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アイツらが悪いんであって、俺は悪くない(盗人理論)

作者: フクロウowl

これはとある盗人の生活(戦闘多め)の物語です。是非楽しんでください!

 時は戦乱の時代。戦が各地で起こり、それぞれの国の将が争っていた。戦が起きた場所はたちまち荒れ果て、そこに住む人々は貧乏になり、中には『盗人』になる者も現れた。次第に国中に盗人が現れ、人々は困ると「用心棒」と呼ばれる守護者を雇った。用心棒は小さな頃から武術や剣技を習い、一般人では到底敵わない程の強さを持っていた。そのため、用心棒によって盗人の数は減っていった。けれど盗人達も用心棒に倒されない為に力をつけ始めた。いつしか盗人は、数は減ったが、用心棒と互角に渡り合える者が増えていった…

 これは、とある男が盗人として生きたことを書き記した物語である。


1.

 ある風の強い満月の夜だった。盗人は慣れた動きで屋敷を物色していた。もちろん屋敷の住人には気付かれてはいないと踏んだ上での行動である。僅かな月光だけで屋敷の高価なものを探せるのはなかなか難しいことだが盗人にとっては慣れたものである。しかしながら盗人も人間故、一つのことに夢中になると他の事への注意が散漫になってしまう。そのため、宝探しに夢中になった盗人は、後方から何かがゆっくり近づいている事に気付かなかった。そしてその者がいつでも盗人を迎えうてるように構えている事も。

 そんな事など知る由もない盗人は獲物を懐にしまい、堂々と庭へと続く襖を開けた。

 襖が開くと、同時に二つの風が盗人の横を通り過ぎた。

 一つは夕方からずっと吹き荒れる暴風。

 そしてもう一つの風は、黒光りする矢を伴い、盗人の耳元寸前を通り過ぎていった。普通の盗人であればあまりに一瞬の出来事に絶句し、二発目の矢にやられることだろう。しかしこの盗人は少し驚いただけで、二本目の矢を回避。さらには抜刀、そして弓兵までの距離を縮めようと一歩踏み出した。

 弓兵は盗人らしからぬ動きに少し驚いたのかこんな質問をしてきた。

「あ、貴方は盗人では、ないのか」

 盗人は足を止めて聞き返した。

「違うならどうする」

「違うなら?違うのであれば、貴方を殺さなければならない」

 てっきり屋敷を守っていたと思っていた弓兵からの返答に盗人は驚いた。盗人は考えた。盗人でないなら殺す?となれば…

「お前も盗人なのか」

 盗人が導き出した答えに「そうだ」と弓使いは答えた。そして続け様に

「お前も、ということは貴方もそうなのだな」

 身元がバレてしまったが、こうやって同職者に会うのは盗人にとっては稀にある事だ。しかし次に弓使いが放った言葉はこの盗人からすればなかなか意外な物であった。

「ならば…私を仲間に入れてくれないだろうか」

「なぬ!?」

 盗人からすれば予想外の事態でついいつもより大きな声がでてしまった。運よく住人が起きる様子はない。起きなかった事に安堵しながらも盗人はどうすべきか迷った。一瞬顔をしかめたが、先程の射的精度の良さ、そして彼が長年孤独だったこともあって「いいだろう」の一言を放ってしまった。

 もちろんこのたった一言が盗人の墓穴を掘ることになるとは知らずに───


2.

 弓使いと出会ってから一夜が明けた。弓使いからの申し出を承諾した後、俺は弓使いを自分の隠れ家へ連れて行った。

 俺の隠れ家は山奥の全く人気のない洞穴を抜けた先にあるボロボロの屋敷だ。盗んできたものは全て隠れ家に貯め込んである。と言っても人一人が持っていける量などたかがしれているのでそんなにたくさんはない。けれど改めて自分の宝物(もちろん盗んだもの)を見てみると、もうこんなに集まったんだなと思う。

 考えてみれば、家が燃えて金が無くなったので盗人になったが、五年も生きてこられたのはなかなかなものだ。改めて自分の運(悪運)の高さと《剣奥義(けんおうぎ)》に感謝するばかりだ。

