第27話:エゴを押し通してしまった
「……くく、クカカカっ! それで救ったつもりかぁ? オレを倒そうと……無駄だ……お前らが悪いんだぜ? オレ等を追い詰めるからさぁ……」
グローカスと俺が会話するその短時間の隙にグローカスは真っ二つになった体をくっつけて再生させていた。しかしダメージは残っているようで、動きは鈍く、疲れている。
「あっ……! アブソ──」
「──待てシャトルーニャ! そいつを殺すな! やるなら閉じ込めるだけにしろ」
シャトルーニャが逃走を試みるグローカスを殺そうとする。俺は……それを止めた。
「な、なんでですか? クローさん! なんで止めるんですか! この人、この街を滅茶苦茶にして、大勢殺して! 大勢苦しめて! ずっと昔から、今まで、そんなことばかりやってきたヤツなんですよ!?」
シャトルーニャは涙ぐんだ顔で、俺に怒りをぶつけた。
「お前、こいつが昔から悪事を働いてきたってどうして分かる」
「だ、だって……邪神で、悪神で……!! わたしがいない隙を狙って……クオンを殺した……あ、え……?」
「見えるのか? こいつがやってきたことが……見えるのか? そのクオンてやつは誰だ、どうして……今までまともに実戦もしてこなかったお前が……なんの躊躇もなく、こいつを殺せる……人間のガキみたいな見た目のこいつを、迷いなく殺せるんだ……」
「そ、そんなの……わかんないですよ……! でも、わたしはこいつを殺すんです! そうするって! 決まってるんです!! だから、やらなきゃいけないんです!」
「そんなもん! お前の意思じゃねぇだろ! 誰かに殺せって言われたらお前! 殺すのかよ!! 殺すってことは! 誰のせいにもしちゃいけねぇんだ! 殺すのは、自分だ、お前なんだよ! 誰かにやれって言われても! それは変わったりしねぇ! 命を殺す責任を、他の誰かに押し付けるんじぇねぇ!!」
「意味わかんないこと言わないでください! わ、わたしは……こいつを殺し、殺したい……殺したいんです! ……わ、わたしの意思……で……あ、ああああ……」
「なら、ならどうしてだ……どうしてお前が殺した死体がどこにもない。俺が殺したやつの死体しかねぇぞ? そこのゴブリンやオーク共も、殺されて当然の悪党だろうが、死んで当然のクソどもですら……お前は命を奪いたくなかったんだろ。俺はお前の檻に焼かれたことがあんだ、その威力はよく知ってる。お前が意図的に”手加減”でもしねぇ限り……ありえねぇんだよ。こんな雑魚共、アレに触れただけで消滅する。自衛のためですら殺せない、そんな、覚悟も何もない奴が……どうしてグローカスなら殺せる。おかしいだろ」
シャトルーニャが周囲を見渡す、俺の言った通り、そこにはシャトルーニャが殺した者の死体はない。俺の言ったことが現実であると自覚したシャトルーニャの手は、震えていた。
「俺はお前の心を、顔も知らねぇヤツに、聖女の力なんかに渡したくなんかねぇ……その優しさを捨てるな。甘いと言われようとも、馬鹿だと言われても! それがお前だ! 大事なものなんだ! お前はシャトルーニャ、人間なんだよ!」
俺はシャトルーニャの手を握り、抱き寄せた。人間性を手放すな、シャトルーニャ。それは大事なものなんだ。誰だか知らねぇが、偉そうに人を操ろうとするヤツのために手放していいものじゃない。俺は……俺は、こいつの心を守るためなら……信念なんて曲げてやる。
「聞こえるか! 聖女の力の根源よ、俺はお前が嫌いだ。お前の目的のために、こいつの心を奪う気なら、俺はお前を殺す。そんなにやりてぇことがあんならよ、お前が出てこいよ!! お前がやれよ!! ……お前はグローカスを殺したくて仕方ないらしいな。けど俺は、お前の思い通りにさせるつもりはねぇ! 俺はこのクソ野郎を許せねぇし、許すつもりもねぇが……こいつを生かす。テメェの計画、滅茶苦茶にしてやるよ」
