第九話【意地と発想とパワポ】
ーもしも貴方が英雄って言うなら、ー
準備は整いつつある。
あとは彼の目覚めを待つだけだ。
ーみんなのために私はこの力を使いたいのー
何度も説得して何度もやめさせようとしたが…強いることができなかった。彼女のためを思うのならダルマにしてでも監禁して置くべきだった。
ー私と貴様は別の道を…希望を追うべきだー
あんな奴をどうして助けなくてはいけない。確かに僕だって悪かった。でもどうしてあいつのために動かなきゃならない。
全部思った通り予言通りで何もかもむちゃくちゃだ。
ー遅いなんてことはねえんだよ!ー
それでももう、奴に掛けるしか方法はない。そのための最終手段であった。
せめてこの夢の中で苦しめ。
この悪夢でその寿命をすり減らせ。
「いいかい?」
これも全部世界のためだ。
「ええ、」
大事な人の一人や二人失ってみろ…英雄。
僕は見ず知らずの子供の腹にナイフを突き立てた。
道場抜けれるように協力すると息巻いてすぐのことだが、そろそろ風が冷たくなってくる時間に差し掛かる。元々の目的である自転車を取りに再出発する。
何をするべきかと悩みながらドナドナと流れてきそうな荷車の上で寝そべり先ほどと違って快適な速度で走るそれに揺られる。
さて、道場近くまで来ると門下生たちであろうか道着をきた人たちがあからさまに術を組んで何かを探していた。
しかしそれは道場の敷地の外周で訓練がてらに探し物をしていたのだろうと思う。
「おお!空殿が帰ってきましたぞ!!」「空殿!!帰ってきたか!」「よかったよかった!空殿お力を貸してはもらえないか?」「無礼だぞ!我々でしでかしたこと、空様を巻き込むわけには…」「にしても空様その荷車は?」「いやしかし我々の念力では…」「磯くさ」
などと各々の意見を述べつつ空に近づいていく。
「空殿、実は、例の彼の自転車の部品をなくしてしまいまして…親方殿に申すわけにもいかず…」
その時門下生の一人が荷車に乗るモノを調べようとしたのだろうこちらへ歩いてくる。
その話を聞いていた僕は仰向けに寝そべった腹の上に乗せていたかなり重いバックから工具の準備を進めつつ起き上がった。
「っは!!」
近づいていた門下生が声を上げる。
「な、」「村上様だ…」「そういえば今何時…」「そうだった空殿は彼を連れて来るよう…」「皆騒ぐな!親方殿だ!」「ああ我々はどうなるのか…」「外周と30分糧訓練では済まないぞおお!!」「ああお助け〜」「腹を切ってでも詫びを…」「こりゃ死んだわまじ」
殆どがジタバタし始めたのち玄関前に親方と呼ばれた空の父親が現れると誤魔化すように全員気をつけで止まった。
「なんだ騒がしい、空やっときたな、お前たちお客様に自転車を返してやれ」
「「・・・」」
皆沈黙して下を向いて固まっている。
そんな様子を目の端に納めながら工具の準備やらを進める。足りない細かいパーツとバイト帰りに空いてた自転車屋さんで買ったチェーン接合用のパーツその他取り替えたいもの色々。
(うん…だいたいあるな)
「お前たちはどこまで不器用なんだ!!!」
親方さんの怒号が耳に響く。
「すぐ新しいパーツ買ってこい!!」
その言葉を聞いたあたりで空に中から自転車を持ってきて欲しいと耳打ちをして荷車から降りる。
「「は!はいい!!!」」
怯えたようなハキハキとした返事が返って来ると、その場にいた全員が二列に並び初めている。
「ああ、買わなくとも大丈夫ですよこれくらい」
すぐに空が自転車を持ってきてくれ、全然前と状況が変わってないことが一目でわかりおかげで彼らに無駄足を踏ませずに済んだ。
「「村上殿!!」」「どの〜」
立ち止まった彼らの期待の目に苦笑しながら工具をちょこっと並べて、亡くなったのは螺子の一本や二本、カツカツと軽く合うかどうか調節しながら締めていく。
チェーンを接合して、ボロボロになっていたペダルを取り替え、金属製部品を軽く掃除してギアを取り替えて、自分で言うのもあれだけどさながら業者のように組み立てていく。
最後になくなっていた螺子の部分に買ってきていた予備のネジを入れて終了。
「「おお!!」」
皆感激してその出来栄えを凝視しつつも触れないような距離を保ちながらそれでもと引いたり首を伸ばしたりと自転車を見つめる。
「重ね重ね申し訳ない、結局何もしてやれんか…そうさな、厚かましいとは思うが義理人情は我々の流儀でな、何かさせてはくれぬか?」