 《剣奥義》とは二年ぐらい前に俺が生み出した剣技で、これのおかげで数多もの死地を乗り越えられた。剣技まで扱えるなんて、我ながらなかなか強くなったと感心する。

 そういえば俺と良い勝負をした奴が一人いたが、彼はなんという名前だったかな───   

 そんな思考をめぐらしていると、仲間になった途端敬語を使いまくる弓使いが話しかけてきた。

「今日もどこかへ盗みに行くのですか」

「いや、今日は剣の鍛練をするから、盗みは明日だ」

 実に剣豪っぽいことを言ってみたがもちろん俺は盗人である。剣の鍛練とは何をするものなのかはさっぱりわからないので、適当に剣をブンブン振り回す。

 そういえば弓使いも朝起きた時に弓矢の練習をしていたので、いくつか話をすることが出来た。なんでも彼は父親が何者かに殺されてしまったらしく、どこにもいくあてがないため、仕方なく盗人になったらしい。若く顔の整った青年で本当に盗人かと疑っていたから、疑惑が晴れて俺はすっきりとした朝が過ごせた。

「お前はどうするんだ」

「私は町に用があるので」

「そうか…。」

 洞穴に入口へと向かう弓使いの腕はあまりに屈強なものなのに気付いてしばらく見入ってしまった。

 あのがっしりとした筋肉、そして昨夜の射的精度。あれらは長年鍛え上げられたものだろう。あれ程の腕を持ってすれば用心棒として名を馳せただろうに。

 そう思いつつ、俺は自分が誇る剣奥義の鍛錬(素振り)を始めようとした時、弓使いが「あっ」と声を出しいて立ち止まった。

「要望なのですが、これからは『罪無き人を殺さない』という約束をしていただけませんか」

「は?」


3.

 次の夜、俺と弓使いで初めての盗みに出た。二人で盗みをする事は初めてなので少し緊張している。しかも今回から弓使いからの要望で、「人を殺さない」という俺のような盗人からすれば意味不明な縛り付き(『罪無き』とかはっきり言ってよく分からないので、誰であろうと殺さないということにした)。俺も最初の頃はそんなことを考えていたが、生きていく上ではそんな事を考える余裕なんてないことを気付いてからはもう考えなくなった。

 とはいえ、せっかく出来た仲間の言う事なのだから受け入れることにした。

 月の光がうっすらと照らす道を歩みながら、横にいる弓使いに時間潰しに話しかけた。

「そういえば、お前名は何て言うんだ」

 今頃ながら、そして盗人にとっては大して必要のない質問である。

「私は…風北紀一郎(かざきたきいちろう)と言います」

「風北…」

 何かが頭に引っかかる。しかしあともう少しで思い出せそうな時に弓使いの「行きますよ」という一言が思考を遮る。ほとんど話してないのに、もう目的の屋敷まで来たようだ。

「お、おう。行くか」

 そうして暗雲があちこちに散らばって空を黒色に染める中、俺と弓使いは暗い屋敷に忍びこんでいった。

 最近ここらの町を荒しすぎたせいかお目当ての宝のある蔵の近くには大柄の男が二人もいた。俺を恐れて雇ったのだろう。二人を相手取るのは流石の俺でも手に余るので、弓使いに陽動をまかせて残りの一人を倒す(出来れば戦闘不能になるだけで済ませる)という作戦にした。今回が初めての共同作業だから弓使いがどうやって二人の内ひとりを離れさせるのか気になるところだ。もちろん今はもう弓使いとは別行動をしていて、弓使いの様子は見えない訳だが。

「さ、お手並み拝見といこうじゃねぇか」

 俺が陽動を待っていると、突然右手側から轟音が聞こえてきた。ようく目を凝らすと、なんと樹が二本地面に横たわっているではないか。近くの地面に矢が突き刺さっていることから弓使いの仕業だということは理解できたのだが…

「おいおい、普通、木貫通させるかよ」

 思わず小言を漏らす。しかしずいぶんとうるさい陽動に見張りの男一人と屋敷中の人が集まったお陰で、見張りは黒く大きな鎧をした大男一人になった。満を持して俺は抜刀し、残った見張りの後方へと移動した。幸い首元はがら空きなので、そこを狙う。

 いつもなら相手の背後にまわれたならば、サクッと喉元を斬っているのだが、今回は例によって無駄な殺しは出来ない約束だ。なので相手の首の後ろを思いっきり叩いて気絶させる事にした。

