第28話:悩みから停滞してしまった
ワシャルド帝国の一件があってから、俺は拠点をワシャルドに構えた。仮拠点として、断罪神教の教会を借りている。俺はこの街の再誕してしまった人々に対して責任がある。彼らは人型の虫や甲殻類、イカやタコ、鳥、竜のような異形へと再誕した。ラインダークが記憶や人格の保存をする仕組みを因子に組み込んでたみたいで、記憶、人格は維持されている。こいつらが直面する問題は、俺が解決すべきものだ。俺は長距離念話装置でマキに連絡を取り、シャコ=カリスをマキの回収に向かわせた。一ヶ月前後でマキもここで合流することになる。
あの後……俺はラインマーグとデルタストリークを呼んだ。ワシャルドのことを報告して相談するためだった。だが……俺が思うよりも、この一件は重大で、最悪だった。
生物を改変し、ファーカラルの下僕として再誕させる魔蟲が使われたのは……ワシャルド帝国だけではなかった……邪教勢力がすでに駆逐されていた地域では、ヤツらも使うことはできなかったようだが、それ以外の地域では使われた。いくつもの国々で使われた。そこに、あの魔蟲に対抗できる手段はなかった。そういったこともあり、ラインマーグとデルタストリークはすぐに俺の呼び出しに応じることはできなかった。念話で軽くお互いの状況を把握するぐらいで、ここ数日になってやっと実際に会って話す余裕が出てきた。
地上世界、そのうちの六割の人々が、国ごとファーカラルの下僕へと作り変えられた。ワシャルド帝国は、大陸西側の中ではほとんど邪教勢力が存在しなかった国だが、その周辺国は邪教とズブズブの関係で、それに巻き込まれる形で魔蟲の被害を受けた。敵は商人に偽装する形で、ワシャルドへ入り込んでいた。あの日だけ、あの時だけ、狙い澄ますように滑り込んだ。
状況は最悪、いや、そんな言葉では生ぬるいぐらいだ……ともかく、状況は一夜にして一変した。断罪神教徒達によって邪教勢力が滅ぼされるのは時間の問題だと思われていたのが、今では世界の半分以上が敵で、しかもファーカラルに従順な存在だ。交渉は不可能で、異形と化した者たちは戦闘能力も他のタダヒトと比較して強く、丈夫だ。これはつまり団結力も戦闘能力も数も敵のほうが上回るということで……絶望的な状況だ。
『まさかこんなことになるなんてね……けど、これは明らかに計画されていたもの、ファーカラルはずっと準備してきたんだろうね。天界の他の神々には今回のことを詰められたけど、おそらく今回のことはどのみち起こっていたし、防ぐこともできなかっただろうね。今は神々も僕を責める暇なんてないみたいだけど……』
「ラインマーグ、俺に自分を責めるなって言いたいのか? 俺も頭では理解できる……俺達が動いたことで変わったのはタイミングだけってのは……でもなぁ、それを考えるなってのは無理だ……魔蟲がばら撒かれた街で人のままでいられたヤツと、人でなくなってしまったヤツ、その差はなんだ? 運が良かったか悪かったか、その差なのか? 違うタイミングで事が起こったなら、人か人じゃないか、そいつは入れ替わっていたのかも……どうしようもないこと……そうなのか?」
「クローくん、あなたの言った通り、それは天運、巡り合せです。もちろん私達はこの因果と無関係ではありません。その影響はあるでしょう。しかし、考えても仕方のないことです。ただ言えることは、我々のやるべきことは変わらないということ、できることを、すべきことをしていくだけなんだ」
ラインマーグもデルタストリークも俺に気を回す……だが、こいつらも内心俺と似たようなもんだろう。特にラインマーグ、デルタストリークはいくらか割り切れているみたいだけど、ラインマーグは落ち着きがない。顔は見えないけど、きっと暗い顔をしてるだろうな。
「お前たちが始めたことだ。ならばやりきれ、ワレとしてはお前たちを責める気はないがな。結局これも邪教が、ファーカラルがここまでのことを仕出かすことが可能となるまで、邪教を肥えさせた神々全体に責任がある。知っているか? 地獄は地上よりも被害がかなり少なかったそうだぞ? 地獄でも魔蟲はばら撒かれたが、地区はかなり限定されていた」
