第一話【自分と世界と厨二病】
村上賢也
その名前が世の中に出回ることは一生ないと思っていた。
あれは想像の産物で“三英雄”なんてものは否定しようと生きてきた。
だがそれは今ここにある。
病院のベットの柔らかい羽毛の感覚を断ち切って僕はすべての記憶を人々から消し、伝説上の人間である『村上賢也』という人物を作り上げることに決めた。
ただ使命を遂げるため、人類のため。
昔は壊れたラジオから、何か電子的暗号が聞こえてくるのだと思い込んでいた。
しかし触れてもそこから分かるのは彼の働きが記憶されたラジオの一生のような映像だけだった。
決まってボタンを押し込む際に流れ込み、その時は壊れたラジオに原因があるものだと思い込んでいた僕は怖くなって元々壊れていたラジオを原型がなくなるまで壊した。
その後、中学生の僕は自分に能力があるということに気がつき、人の記憶を簡単に操作できてしまうその能力を使って中学時代は学校で好き勝手した。
しかし、大ごとになる前に全て片付け、自分でその事件の収集をつけた。
その時の僕は自分のことを叙事詩に出てくる英雄の派生か何かだと思い込んでおり、何をやっていいものかと思っていたがまさかの自分より年下の小学生たちにそれが馬鹿だということを分らされてしまった。
それから端末と呼ばれるものが出始め、
高校生になった僕に大金叩いて、片親が買ってくれた。
別に必要ないなどと抜かしていたが案外使えるもので入学式もこれで遅刻せずに済んだ。
さてそんな生活環境で、必然として朝早くから補導ギリギリまでバイトをしている日々。
全くもう勉強なんて頭に入ってこず、現在は隠れて居眠りを決めているところだった。
若干影が薄いこともあってか、一番後ろ、派手に目立つ窓際目の前ということもないおかげか先生からはうまく隠れられる。
そしてチャイムがアラームとなり起きる。
出していた教科書やノートをしまい、次の授業のノートを出そうとする。
「あ…そうか、今日はもう終わりか」
担任が入ってきて清掃をしろと言う。
皆それぞれの持ち場へ向かう。
僕もまた物理室の掃除をしに出席番号の近いやつの後ろをついていく。
(そういえばこっちって…)
西校舎3階にある物理室のすぐ横の引き戸の扉に目がいく。
掛け看板には『物理準備室』と書かれているが、こちらは掃除しなくていいのかと思ってしまった。
どう考えても毎日清掃しているこっちより汚れているのだと思うが。
「ああそこか、その中はいい、文芸部が部室として使う代わりに掃除してくれてる」
(文芸部?そんな部活あったのか)
「そう、ですか」
担当の先生にそんなこと言ってその中でサボろうとか考えていたんだろうとおちょくられるが、
「…確かにその手もありましたね!」
なんて言葉も出ず、ただ愛想良くへへへと薄気味悪く笑うことしかできなかった。
この担当の先生は多分いい人なんだろう。だけど、どうも苦手だ。注意しておくことに決めた。
清掃を適当に済ませて、グループになっている女子たちと僕ともう一人の男子とで机の間を掃き掃除などをする。
明らかに女子の方が分担範囲が狭い気がするがそれは僕たちがゆっくりやっていると言うのと、机の上を拭く仕事があるためである。
決して面倒なチリトリやその他ゴミ箱の掃除を押し付けるためではないと言うことを願っていたい。
そして適当に掃除を済ませ、帰りの会とやらを終えると帰ることができる。
運良く家は近いのでこのまま帰ってもいいのだが、バイトの時間もありそわそわしてしまうため適当に学校で2時間ほど潰すようにしていた。
(しかし暇だなぁ)
課題は昨日全て済ませてしまった。体力温存のために図書館で眠ることにした。
東校舎から西校舎へ向かうには二階と一階にある北通路と南通路と呼ばれている窓と廊下だけの場所を通る必要がある。
そして西校舎二階の北側にある小さな扉を開くと清涼ないい匂いのする図書館にたどり着く…のだが、
一階北通路を通ろうとしたら、誰かがぶっ倒れていた。
(大丈夫かな?)
