第五話【忍びと縛りと小学生】
強く印象に残る記憶ほどに消しやすいものはない。印象が固まっているが故に周囲が崩れやすい。
浮き出した記憶を修繕するために脳は急ぎ“辻褄”を作るもその細い足ではすぐ崩れ落ちその衝撃は身にも響く。
そうしていずれは順に崩れて行く。
「なんですこれ」
机の上の食器と紙のパックが数個。なぜだがこの狭い空間をさらに圧迫するようなものが部室に増えていたのだ。
「茶葉っ」「カップっ」「ポッドっ!」
二人で呼吸を合わせるようにつらつらとその場に置いてあるものを言ったのちに、
二部構成の合唱風に、
「「こーちゃセット〜」」
と歌う。入ってすぐこれだ。
「あの、ここダンボールとかあるんですよ大丈夫なんですか?」
電子ポッドに、カップはデザインの違う同じ形状のものでそれぞれ皿とセットになっている。
「うん大丈夫〜ダンボールは防水性って聞くし〜」
茶葉は袋に直で入ってるものもあれば小分けにされたパックにすでに入っているものもあり、袋直用に何も入ってないパックも切り取られた紙パックをくっつけたケースに入っている。
「大丈夫じゃないのは先輩の頭の方でしたね」
キレッキレのツッコミと煽りを決めたと勘違いしつつ、スマホに目を向けようとすると、
「何を!知った口を聞きおって!後輩のくせに!ヨウスケくん後輩のお手本を見せるのだ!」
短い腕を対面から伸ばし、そのでかい胸を長机に押し付けながら丸めた学校の見取り図で頭を全力で叩いてくる。
「ダージリンでいいですか〜」
かなり彼女は身を乗り出していたようで、洋介の茶筅の邪魔になると仰向けに転がると感謝を発しながらそのままクネクネと自分の席へ帰っていき、カップを受け取った。
「ありがとう〜」
そして一口飲むとこちらを気持ち悪いほど目を開いて見ながら、
「……っな!?」
と叫ぶ。案の定洋介は何も言わ図にもう一つのグラスに慎重に紅茶を注いでいるが、ぼくはそうも思わなかった。
「な!?じゃないですよ!な!?っじゃ!ヨウスケも紅茶くらい自分で入れさせれば、」
紅茶なんてものはと思っていた矢先、先程の形相をした先輩をほぼ同じような顔で彼がこちらに食いつく。
「いやです!この紅茶セットにはぼくがお茶を入れるんです!ぼくが最高のダージリンをお出しするんです!」
自信たっぷりに最後まで言い切ると、紅茶を入れ終わったようでそのカップをこちらに渡してきた。
「高尚なことで…」
一口飲むと爽やかな茶葉の香りが口いっぱいに広がるのはわかるのだがその味に違和感を覚える。
「ん?これただの紅茶か?なんか妙に甘いような酸っぱいような…」
不思議と唾の出るような味が茶葉の奥にあり、甘いといったものの奥を味わえばなんだか塩気のようなものもある。
「あ、はい、梅昆布茶と混ぜてみました」
ここで言い忘れていたことを報告したいと思う。彼はその美形の顔によく似合う天然である。
彼自信何の気なしにやっていることでであるがそれが時折、一般と外れた要素があることをまるで誰かに教え込まれたかのように平然と当たり前だとでも言わんばかりにやってのける。
「ヨウスケ、実は紅茶嫌いでしょ…」
それがわざとなのか、親からの遺伝なのかは頭を覗かないとわからないことではあるけども、まあ愛嬌があると思えば許せなくもない。
「何を言いますか!大好きですけど不味いです?」
本人はあくまでこの姿勢を貫きますし、
「いや、味の方は不味くはないけど…こう、やり口が不味いというか…していいことと悪いことがあるというか…先輩もそう、」
「うまいからよし!」
(思ってないね!この人に同意を求めようとしたのが間違いだった…)
少しも経つことなく、それはやってきた。
腹の奥底から込み上げてくるような轟音、力を入れねばならぬと思わせる痛み、空虚で中身のない破裂の連続……腹痛である。
「ぐ、」
声を漏らしそうになるのとその他もろもろも漏らしそうになり、トイレへと急ぎ出てゆく。
(な、なんで急に…梅昆布紅茶か?)
流石に即効性のある解毒剤でも入ってたわけじゃあるないし、今日食べたものでそんな腹をくだそうようなものなんてあれ以外はない。
とは言い切れなかった。
コンビニバイトで貰ってきた賞味期限が切れた明太子のおにぎりに安い時に大量に買った卵で作った卵焼き、父親の知り合いから受け取った濃い色をした味噌(いや味噌はただ熟成していただけだろうけど…)それと父親がもらってきたと言っていたグレープフルーツの類の食物。
(…よく考えればなんで今日に限ってこんな腹を下すようなものを食べてるんだ僕は)
「あ、」
一通り用を済ませた後に気がついたことだが個室のトイレットペーパーには達筆な油性ペンで、“ハズレ”と書かれた芯が挿さっていた。
(…は?)