 ゆっくりと確実に。物音一つ立てずに近づく。あと一歩、剣が届く範囲に来たとき、突然見張りの大男が手に持った長刀の石突を地面に叩きつけた。

「こそこそせずにでてきたらどうだ」

 と重低音の声が聞こえ、俺は首の高さまで上げていた刀を下げる。でかい図体のわりに敏感なんだなと少々感心しながらも俺は見張りの前へ移動した。

「いつから気付いてたんだ」

「お前が俺達の近くに来てからだ。我は兄者に比べて相手の気配を感じ取るのがうまくてな。あえてお前と一騎打ちになるようにしたのさ」

 こんな奴にバレるとはまだまだだな、俺も。

 そう反省しながら大男の長刀の射程から離れた位置へと移動する。

「手柄の為かい」

「もちろんそれもあるが、我が強いという事を兄に見せつけるためだ」

 なるほど。こいつは自分の強さを兄に認めてもらいたいらしい。確かに奴は力強そうだ。

 正々堂々勝負!等と言うのではないかと内心ひやひやしている。

「へー、そいつは面白い願い事だな。だが、そんなこと言っても盗人は構っちゃくれねぇぞ」

 いつでも相手の攻撃を受け流せるように胸の辺りに掲げ備える。その数秒後、月光が俺と大男の間に差し込んできた。一瞬男の顔がにやけ───

「ここで俺の強さを、証明する!」

 大きな殺気と怒号を放って大男は長刀を勢いよく切りこんできた。長刀は俺の胴目掛けて振り払われる。俺は男の長刀をギリギリの所で回避し、数歩下がる。相手が猪突猛進型だと分かり、右手でとある物を懐から取りだそうとしていると、

「うおぉ!!」

 今度は後退する俺の左足を目掛けて長刀が薙ぎ払われる。まだ地面に着いてない左足での回避は不可。そう思ったのか男の顔に僅かな笑みがこぼれる。

「ぐぬっ」

 しかしその顔はすぐに驚愕の顔に変わった。なぜなら俺が右手で懐から取りだした石を、男の顔に投げつけたからである。石は見事に命中し、薙ぎ払いが中断される。

「言ったろ?盗人はお前の闘い方には構わないって」

 顔に手を当て、よろけた大男までの距離を一気に詰めると、刀を肩の上まで移し、振りかざす。

 斜め右に斬り込み、その後星を描くように四連斬り。最後に上段斬りで相手を斬りつける、俺が生み出した剣奥義、「星乱(せいらん)」。今回は最後の上段斬りだけを峰打ちにして、大男を吹き飛ばす。

 六連の斬撃をくらった大男は背中から地面に倒れ、武器が手から離れた。

 決着がついたと思い、刀を戻そうとするが、男の手が僅かに動いたのに気付く。どうやらまだ意識があるようだ。鎧で損傷が抑えられたのだろう。すぐさま俺は男の近くまで歩き、脅迫した。

「俺に関する情報は何一つとして話すな。もし誰かに話そうものなら今度こそお前の命を刈り取るぞ」

 俺の言葉を聞いた男は動きを止め、こくりと頷いた。

 これがおれなりのやり方。盗人なりの勝ち方である。正々堂々の勝負なんてまっぴらごめんだ。

 気分は少し高揚しているが二回も戦うのは嫌なので、見張りの男達が戻って来る前に蔵の中から俺は目についた高価そうな物を二、三品掻っ攫っていった。どれも一級品であった。

 弓使いとは後で隠れ家にて落ち合う予定なので、用が済んだ俺は屋敷の塀を飛び越えていった。

 相変わらず月は雲一つない空で輝いていた。


4.

 とある日、俺は弓使いと共に町を歩いていた。空はどんよりとした雲がたちこめ、道端を歩く奴らの賑わいも今日は噓のようにない。

「雨、降ってきそうですね」

 弓使いは手のひらを空に向けながらこちらに話しかけてくる。

「そうだな…」

 素っ気なく返事をかえす。弓使いも特に話は広げるつもりはなかったようで、無言で歩き続ける。

 ん?盗人である俺達がどうして顔も隠さずに歩けるかって?理由は簡単。「顔バレ」してないからだ。

 弓使いに会う前までは、俺は盗みの最中に出会った人物全員を始末している。そうすることで、俺の顔を知る者がいなくなって、当然ながら俺が盗人だとバレないのだ。昨日まで闘って脅した奴らは死んではいないだろうが、恐らく奴らが雇われたただの用心棒であれば、公言することは無いはずなので顔バレを心配する必要はないだろう。ちなみに顔バレでもしたらあっという間に指名手配され、すぐさま御用である。あと体の大きさとかは、特に目立つ要素もないからそこら辺は気にしていない。