声をかけようにも完全に女子である。
しかし素通りするにもこれから寝ると言うのに気になって眠れなくなるだろうと考えると一応状況だけ確かめようと、彼女の肩を叩いた。
「…は、はい」
恐る恐ると言った具合に顔を上げた彼女は、何やら目が泳いでいる。
「あー大丈夫です?」
「だだだ大丈夫だよ!!」
立ち上がった彼女の腹部は赤く滲んでおり、一瞬血が吹き出しているものかと思ってしまった。
「っは!!」
すると彼女は少し固まったあと、しゃがんで腹部を抑えてあいたたたと棒読みで思いついたセリフを吐く。
「大丈夫ではなさそうですね」
生憎僕は少しだけ目がいい。今しゃがんだ時に下に落ちてた赤い絵具を手にとったのが見えてしまった。
「あーえっとうん!大丈夫!大丈夫だからっ!」
(何かさりげなく出来ればいいんだけど僕のハンカチなんて渡せるわけないしな…あ)
「使います?」
偶然今日の朝配っていたポケットティッシュが余っていたのだった。
「っ/////…あ、アリガトザイマス…」
火に油とはこのことだろう。顔が真っ赤だった。そうだった彼女はあの絵具を隠すためにあんな演技までしてくれたというのに、顔を伏せて膝をかけたままティッシュを両手で受け取る。
(…白かって違うやめろ変態)
その後何事もなかったかのように即座に立ち上がり、前屈みになる前に図書室に入って頭をリセットすることができた。
(上履きの色は青だったな…三年生か)
そのことをなぜか何となく思い出した途端僕はその上に目がいきそうになり、それは失礼に値すると、とっさに机に頭突きを決めて落ち着かせる。
カウンターにいた人がこっちを見ていたが、一部始終が見られていたわけではないようだ。適当に寝ぼけて体勢が崩れたフリでもしておこうと、目を擦りデコを撫でる。
その日はそれで終わり、喫茶店にお邪魔してウェイトレスの仕事をする。
「ただいま〜」
「お!賢也帰ったか!」
母を早くに病気で亡くしてから、うちは男で一つというものになってしまっていた。
親父は工事現場でいつも遅くまで働いているがそれよりも息子である僕の方が帰りが遅いというのはいかんせん困りどころである。
「風呂湧いてっぞ」
「へ〜い」
気分が良かったからか、いつもより返事の間が伸びてしまった。
(迷惑客はなかったし、今日はなかなか運がいいっぽいな)
そう感じたのも束の間、まだ春場だというのに風呂場にはGがいた。
お陰で今までにない(Gが出た時の記憶は含めない)くらいにでかい声が出た。
「お前まーだこんなのが怖いのかよ」
ガハハと笑う親父にGを駆除してもらいそれを掴んだ手で背中をバシバシと叩かれた。
いつもの、六倍は一生懸命になって背中を洗ったと思う。
そして眠りにつく。働きすぎか少し頭が痛かったが、すぐに睡魔が襲ってきた。
夢の中で今日のあらすじみたいなものが流れ、焦点の合わないカメラの映像を見せられると、いきなり途中でその映像が途切れ、
白いお洒落な二脚の椅子と机しかない白い空間に持っていかれた。
(え?)
自分の夢ではない気がした。
なんとなく、誰かに見せられているような気がした。そして何も怖いものがないと分かっているというのに急に焦りが出てくる。
冷や汗をかき、無性にここから出なくてはいけない気がした。
この場所は“真っ白で恐ろしい”と何かが頭に言葉ではなく感覚で伝えてきているように、身震いが止まらず、体が崩れるような感覚に襲われると目が覚めた。
「…なんだ夢か」
わかってはいたがその言葉を言うと全部忘れられるような気がした。
時間はいつもの5:00。
新聞配りと、ティッシュ配りを始めるために制服の上から軽く上着を着て適当に飯を食って親父を起こさないように家を出た。
それは全て仕事を終えてから学校に向かう途中で起きた。
校門前で誰かが張り紙を変えていた。
掲示板には生徒会の許可を取れば誰が何を書いておいてもいいと言うことになっていたが
その生徒の様子からそれはきっと不正で貼り付けているものだったのだろう。と風が吹き張り紙がこちらに流れてきてしまう。
「あ!」
爪先に挟まった紙を手に取り眺める。
「…文芸文化研究部?」
その紙にはこのご時世律儀に手書きで絵や、説明が解かされ、まあまあ読みやすい丸文字がさまざまな文体を書き連ねていた。
「あ、ありがとう!!」
声の方に目を向けると、先程の生徒が走ってきている。黒髪に少し育ちのいい体型。丸顔の童顔で少し垂れ目気味な目等なにやら見覚えがあると思えば。
「あー、昨日のぱ」
とそこまで口に出ていた。何を言おうとしていたにしろ、この人にとってあの記憶は僕のGの記憶なみに消したいもののはずだ。
その昨日の〇〇と口走った時点でかなりの罪を僕は背負ったことになる。
(だが、危なかった…危うくパンツなで言うところだ、これは住居侵入から器物損壊、強盗まで犯しそうになってる空き巣と同じだぞ)
「ぱ?」
(やめてそこを掘り下げないで、そんな純粋な目で考えないで、すみません本当目に焼き付いててすみません)