カラカラと2、3度回してみて結局戻ってきて“ハズレ”の字が見えた時怒りが湧いてきた。こんなことをするくらいだったらトイレットペーパーを交換するとかしてくれても良かったのではないか、せめて個室のどこかに変えを置いてくれていても良かったろうにと思いまだ当たりを見渡していないことに気がつき個室を見回せる分見回したが、
紙の一枚も落ちておらず、ピカピカだった。
(男子トイレってもっと汚れてるイメージが…いやそんなことはどうでもいい、どうにか…このまま出るわけにはいかないしな…)
偶然か必然か下げたズボンの右ポケットにはズシリと重みのある物体が入っている。
(そうか!端末!)
端末を取り出して、恥ずかしながら洋介に助けてもらうことにした。
こんなことで呼び出すのもなんだからと今度ラーメンでも奢ると約束をすると、
「これだね!投げるよ!」
テンション高め光に速さでトイレットペーパーを頭上から入れてくれた。
「ぼくね、駅前の秘境って呼ばれてる場所知ってるんだよね、そこでいいかな?」
「あんま高いのは勘弁してね」
なんとか難を逃れた僕と巻き込んだ洋介だったが部室までの帰り道はのんびりそんな会話で盛り上がり、扉に手をかけて瞬間。
何か変なことに気がついた。
基本的に1人の時は静かな先輩が何やらぶつぶつ言っているのが扉越しに聞こえてくるのだ。
「…ふふふ、なに?見つからないと思ったぁ?」
奇妙な笑い方、誰かを茶化しているようにも感じる。誰かお客でも来たのかと少し躊躇したのち洋介のなにもわかっていないような顔を見てそのまま扉を開いた。
「お!帰ってきたか諸君!」
そこにはガムテープを肩幅ほどにまで伸ばした先輩と机の上に手と足と口をガムテープで止められた少女がいた。
「ンー!!!ンヌー!!!」
何かを必死に伝えようとしているが口元もこちらから見えないというのにどうやってわかればいいという、
「不届き者め!私の部室になんのようだ!」
先輩はバックの中から取り出したジャージのズボンを飛び上がって履くと器用にそのまま机の上に乗り、彼女を踏まないように見得を切る。
「ンーンンーー!」
一方少女はというとあちらを見たりこちらを見たり抵抗しようともがいたりとするものの余程非力か先輩の巻きが異常だったか争い虚しく鼻息を荒くするばかりで次第に焦りを感じ始めているのか目が泳ぎ助けを求めることもままならないという。
「もしやこのダンボールの中に隠してある私の大事なお菓子たちを狙っているんだな!」
(支離滅裂にも程がある…)
白衣に長机少女の足元近くには見慣れないメガネがあることから彼女のものであるとわかる。どこかの小学生かと思うほどその身長差は先輩や洋介と比較してもより低く、クルクルで純真無垢な目や緑髪が織り込まれたメッシュの三つ編みが太く長く肩に垂れ解けそうになっている。
「あの先輩、その子どこから連れてきたんですか?どう見ても小学生かそこらですよね」
「違うわよ!この子なんでかいつのまにか部屋に忍び込んで机の下に潜ってたの!君達がいなくなったからやられる前に!…の精神で高速拘束!…なんて//」
笑いを堪えるのに必死な洋介に対して僕はというとさっきまでのやりとりが盗聴されていたのかという感覚に襲われ、少しその純真無垢な目が曇っているように思えて恐ろしかった。
「高速…拘束…ぷ、」「笑うなヨウスケ、笑ったら負けだぞ」「…でも、だって…面白…」「面白くないからそもそもボケるような状況でもないから、」
顔文字で不等号に見えるくらいのウィンクを見せた彼女はとりあえず茶番に飽きたのか口の拘束を解いた。
「ぷはー!!もう!やっと出れると思ったら突然なんなのです!!まともじゃないのですよ!せなな怒ったのですよ!」
僕はその時感心していた。この時僕は口調に呪いをかけられている人は初めて見たんだ。
彼女がどんな子であろうともその口調の呪いがあることによって絶対的にそのキャラの安定性はグンと上がる。これを現実で使いこなす人材がいるとは思わなかった。
「かわよいのぉ〜ブッフォ」
なんの前触れもなくその様子をニヤニヤしながら眺めていた先輩が鼻血を吹く。
「っが!私に白衣っが!あーあー!」
と、その鼻血の大半が彼女の白衣の背中ちょうど胸あたりに掛かり、まるで殺人事件でも起こしたかのような、そんな様子になってしまう。
「あー大丈夫ですかチサト先輩、」
洋介がすぐに彼女にティッシュを渡して机の上に座った彼女はそれを丸めて鼻に詰めながら謝る。
