笑わずの聖女といわれる私と婚約したいとやってきた王太子殿下、あなたの愛は偽りです。愛していると囁いたあなたは裏切り者、私は絶対にあなたを許さない。
「君を愛している」
「私はあなたを愛していません」
真実に愛する人がいるのか? と聞かれましたが、違いますと答えます。
あなたに信じてもらえるわけがありません。
王太子は聖女と婚姻するべきだと主張する王太子殿下。小さいころから聖女アーレンシアと婚約したいと思っていたというが信じられるわけがない。
「君が笑わずの聖女と言われていることと関係が?」
「いえ」
微笑みは忘れました。ずっとずっと前に。
遠い遠い昔、愛していると微笑みかけたあなたの顔はもう思い出せない。
昔昔、私は愚かな悪役令嬢と言われた女でした。
時の王太子に愛され、私は傲岸不遜な女として豪遊にふけっていました。
ええ、それを罪として、時の王太子に婚約破棄されて、私は下層民のいるスラムに落とされて。
体を売り、時には人のお金を奪い、人を殺し、生きたい死にたくないという思いでいっぱいで。
スラムの路地に座り込み、盗んだパンを食べている私に声をかけてきた青年が一人。
『こんな生活を送っていて満足か?』
彼の言葉を聞いて、私は死にたくないと返したことを覚えています。
死体が転がる路地で。
彼の手を取り、私はこの生活から抜け出しました。
『お前は闇魔法の素養がある』
彼はそういって笑いました。そういえば私は貴族だった。と思い出しました。
魔法、魔力がそれほど重要視されなくなって幾久しく、しかしそれが貴ばれる国もある。
黒髪黒目の彼の容姿がそれを物語る。東方は魔力を貴ぶ……。
彼の弟子となり旅をしました。
『黒の呪法をお前は受け入れるにふさわしい闇がある』
長い黒髪、黒い瞳、年齢不詳の彼はどこかいつも寂しそうで。
彼について旅に出て、そして……。
『闇さえ制すれば、世界をも手に入れることができる』
彼はそんな野心を持っていました。東方の呪術者、私は彼の夢を叶えたかった。彼のことをいつしか愛していたことに気が付いていたのです。
そしてある日、私は彼の手により、だまし討ちの形である呪具の中に取り込まれました。武器を持った黒い影たちが戦いあうそれは世界。
私は戦って、戦って、戦って、殺し、殺し、そして最後の一人となったのです。
『ああ、やはりお前が最後の一人! これで私は世界を……』
『いいえ、失敗です……フェイ、これは人の手に余りました』
私は闇の中笑います。残った一人、強い魔力を手に入れるそれは呪具。
あなたがだまし討ちにさえしなければ、私はあなたにこの力を渡した。
死にたくない、生きたい、これが私の望み。
『ユーフェ! お前は!』
『死にたくない、死にたくない、死にたくない、生きたい!』
私の言葉は闇となりフェイを覆いました。闇が広がり、私の中を侵食し、彼をも取り込んだ。
このまま闇に飲まれて死ぬのだなと思ったとき、一つの声を聞いたのです。
『愛を知らぬ娘よ、闇の申し子……お前の魂を救ってやろう。繰り返し生きるがよい、しかし……』
「愛を知らぬ人、あなたに私は微笑まない、永久に、そして私の聖女としての力が欲しいのはわかっている。だけどあなたにはあげない、永久に」
「違う! 私は!」
「もう騙されない」
転生するたびに騙される。そして思い出す。
信じたい、信じたい、信じたい。
そう思って、私はいつも神との約束を破り、彼の力を貸す。
そしていつも騙され彼の野心のために命を落とすのだ。
裏切り者を許すな、愛をささげるな。微笑むな。
「……憐れで愚かな人……」
聖女アーレンシアはあなたを愛さない。聖女アーレンシアは野心を持つ王太子に力を貸すことはない。
「……憐れで愚かで悲しい人」
「君はどうして……」
私はあなたに力を貸せませんとただ頭を振る。
愛しい人はもういない、しかし生まれ変わっても本質は変わらない。
繰り返す、これでもう13度目。
前の私は愚かにもあなたの願いを聞いた。でももうアーレンシアは微笑まない。
アーレンシアは……あなたの願いを聞かない。
「ルードフェルト王太子、聖女はほかにもおりますわ」
「私は君を愛しているんだ!」
「……あなたはいつも……」
フェイであった彼がはじまり、愛していた。愛していた。
ずっとずっと10回以上、あなたへ愛を捧げた。
「……あなたは私を必ず裏切る」
「アーレンシア」
「聖女の力はもうあなたに渡さない。聖女が王太子の婚約者となるべきというのなら、他の聖女をどうぞ」
アーレンシアは二度と、この聖山の結界から出ない。これが聖母マリシアとの約束。
聖女として命を捧げよ。人々のために祈れ。
殺したその命のために祈れ。
さすればお前はこの輪廻から解放されよう。
「……いつもあなたは愚かだ」
私は愛を囁く男の裏切りを確信していた。その目には野心が宿る。
遠い昔愛したあの黒い目の男と同じように……。
旅の中、うまいか? と鍋で作ったかゆを風邪をひいた私に食べさせてくれたあなた。
愛していると笑いかけてくれたあなたと、手をつないだ。子供のようにあどけなく笑った。愛しい……私の。
「アーレンシア、君以上の聖女はいない! 私は君を愛している!」
愚かな男は偽りの愛を囁き続ける。私は今日もその愛を否定する。
フェイ、フェイ、フェイ、はじまりのあなた。愛しいあなた、愛しい愛しい愛しい……。
私はあなたを愛した。あなたの愛は私になく。
あなたはいつも私を裏切るその野心によって。
生まれ変わりは生まれ変わり。真実その人ではない。愛した人はもういないのだ。野心に満ちた目で世界を呪い、神など信じぬと言ったあなたは死んだのだ。しかし前世の記憶を保有し続ける私の心はたぶんまだフェイを求め続ける。
「……私はあなたを愛さない」
愛なんて偽り、そう前世の私は言った。
でもはじまりの私はフェイを愛して、フェイのために力を貸したいと思ったのは確かだった。
「……神よ、私を」
あなたの魂のかけらを感じるたびに私は惑う。愛を信じたいと泣き続けるはじまりの私が心の中にいる。
「……アーレンシア」
フェイ、フェイラン、髪も目の色も違う。しかしその青い目に宿る野心は変わらない。
愛しいあなたは今世も私の力を求めるか? 心を求めてはくれないのか?
ああ、愛しいあなたの記憶を思い出すたびに心が痛む。
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