噂の悪女さま
悪役令嬢が改心せずに悪役としてかっこよく生きるお話が読みたくて書きました。
本当はライバルの王女に嫌がらせするパートも書きたかったんですが、短編だと収まらないですね……需要があればまた書きます。
「皇后セリーヌ・ラクール!お前に国家反逆罪の容疑で死刑を言い渡す!!!」
激高した皇帝、クロードが王座から私に叫ぶと、謁見の間は一瞬で静まり返ります。宰相や近衛団長も、皇帝の言葉に絶句しておられます。
私は悲しげな笑顔を見せました。
「国王陛下、なぜそのような……」
「黙れ!!!」
皇族としての所作など気にもしない皇帝陛下に、その妻である私は内心頭を抱えました。仮にも皇帝である方が、その妻に向かって「お前」など呼び掛けて良いわけがないでしょうに。
「お前は国庫から金を持ちだしただろう!そのうえ私が無能であるなどとの悪評を広め、皇族の評判、ひいてはこのラクール神聖皇国の名誉をも貶めた!!そのような女は死刑になって当然である!!」
言い切ってから肩で息をつく皇帝陛下に私は冷めた視線を投げました。
皇帝陛下は、周りからの同じような視線にも気づくほどの余裕をお持ちになっていないようです。
「お言葉ですが皇帝陛下、申し開きをしてもよろしいでしょうか」
丁寧に申し上げると、陛下は顎をしゃくって続きを促されました。皇帝としてそのようなしぐさもどうかとは思いますが。
「まず、国庫から資金を持ちだしたのは私ではございません。何者かが国璽を使用して持ちだしたとの報告がなされています」
「……馬鹿な!」
「真実でございますわ。管理官の証言もございます。陛下、私のことをどのように仰るのも陛下の自由です。しかし、国璽を持ちだし資金を持ち出しておきながらそれを私のせいにするのはあんまりではありませんか」
潤んだ目でそう言って差し上げます。ちらっと周囲を伺うと、皇帝陛下の幼馴染のエドモン宰相が何か言いたげにしています。
「国璽ならお前にも持ち出せたはずだ!!」
「陛下……皇后の私が国璽など触れていいはずもございません。わたくしはただ陛下の仰せの通りに書類に目を通し、陛下にお渡しする仕事をさせて頂いていただけですわ」
「セリーヌ、貴様!!」
およそ皇帝とは思えない言葉遣いに、こらえきれなくなった宰相が声をあげました。
「クロード陛下、もうおやめください」
「エドモン……お前までそんなことを言うのか!何だというんだ!私はこの国の皇帝だぞ!お前たちはただ私の言うことに……言うことに従っていればいいのだ!!!」
もはや懇願するような皇帝の姿を見ていられなくなったのか、近衛団長は目を背けていらっしゃいます。対する宰相は私の方を一瞥しました。その視線に含まれている感情は、憐みのようでもあり憧憬のようでもあります。
「陛下……たとえ国王であろうとも、国庫から私欲で資金を持ち出すことは大罪にあたります」
「エドモン!皇后が行ったとは考えないのか!!国璽は皇后でも触れることができたではないか!」
皇帝の言葉に宰相は目を見開きました。
「陛下……そのようなことまで」
宰相が驚かれるのも無理はございません。国璽は皇帝の承認を得たことを表す印であり、国政に関わる重要な決定を国王が承認するのに用います。そのような重要なものは、代々の皇帝しか触れることを許されておりません。たとえ皇后であろうとも、国璽に触れさせることは大罪です。
「陛下……私がそのような神への冒涜に等しいことをどうしてなし得ましょうか」
思わず崩れ落ちそうになると、宰相が慌てて駆け寄ってきてくださいます。そして皇帝のことを見据えました。
「お言葉ですが、陛下。皇后陛下は国庫から資金を持ち出す動機がございません。皇后陛下は皇帝陛下のために公務をこなし、アベル皇太子殿下を育て、さらにはご自分の事業で今や国内有数の資産家なのです」
宰相の言葉に皇帝陛下は開いた口が塞がらないといったご様子です。エドモン宰相は突然私に跪きました。
「皇后陛下。私の眼には、皇帝陛下が大罪を犯し、その罪を皇后陛下に擦り付けようとしているようにしか見えません。どうかご命令を」
「エドモン!!!!」
長年の親友に裏切られた皇帝陛下は絶叫しました。しかし私は気づいていました。私を見つめるエドモン宰相の燃えるような瞳に。
そして私は同時に落ち着いておりました。なぜならこの騒動はすべて私が仕組んだ通りのことだったからです。
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私には一度死んだ記憶があります。
クロード様の婚約者として幼い頃から教育を受けてきた私は、突如学生時代に現れた他国のリリア王女にクロード様を奪われたのです。当時は皇太子だったクロード殿下に心底惚れ込んでいた私は、嫉妬に狂いその王女に嫌がらせを続けました。その行いが明るみになり、私は処刑されたのです。
忘れもしない舞踏会の日。クロード様は私に侮蔑の表情を向けました。その顔に確かに絶望しました。長年恋焦がれた殿方の隣に誇らしげに立つ少女に憎しみを覚えました。
そして処刑の後、なぜか意識のあることに疑問を持った私は、時間が巻き戻っていることに気が付いたのでした。
そのときです、私が復讐を決意したのは。
私はクロード陛下と、リリア王女が許せませんでした。
