2.国外追放
この国を護る結界の維持に勤めていたら、なぜか衛兵に拘束された。
え、何事?
「まずはミリアリアに謝れっ!逆賊め!」
なんか王子がすごく怒っている。
正式な婚約者の前で他の女性をエスコートするとか、失礼なの王子の方なのになんで怒ってるの?意味わからない。
「え?誰?あやまるって何で?」
「この期に及んでまだしらばくれるかっ!どうしようもなく腐った奴め!」
は?腐ってるの王子の頭だよね?
「アレフさまあ…私こわぁい」
「大丈夫だミリアリア。犯罪者はこのとおり捕らえたからな」
目の前には、怒りを込めて睨みつけている王が勝手に決めた私の婚約者と、その婚約者の腕に、胸の大きく開いたドレスから、面積の半分くらいを露出させたお胸を擦り付けている見たこともない女性。
「私、そんな破廉恥なドレスを着るような人と会ったこともないですけど」
とりあえず正直に申し開きをしてみる。
「破廉恥ですって!酷いっ!また私を苛めるのねっ!」
少しずらしたら見えちゃうよね、そのドレス。あと、何気にスケスケだし。露出趣味なのかもしれないけれど、見たくもないモノを強制的に見せられるの迷惑。二人だけのときだけに着たらいいと思う。
「ジルヴァラ!いい加減にしないか!」
や、いい加減にして欲しいのはこっちですけど。
ただでさえ、国境に沿って張られている大結界に自爆テロしてる上位の魔獣対策をしないといけないのに。あと騎士に掴まれている腕が痛い。
「少し待って貰えませんか。いま魔獣が結界に突っ込んできて大変なんです」
「またそんな嘘をつくか!魔獣などここ10年一度も出たことないわっ!」
「それは私が結界張ってますからね」
「妄想もいい加減にしろっ!この国のどこに魔獣がいるというのだ!お前は聖女などと言いながらいつも何もしていないではないか!」
「してますよ」
「嘘をつくな!ここにいる誰もがお前はいつも何もすることなくサボっていると知っているのだぞ!」
伺うように周囲を見回すと、いつものように平民聖女めと蔑みの視線。
今日はそれに加え、第一王子の憤慨に呼応して、いつもより激しいものになっている。
目の前で興奮しながら怒鳴り散らしてた婚約者を、どうせいつもの嫌みだろうと話を聞き流していたけれど、今回はいつもと少し違うようだ。
「はぁ、そんな風に思われていたんですね…こっちは命を削って結界を張っていたというのに」
「口だけならいくらでも言えますわ!」
お胸の間に第一王子の腕を挟み込みながらフワフワピンク令嬢が声を上げる。
「新しい聖女は、このミリアリアだっ!衛兵どもっ、早くこのニセ聖女を連れて行け!」
…新しい聖女?いつのまに?ほんとに?
控えていた衛兵たちに、乱暴に腕を掴まれ、広間の外へと連れ出される。ほんと痛い。
でも、思ってもみなかった吉報に、抵抗するのをやめた。
そもそも頭の中の大部分で結界の細かい修復作業や、魔獣対策をしてたから、この急展開についていけてない。
元々それほど丁寧には扱って貰ってなかったけれど、今のコレは、まるで犯罪者に対するよう。わたし、これでもこの国を現在進行形で護ってるんですけど。おかしくない?
心が揺らぐと結界にも影響が出てしまうので、極力心を平静に保つようにしないとダメなのに。さすがにイラっとして心が乱れる。
いま結界が壊れたら魔獣が押し寄せてきてしまう。焦る。
「ニャー」
ファーストールに擬態していた護獣のプラタが、元気づけてくれるかのように、白く小さな頭を私の顔に擦り付けてくれる。
「ありがと、プラタ」
落ち着く。
辛く苦しいだけの護国の聖女の役割も、プラタがいつもそばにいて力付けてくれたから続けられた。
とてもとても可愛いプラタ。
白金色の美しい毛皮を持つ賢い猫。
プラタは再び、ファーストールに擬態して馬車はそのまま城から国境方面へ向かう。
周りを囲む衛兵に、色々問いただしてみたのだけれど、何を話しかけても無言。
ほんとなんなのこの状態。
整理してみよう。
私の婚約者だったはずの第一王子は、お胸が凶器なピンク色の髪のフワフワな女性が新しい聖女で、婚約者なんだと言っていた。
いま現在、お城から出されて、どこか遠くに連れて行かれている私。
新しい聖女は、お胸の大きなピンク頭のあの人…ってことは、もう聖女のお仕事をしなくて良いということ、なの?
冷静になって考えてみれば、もうこの命を削るようなお仕事をしなくて良いのは嬉しい。これでやっと身長も伸びる。当然、お胸も成長する。え、いい話じゃないのこれ。
でも今のところまだ、私が結界を維持しているんだけど、いつ引き継いでくれるのかな。
力を注ぐのやめたら結界消えちゃうし、さっきから強めの魔獣が結界に突っ込んできてるけど大丈夫かな。…大丈夫だよね、だって新しい聖女いるんだもの。
考えてみたら、約10年の間、文字通り身を削って国を守ってきた私を犯罪者みたいな扱いして国を追い出す王族が治める国や、その王族や貴族に追従して蔑んでくる国民のために命懸けで結界張り続ける必要性は感じない。
「ほんと、もうどうでもいいかも」
まあでも、この国を出るまでは維持しといてあげる。
頑強な一の門を抜け、二の門へ、そしてそびえたつような高さの三の門で、王宮の馬車から粗末な馬車に乗り換えて、さらに国境へとひた走る。
本当にこのまま国外追放するつもりなんだ。
お城から直接連れてこられてるから、旅の準備とか、私物の整理とか何もしてないんだけど。ほんと酷い扱いだよ。
…まあいいか。どうせたいしたもの持ってなかったし、大事なものもない。
唯一大事なプラタは一緒にいる。
『ニャー』
ストールに擬態しているプラタが、心の中に直接語りかけてきた。
これは、"大丈夫だよ" のニャーだ。