そして脱げばいいものを絶対に脱ごうとせずに白衣の背中を拭こうとするから少女の背中の具合はさらにひどいことに、なんて茶番。
「いやはや…そんで君確かうちの男子部員のどっちかにお話があるってきたんだよね?セナちゃん」
第一人称が“せなな”であったからか元々少し話を聞いていたのか詰め物をし終わった先輩が座っていた机から降りながらそう聞く。
「あーそうなのでした!…ん?どっちか?男子部員は1人ではないのです?」
「ゔ、」
鈍い音が洋介から突き出る。
(あーそれ言っちゃダメだよー)
と言葉に出さなかった理由としては、洋介のこのもの悲しげな顔を見たかったからという不純な理由では決してないこともない。最近のナウいヤングな若者たちの言葉を借りるなら三文字で表現できるこの顔。これがまた可愛いらしい。
「あなたなのです!あなた!村上さんとやら!あなたにおりいってお願いがあってきたのです!」
そんな他人お構いなしに少女は机の上に立つと白衣を翻しながら縛られた腕と足でなんとかバランスをとりこちらに指差しできるように頑張る。のだが結局コトンと倒れ、あたふたしつつ小声で先輩に助けを求めて手と足を外してもらうという工程を挟んで再度立ち上がると、
その堂々たるや右手の人差し指は今にも突き刺さんとばかりに向けられ、左手は白衣下のうちの制服の少しくびれた小さな腰に当てられているのだ。
それが人に物を頼む態度かと言いたいところだがどうやらかなり重要なことらしいそんな格好でも彼女の目はちゃんと…洋介の方を向いていた。
「ぼく…松波、ケンヤは…こっち」
と洋介を指差していた彼女は洋介の指先の目の前、腰を曲げてまで顔を近寄せ、その険しい表情で顔をこちらに向ける。
「メガネ…メガネ…」
足元にあったメガネを余った左手で探りそのまま僕の目前でメガネをかけ直すと咳払いをしてわざわざもう一度仕切り直した。
「あなた!あなたにおりいってお願いがあってきたのです!」「はいはい」
先ほどから一切状況が変わってないことに飽き始めていた僕は答えを焦らせるようなことを言うが、彼女はそれでも何か躊躇っているのか一瞬指している人差し指を下ろそうとしてまたピンと伸ばす。
「わ、私の記憶を消してほしいのです!!」
覚悟を決めた彼女から放たれた言葉は僕の能力を知っていなければ絶対に出てこないものだった。
そして何か忘れたい記憶があるのかという意味深な発言、突拍子もなくこんな状況で言うべき言葉ではないことから聞き返そうとしていた僕は見た。
彼女の目はこちらを見ながら、ずっと先を考えているような僕を通して何かを見つめているような気がした。そしてその真剣と見据えた目を両方に持つ表情に話を聞くくらいはいいかもしれないと思ってしまった。
→#6「HACと白衣とハプニング」
VerGo:Only#5
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「センセなんで屋上行くん?」
生徒が聞いてきた些細な質問。
夕闇の赤い夏季休暇中の三階建ての小学校の屋上。今年で四年生になる男子生徒の日記宿題の手伝いを終え、少し休憩を挟んだ後特にやることもなく端末を眺めるとどうやら今日はいいものが見えるとのこと。
「今日はいいものが見れるのですよ」
階段を上り切って屋上の扉を開き、外を眺める。
海と砂浜と少しの緑が夕焼け色に包まれ、空は高いところからゆっくりと濃紺色に染まっていく。そこに星が点々と輝いているのだが、うち一つが輝いた。するとどこかで割れたのかその星の花火のように広がった光が箒星になって次々と流星を振らす。
画面で見るものとも絵で描くものとも違う。
「す、すげぇええ!!!」
はしゃぐ彼をなるべく柵の近くに寄せないために手を繋ぎ座って2人でその様子を眺める。このことを私は一生覚えているだろう。それらは私が全てを捨てて部外者となったから見える外からの眺めで、今後に何かあれば私はそこで死ぬことになるかもしれない。ただ淡々と関係ないと思って過ごせるのはいつまでなんだろう。せめて今日くらい、これほど綺麗な空の下でそんなことを考えるのは不躾だと言って忘れてしまっていたい。
どうか人を亡くさないで欲しい。
神に願うばかりである。
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投稿者メモ
多分性癖的にわしはこれくらいのロリッ子が好きだと思う。しかも合法だから犯罪じゃないよ!どうかな!!(今日は七夕、願い事は紙に書いて笹に飾っておこう!!)




