ワスレナグサノキヲク × 壹
櫛名田 玉依 ;
ご機嫌よう、諸君。
さて、今回の話はワガハイらが登場して連載中の『旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域』、そのスピンオフ作品となっておるのだにゃ。
作者である漣✾黒猫堂のヤツが、日頃 Twitter とやらでお世話になっておる弐逸 玖さんという作家先生と共に、下記の幾つかの事項を必ず盛り込んだ小説を互いに書く…… とかの条件縛りで創られた作品なんだとか言っておったにゃあ。
<縛り;爺さんが主役 / 「私たち、入れ替わってるぅ!?」をどこかに入れる / 国家権力 / 生活を脅かす陰謀 / アイドルオーディション / 魔王軍>
え… てか、何だこれ…… まぁ良いか。
でだ、因みにこの話の登場人物はジジィとババァであるので、さして血沸き肉躍るような活写も、ましてや焦がれるような恋愛的描写にゃども、もう本当に 一切にゃい。
相も変わらず web小説には全く向かん、妙に小難しい描写だけが取り柄の辛気臭い作品だにゃ。
それにそもそも 本編の方が相当に滞っておるのに、あろうことか『スピンオフ』だにゃどと、ワガハイに言わせれば二千年早いわ。
櫻子「ちょっと玉さま言い過ぎ… そしてお話が長いですわ。 だいたいワタクシたちと違って、黒猫堂さんは二千年も生きられませんわよ」
ふん、今回出番がなかったモブの小娘ふぜいはすっこんどけ
櫻子「なんですってぇ!? ぐく… あとで覚えてお置きなさい! こんの お喋り四本足ぃ!!」
まったく櫻子のヤツめ、いつもしゃしゃり出て来おってからに。
まぁ良い、それではワガハイはもう消えるが、折角にゃので楽しく読んでやっていただけると有難いにゃあ。
櫛名田 玉依
國民學校ハ 皇國ノ道ニ則リテ初等普通教育ヲ施シ
國民ノ基礎的錬成ヲ為スヲ以テ目的トス
(國民學校令 第一条)
1941(昭和16)年4月1日、國民學校令施行規則が全国一斉に実施された。
それにより、初等普通教育機関として約70年の長きに渡り続き親しまれた、所謂 尋常小學校が、その名を『國民學校』と改められるに至る。
令の条文冒頭に掲げられる『皇國ノ道』とは、教育勅語に示された「國体の精華」と「臣民の守るべき道」との双方を指すものとされ、端的に言えば『皇運扶翼の道』ということになる。
それはすなわち―――
幼年期の内から全国民に『報國精神の修錬』を第一義とした教育を施し、一刻も早く欧米列強に引けを取らない強固な国体を天皇集権の下に実現せんとする、極めて皇国主義的 かつ 国家権力寄りの志向に偏った、危うい変革の第一歩であった。
しかしそれは裏を返せば、新興の亜細亜人国家であるというだけの理由で 世界各国から未だ一等国として認められず、ともすれば理不尽な要求や反駁、そして不当な扱いを享受せざるを得ない現状に対し、漸く握り始めた反抗の拳の、ほんの一端であったろう。
当時、この東方の島国全体に鬱屈した口惜しさと憤り、そして焦りの蔓延が、こうした自傷的な道に自らを歩ませしめたのだと言えなくもない。
◇
その日、東京市 神在國民學校初等科の全学童86名が講堂に集められていた。
痩せぎすの教頭による甲高い号令のもと、奉掲所に掲げられた御真影に向かって、年端もいかぬ学童たちが一斉に凛とした姿勢所作で黙拝を行う。
その後、外部から招かれたらしい、一応軍服らしきものを身に纏ったどこぞの年寄りから、國民學校令施行の旨の説明と条文の読み上げを長々と聞かされた。
初等科二年の三峰 滝次は、この町内一帯に咲き乱れる見事な桜に湧き立っていた心を急速に冷やされながら、その後の国歌斉唱や校長による長い挨拶…… という名目のつまらぬ説教を延々と聞かされ、心身ともに疲労困憊の体で漸く帰途についた。
帰り際、校門の前で姉のしず江と落ち合い、共に肩を並べて桜舞い散る川沿いの道を歩く。
三峰家は、相当古くからこの地に根を張ってきた最古参の家だ。
近世江戸期などは、一介の領民でありながら自らを『半工半士の家柄』などと称し、家業である飾り職を営む傍ら、あろうことか気儘に武士の恰好を気取って剣術修行に勤しむなど、累代に渡り 好き放題やっていたような家風である。
しかし それは偏に、此処いら一帯を社領として治める櫛名田家が、民たちに対し全くと言って良い程 何の干渉も行わなかったせいであり、三峰に限らずどこの家々も、統制が緩いのを良いことに 主家である櫛名田神社の境内で思うさま木刀を振り回しているような、面妖な土地柄であった。
「しず姉ちゃん、今年もいっしょに学校かよえて よかったねぇ」
滝次は、道に落ちていた桜の枝を拾いながら嬉しそうに言った。
今回の学校制度の改変で、三つ年嵩の姉が別の学校へ移る、もしくは義務教育から外れて学生ではなくなってしまうなどにより、「もう共に通学できなくなるのではないか」と、ずっと心配していたのだ。
「そうねぇ…… でもやっぱり再来年には隣町の高等科へ行くことになるから、それまでには一人でちゃーんと行けるようにならないとだめよ?」
