第八話【橋と約束と荷車】
格闘技術として発展したためにそれ以外を必要ないと切り捨てられてきたものがある。
くだらない日本人のプライドなのかそこに美しさは必要なく、ただ敵国に攻められないための武器としての強さのみを求めた。
だが近年その伝統から外れた者たちも出始めている。
その筆頭にいるのが彼だ。
それからというもの彼の名もよく耳にするようになった。
「きゃああああ!!」「あっぶねええだろうが!」「廊下は走…はああ!??」「なんだなんだぁ!??」
カオス。何故というかどうやってここまで来たのかが全くわからないしその意図も意味がわからない。
「何してんだ!早く乗れ!」
まるで誰かに追われている主人公がヒロインを助けに来たようなそんな面持ちで彼は廊下から現れた。
(荷車…を引いて…)
「何をしているんですか!?」
「いいから大人しくこっちこれっての!センコウ来ちまうぞ!!」
現在時刻は15:50、道場へ16:00にたどり着くには歩みでは遅いことは明確だが、
「バカなの!?」
そう言ってる間に体を持ち上げられ荷車の淵に乗せられる。
「え!?ケンヤドユコト!?なんですこれ!?誘拐ですか?」「野暮ねぇヨウスケくん〜あれは駆け落ちって、いうのよっ!」
先輩とトイレに行っていた洋介がなぜか荷車の後ろから僕を眺めて悠長に話をしている。
「かけっ、変な誤解をうむようなこっ!」
荷車がガコッと揺れて舌を噛む。
「っだ!」「いっくぜえええ!!!」
茶髪の彼が叫ぶと荷車が飛ぶように走り始めた。これですごいのはよくこの幅のもので廊下を走って被害者が出ていないのかということだ。
「いってら〜」「かかか…男同士で…かけお//」「あ、ケンヤさ」
通り過ぎていくその道で白衣を着た少女の白衣を棚引かせたように見えたが、とにかく揺れで落ちないように気をつけるほかなかった。
「どおおしてえええええええ!!!」
某歌手のように高い声が出るわけではないがそれでもその時は彼なりに腹から声は出ていただろう。
死にものぐるいで木の板にしがみついてこれでもかと廊下から玄関まで全力疾走する彼に揺られながら向かうのは例の道場。
昨日バイト帰りに自転車がないことでやっと状況を整理できたが、どうやらあの空返事の後僕は自転車を彼らに預けて行ったようだった。めんどくさくなって任せることにしたが彼らで果たして直すことができるのだろうかと考えていると、
また、ガコンと荷車が揺れる。
その拍子に一瞬車体自体が斜めを向く。
「あっぶね!」
と彼が立て直そうとしたその場所はこの前の地下道を抜けた先にある小さな橋、車は一方通行で後ろからしかこないが、
その車体を戻そうとしたときにどうやら後ろから車が来ていたようだ。不意にクラクションの音が聞こえ、車体が戻る前に手を離してしまった。
(やっば!)
「おい後ろのだいじょ…」
体はすでに川の方へ投げ出され、今まさに深くもない水面へ落下し始めようとしていた。
なんだか最近こんな目にあったばかりだったからか余計に死が実感でき、そのためか感覚は何倍にも刻まれより遅い時間の中にいるような気さえした。
あまりのことに息を飲んでいる間に声を出す瞬間を失い一瞬の判断ほぼ無意識が声など意味がないと決めたことで彼への解答せずこのまま落下することを許してしまう。
このままいけば頭から水面に落ち、弾けるような音がしたのちにすぐに重い頭が大きな石達にぶつかり鈍い音が水中で響くのだと思ってしまう。
(…これ、ほんとに)
死を確信した僕に人の声なんて入ってこない。その言葉を頭で唱えている時間にも誰かが叫んでいる気がしたがその声は遠くなっていく。
折角生き残った命、よくわからない白衣の少女に抱き抱えられていたあの情けない自分が思い浮かぶ。彼女がどれほどの覚悟で僕を庇っていたのかなぜあんなにも見ず知らずのただの同級生を庇えるのか。
このまま死ぬのならと僕は幻痛のする右肩を押さえ、手で頭を守ろうともしなかった。
逆さまに映るのは河川敷の少し広めで高さのある水面と下流、そして夕日が一瞬にして落ちて水平へ消えるさま。
「おい!!」
急に耳元で声がしたと思えば、水の弾ける音とともに体に重力のかかる感覚。
鼻と服に水が入っていくことがわかり息がし辛いことに慌てて上に向かう。体の軽くなる方へともがく。
すると案外簡単に顔を出すことができてそこで初めて何が起きたのかを考える。
ギリギリ足がつくかつかないかの水位でありながら頭か落ちたというのにどこも怪我をしていない。水面に激突した拍子に耳鳴りがなっているが水が詰まっているのかどうも周囲の音が一段と聞き取りづらい。
息を整えようとすると変な味のする水が喉に詰まるため咳が止まらない。鼻に水が入ったせいで目頭が痛い。
(なんだ!?どうして生きてるんだ!?)