その言葉を聞いた瞬間から僕は脳内会議を始めていた。
これはつまり彼を部に誘うチャンスであって、いやいやこっちも迷惑かけているのだからそんななの頼めない、気にしないでって言って立ち去ろう!その方がかっこいい!せっかくだし何か頼まれてもらおうよ、だからと言って…
というようにそれぞれ理想や合理性や杞憂やもろもろを含めていると指は自然と過去を辿ろうと自身の額に当て立てていた。
慣れた手つきで自分の意識を沈めて行く。
さてその中で探すのは頼めそうな事柄だけども、
(特にないかな…この人たちに人手が足りないのだと言っても彼以外にうちの学校の生徒はいないみたいだし、あ、)
その時僕が飛び込んだ映像は先程夕暮れの映像、彼の思いを表明できる機会を用意して貰うのはどうだろうそう思った。
ー俺はお前とこに入る!お前は俺を道場からやめさせる!ー
その旨を空くんに伝える。
「機会か…なんだ俺にプレゼンでもしろってか?」
「うーん、僕的に普通に親父さんと話してもらえればそれでよかったんだけど…」
たしかにその方法は一番反感を生まない。よりよいできで自身の意見表明ができればそれは今後の彼の自信にもつながるだろう。
「それがいいね…あのっ」
彼らに空くんに彼の進路について彼自身から話があるらしいからみんなで聞いてあげて欲しいと伝えた。
「ん?こいつがか?お前には何かなかったのか?」
それが実は思い浮かばなかった。多分それは真にやりたいことなんてこの力があれば簡単にこなせてしまうということを含めての心の余裕から来ているものだったのだろう。
「いえ、実は僕の特につながることでもありまして」
など意味深にそんなことを言って自転車で颯爽とその場を立ち去った。
今更になって風邪をひきかけていたことに気がつき、急いで薬を飲み込み明日の早朝バイトに備えた。
そして次の日、6月が終わるまで後20日残り二人を手に入れるために僕は彼の指導を始めた。
まずは文章。
国語の先生に協力してもらいながら二人で新商品開発のプレゼンを例に彼がやりたいこと、彼が何を思っているのかを相談しながら原稿用紙に書き込んでいった。
その一生懸命さに触発されたのか先生も中盤からよくアドバイスをしてくれるようになっていた。
ここの言い回しが他と違う、結論を先に述べてしまえ、これは口語だ、など今後も使えそうなアドバイスもあったために僕も親身になって聞いていた。
そうして個人講義のような5日間の末に話だけで20分ほどの内容が込められたプレゼン原稿が完成した。
その際に彼の過去を聞いた。
彼の母親もまた拳闘術師であり、その技術は凄かったとのこと、しかし試合途中に事故で死亡したのだとか。
その試合を目の前でかれは観戦しておりその時にあの疑問が浮かんだそうな。
どうして彼らはこんなになってまで戦っているのかと。
その時彼は戦いに何も見出せなかったのだという。金でも勝利の栄冠でも名誉でも地位でも勝利を目指す理由が様々存在する中彼は何もその勝利を喜びとするものを見つけられなかったそうだ。それから修練をサボるようになったとのこと。
見方によっては彼は逃げ腰であると言われるかもしれないだから今の今まで言い出すことができなかったのだという。
その過去を聞いた時なんとも深く考え込んだのだろうと感心した。今の今までただグレて仲間内に何かいざこざで嫌になったからやめようとしているようなそんな理由だと思い込んでいた自分が馬鹿みたいで恥ずかしくなってしまった。
さて、その内容を聞いた僕はさらにプレゼン力を入れることにした。
文章の次はその見せ方だ。
某大学やその教授などの講義のように自信の成果発表のような舞台ではない。あくまで自身の心中を知らないものにその価値と心中を共感させる作業。
ならばスクリーンに何か写すのが良いと二人とも思っていた。中学生の時に研究発表をする機会があったあの感じと似ていながらあのぐだぐだ感とは違うより演出にこだわったものとなるように二人でキーボードを打ち、
スライドを原稿に合わせて作り上げていく。その最中、不意に意識が途切れることがあった。
何を考えていたのかわからないが起き上がるとスライドが無限に再生され続けられておりそのまま机に突っ伏していた。
頭で声が響くとはこのことなんだろう。
彼の声が妙に聞き取りづらく大声なのかかなり頭に響く。視界が揺らぐと浮遊感と共にそのまま意識は途切れた。
・・・
