第二話【部室とパンツと段ボール】
彼女は忘れっぽいところがあると言っていた。
それもこれも全部、彼女に降りかかる運命のせいであるというのを彼女はまだ知らずにいる。
いや、それもまた彼女の中で眠ってしまっているのだろう。眠そうな垂れ目で活発に動く様をいつでも忘れないようにしている。
でも貴方はそのことを覚えてはいない。
覚えていてはいけない。
部活動を存続させるには、最低でも六人の部員が必要だということは発足させる規定を毎回話しているであろう総会で生徒会員がだらだらと言っていた。
「…それでねーブブケンは由緒正しき!部活なんだよー」
と半分以上聞いてなかったがテンションの高いこの先輩はさっきまで大切に折り目を直していた自作に貼り紙をぐるぐる巻きの棒にしてツアーガイドの旗のように鼓笛隊の指揮者のように振り回して歩いている。
「そうなんですか」
思い出せる限りの説明を並べてみると、
どうやらこの部はこの学校が共学になった年つまり今から20年も前から続く立派な研究系文化系の部活動だったらしい。
名前の通り、この世界の文芸や文化を研究して真実にたどり着こうというもので、過去の栄光ではあるが高校生ながら論文を仕上げた人もいるという。
だがそう言った物語(文芸)なんかに興味を示す人が少なくなったおかげで去年は人がいなくなり、今年で最後の先輩は本当人どうしたらいいかわからなかったそうだ。
「“三英雄叙事詩”君も知ってるよね?教科書に載ってるし」
(ま、まさかそれも研究していたのか…)
僕の厨二病の発端である物語であり、この世界の“年”の始まりのお話。現在が人類復興2012年、その叙事詩に描かれた物語が終わったのが人類復興1年とされている。
「“厄災により人類の半数が死亡した、その世界に今三人の英雄が誕生する”ってね?」
ー僕は四人目の三英雄だ!!ー
(なんだか痛い。すごく心臓の近くが痛い。)
パンツの復讐なのか運命の悪戯か、僕の履いて捨てたセリフがフラッシュバックし光の速さで背中から心臓目掛けて突き刺さってくる。
「は゛い゛そ゛う゛て゛す゛ね゛」
前を歩く彼女が後ろを振り返る。
「なんでそんな声濁ってんの?風邪?」
「い゛い゛え゛」
疲れ果てた僕の顔を見て首を傾げてからさらにいかないなしといった具合にガンガン話を続ける。
ニードはこの世界に能力を配り続け、人間を厄災から守らせただとか、ユーズはその技術で厄災を“退治”できる武器を作り続けたとか、フールは死ぬたびに時間を戻れてそれを人類のために使って世界中を救ってきたとか、それら全て熟読した三英雄の本で知っている。そもそもあまり詳しくないのか、肝心な厄災の名前が出てきていない。
“自然災害を装う赤き単眼の白き獣【Q】”
海外で「Question Creature」と訳され、そこからその当時QCとかQとか呼ばれていたということを歴史学者が発見した証明したとのことだ。
「さてついたとも!ここはブブケンの部室よ!」
と手を広げ見せられた扉がよく清掃中に見えるあの準備室の引き戸だった。
「あーやっぱりここでしたか」「やっぱり?」「気にしないでください」「ほ?」
と会話を一通り済ませるとまた首を大きく傾げた彼女はそのままの体制で振り返りポケットからそこの鍵を取り出すとガチャガチャと扉に押し込んだ。
なんだかその様子は噛み合わないパーツを無理やり嵌め込まれているパズルのようでその都度首を大きく横に傾げる彼女が少し怖い。
「ほ、ふん!は!」
最初の方は喘ぎ声かと思うほど小さく微かな声だったが、途中からなんだか格闘技でもしているのかというくらい威勢の良い声で鍵を無理くりはめ込んでいる。
「それ違う鍵なんじゃないです?」
「前まではこれで開いたんだよ!」
「せめて否定してもらえます??」
鋭いガヂャリ゛という物凄い鈍く早い引っ掻くような音が音がした後金属製の扉が軋みながら開く。
「ほらね?」「いやほらねではなく、」
と彼女が扉を開き切り中が見えてくる。
最初は錯覚を起こした。なんだかぱっと見遠近感が狂いそうだったのだ。
二、三度瞬きをして何がどうなっているのか完全に理解した。
「え、」
中央に長机が縦に置かれ、長く扉から奥の光が入ってきている小さな窓まで伸びている。
パイプ椅子が6脚、扉の正面とその対面になる窓の前、側面にそれぞれ二脚ずつ置かれている。
そして問題なのが、壁である。
それが錯覚を起こさせる原因となっておりこの部屋を圧迫している要因なのだろう。
机の側面にあたる扉を入ってすぐ横と窓の横まで、その間のパイプ椅子が二脚が並ぶ机の外側に大量の段ボールが積まれていた。
「なんですかこの段ボールは」
「あーいってなかったね、この場所物置になってるのよ〜それを先生に言って借りてるの、ダンボールは譜面台のあまりとか画材とか、古い書道具とかだね〜他にもいっぱいあるけど時々使わせてもらってるw」
うひひと笑うと彼女は靴を手に持ち、片足で軽々と机の上に飛び乗る。そしてそのままスタスタと長机を渡ると窓側の席を蹴って椅子と机に間を開けて、ふわりとその椅子に飛び乗り、一度地面に裸足をつけるとそのまま座った。
「危ないとか思った?私結構軽いのよ?」
などと自身の体型の自慢などしてくるが多分対して変わらないと思われる。それにまたパンツは丸見えであった。なんでこの人はこんなに見せつけてくるのだろう。というかそもそもそこ人前で上るんだったらスカート少し下ろせば良いというのに、そんなに上に上げて太もも見せていたら目がいくというのも自然である。(自然だ、仕方がない)