心の中で誠意いっぱいの謝罪をした後、
「ごめんなさい…」
心に正直な僕はそのまま何もしていないと言うのに謝ってしまった。
「え、あ、いいよいいよ、ちょっと角折れちゃったくらいだし、このくらいどうにかなるよ!!…としても君、もしかしなくとも昨日のティッシュくれた君だよねいやいやそん時もありがとうねぇ〜」
こんな身なりでなんとも魅力的な陽の者の木を帯びている気がする。まあ確かに普段からこんな感じじゃないとあんな咄嗟の演技なんて出てこないだろうな。
「ああ、いえいえ」
張り紙を手渡しして、そういえばと思い出したことを伝える。
「張り紙って確か生徒会のハンコ必要でしたよね、裏のあたりとかに」
「っギク」
その時僕は人生で初めて口でギクっていう人見た気がする。意味がわからない上にこの人はそういう人なのだろうと突っ込まないことにして、
「許可、取った方がいいんじゃ…」
すると彼女はモジモジしながら、また目を泳がせ始める。
「以前、判子盗もうとしたから却下されました…」
「いや、自業自得じゃないですか!」
肩ぐらいまである黒髪を手で揉みながらえへへと笑う姿がやけに可愛らしく、なんだかというかどうにも年上には見えない。
にしたってアホだ。なぜ盗もうとしたのかそもそもそれでもなおなんでこの貼り紙を貼ろうとしているのか謎が多すぎる。
「6月までに部員一人も入ってこないと潰れるって聞いたから勝手に承認しようかと思っちゃって…ね?」
(同意を求めるな)
この人が勝手にその謎全部説明してくれた。
どうやら現在、この文芸文化研究部には部員がいないらしい。その上彼女は三年生、部長を続けるにしたってあともう半年も関わってられるほど余裕もないはずだ。
「…それで判子を、」
「やっぱりダメか〜、一年生にも注意されちゃあちょっとズルはできないかー、せっかく昨日書いたんだけど〜…うーん」
独り言が多い上に人の話をほとんど聞いていないぞこの人。本当になんなんだ全く。
「それじゃあ僕はこの辺d」「あ、そうだ!君!!」「は、はい」
隙を見て帰ろうとしたが、タイミングが悪かったらしい。
「“ブブケン”に入らない??」
貼り紙にも書いてあったことだが、ブブケンというのは文芸文化研究部の略称らしい。
「ええと…はい?」
「いや、だって君、あの時間に二階の北通路、使うってことは図書室の住人よね、ということは部活には入ってないのよね?」
(勘が鋭い…なんだこの人本当に)
「まあそうですけども、だからといって」
部活やる暇はないと言おうとするが、その言葉を言う前にマシンガンの球がどんどんと飛んでくる。
「それにこの早い時間に投稿ってことは家も近い、昨日くれたポケットティッシュは駅前で配られてたやつだったし、北の門使うってことは駐輪場から来たってことよね?つまり君は朝からバイトしてるってことで…」
「ちょちょちょちょっと待ってください!なんでそこまでわかるんですか!!?」
もうとにかく話を止めさせるために少し声を張る。というか驚きすぎて自然と声がデカくなってしまっていた。
「え、だってほら」
ポケットティッシュの袋に入っていた広告を見せてくれた。そこには僕のバイト先のカフェの名前と住所それよりも駅前店というのが書かれていた。
(…ええ、広告こんなちゃんと読む人普通いるか?)
「ということで君は部活動の時間中少なくとも図書室を利用するほどの時間がお暇ということだね!だったらば…うちに!どう!?」
昨日の下手くそな演技はどこへ行ったのか、完璧な振り付けでも一日で習ってきたのか胸を張って綺麗に手を伸ばして立って見せる。
でもすぐにちょっと顔が赤くなる。
「…それにパンツ覗かれたし、」
(ま、負けた…いやいや待てそうじゃない、探偵に犯罪バレたわけじゃないつまり断る…)
「待て今なんと!?」
完全にバレていた。焦る以前にこの人本当に侮れないといった雰囲気を感じ取ってしまった。
「君どさくさに紛れて私のパンツを垣間見ましたよね!?私!普通の人よりちょっと目がいいんだからね!!君に目に映った私のパンツは今でもくっきり心の傷として残っているのだよ!!」
ここはあれを使うしかない。長い間、親から学んできていた最終奥義を、僕の必殺技を。
地面に手をつける。
「すんませんでした、入部します、許してください」
土下座だ。これは日本文化の中での最高位の謝罪を表す。これを使いそれなりに理にかなったことを言うと政治家も許させるのだ。
「っよし!!」
ということですブブケンに入部することになってしまいました。
→#2「部室とパンツと段ボール」
VerGo:Only#1
「文芸文化研究部」通称“ブブケン”は由緒正しき部活だった。なお現在はと言いますと…
投稿者メモ
ついに始まりました新シリーズ!
前作読んでくれた方は本当にありがとうございます!今回はギャグ系でいきたいとは思いますが…これ以上はネタバレになるので控えさせてもらいます!どうぞご感想の程よろしくお願いいたします!