また誰かに助けられたのかと思うも水面には僕の他に人がいない。
からと言って濡れた目では上を見ても荷車が倒れている以外よくは把握できない。その橋の位置がずれつつあることで流れが早い川の中にいることを思い出す。
(川を出なきゃ!)
そう思い体を動かそうとすると服に水が染みて思った以上にに重くなっていることに気がつく。
流されながらも確実に一歩づつ岸へ向かえばいつかはたどり着く。しかしそんな体力があるわけではない泳いでみようともこの重さと「重い」という精神的苦痛で体がさらに重く感じられる。
そこで何かを僕は悟り始めていた。
これは罰なんだと、
あんなひどいことをした中学時代の僕へ神様が与えた正当な罰なんだ。今は四人いるとか都市伝説になってる誰か知らないが僕の被害にあった人を思った彼らの誰かが僕を殺そうとしているんだと。
(こんな絶望的な状況も当たり前だ、仕方ないこのまま流されてどこかで頭をぶつけて死ぬんだ、足がもつれて溺れるんだ。)
思えばここ最近の二つは明らかに現実的じゃない。突然打たれたと思ったら次は川に放り投げられる。
逆にどうしてここまで気がつかなかったというほどの殺意と不運。
だが違った。
「型なんて知るか!!おおおらああ!!」
体が持ち上がる。水面からムクリと誰かが立ち上がる。
彼だった。空と呼ばれた彼が水中から僕の体を持ち上げる。そしてそのまま飛び上がった。
ものすごい跳躍力で岸まで飛んでいく。
意味がわからなくてとにかく見開いていた目に映ったのは彼を包む透明な何かだった。
腰に負担をかけながら彼は僕を担いでいるのだがなんというか彼の足、彼の腕に何か蛇のように巻きついているのだ。
付け焼き刃の技だったのかその締め付けがあまりにも硬いのか閉めつかられた場所から血が出ていた。
チェーンが絡まっていた時ですら血なんて出していなかったのにその透明なものは彼を傷つけていたのだ。
・・・
「ってえええええ!!!」
岸にたどり着いて僕を草むらに置くと彼はその右足と僕を乗せていた左肩を押さえて叫んだ。僕はというと一瞬であまりに多く、生と死の狭間を行き来したせいで頭がこんがらがって放心状態。耳鳴りが消えないまま彼に叫び声で脳みそがグワングワンしていた。
が、すぐに我に帰る。
「大丈夫!?どど、どうすれば!」
すると彼が普通に立ち上がる。
「なーんてな、やっぱ血みたいに見えるよなぁ」
とさっきまで叫んでいた彼が肩を回しながら平然とこちらに向く。
「え?は?」
すると赤く滲んでいた彼の血のようなそれは色が透明に戻り、巻きついた腕から消えていった。
「いや、痛いには痛いんだがな、なんか念を使ってると負担かけた部分が赤くなるんだと“強化体質”とか親父みは言われたな」
拳闘術の技のようで彼はそれをあんな場面で支えるほどに身につけていたらしい。
どうやらさっきの蛇みたいなのが彼の念で無理くりに巻きつけてへんに力を入れさせるため筋肉ごと攣った時みたいに後から痛むらしい。
「びっくりしたよ本当…ってそんなことよりありがとう、ほんとにどうお礼を言っていいか」
