバイル様、あなたの、あなたの心はどこにあるのですか?』



『最初から何も変わらないよ。ワシの心は、創世神と、地上の小さき者達と共にある。地上の者たちを愛しているからこそ、神々の時代を終わらせることに、心底納得しているんだよ。神々に頼る人々は、それが前提となってしまって、さらなる成長を見込めなくなる。事実、地上が邪教のことで荒れた時、人々は断罪神を頼った。本当は頼らなくとも、その道が険しくとも、自分たちの頭で考えて、正解にたどり着けたはずなのに……断罪神に頼るという楽な選択肢を選び、成長を諦めてしまった。それではダメなんだ』



 アラバイルの真意に、ラインマーグは腑に落ちてしまった。アラバイルの今までの言動に納得した。ラインマーグは、ずっとアラバイルの掌の上だった、知らないうちにコントロールされていた。アラバイルの行いの善悪はさておき、その事実はラインマーグに無力さを感じさせた。



 異形再誕でも感じていた無力さ、追い打ちを掛けるようにして、ラインマーグの心を囲んだ、その心がどこを向いても、自分の無力が見えてしまう、逃げ場はない。気に入らないという怒りよりも、無力感による絶望が、ラインマーグの心を満たした。まるで、今まで長い間生きてきた全てが、その過程が、アラバイルの導いた宿命の為だと言われているようで、お前の意思など関係ない、意味もなかったと言われているようで……ラインマーグは生まれて初めて、明確な敗北感を味わった。



 ラインマーグはアラバイルの小屋を去った。傷心に浸る自身に嫌悪感を懐きつつも、ラインマーグは気持ちを切り替えることができない。



 地上ではクロー達が頑張っているのを知っている。しかし、ラインマーグの足は前に歩もうとはしなかった。天界の自分の住処で一人、閉じこもり……いつか胸中の絶望が溶けるのを待っていた。



『クローくん……君なら、君ならどうする? 君ならきっと……こんな気持ちもどうにかできてしまうんだろうね……僕は、僕がこんなに弱いなんて、知らなかったよ……』



 そんな時だった、炎神ハルバーがラインマーグの住処に強引に侵入した。



「ラインマーグ、一体どうしたというのだ。地上はいまだ荒れている。クローも、わ、ワレにも、お前の力が必要だというのに……住処で引きこもり、らしくもない。己の信じる正しさのためならば、禁をも破る、お前の強突く張りな正義はどこへ行った?」



『生意気だね』



「え……?」



『僕の素顔を見たら、抗えもしないくせに……落ち込んだ僕ならば、誘惑できると思ったのかな?』



「お前!! ラインマーグ……! お前がそんなことを言う者だったとは! 見損なった──」



『──君を愛したなら、僕は宿命に抗うことができるのかな? ねぇ、教えてよハルバー』



 ラインマーグは素顔を隠す光を消して、涙を流す貌をハルバーに晒した。ハルバーは結局、ラインマーグの魅了に抗えなかった。直前に軽蔑していたはずのラインマーグが、己を貪ろうとするのを、拒絶することができなかった。



 その反応は、ラインマーグの想定通りで、なんの意外性もなかった。期待したモノなど何も得られなかった。ただ、自身の心の醜さを自覚しただけだった。





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