しず江はそう言って、弟の頭を優しく撫でながら笑いかける。
いつまでたっても甘えん坊の滝次とは反対に、しず江は実際の年齢よりも随分と大人びた子供だった。
「さらいねんかぁ…… うん、そんころにはもう四年だし、ぼく がんばってみるよ!」
「ふふ… えらいえらい」
桜の枝を振り回しながら無邪気に応える愛らしい弟の様を見て、しず江は嬉しそうに目を細める。
他にも兄妹たちはいたのであるが、気も体も小さな末の弟である滝次のことは、特に心配で可愛いようであった。
そんなやり取りをしながら、二人がいつの間にかもう家の近くにまで至り、旧領主家である櫛名田子爵邸の筋塀の角まで来た時、どこからともなく面妖な声が聞こえてきた。
ふん… 騒々しい
何だ、三峰んとこの餓鬼んちょ共か
「え?」
と、姉弟は辺りを見回すが、近くに人影はない。
しかし、滝次が視界の端に何か黒いものを捉え、素早くそちらに顔を向けると―――
屋敷を囲む、五本の定規筋が白く引かれた筋塀の上に、漆黒の毛並みも艶やかな黒猫が だらりとその身を横たえ、金色に光る大きな目で二人を見下ろしていた。
「あら、あなた 櫛名田様のところの お玉さんじゃない。 もう、びっくりさせないで… って、まさか…… ぃいい…今 喋ったのって、ぉぉお… お玉さんなの!?」
な!? まずっ…… に゛… にやぁぁぁあ~…… にゃ… にゃご………
『お玉さん』は慌てて目を逸らすように鳴き、そしてどこかバツが悪そうに身じろぎしたあと、後ろ足で けしけしと耳の後ろを掻いて、そのまま屋敷の中に逃げて行ってしまった。
二人はその様子を不思議そうに見つめ、そして互いに顔を見合わせると、「そんなはずはない」と弾けるように笑い合い、また手を繋いで家路に着いた。
その途中、ふと 滝次が 筋塀に小さくあいた小窓から屋敷内の庭を横目で覗くと、そこには黒猫の後ろ姿と、そしてとても鮮やかな青色の花がたくさん咲いているのが垣間見えた。
◇
「 …………… ッキー… ねぇタッキー、起きて。 ほら ご飯よ、滝次さんったら、ねぇ滝次さ~ん」
滝次は自分を呼び起こす声に気が付き、しょぼしょぼと目を開ける。
すると顔の上には満面の笑みで覗き込む、姉 しず江のすっかり年老いた、皺だらけの顔があった。
「ぁあ゛ー……? し… しぃず姉ぢゃーーーぁ…… 」
つい先程までの身軽だった自分の身体と違って、節々には しんしんと痛みが疼き、そして声も 吐く息が続かず思うように出すことができない。
「ようやく起きたのねぇタッキー。 何か良い夢でも見てたの?」
そう言いながら しず江は、台所に戻ってカチャカチャと炊事の音を立て始める。
外はまだ明るいようで、微かに聞こえるどこかの工事現場の声や 遠くのヘリコプターの響き方などから察するに、どうやら昼飯時なのだろう。
朝飯は…… 食べたのだったかどうだったか―――
と… 何故か近くに視線を感じて、ひくつく関節の痛みに耐えながら 何とか首だけをゆっくり横に向けてみると、そこには大きな黒猫が、金色の丸い大きな目で滝次をじっと見つめていた。
「ほ… ほぉあぁぁぁあ゛…… 猫ぉぉ…… おぉ前ぇ、まぁた儂んことぉ 見でぇぇ…… 」
どうも先程の夢の中に出てきた、八十年近くも前の黒猫と混同してしまい、ただでさえ途切れがちになる思考が更に停滞して何も言えなくなる。
そうして暫し黒猫と見つめ合っていると、しず江が盆に 湯気の立ち上る昼餉をのせて戻ってきた。
「ああ、今日もまた黒ちゃんが遊びに来てくれてるのよ。 野良ちゃんだから何か変な病気とか持ってるかもしれないけど…… まぁ、あたしらはもう生い先も短いし、平気よねぇ。 あっはっはっは~ 」
しず江はそう言って、茶を入れに また台所へ戻っていった。
すると―――
しず江め…… 相変わらず失礼なことを言いおってからに
と、あろうことかその黒猫は、しず姉の方を見て 確かに小声で『喋った』のである。
「ほ…… ほぉあぁぁあ~~~ ね… 猫がぁ…… しゃぁ… しゃぁべっだぁぁぁあ!?」
驚く滝次に一瞥を呉れると、猫は臆面もなく言う。
ふん、すっかり耄碌したオマエにワガハイの声を聴かれたとて、別に大事ないにゃ
黒猫はそう言うと、口の端をちょっと上げて意地悪気に笑ったように見えたが、本当にそうだったのか、そう見えただけだったのかは判らない。
ただ、寝たきりになっている自分の言うことなど誰も本気にしないということを暗に言っているのだということは解った。
そのことには少しく腹が立ったが、それよりも滝次には、どうにも気になることがある。
この猫ぉ…… さっき夢に出てきた『お玉さん』と同じ口のきき方をしよる……
そしてつい―――
「あんだぁ… 櫛名田ぁ様んとごのぉ…… お玉さん… なんがぁ……?」
それを聞き、黒猫は耳をピクリと動かすと、猫らしからぬゆっくりとした動きで首を滝次の方に向けて言った。
ほう、オマエ…… 朝飯のことは忘れても、そんな昔のことはよく覚えておるのだにゃあ