すると彼が邪魔な前髪を直しながら笑う。
「あーよく考えてみろよ、お前ただ巻き込まれてるだけだかんな?迷惑って言われても普通だぞ」
そしてそのまま川沿いの草むらに座り込む。
「あ、言われてみればたしかに…僕昨日から何一ついいことがないような…」
「ッハッハッハわざわざ口に出して言うかよ!」
僕が座り込むと彼はその場で寝そべって腹を抱えて笑い転げる。
「気に入ったお前名前教えろよ、俺はソラ」
たしかに聞くのを忘れていた。あんな道場まで連れてってもらってちゃんと自己紹介もしてなかったとは思わなかった。
「僕は、ケンヤ」
「ケンヤな覚えたぜ!」
とそんな会話を一頻りしたところでそういえばともう一つ思い出す。
携帯が防水仕様でなければどうなっていたかと確かめていたところロック画面中央に表示される時計が目に入ったのだ。
「ソラくん」「ソラだ」
「ああうん、ならソラ、もう4時過ぎてるけど大丈夫?」
寝そべってくたびれていた彼がガバッと起き上がり、
「っかああああああしまったああああ!!」
と言うが何かが吹っ切れたのかまた寝そべってしまう。
「ま、いっか、お前昨日バイトとか言ってたらしいが今日は時間あるか?」
最悪連れて行けば別に大丈夫だろと彼は思ったらしい。念のためと僕もバイトをお休みにしてもらっただけはある。
「そうか、んじゃもう少し休んでってもいいよな俺“糧”が少ねえから一気に使うと疲れんだわ」
“糧”とは拳闘術師のよく使う専門用語でゲームとかのSPみたいなものらしい。一人一人その量が決まっているようでその伸び幅も人それぞれ1日で馬鹿みたいに伸びる人もいれば1ヶ月やってもそんなに糧が変わらない人もいるらしい。
しばらくその濡れた体で河川敷に座り込む。
「お前いいよなぁ」
と目を閉じて腕や足を拭いていた彼が突然話しかける。
「へ?」
彼が言うに今日一日中僕を運ぶ方法を考えるためにちょうどいいものを探していたらしい。そこで何度か僕を見かけたのだとかで、
「あの巨乳の先輩に、男装の美人に…ロリ?お前の周り花だらけじゃん?セーシュンしてんなーって思ってよお」
「いやいや、」
そんなことを言われてもと返すも彼は道場で部活もできないとそこにいる女子なんか女に見えねえゴリラばっかだとか言う。
「お前も会ったろ?三蔵、あいつ一応女だぜ?あの性格であのガタイで、意味わかんねえと思わねえか?」
(ミゾウさん…?)
三蔵さんは彼と初めて出会った時に自転車を直そうと四苦八苦していた人でついにはチェーンを馬鹿力でちぎった人だ。
「ええ!?あの人女の人だったの!?」
「あーだよな、普通そうだよなぁ、なのに道場奴ら、アレを魅力的だとか家庭的だとか筋肉しか見てねえのに宣うんだわ」
(たしかにすごい義理深い人ではあったけど…女の人でもあそこまでムキムキになるもんなのかぁ…)
「す、すごいね道場の人たち…」
その時だった。起き上がった彼の背中を見た時何か目のようなものが見えた。
その目がなんなのか、全然わからなかったけどとにかくそれは生きているもののように彼に張り付き、そして体の中に入り込んでいったのだ。
(ん?)