「そうなのですか? ハルバー。それは邪神達が自身の支配地域には被害を出したくなかったからじゃないのかな?」
「それは違うな。邪神と言っても派閥がある。今回の件にほとんどの邪神は無関係、ファーカラル達の派閥はすでに地獄での実権を失い、追い出されるようにして地上へ出てきた。そしてワレ等が邪教と呼ぶ地上で展開するもの達はファーカラル達の派閥で、地獄の邪神達とは敵対関係にあった。だから同族意識で手加減をしたというのもありえん。地上よりも地獄の方がよっぽど管理されていたということだ。これを天界の神々の怠慢と呼ばずとしてなんと呼ぶ。まぁこれもデルタストリーク、お前の妹から得た情報だがな。流石に目が醒めた、天界の神々もいくらか燃やしてすげ替え、改革するべきだ」
ハルバーは怒っていた。今まで我慢していた怒りが爆発したんだろうな。たるんだ神は殺して入れ替えろみたいなことを言っている。
「というかだな……なぜ命の神がここにいる。いや、存在できるんだ……」
「あ、ハルバーちゃんは今日初めてここに来たから事情をしらないんだったね。えっと、それはね……クローくんが魅了の呪いを解いてくれたから、うちの子供達以外とも触れ合うことができるようになったの! 今まではずっとパープルランドに引きこもってたけど、クローくんが外の世界に連れ出してくれたんだよ~?」
『僕も初めてここに来た時、ラインダーク様が普通にいたのを見て二度見したよ……けど、呪いは解けたんだ! ふふ、流石はクローくんだよ!』
ラインマーグ的にはラインダークはどういう存在なんだろ、おばあちゃん? それともお母さん? 親戚のお姉さん?
「あ、マーグちゃん、マーグちゃん! あのね、クローくんは魅了の呪いがある時でも、うちの力に耐えたんだよ? だから多分、クローくんはマーグちゃんの素顔を見ても大丈夫だと思う! そうだ! なんならうちと同じように呪いだって解けるかも!」
『……呪いは解かないよ。実を言うと顔を隠してる方が気楽なんだ。僕はラインダーク様と違って顔を隠すだけで普通に行動できたからね。魅了の呪いがなくなったとしても、僕は顔を隠すと思う、面倒だからね』
「は? 面倒? どういうこっちゃ、イケメンだから呪いがなくてもモテすぎて困るみたいなことが言いたいのかよ?」
『ちょ! クローくん! その言い方はちょっと悪意があるよ! まぁでも、間違ってはいないかな。なんだかさ、嫌になるんだよ。僕は何も変わらないのに、顔が見えるか見えないかで、違う人みたいに扱われてさ……だったら僕は顔を隠しておきたいんだ。それで普通に接してもらうんだ』
「うっ……!?」
ハルバーが絶望の表情を浮かべて地に倒れ伏した。なんなんだこいつ……
「やれやれ、分かってないなお前……顔を隠すというのはな? ある意味で期待感を相手に抱かせてしまうんだ。お前が顔を隠し、相手は期待感を高める。とんでもないブサイクか、実はイケメンなのか? ともかく想像をする。んでお前が相手の想像を超えてしまうイケメンだった場合、相手は驚いて大きな衝撃を受ける。強い印象を抱くことになる。つまりお前は割増でイケメンに見られてしまう手法を使ってしまっている」
『な、なんだってぇー!? そ、そんな……逆効果だったなんて……で、でも絶対に顔を見せなければ問題はないよね? そうだよね?』
結局その後、どうでもいいような雑談をしていた。誰も指摘はしなかったが、皆どこかで現実逃避がしたかったんだと思う。別れ際の皆の顔は、冷たく、暗いものだった。
俺は一人、教会に残り、ファーカラルの魔蟲の分析を再開した。ここ最近はずっと分析をしている。ファーカラルがどのように魔蟲の品種改良、改造を行ったのか、その方法を探るために痕跡を探していた。だが、うまくいかない……結局ファーカラルの魔蟲を改良した方法は俺のやった方式とまるで違うからだ。