“私は世界を救えない、けど現状維持に留めることはできるのよ”
変な夢を見ていた。
なぜか先輩が僕を前にしてそんなことを言っている。熱がひどい時に見る夢とはまさにこのことだろう。
唐突で緊迫した状況に冷や汗をかきながらもその場にい続けなくてはいけないという使命感のようなものがある。だがその時に感じたのはそれだけじゃなかった。
悲壮感、無力感そう言ったものが込み上げてきていた。
彼女の左腕が光る。
そこには四角から七角までの図形が描かれており、彼女はどこか苦しげにその紋章を指でかき消そうとしていた。
そして疲れ切った彼女の笑顔を見て夢が終わった。
目を覚ませば何か、清潔感のある匂いと白いタイルの天井同じ色のカーテンが目に入ってきた。
流石にここまで来てここはどこだという言葉は野暮だろう。
保健師か病室であろう。
コンを詰め過ぎたのだろう、体がだるいことに気がつく。
文章作成中の5日間にもたしかに早朝や放課後にバイトを入れていた。最大の原因は死ぬ思いで浸かった川だということはよく理解できた。
まさか薬が効かないまでに免疫が落ちていたとは思わなんだ。
体を持ち上げる。
病衣というのだろう白と淡い青の袴のない羽織を巻いたような服装であることで少し違和感を覚えた。
(どれくらい…眠っていたんだ?)
その回答に答えてくれたのは一番に駆けつけた部員と空だった。
「丸三日!??」
「そうよ!ほんとに情報室で倒れたって聞いてびっくりしたんだからね!!」
瀬菜は泣きじゃくっており、洋介は走ってきたことで息を整えている。
「ほんとに…びっくりしたよ、その年で“過労”ってなんの冗談だって思ったんだから」
そして空はというと、
「いや良かったぜ目覚めて、そのの幼女が目覚めないかもとか言い出すんで夜も眠れなかったぜぇ…」
と一番冷静というか何かに踏ん切りをつけたように安心し切った顔をしていた。
それで思い出すのもどうかと思うが、
「ソラ、スライドは…?」
恐る恐る聞いた。
そう、三日後が正しいのであればプレゼンの日の予定は明後日のはずだ。
僕が倒れた日からちょうど半分で分けていた作業量を考えるとまだ終わっているわけがない。だから怖かった。
「…あーそれな、どうも俺には無理っぽいわ、あの量」
その言葉を聞いて察した。やっぱりダメだったかと、僕が倒れたせいでこんな無駄足を踏ませるなんて思わなかった。
「…ごめ」「だからよ…ん?なんで謝んだ?」「え?」
その時僕は周りを見ていなかった。
さっきまで泣いていた瀬菜が脇に手を当てない胸を張っていること同じ格好なのに色気がない違う先輩がその近くで誇らしげにしていることにそして照れ臭そうに頬を撫でる洋介が僕の隣にいることに…
「ブブケンに手伝ってもらったんだわ」
その言葉で安心仕切ったのか涙腺が壊れて漉された血が目から吹き出そうになった。咄嗟に顔を隠そうとすると先輩の手が伸びてきて僕の腕を掴んだ。
「レアだわ!!瀬菜ちゃん写真!!」「はいなのです!!」「ちょ、やめ」「あー賢也照れてますよ」「情けねえ顔だなお前」「パワハラだ!いじめだ!リベンジポルノだ!訴えてやる!」
その後写真を連写で何枚も撮られてしまった。その後彼女からめちゃめちゃにその写真が送りつけられこれはしばらくネタにされるだろうと落ち込む他なかった。
話によれば、彼らブブケンの手伝いにより思惑より早くにスライドが完成したおかげで様々な準備を整えることができたとのこと。
彼の衣装を洋介と選びに行き、その間に瀬菜と先輩で学校の備品を借り出せたそうな。もちろんそれ以外の時間は彼の原稿練習にも付き合ってくれたらしい。
正式な部活ではない上に関係ないから交渉に手間取ったと先輩からの苦労話を聞かされ、その後の検査で今日一日だけ止まったら帰っていいと言われた。
医師に言われたことはいくらお金を稼ぐためといえと少しだけお叱りを受け恥ずかしかったことを覚えている。
そして発表当日。それは道場でイベントとして開催されることとなった。
もちろん集まったのは我々ブブケン一行と道場のガタイのいい皆様だけ、もちろん発表の時舞台立てるのは空一人。
我々はスライドをいじりながら彼の言葉が親父さんに聞き入れられるように祈るばかりだった。
プロジェクターの設置を終えて、台本を見返すと何やら記憶にない部分が最後に追加されていた。
そんなことを気にしていたら、先輩に
「私がスライドやるから、病み上がりは観客席で見てな!」