「カカッ、オレを生かすだぁ? イカれてんのか? お前……悪神であるオレも舐められたもんだなァ、あぁ? オレを生かして何になる、何を狙ってやがる!!」
いつの間にかグローカスはシャトルーニャの檻に閉じ込められていた。どうやらシャトルーニャは正気に戻り、俺の言い分に納得したらしい。いや、怖くなったのか……自分が他の者の意思によって動かされていたことに。
「グローカス、お前……見捨てられたな」
「あぁ?」
「預言があったかどうかは知らねぇが……少なくとも俺とシャトルーニャがパープルランドに向かったことは邪教の組織力からして知らないってことはありえねぇんだよ。今回俺達は人目を避けて旅をしたわけじゃないからな。邪教と地上勢力の対立で混迷を極めたこの状況で、俺は邪教にとって警戒すべき重要人物。今までの俺の行動パターンを加味すれば、パープルランドから近いこのワシャルド帝国で何か起きれば、俺達がやってくることなんて簡単に予測できる」
「……何が言いてぇんだ?」
グローカスの顔つきが真剣なものへと変わる。内心思うところがあったんだろうな。
「俺達が来るだろうって予測ができたはずなのに、なんの対策もしてねぇだろ。お前の認識する通り、俺達を潰せば断罪神教徒の勢いは弱まる。なのにその情報をお前に伝えないどころか、戦力も中途半端だ。もっと多くの戦力を投入して確実に叩いてもいいはずなんだがな……聖女の力を過小評価してたにしても、事前に伝えるぐらいするだろ。色々おかしいよな? だけど、俺はさっき聖女の力の異常性を見てわかったんだよ。こんなもん、過小評価する方が馬鹿だ。俺達の常識が全く通用しない……あの時、力に操られたシャトルーニャは言っていた、聖女がグローカス、お前を殺すことは決まっていたってな。預言があって、それを遂行するみてーだろ? だからよ、知ってたんじゃねーのか? お前をここへ寄越した野郎は、お前がここで死ぬってな」
グローカスの顔が青ざめる。そして、次第に顔を赤くしていく、怒りに身を震わせた。
「……ファーカラルの野郎! あいつ……預言を独占してるあいつなら……チッ……どのみち死ぬ運命なら言うこともねぇってか? クソがっ! 気に入らねぇ! 何もかも! けどまぁ、もう手遅れだな──時間切れだぜぇ?」
「──は?」
グローカスが時間切れと言った瞬間、大地が揺れた。地面から大量の触手が突き出た。そして、その先端から羽のついた魔蟲達が大量に出てきた。それらは傷つきながらも生きているこの街の人々に取り付き、その尾に生えた針から卵を植え付けた。卵は人の体温に反応して、すぐに孵化、生まれた細長い幼虫が彼らの体内に魔力の糸を張り巡らせ、糸に触れた骨と肉を、ドロドロに溶かした。外皮は溶かさず、内部だけを溶かして、人の形をした蛹のような物体へと変態させていく。
「んだよこれ!? クソッ、とにかく調べねぇと!!」
俺は飛行する魔蟲の一匹を捕らえて体内で分析する。分析結果はあっさりと出た。こいつは……生物を他の生物へと作り変える蟲だ。肉体だけでなく、その精神、魂までも改変し、再誕させる。そして……この魔蟲達には……俺のよく知る因子が組み込まれていた。邪神ファーカラルの因子……俺に人間を愛せない呪いを組み込む時に刻み込まれたであろう因子だ。やつは、自分の精神体の切れ端を加工することで、柔軟で細やかな調整が可能な呪いや魔法のパーツを生み出している。
これはつまり、人々をファーカラルの下僕として再誕させるつもりってことだ……俺と違って精神も完全に作り直し、新たに生まれ変わることになる。元あった人格も意思も奪われ、ファーカラルに従順な化け物にされちまう……
やばすぎる……クソッ!! 魔蟲の展開があまりに早い! 数も多すぎる……もう街の殆どの人が中身をドロドロにされて、蛹みたいになっちまってる……体はもう駄目だ……精神は、精神はどうなんだ? せめてそこだけでも、どうにかできねーのか? 強制的に悪党にされちまうなんてあんまりだ! ああ、クソ!!