「そんなことよりも、名前をまだ聞いてなかったわね、私は森千里、3年2組30番よ」
「僕は、村上賢也です、1-1の34番ですって、そこまでいう必要ありました?」
「あるある〜わかってるねー君」
そういうと彼女は机に置いた紙に、スラスラと何やら書いていく。
「達筆な私が、入部届を書いてあげよう!」
「いや、自分で書きますよ、そんなことしたら生徒会に偽造疑われますよ」
「…うーん、それもそうね、はいどぞ!」
入部用紙が角を浮かせ回りながら長机の端から端へ滑っていく。紙はちょうど僕の正面で止まり綺麗に記入欄がこちらを向くようにして止まった。
「「おー」」
二人で声を上げてその小さな奇跡を称賛し僕は近くの文具店で買ったサイン用のボールペンを使いまあまあ読めるだろうという字を書いて先輩へその紙を返した。
(やっぱりそうそうあんな風に止まるわけないよな…)
紙は勢いよく中心からそれながら先輩の方へと向かっていく。さながらカーブをかけ過ぎたボーリングのようにピンを華麗に避け、自らガーターになろうとしていた。
だが、僕の目の前にいるピンは残念ながら動くことができる。
「っほ」
彼女は体を大きく傾けながら真剣白刃取りをするように紙をパシリと音を立てながら両手で挟み、紙を受け取った。
が、失敗したようで
「っだ」
という鈍い音を漏らしながら額に勢いのついた薄い紙の先を当てさせてしまう。
そこからパイプ椅子より落ち段ボールに頭を軽くぶつけるも、天井ピッタリまで積まれたダンボールが倒れてくることはなくそのまま頭をさする先輩が長机の席から這い出てくる。
「だ、大丈夫ですか?」
「だじょ…ぶ」
額にバツが描かれるというのはこういう感じなんだろうかと思うながら頬杖を付き彼女の頭やデコをさする姿を適当に眺める。
「でもこれでとりあえず今年は部が存続できそうだよ〜よかったよかった、まあこの様子じゃ来年潰れても仕方ないとは思うけど…君なら人を集めてくれると期待しているよ!」
「まあ罪滅ぼしとはいえ入ることにはなったので努力はしますよ」
(ん?…なんかあれ?)
何か疑問が湧いた。何事か終えたような雰囲気であるが何か引っかかる気がした。そういう時大概、人差し指は僕の目の前でこちらに向かってその先を向けている。
(…僕一人?)
そのままわからない時は思い出すために人差し指を自身の額に当てて、自身の記憶を覗く。
【ーーー】
目を瞑り、額に当たる感覚に集中すると意識がそこからどこかに抜け出すというより引っ張り出され筒状のよくわからない空間に意識は飛び、その中をずっと落下していく。
そのスピードが速くなることはなくずっと一定の速度を保ちながらゆったりと流れる。
最新の記憶。それは早い段階で見つかる泡のようになったものの中に映し出されその泡に目線を合わせると近いものから順に泡であったものが真四角に広がり映像を映し出す。
ーパイプ椅子が6脚…ー
(違うな…もっと前だ)
端末のスライドと同じ感覚で右に映像を退け、その後ろからやってきている泡に視点を合わせる。真四角になった面に一部がこちらを向き映像を流し、その時に考えていたこと、見ていたものなんか思い出させてくれる。
ー部活動を存続させるには、最低でも六人の部員が必要だということは発足させる規定を毎回話しているであろう総会で生徒会員がだらだらと言っていたー
(あ、これだ)
指を離し、目を開く。むず痒くなった額を放置して、先輩を見る。
先ほどの会話を勝手に続けていたようだったが、こちらの視線に気がついたのか首を傾げて何かと聞いてくる。
「あいや、その大変申し上げにくいんですが」
(流石にこの人でもそんなことはわかってるはずだよな、ここにあと四脚パイプ椅子あるし)
「ほえ?」
彼女のアホヅラが自信を裂いていく。
「今年の部の存続には…あと四人必要です」
「え?」
微笑みに満ちていたアホヅラはマジかよと言いたげに口をへの字に曲げる。
「部の存続はその年の三年生を含めて六人以上…未満は休部もしくは廃部扱いとなるって生徒手帳に以前書いてあったことを思い出しまして」
後で説明するのも面倒だったので今のうちに詳しい説明をする。
「え!?」
だんだんと彼女の目が泳ぎ始め、顎がガクガクと震えだし形相青ざめていく。
「ですので、二年生か一年生をあと四人もしくは三年生でもいいんですけど…もちろん知ってましたよね?」
「し、し、しって…知りませんでした」
一瞬強がろうとした彼女は額を机にぶつけ、手をつきながら頭を下げる。
「あー…絶望的ですね」
そう、ここから僕たちのよくわからない部活のためのよくわからない奮闘劇が始まるのだった。
「でも!私は!諦めっませんっ!!!」
長机にドンと乗った彼女は大股で腕を高く掲げて立つ。そこへの視線がその短いスカートの中に向けられていることを彼女は気づいているのだろうか。
→#3「人手と紅茶と美少年」
VerGo:Only#2
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みんなが自分に優しくしてくれるということ。それはとても嬉しかったようだ。でも彼は自分を一人の男として見て欲しかった。情けない自分を正すために、奥手をやめようと彼は決意する。
そして小さな声で言う。
「が、がんばるっ」
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投稿者メモ
前作読んでくれた方は本当にありがとうございます!ちょっとエッチかもしれないけど全年齢対象なので安心して読んでください!どうぞご感想の程よろしくお願いいたします!




