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第29話:猫だと勘違いしていた



「ウナギィ君、心ある異形達の呼称は決めたかい? 心のないモノたちはワーム・ドレイクと呼ばれているみたいだけど、ここは明確に区別をするべきだよ。じゃないと後々面倒なことになりそうだ」



「まぁそうだな……ワーム・ドレイクとは違うってことをあいつらにも強く自覚させるべきだよな。人の心があるなら、タダヒトであったことを強く意識させなきゃいけない、肉体に精神が引きずられることもある。なら……蟲人むしびとはどうだ?」



「無難なネーミングではあるけど、おすすめはしないね。地獄に一応蟲系のタダヒト種族が存在するから、そっちと混同される可能性がある。というか実は君、勝手にその種族だと思われてるよ? 節人ふしびとて種族なんだけど」



「ま、まままま、マロン!? ど、どうしてここに! 会いたかった! 私はずっとあなたに会いたかったんですよ!! 寂しい気持ちになるのが嫌で、あなたのことをできるだけ考えないように、頭の片隅に追いやっていたんです。あ~でも、会ってしまうと、溢れてしまう、色々な感情が!!」



「デル姉ぇ……甲冑姿のまま抱き付くのやめてください。痛いんで……」



 デルタストリークがマロンに抱きついて拒絶されている。そう、マロンちゃんが地獄から俺に会いにワシャルドにやってきたのだ。マロンちゃんは背が低く、全体的に発育が悪い。でもおしりは例外的に発育している。デルタストリークと同じ青の髪色だが、デルタストリークよりも淡い色合いで、滅茶苦茶長い。目の色は緑で、目付きが悪い。いつもぶすっとしているような表情で、一見すると何か不満があるような顔つきだが、これが平常、そういう顔だ。しかし俺は見逃さない、デルタストリークを拒絶するマロンちゃんだが、その口の端がわずかにニヨニヨしていることを……素直じゃないな。



「ああ、ごめん!! 甲冑外したらいいってことだよね? じゃあ脱ぐかな!」



 超速で甲冑を脱ぎ始めるデルタストリーク。すると甲冑に閉じ込められていたデルタストリーク特有の爽やかスパークリング系の香りが室内に解き放たれた。室内が浄化されていく。これが普通の人間であったなら、むしろ汗臭くなり、悪臭にむせることだろう。しかし、そうはならない。これぞ神の御業か……



「マロンちゃんの言ってた面倒なお姉ちゃんてデルタストリークのことだったんだな。全然名前の系統が違うから姉妹だなんて全然分かんなかったぜ」



「め、面倒!? 私は面倒じゃないよ! キッチリハッキリしてるから! 面倒なんてどこにもないよ!」



「ボクはマロンと呼ばれているけれど、これは本名じゃないんだ。本当はマグナ・スラスト・シャロンという名前でね、長いから略してるんだよ。でもボクのことを略すんなら他の神だって略せばいいのにって思うんだよね。確かにボクのはちょっと長いけど、デルタストリークだって結構長いし、ギリギリだよね? デルタとかデストとかに略せばいいとずっと思ってるんだ」



「まぁ確かに……デルタストリークはデストでいいし、ラインマーグはマーグでいいし、ラインダークはダークでいいな。特にラインマーグ達は名前似ててややこしいし」



「というかちょっと待って! どうしてクローくんはマロンのことを”ちゃん”付けで呼んでるんですか? それに……手紙では忙しいから私には会えないって言ってたのに、クローくんには会いにこれるんですか!? うええええええええん!!」



 デルタストリークが泣き始めた。



「いや忙しいのは事実だよ。最近やっと地獄の実権を握ることが完了したから、約1万年ぶりの旅行を兼ねて地上へ来ることができたんだ。ウナギィ君がボクのことを”ちゃん”付けで呼ぶのは”そういう事”だと思っていいよ。付き合いが違うんだ、シャトルーニャ”ちゃん”がボクを睨むのはちょっと筋違いじゃないかな?」