と男気溢れるつもりで言ったのか声を低く眉を寄せて彼女は言っていた。
正直緊張で弾けそうだったため助かった。
僕の隣にはブブケンの可愛い担当二人が座ることになりその位置は中央の一番後ろとなった。
そしてついに彼のプレゼンが始まった。
序盤彼に緊張の文字はなく、
スラスラと自身の夢を語って行った。それは親に縛られたくないというような言い回しではなく、自分はこれをしたいのだと言うまさにプレゼンだった。
自分がその場で活躍できる可能性の高さを最終的に見出させるための理由づけ、このデータを調べるのは僕の仕事でうまくいかされたと自負できる信頼性だった。
そして彼が父に言われた言葉「やるなら本気で一番を目指せ」と教わったことを最後に僕が今まで見てきていた内容は終わった。
道場の皆さんはこんな真面目にものを語る空を初めて見たのかその成長に泣いたり、歓声をあげたり食い入るように見ていたり単純ながらも共感できる反応を見せてくれしの印象は好印象だったように思えた。
しかし一番その旨を伝えたい親父さんはというと終始険しい表情で全く納得がいっていないようであった。
不安に思いながら最後の原稿に目を向ける。
そこに書いてあったのは一つ。
“実演”
だった。
彼がどんなに可能性を並べてもそこに入れるかはここで彼の父親に判断させるという潔い内容を表す二文字。
いまだ一度もその実演を見ていなかった僕はどういうものかわからなかったので正直ドギマギしていた。
スライドが終わり道場の電気が一度つく。拍手をしていた門下生たちが立ち上がる中彼はそれを一度なだめ、指を鳴らした。
彼が夢として提示したもの。
それは今まで誰も成功させたことがないような念術の使い方。
芸術への反映であった。
念は格闘技として生まれ今や医療にまで進出している精巧な技術であると言う。
しかしそれを今まで芸術に反映させたものなど一人もいなかった。
彼はそこに価値を、勝ちを見出したのだ。
『せっかく念を見せれるのだから色をつけて両手いっぱいに広げて見せたら綺麗じゃないか』
それが彼の言葉だった。
そして証明が消える。
スライドを写していたプロジェクターは電気がついている間に片され、道場の舞台に加工されたその場所に残るのは彼だけだった。
しかしそこに映ったのは、
虹光、うっすらと見える彼の手になぞり、七色に変わるその球体は虹を描いていく。
そして波打ち音が鳴る。
水滴のような音。
と思えばその音がだんだんと変化していき汽笛になっていく。するとどこからか線路のようなものが客席へと伸びていく。
伸びていった先から彼に向かって汽車が走っていき、念を操作するあの大きな動きをしたのちに彼にぶつかった汽車が弾け、
その光が舞台を照らした。
すると音楽が、壮大なかつこれからまだ盛り上がりを見せるであろう曲が流れ始めたのだ。高音質ステレオのスピーカーから流れるような音。もちろんこの道場にそんなものはない。
これも今彼が出しているものなのだ。
声を変化させているのか念事態に音があるのか彼はその機械ちっくな音とともに踊る。
彼の動きに合わせ中心点が変わるように年の破片と弾や動物を象ったもにが動いていく。
彼の動きにもキレがあり、よほど練習していたのかミスのように見えるものが一切なかった。
その時近くから聞こえたこそこそ話を聞いてしまった。
「あれは…朝よく見かけたソラ殿の体操では…?」「言われてみれば確かに」
密かに練習していたこと彼らにも知られていたようだと思うとなんとも笑えてきてしまう。
そして曲が最高潮に盛り上がりを見せると同時に彼の衣装が変わる。
どうやって衣装に色を変えたのか、どうしてそこに浮いて見えるのかわからなかったがそんなことどうでもよくなるほどに繊細な動きに合わせた映像のエフェクトのような舞台はあの見た目から想像もできないほど華麗で鮮やかだった。
ついにしに実演は終わりを告げた。
暗闇に戻っていく舞台の中、彼の立つ場所に僕は何かを見出していた。
“願いを発するもの…彼の名は【Vivid】色彩を音感を共に歩むもの、彼を中心に世界は回る…”
それは無限に拡大され続ける宇宙のような虚な目であった。彼の目でもなく誰か別のものましてやさっきまで見ていた念の具現でもない。幻覚でも見ているんだろうかと瞬きをすると電気が付いてそれも消えてしまった。
(なんだ今の声僕の声だった…?僕が言ったのか?)