俺は魔蟲をコントロールし、魔蟲達の自我を育て、魔蟲自身に自分たちを改造、進化させた。逆にファーカラルは直接自分の手をを加えることで改良を行っている。差異は方式だけでなく、魔蟲達の性能、伸びた能力も違う。俺の魔蟲は精神、魔力面での性能が極端に伸び、ファーカラルの魔蟲は肉体面での性能が伸びていた。魔力や精神はあまり伸びていない。ともかく、方式の違いから知識としてわからないことも多く、煮詰まっていた。
『やぁクローくん。煮詰まってるみたいだね』
「なんだラインマーグか。なんかようか? ──あ?」
誰だこいつ……あ! ラインマーグか! このシュッとした儚げな美少年から青年へと移り変わるような印象のイケメンがラインマーグなのか……
「ははは! お前、儚げな顔だな! なんかそんな顔してそうだったんだよなぁ! くくく、まぁもうちょっとキリっとした感じかと思ってたけどよ。でもやっぱ、ラインダークに似てるんだな」
『ちょ! 僕だって戦ってる時は、もっとキリっとしてるはずだよ!』
俺が笑うとラインマーグは緊張した顔つきから、穏やかな顔つきに変わった。そして笑った。ラインマーグは怒鬼族だったはずだが、角が生えていない。青怒鬼族と違って怒鬼族は角が生えないんだろうか? それとも生まれつき角が生えなかったのか、とれてしまったのか……ラインダークと同じ紫色の髪で、耳はエルフっぽい。ぶっちゃけただのエルフにしか見えない。
「そういや、ラインダークから聞いたんだけどよ、怒鬼族はエルフ族達と一緒に住んでるんだろ? なんか変な話だと思ってな、だって怒鬼族って敵対するサキュバスの血を引いているようなもんだろ? 仲が悪くなりそうなもんなのに、一緒に森に住んでるなんて不思議だなって」
『ああ、それ? 最初は仲悪かったよ。エルフ達はラインダーク様に怒ってたからね。でも僕がエルフ達を成り行きで助けたことがあって、彼らは僕に借りが出来たんだ。それで僕は彼らに特産品の交易ができないか提案したんだよ。それから特産品の交易がきっかけで少しずつ交流が始まって、誤解は少しずつ解けていって、今ではすっかり仲良しさ。最近は混血児だって多いんだ』
「へぇ~じゃあお前のおかげで怒鬼族とエルフは仲直りが出来たんだな。それってがっつり地上と関わってるから、あれか、お前がまだタダヒトだった頃の話か」
『うん、まだ僕が神じゃなかった頃の話。でも別に僕が何もしなくても、結局いつかは仲直りしてたと思う。種族の性格的に相性がいいしね。食わず嫌いみたいな感じでさ、お互いよく知らなかっただけ、触れ合うことがなかっただけ。でも良かった、クローくん、君は思った通り、僕が顔を晒しても、君は何も変わらない』
「んなもんデルタストリークだって多分変わらねぇだろ。まぁ魅了の呪いの影響自体は受けるだろうけど。別にさ、特に違和感ねーんだよ。なんか、お前の生き方とお前の顔が一致してる。まぁ、武神系だからもうちょいごついかと思ったけど、大体こんな感じの顔だろって思ったまんまだ。まぁ顔のパーツがどうこうって話じゃなくて、どっちかっていうとこう……人相? 表情? 雰囲気だよな。まぁ俺はお前と違って前世も現世もアンバランスだけどな。前世は覇気のない痩せたチビガキだったし……今は不気味な呪い人形だ」
『えー? でも君は最近顔変わったよ? よく笑うようになったせいか、笑顔が得意な呪い人形になったよ。まぁ逆に笑顔に狂気感が増しちゃったのが不憫だね』
笑顔が得意な呪い人形? 確かに不気味だな……まぁでもそれもシャトルーニャとかラインマーグのせいか。
「うぜぇなぁ~……まぁいいさ、きっと魔蟲達がこういう顔の方が好きなんだろ。俺の細かいところの変化は基本的にあいつらの趣味に依存してるからな。あいつら的には今の俺が滅茶苦茶イケメンなんだろ。俺は全然そんな感じしないけどな……」
『あ、そうだ。グローカスはどうなったの? 捕まえたって話だったけど、この街にはいないよね?』