 ほ、本当だ……シャトルーニャがぐぬぬぬといった表情でマロンちゃんを睨んでいる。その隣でラインダークはきょとんとしていた。



 マロンは蹲るデルタストリークの頭を撫でながら、余裕の表情だ。



「”そういう事”って”そういう事”なの!? クローくん!? いったいマロンに何を……妹を不幸にすることは姉である断罪神デルタストリークが許さないよ!!」



「なぁ、そういう事ってどういうこと? 不幸にすることは許さないとかってどういう流れ……? あれぇ?」



「っふ、なるほどです。やっぱりクローさんが恋愛感情を理解できるわけがないんです。男女の関係ってわけじゃないんだ、雑な牽制だなぁ……マロン”さん”も……大方クローさんに”呼ばせてる”だけなんだろうなって、想像できちゃいますよね? 幼子の無知を利用していやらしいことをする……汚い大人みたいです。やらしいねぇ~」



 シャトルーニャが急に饒舌になる。こいつ結構攻撃的な感じになる時あるよなぁ。



「え!? クローくんが無知を利用されてマロンちゃんに……え!? 無知を利用されて、エッチなことをされちゃったの!?」



 ラインダークは俺と同じく混乱しているらしいが、少し顔が赤くなっている。



「んなわけねーだろ。せいぜいおんぶや抱っこをしてたぐらいで……ん? あれでも……あれ? おんぶしてた時に俺の首とか耳を噛んだり舐めてきたりしたな。あと服の中に手を忍ばせてきたり、俺の髪を噛んでたりしたような気もする……エッチなことだったのか? 俺はてっきり、マロンちゃんにはそういう猫みたいな習性があるのかなって思ってたぜ」



「ちょ……ウナギィ君……そういうのは人前で言っちゃいけないんだよ?」



 マロンちゃんの顔が真っ赤になっている。なるほど、そう真っ赤になるぐらい恥ずかしいことを俺にしてたわけか……あれ?



「あー……俺、間違ってたのか。いや~さっきマロンちゃんのこと猫みたいって言ってただろ? 俺、マロンちゃんのこと猫みたいなもんだと思って撫でたり膝で寝かせてたりしたけど、猫じゃなかったんだな!!」



「何やってんだおめぇらァ!! 猫だと思って撫でてたってどういう感じでやってたんですか!」



「それうちも気になる。クローくん、うちに撫でるのやってみてよ。マロンちゃんにやってたみたいに」



「いやでも、ラインダークは猫じゃないしなぁ……まぁマロンちゃんも猫じゃなかったんだけど……」



「うちは猫だよ!」



「なるほどね。じゃあこっちおいで」



 俺が呼ぶとラインダークはソファに座る俺の膝の上に頭を置いて寝転がった。少し撫でづらい位置にラインダークが寝転がったのでもう少し俺に寄せる。ラインダークの髪をまとめ、余裕を持たせるように流す。エルフのような耳と羊のような角にそっと触れてみる。反応を見る感じ耳は敏感で角もしっかりと触覚があるようだった。首から鎖骨を軽く撫で、首元に手を差し込むように回す。



 少し触れただけだが、大体わかった。ラインダークをどのように撫でれば気持ちよくさせることができるのかわかった。巻くように曲がる角の内側部分と顎下から肩へのラインが好きみたいだ。あとは触手を展開して、複数のポイントを同時に撫でていく。



「あっ……あふ! あ、あ! あ! ちょっと、ま! ああああ!」



 ふむふむ、ラインダークの息が上がっている。湿った吐息が俺の膝にあたる。ラインダークの肌が紅潮しているが、これはあまりいい感じじゃない。緊張によって体が硬くなった状態で、最大威力を発揮できない。それでは俺の猫撫職人としての仕事を全うできない。



 なのでじっくり、ゆっくり、慣れさせていく。俺の体温をラインダークと同じぐらいに調整し、違和感を消し、同化していく。呼吸に合わせて動かし、今度は俺の撫でるリズムを落ち着いたものにすることで、ラインダークの呼吸を落ち着いたものへ誘導する。ラインダークの神経が俺への警戒をやめた、俺はそれを見計らって撫でる力を深部へ到達するように変える。



 そして、深部から表層まで、血流をうまく循環させてやる。普段はあまり血流が流れない領域が活性化し、さらに敏感になっている、しかし全体としてはリラックスはしている。一見矛盾したように思えるが、このリラックスと鋭敏化の境界は内側と外側、を隔てる最後の壁だ。