「やらせねぇ!! お前の思い通りになんてさせるかよ! ファーカラルぅうう!!」
俺は体内に仕舞ったラインダークを外へ出した。
「えっ!? どうして今のタイミングでうちを? 状況は見えてたから分かるけど……」
「あの魔蟲は生物を新たな存在として再誕させるモンだ。んで、ファーカラルの因子を持ってる。このままだとみんなファーカラルに従順な下僕にされる。だけど、ファーカラルの因子だけを短期間で精確に取り除くなんて不可能だ。だけど、せめて自由意志は守りてぇんだ。だから、ファーカラルの因子に対抗する因子を作って、あいつらにぶちこむ。俺とラインダーク、二人で対抗因子を生み出す。俺からファーカラルへの対抗能力を、ラインダークからはそれを強化する因子を作って、融合させたものを組み込む。おそらく俺の力だけだとファーカラルの因子にパワー負けする。だけどあんたの力があれば絶対に勝てる」
「……そっか、体はもう手遅れだから……わかった。迷ってる暇はなさそうだしね」
俺は自分の精神体を切り刻み、因子を用意する。ファーカラルへの対抗の意識を乗せたモノだ。しかし、精神体の加工……普通にできてしまったな。結局、俺が呪いを克服する過程で身につけた精神コントロール技術があるからなのか? だけど……自分の精神体を改めて見てみると……キモイな……
やたらとデカくて、完全に人間用のサイズじゃない……因子の素材を取るために切り刻みまくったが、滅茶苦茶余ってる。街の人々を救うだけの数、切り取っていったのに、全体の1%も削れてない。それだけじゃない、1%以下のわずかに削れた部分がすぐに再生した。さらに言うと見た目もキモイ……黒と緑っぽい、海松色のヌルテカで、大量の牙と硬そうな甲殻を貼っつけた触手が生えている……そして……無駄につぶらで愛嬌のある巨大な目が側頭部についている……最初はこんな異形じゃなかったのに……
ラインダークの方もあっさりと用意できた。因子の融合と注入はラインダークにやってもらう。俺よりもうまくできそうだったからだ。そして、人々に俺とラインダークの融合因子は組み込まれていった。
融合因子を乗せたラインダークの光の魔法が、人々の内部へと浸透していく。一度上空で街を見下ろすように球体にまとまった光は、蛹となった人々に向かって小さく千切れ、入っていった。光が蛹化してしまった人以外に入ることはない。ラインダークはこの短期間でそこまでしっかり魔法を作り込んでいた。
「頼むぜ……間に合ってくれ……」
……俺は……本当に正しいことをしたのか?
俺が融合因子を与えた人々は、自由意志は守られても、元の人格は残っていないかもしれない、そして肉体は……異形として生まれてくるのは確定してしまっている。そんな彼らに自由意志を残すべきだったんだろうか? 苦悩や苦痛があるはずだと理解していたはずだ、なのに……
だけど俺はそうしてしまった。自分のエゴで、自由意志は守られるべきだと思って……異形として生まれてきてしまうなら、死んだほうがマシだったと俺を恨む者も出るだろう。俺は……俺はそれでも……どうしても……彼らの肉体が変わってしまっても……価値のないものになるとは思えなかった。人間以外の多くのタダヒトが存在する世界で、見た目などそう重要なことではないと思うのは、単なる俺の思い込みかもしれない……だけど、地獄でも地上でも、どこにでも良いやつと悪いやつはいた。その心に差異はなかった。だけど結局、それは俺がそう思うってだけの話なのかもしれない……
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