「なぁ、ラインマーグ。グローカスを殺すべきだと思うか? それが定められた、運命だって思うか?」
『え? いや死んで当然だとは思うけど、そんな風には……』
「そうか……俺がグローカスを生かすのは、シャトルーニャのためだ」
『あ、え……? どういうこと?』
俺はあの時、シャトルーニャが聖女の力に操られたこと、聖女の力がシャトルーニャの心を奪おうとしたことをラインマーグに話した。
「こんな嫌がらせみたいな抵抗に、意味なんてねぇかもしれねぇ……だけど俺は……嫌なんだ。俺はシャトルーニャみたいなやつの心こそ、守られるべきだと思ってるから……本人は命を奪う覚悟もないくせに、戦う気満々でさ、正直俺はあいつにこの戦いに飛び込んで欲しくない……どっかで壊れちまいそうだから……パープルランドなら戦いも起こらねぇと思って連れてきたけど、流石に理解できた。あいつは聖女で……あいつは戦うことを宿命づけられてんだ」
『クローくん……それは……』
「だけどやっぱり、俺は嫌なんだ。俺は、俺自身も信用できないっ……! 戦いから遠ざけるべきだと思ってたのに、ワシャルドで何かが起こったって感じた時、戦いが起こるかもしれねぇって思ってたのに!! 俺はシャトルーニャをワシャルドへ連れてった……! わけが分からねぇ……だって、ありえねぇだろ? 俺も……あいつを操ろうとする力に……動かされちまったのかもしれねぇ……俺の心を捻じ曲げられたかもしれねぇ……でも証拠なんてない、俺が不安からシャトルーニャを巻き込んだだけかも知れねぇ。だとしたら、俺は俺を許せねぇ……」
『……クローくん。君はシャトルーニャを、彼女を愛している。心配になる気持ちも分かる。君の話が事実なら、僕だって聖女の力は気に入らない。だけどね、彼女にも意思はあるんだ。そして、君が過保護に、戦いから遠ざけたなら、彼女は成長の機会を失い、弱いまま……聖戦を戦うことになる。命を賭けた死闘をね……それは彼女のためにならない。死ぬ確率を上げるだけだ。僕だって最初から強かったわけじゃない、経験を積んで強くなった。それは聖女であっても変わらないんだ』
過保護……か。俺がシャトルーニャを愛している? まぁそうだな。俺がこうして思い悩むということは、そういうことなんだろう。ただの友達じゃないんだ。恋人だとか相棒だとか、そういうのとも違う。よく分からねぇが、俺はあいつの心を守りたいんだ。例えあいつが戦いの宿命から逃れられないとしても……っは、まるで戦いについていけなかった足手まといの俺が言えることじゃねぇんだろうが……
「ああ、ラインマーグ、お前が正しいよ。お前俺を論破するの好きだよな? だけどなラインマーグ、強いからって戦わなきゃいけないってことはねーんだ。お前だって戦うべきじゃない、体は大丈夫でも心は違うかも。お前の心もまた、守られるべきなんだよ。お前は俺の親友で、いいヤツだからな」
『っぐ!???????』
「ちょ、いきなりどうしたんだよ……心臓なんかおさえて……大丈夫か?」
『だ、大丈夫! クローくんがいきなり変なこと言うからびっくりしただけだよ』
は? 俺変なこと言ったか?
「っと、話が逸れちまったな。グローカスは地獄へ送った、ちゃんと蹂躙の力を俺が奪ってからな。ピエールとバーグリーと同じ処置だ」
『ちょっとまってよ。地獄へ送ったってどうやって? どこに?』
「そりゃあいつのところだよ、鉄槌神マロン。俺、実はマロンちゃんから魂を回収する役を貰ってんだよ。だから魂とかを地獄送りにする道具も持ってる」
『ええええ!? 初耳!? というか、鉄槌神と知り合いだったの? それに”ちゃん”??? クローくんが女の子にちゃんづけ……どどど、どういうこと!?』
あれ? ラインマーグにこの事言ったことなかったっけ? 付き合い長いし、もうとっくに言ったもんだと思いこんでたぜ……
少しでも「良かった」という所があれば
↓↓↓の方から評価、ブクマお願いします! 連載の励みになります!