がむしゃらに勉強し、周囲の信頼を勝ち得ました、そして陛下に接近するリリア王女に周到な嫌がらせを行いながら、クロード殿下の寵愛を得ることができました。その際にリリア王女に罵られたのは今となってはいい思い出です。
忘れもしない舞踏会の日に、私はリリア王女を国外に追放しました。それがその時に私にできる精一杯の復讐でした。
そしてクロード殿下の寵愛を得た私は皇太后となり、そして皇后となり、翌年には息子を出産しました。
息子は私の全てでした。クロード陛下への復讐しか頭になかった私が国政への関心を持ったのはこの時です。幸い皇后として勉強はしてきましたから、我が子に良い国を継がせるために公務をこなすための基礎は十分でした。
激務をこなし、我が子へ愛情を注ぎながらも、私の復讐心は消えることはありません。息子が十分な教育を終え、デビュタントを済ませてからすべてを終わらせようと考えていました。
それが今日のことだったのです。
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「エドモン様、ありがとうございます。私も陛下がここまでお心を病まれていたとは気づいておりませんでした」
エドモン宰相に悲しげに笑って見せます。
宰相は表情を隠すように俯いてしまいました。
私は宰相が幼馴染の婚約者、つまりこの私に長年想いを寄せていたことも知っていました。
「近衛団長!皇帝陛下……いえ、クロード様を国家反逆罪で拘束しなさい」
近衛団長は口を真一文字に結びながらも、私の指示に従います。
私は近衛団長が誰よりもラクール国に対しての忠誠心があることも知っていました。
「セリーヌ!!!この私になんてことをする!!!」
私は皇帝陛下が私に劣等感を抱いていたことも知っていました。
私は全て知っていました。
クロード様の国政への関心やその能力をゆっくりと削いでいたのも私です。
宰相の私への好意に気づかないふりをしながら利用し続けていたのも私です。
近衛団長の皇国への忠義を理解し、私の息子であるアベルに忠誠を誓うよう仕向けたのも私です。
皇帝陛下が私を断罪するためのこの場は、全て私が仕組んだものでした。
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罪人の中でも地位のあるものが収監される東の塔。私はそこに訪れていました。
皇帝クロードが収監されてから一週間後のことです。皇帝陛下はその一週間で随分とやつれてしまったようでした。
「セリーヌ……何をしに来た」
牢獄の中から睨みつけられます。牢獄といっても、暖かな暖炉や最低限の寝台のある部屋です。私は時間が巻き戻る前の自分の牢獄を思い浮かべました。寒くて暗くて、とても寂しいところでした。
「様子を見に来たのです」
痩せた陛下を見て、私は思わず笑ってしまいました。
「ここは下の牢獄に比べたら暖かいですね!良いところではありませんか」
「馬鹿にしているのか!!すべて貴様が仕組んだことだろう!!!!」
激高したクロード陛下……いえ、クロードは牢獄の柵に飛びつきます。大きな音が静かな塔の中に響き渡りました。
「ええ、その通りですわ」
私の笑顔がよほど凄みがあったのでしょうか、クロードは牢獄の中で後ずさりました。
「リリアの言うとおりだった……お前は、お前はとんでもない悪女だ」
「まぁ、嫌ですわ。陛下、ご存じないのですか?この世界では、勝った方が正義、負けた方が悪なのです。以前陛下が仰っていた噂について……『陛下が無能だ』という噂ですわ、それは私が流したものですの。間違ったことは言っておりませんわ?上級メイドや護衛兵にこぼした愚痴がそのまま伝わってしまったというだけで」
くすくすと笑って見せる私に、クロードは茫然としているようです。
「私が陛下のことを愛しているとお思いになったのかは知りませんが、何もかも公務を私に押し付け、ついには国璽まで頂きましたね。しかし、ゆめゆめお忘れなきよう」
私は精一杯嘲笑うような笑顔を見せる。
「わたくし、陛下のことを愛したことなど一時たりともございません」
冷たい床に座り込むクロードの元を去り、私はその足で宮殿に戻って公務に打ち込みます。
(この人生では、愛したことはなかった)
唯一私の理解者である従者と、最愛の皇太子である息子。彼らが私の原動力なのでした。そして、彼らのいるこの生活が、時間の巻き戻る前よりよっぽど幸せであったことは間違いありません。
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ラクール国の皇帝が病に伏せって数年。代わりに国政を行う皇后は慈悲深く、民からの人望も厚かった。皇后の施政は数年で終わり皇太子に引き継がれたが、その優れた政策は今でもラクール国に残っている。また、皇后は今では皇太后となり国政にも関わっていた。
「あぁ……王国への宣戦布告の件ですね。確か、あの国の王母は……」
「リリア様であったかと、母上」
「ふふ、そうだったわね。あの国には色々とお世話になりましたわ。徹底的に叩き潰して差し上げて。今のこの国の兵力なら十分すぎるほどだわ」
こうして悪女は微笑んだ。
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