 これを突破したなら完全攻略となる。ラインダークに力を抜くよう、弛緩するように促す。力が抜けたのを確認して、俺はラインダークの特攻ポイントを再び撫でていく。



「あ、あう……あ……!」



 小刻みに振動するラインダークをしっかりと支え、力を抜けていても問題がないと思わせる。あとはラインダークの意識の集中しすぎた部分を避け、隙をつくような形で刺激し、ラインダークの意識を分散、均一化させていく。そして、ついにラインダークの全ての抵抗力を奪うことに成功した。最早、どこをどう撫でても、最高に気持ちよく感じられる領域に達した──そろそろ終わらせるか。



 俺は最後にラインダークの最も弱い部位、顎下から肩へのラインを撫でる。少し強め、深部と表層を同時に撫でるような感じで──が、どうやら俺はやりすぎてしまったらしい。



「あ……──」



 ラインダークは痙攣し気絶してしまった。そしてそのままスヤスヤと俺の膝で眠り始めた。



「まぁこんな感じかな」



「こここ! こんなことをクローさん! マロンさんにしてたんですか!? そりゃ勘違いだってされますよ!! クローさんが悪いです! マロンさんは悪くありませんでした」



「ふむ、しかしクローくんにはいやらしい気持ちは一切ないみたいだ。完全に職人のそれ、真剣そのもの。マロンは私と同じように相手の感情を知る能力を持っているから、勘違いするとは思えないんだけど……あーごめんマロン。そうか、クローくんを独り占めしたかったのか、それで未来予測の力を使った。クローくんに”ちゃん”付けで呼ばせることが他の者への牽制に繋がると分かったから、そうした……」



「デル姉ぇ! 勝手に感情読み取らないでよぉ……!」



「ああ、ごめんごめん。軽く見ただけだから! それにしても、あのマロンがここまで他の者に懐くなんてね。いったい何があったのかな? そもそもの話どうして地獄で拷問を受け、閉じ込められていたはずのクローくんがマロンと知り合ったのかとか疑問ではある」



「──おい、ちょっと待て。デルタストリーク、お前俺の記憶を全部見たはずだろ? なのになんでそれがわからない……」



「え? ……あれ? 言われてみるとそうだね。確かにクローくんの記憶を見たはずなのに……それに……天界で会議があったときも……クローくんとマロンが知り合いであることも知っていなきゃおかしいのに、不確定なことだと捉えていた……」



 デルタストリークは本気で言ってる。混乱し、怯えているようにも見える。それだけの不気味な違和感がつきまとう事だった。



「記憶できる量に制限があったりとか、なんか制約があったりするのか?」



「いや、それはない。私は今まで見た全ての記憶を保持できるし、一度に大量の記憶を見たとしても問題は起こらない……はず」



「そうか、なら……お前が地上の邪教勢力を滅ぼすことができなかったのは、単にお前の力不足だったからで片付く話じゃなくなってきたな。デルタストリーク……お前は何者かに、悪意ある干渉を受けている。だとするなら……お前の行動は、その干渉者に筒抜けな可能性が高い、今この時もだ! シャトルーニャ!!」



「──はい! アブソリュート・ウォール!!」



 シャトルーニャが俺の意図を汲み取り、光の槍の檻でデルタストリークを閉じ込めた。デルタストリークに悪影響を与えた存在は、デルタストリークだけでなく俺達の陣営そのものにも敵対している可能性が高い。もし邪教勢力を守るためにデルタストリークへの干渉を行っていたとするなら、邪教と敵対する俺達も邪魔だろうしな。このままデルタストリークを自由に動かせるのは良くない気がする。シャトルーニャのアブソリュート・ウォールは悪意ある存在、呪いの存在を完全に遮断、隔離できる。もしデルタストリークが干渉者の監視カメラ代わりになっていたとしても、今はその情報は遮断され、干渉者に届かないはずだ。



 邪教に対して強い敵対心を持つデルタストリークにやつらが付け入る隙があるのかは疑問だ。邪教勢力にとって、デルタストリークは交渉不可の最強クラスの戦闘狂だ。なら、だとしたら……付け入る隙のある存在は……身内?





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