第35話:悲しみと隠し事
三人称視点です。
「影糸様! 宿主化ワーム・ドレイクの用意完了しました! 投入地点は予定していたのと同じ地点でいいでしょうか? 奴らは戦力を中央へ集中させているようですが……」
巨大なレンガ造りの建物、その一室でフードを深く被り、顔を仮面で隠した男が報告を行っている。彼が影糸と呼ぶ存在もまた彼と同じく仮面で顔を隠しているが、男と影糸のカタチは大きく違った。
影糸は白い大蛇に腕が生えた邪竜のような姿だった。竜のカタチに合わせた仮面と長いローブが、その人外に知性があることを示した。
影糸とは、クローの眷属、オニイトのマキの別の顔だった。異形再誕によって荒れるこの情勢下で、マキはワシャルドで大陸の西側で活動していたはずだが、マキが影糸として活動するこの場所は「蟲神都市・イセエビ」ワシャルドから遠く離れた大陸南部だった。
「大陸西側と中央は確かに重要ではあるけど、おそらくブラフ……印象付けをするためにあちらで暴れている。ファーカラルは意図を読ませないために、思考の外を狙うきらいがある。戦争自体は西側と中央で起きるだろうけど、ヤツの本命は他にあるはず。ワタシの本体はそのこともあってワタシに此方側を任せたのだろうな」
「そ、それはいったいどういうことなのでしょうか?」
「ワタシは本体が切り捨てた甘さだ。眼の前で生まれる犠牲と悲劇を減らすため、動こうとする心。戦争の中心に近ければ、ワタシの冷静さが失われると本体は判断したのだろうな。まぁ、判断としては正しい。ワタシとしては気に入らないけど……こちらが戦争に目を向けすぎるのは望まれた役割から外れること、ワタシ達は邪神達の真の狙いを暴くために動かなければならない。そのための宿主化ワーム・ドレイクなんだ」
影糸はマキがクローのために非情になろうとした結果切り捨てた、マキの一部だった。影糸はマキと繋がっているため、高い思考能力を持っており、預言以外は大体似たような性能となっている。
クローがパープルランドへと旅立つ段階で、マキは影糸を自分から切り離すことで生み出した。マキはクローを説得する際、自分から人を思う強い気持ちが言葉として出たことを危険に思ったのだ。このままではクローが間違った判断をしたとしてもそれについていってしまうだろうと思った。
マキは生み出した分体である影糸が、自身と同じく高い思考能力を持ちながらも預言の力を持たないことに着目した。影糸は預言の力を持たないが故に、その重圧から良心を潰すこともない、良心を維持した影糸はマキが完全に闇に飲まれることを抑止することが可能。マキにとって影糸は、外付けの良心回路なのだ。
「パパの同志達がワタシ達に協力的なのは、彼らがファーカラルを警戒しているから、パパだけではファーカラルに対応できないと感じているからだ。だからこうしてワタシとマキのウィング・ゲートを通じて肉体の一部を送ってくれている。宿主化ワーム・ドレイクは彼らの協力あってこそ、だからファーカラル対策が第一でなければ、それは裏切りに同じなんだ」
影糸はそう言って、ローブを取り外し、白い大きな翼を広げた。すると翼を虹色の輪が囲むように出現し、虹色の輪の中から、グロテスクな肉塊が落ちてきた。影糸はその肉塊を地面に落とすことなく、手で受け止めた。
蠢く肉塊は、クローと共生関係にある魔蟲の体の一部だった。肉塊は蠢く度に、少しずつ再生していく、この肉塊を捕らえた敵対的再誕異形、ワーム・ドレイクに寄生させることで、影糸とマキは無自覚なスパイを生み出しているのだ。無自覚なスパイ達が、ファーカラル達に繋がる情報を得るのを期待して。
脳をクローの魔蟲に支配されたワーム・ドレイクは自分がマキ達に何をされたのか認識することができない。クロー達にとって都合の悪い認識は阻害される。
「そうですね。我らの願いは、世界の平穏ではなく、蟲神様の生存なのですから。では、情報の抜き取りの完了した宿主化タダヒトの咎人はどういたしましょうか?」