戸惑っていると洋介に肩を叩かれて我に帰る。
「凄かったね!僕も初めて見たけど…あんなに綺麗だったなんて!!」
とテンションが今までの倍は高い。
「パフォーマンス年で最高なのです!千里先輩もそう思うのですよね!」
「うんうんあれならお金稼げそう!!」
サクラかと思うほどに彼を棚上げする彼ら、僕と同じものが見え同じ言葉を聞いた人はどうやらいなさそう。
さて、すぐに僕は空が気になってそちらを見てしまう。
我々学生からすれば大層な出来であったあのプレゼンもパフォーマンスももしかしたらおとなぬとってはまだ許せるものとも思えない。
新たな使い方を発明したものには付き纏う伝統のプライド。それが叩きつけられるかはたまたクオリティが低いとされるか。
舞台から降りた空に親父さんが近づいていく。
すると怒鳴り声が彼に向けられる。
「大バカもの!!!」
親父さんの声だった。
まさかの言葉にその場にいた皆が固まる。
そして全員が耳を傾けたところで不貞腐れた空にさらに親父さんがこう言い放った。
「なぜ!!もっと前にやらなかった!!」
全員がハテナを浮かべたであろう。親父さんが涙を流し始めていたのだ。
その内容はこうだった。
もっと前に貴様の本気になれるものを見いだせていればもっと早くにこの道から貴様を遠ざけることができた。
目の前で母を亡くしたあの時の顔が忘れられなかったと、そこからどうしても何をしても彼が拳闘に靡くことが無いことをわかっていながら、自身が教えられるものはそれしかなく悩んでいたことを彼に打ち明けたのだ。
最後にはすまないと言って彼を抱きしめる父の姿になんとも言えない涙が湧いてきて、なんの映画だよとボケることもできなかった。
見事に父親のハートを掴むことができた彼は不安から解放されたのか同じように大いに泣いた。
男泣きというのだろう。その涙に釣られるものは多かったろう。
そうして僕らは新たな人材として、
彼、
「逢野木空だ!改めてよろしくっす!」
を部員として迎えることができた。
こすい話だが、実はうちの部活は彼のパフォーマンスに一切関わらない。彼の将来を思うのであれば彼は演劇部や吹奏楽部に入るべきだろうにそれをいうと、
「何言ってんだ、俺は今まで一人でこの芸術やってきてんだ他人から口出しされて曲げるわけにはいかねえよ、それに大学で美大に受かればその分取り戻せる」
と完全な将来の目標を語られ何も言えなくなってしまった。
(高一でここまで考えてるとは…なんかもう第一印象に不良感が…)
実は不良感ないこともない。
彼はもともと金髪だったようでその髪をなにかのコンプレックスで染めていたようだがこれを期に戻したとのこと。
そのため、見た目は前の倍は不良に見えるようになっていた。
それぞれの部員の印象はというと、
洋介は男らしいと称賛、瀬菜は金色のキノコにしか見えないとバカウケ、先輩に至っては髪質が異常にサラサラなことに嫉妬するという誰も怖がってる心配もなかった。
(いや、ほんとここにいる人らみんな揃ってこれだもんなぁ)
と洋介の隣、先輩から見て右手側、僕から見て左手側奥に座る彼を眺めると、目が潰れるほどの満遍の笑みを彼は返してくるのだった。
しかしその実、廃部までは残り1週間となっていた…
→#10「ビラと宝眼とタイミング」
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「はあ…どこかに小さくてかわいい女の子いねぇかな」
彼女はただ見ていた。彼女にとって普通に過ごしていれば別に高校に通う必要はなかった。
いつか可愛い女の子と出会えるだろうとこの場に進出してきた。しかし今になって後悔している。
自分のこの声と話し方で誰が自分を怖がらないだろう。自分の求める可愛い子は皆声をかけた瞬間に自分のそばから立ち去っていくのだから。
「っち」
真っ赤で艶のある長い髪を雑に垂らして首を掴む。
少し蒸し暑くなってきた6月の終わりの放課後、雨の中を傘もささずに彼女は堂々と歩く。
全て偽物だというのに、
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投稿者メモ
はい、個人的に好きな回です!幸せな時間は儚いもの!ぜひ噛み締めてもらいたい回ですね!