そうして気にすると彼がその目の入っていった部分を掻く。
「んだ?」「あいや」「そうか」
話題を遮ってしまったからか今まで話してくれていた彼が欠伸をして川を眺めて静かになってしまい、なんとなくもう少し話を聴きたくなった僕はこんなことを切り出していた。
「そういえば、なんで昨日は逃げて来てたの?」
と、今まで出会ったあの瞬間のことを全然聞いていなかったと思ったのだ。もしかしたら琴線かもしれないと言うことを全く考えずに聞いていたが彼が少し回答を渋ったことによって今更ながら冷や汗をかいてしまった。
「……それなぁ」
すると彼は立ち上がってこちらを向く。
「俺さぁ、こんななりで言うのもなんだけど格闘技って興味ないんだわ…つうか興味なくなったってか、なーんで人殴ったり念で締めたりしなきゃ行けねーんだって思ってよ、だったらもっとこいつ…あ、念な?こいつの使い所ねえかなって思ってよ」
彼のその言葉は贅沢な言葉のように聞こえたが当人であるからこその非暴力の考えなのかもしれない。達観した考えだと感心してしまった。
「だから、修練サボった」
しかしこの一言で彼が軽い言葉を吐いていたと呆れてしまった。
「それで僕の自転車が…」
「それはほんと悪かったって」
頭を下げる。その彼の髪に少し違和感があった。黒く染めているのかその神の付け根つむじあたりが金色になっている。
(若気のいたりかな、中学で彼色々グレてたのかなぁ)
などと覗けばわかることを想像しながら、嫌味を垂れたことを謝ると、
「そーだ!!俺お前の部活に入るわ!」
直角に曲がっていた彼の腰がガバリと起き上がりそのまま何かを想像しているのか斜め上まで顔を上げて理想を語る。
「そうすりゃ俺も青春の仲間入りじゃん!な?だろ!?そうすりゃ俺もやめるきっかけができるぜ!」
本当に修練が嫌なんだろうなと思うほどの希望の輝きに満ちた目。果たして彼女らは期待するほどのものなんだろうかと思いながら、
「それは助かるよ、ちょうど人手が欲しかったんだ」
というとこういう時はと彼は右手を差し出した。
「握手だ!」「なんの?」「俺はお前とこに入る!お前は俺を道場からやめさせる!」
流れで手を握った後に、気がつくその面倒で重要な言葉。
「え?」
「あ?違ったか?」
(いやたしかに道場をやめさせないと部には来れないだろうけど最悪名前だけ貸して貰えばいいしなぁ…そこまで協力する義理が…)
あります。もうこの時点で何にせよ彼に命を助けてもらっているということを忘れかけている自分を甲斐性なしと笑うがいい。
「…あーうーん…わかった、出来る限りはするよ」
(と言ってもどうやってやめるかなんて僕にはわからないけども…)
そうして新たなメンバーを加入させるべくまた一人での勧誘作業が始まったのだった。
ただ前のように命の危機になるようなことは絶対にないことを祈っているばかりだった。
→#9「意地と発想とパワポ」
VerGo:Only#8
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昔のことだ。
母が死ぬ原因になる試合を見た。相手は隠しで技を放ち確実に勝ちに行った。お陰で母に障害の残る怪我を負わせてしまった。
当時ヒーローが好きで、相手を倒す母や父をその英雄と重ねて見ていた。しかし母の倒れたその瞬間、
その気持ちが変わった。
力が抜けたように倒れた母に駆け寄るコーチや医療班。観客席から飛び降りて駆けつける父、ただ呆然とただ唖然としてその瞬間を眺めて思った。
(これから俺とやり合う相手も、あんな風になるのか?)
観客席で「立て」って鼓舞するやつも「頑張れ!」って応援するやつも皆馬鹿じゃないかどうして母が傷ついているのに戦わせなくちゃならないんだよ。
それで死んだんだぞ。
俺は絶対に戦いたくない。守る力でもいい。もっと楽しいことに念を使いたい。そうしろその方が幸せだって母が言ってたんだ。
親父は覚えてねえんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
投稿者メモ
どんな人にも思い出があるモノです。忘れたいもの、覚えていたいもの。彼にとってその思い出はなにを決める材料となるのでしょうか?