「罪の軽い者は再教育を行い、日常に戻す。やつらが持てる役割など、大魔導の基点と街を見張る目となるぐらいだ。魔蟲の力によるコントロールを過信するのは危険だ。戦闘にもこちらの仕事にも関わらせるべきではないな。本体ならば、殺してしまったかもしれないが……ワタシは気が向かない。殺す程の罪を背負った者はそう多くない……だからどうしても……パパの悲しむ顔が浮かんでしまう」
影糸はそう言って胸を抑えた。胸の痛みを忘れるために、影糸は翼を広げて飛んでいく。片腕でローブを拾い上げ、もう片腕で魔蟲の肉塊を持って、宿主化ワーム・ドレイク作成の業務が行われる地下室へ移動する。そうして影糸は自分の仕事へ戻る。宿主化したワーム・ドレイクとタダヒトから送られてくる情報を整理し、まとめた情報をマキに報告する。
クローの体内、ハート・コロニー内で隔離されたデルタストリークを分析することで生み出された、大量の情報を整理する魔導システム【藍銅鉱の手】
これを使うことで、どうにか大量の情報を使えるデータとして扱うことが可能になっていた。大量の情報があっても、どこが重要かそうでないのか、ある程度精査することが出来なければ意味がない、使えないデータになってしまう。宿主化によるスパイ生産は、マキがワシャルドでクローと合流してから行われるようになったが、藍銅鉱の手が完成する前は意識しているポイントの情報しか得られなかった。しかし、この魔導システムができてからは、想定外のポイントにある情報を見落とすことが格段に減った。
藍銅鉱の手の元となった機構は、デルタストリークがありえない記憶の見落としをしてしまう原因を調べる過程で見つけたもの。デルタストリークに存在した意図的な機能不全箇所付近にこの機構は存在した。マキは元々そのあたりにそういった機構があるだろうと予測し、分析をクローの同志である魔蟲、ドクター・ローチに急がせた。
マキはその力があれば預言の力の重圧に対抗できるかもしれないと期待していたが、残念ながらそれは叶わなかった。心を守るための機構は別の場所に存在するらしく、そこに手をつけるのはデルタストリークを敵に回す可能性を考えて、マキは調査することができなかった。
藍銅鉱の手を作るための機構を調べることは、デルタストリークの不調の原因を調べるためと誤魔化せたが、心を守るための機構に手を出すのは無理があった。デルタストリークの不調の原因を調べるというのは事実であり、嘘もついていないため、デルタストリークが不審に思うこともない。しかし、嘘をついたならば、デルタストリークはその揺らぎを見逃さない。そうした場合、デルタストリークはマキの記憶を読んでしまう可能性があった。
そうなれば、デルタストリークを利用する謎の敵にマキの見た預言と、考えた未来がバレてしまう可能性が高い。仮に強引な手段を取るにしても、デルタストリークの不調の原因を取り除き、スパイ行為を止めてからでなければあまりに危険すぎた。
しかし、現状それはできていない。干渉が行われている箇所は特定できているものの、マキにはどうしようもなかったからだ。デルタストリークの不調を引き起こしていたのは、マキの預言で見えない、例外の力だったから。
それは言ってしまえば、聖女の力のような、ある種の理不尽性を持った力で、マキやドクター・ローチが干渉しようとしても弾かれてしまった。しかし、マキはこの謎の力に見覚え、懐かしさを感じた。クローにもあるファーカラルの因子と、シャトルーニャの聖女の力、それらが入り混じったような感じがしたからだ。この力はある意味でマキと似ていた、マキもクローとシャトルーニャの行動の結果生まれた存在だからだ。
マキは自分の中のどこかにある、この力と似た部分を使えば、状況を打開できるかもしれないと考えたが……まともにコントロールが出来ていない力を使って、逆に敵に取り込まれてしまっては本末転倒なのでやめた。
しかし、自分自身の力を高めること自体は有用。マキは自身の存在、魂の内部を探索していく。自身の内に眠る未知の力を求めて。
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