 とは言え、基本は洞穴の隠れ家にいるので、バレる可能性はゼロに等しいので安心安心。

弓使いで思い出したが、弓使いと交わした約束について不満が沢山ある。「人を殺さない」という約束通りにいちいち峰打ちにするのは面倒くさいし、倒すのに時間が掛かって危険度が上がってしまう。さっきの顔バレの件において考えても、危なくなってしまう。

 約束を破ってしまえばいいのかもしれないが、背徳感がでるから出来れば正式に約束を無くして欲しい(人殺したことある奴が言うのもなんだが)。

 そこで今俺は約束を取り消しさせるきっかけを探すために、こうして町の中を歩いているのだ。

 しばらくしていると、見慣れない屋敷を見つけた。

「なんだここ」

「ここは最近同棲した貴族の屋敷だそうです。近々婚儀を行うとか」

 屋敷の門を前にして立ち止まり、中の様子を見る。

「どこでやるんだ?」

「屋敷の住人全員で、ここから二時間程する所で行うらしいです」

 俺はニヤリと笑い、

「決めた」

 と小声で言うと、弓使いと共に隠れ家へ向かった。


5.

 貴族の家に盗みに入ることを決めてから数日後、風北が情報を掴んだようで、貴族の婚儀は明日の昼頃に行われるらしい。

「それじゃ、あいつら(貴族)が婚儀を行っている丁度昼に、開始だ。いいな?」

「ええ、構いませんよ」

「よし、なら解散だ」

 そう言うと、俺は横に置いた愛刀を掴み、隠れ家の襖を開ける。外に出ようとすると、風北に呼び止められる。

「あの、聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

「なんだよ、言ってみな」

 俺は出しかけた足を戻し、弓使いの方を振り向く。

「…何故貴方は盗人になったのですか」

 弓使いの問いを理解すると、自分の記憶を探る。

「何故…まあ、普通に金がなかったからだな」

 答えると、弓使いの前まで歩き胡坐をかいて座る。

「元々、俺はただの農民だった。けれど、ある日戦に巻き込まれてな。家も畑もさらには両親まで燃えちまったよ。そんで、生きていくのに困った俺と兄妹達は、盗人にならざるをえなかったって訳だ」

「ご兄妹は…」

「一年も経たずに死んじまったよ。兄貴は逃げる時に俺を庇って、妹は餓死し、俺は独り取り残された。そこで、次に仲間になった奴を死なせない為に剣を学んだ。もちろん見よう見まねと独学でだがな。一年の歳月が経ち、満を持して仲間を作った。その時の俺は、これからは独りで生きなくていいと思った。なのに…」

 俺は俯きながら話を続ける。

「なのに、俺は、仲間と呼んだ奴に騙された。今まで盗んできた宝を全て盗られたのさ。そんなことがあったのに、俺は何度か他の盗人とも手を組んだ。けれど、どいつも長続きしなかった…。やがて俺は、俺が盗人である理由を変え、強い奴と闘う為に盗みに入ることにした。裏切るもくそもねぇ用心棒と闘うことだけ考えたら、自然と独りだなんてどうでもよく感じてな」

「今もその思いは変わらないのですか?」

 俺は弓使いに微笑みながら返答した。

「変わらねぇな。でも、お前を裏切ることはそうそうねえから安心しな。お前といると、また宿敵に会えそうな気がするからよ」

「その口ぶりだと、前にいたのですか?宿敵」

 左裾を肩まで上げ、肩の付け根辺りにある傷を見せながら答える。

「ああいたとも。初めて俺を怪我させた奴がいたんだよ。ここ(肩)以外にも傷がいくつかあるが、どれもそいつに付けられた傷だ。名前は忘れたが、あいつの使う必殺の突き技はとても強かったんだ。だから俺はあいつとの闘いだけは忘れねぇし、宿敵として胸に刻んだんだ。…そんで、お前からはあいつと似たようなにおいがするから、お前といたらまたああいう奴と闘える、そう思って仲間に入れたんだ」

「会えるといいですね、そんな人と」

 そう言うなり、弓使いは立ち上がり、開けっぱなしの襖を抜けて外に出た。

「では明日、門の前で待っています」

「おう!ちゃんと来いよ!」

 弓使いは笑顔で返事し、洞穴を出ていった。

 実は弓使いを仲間に入れたのは「俺が生きる為」でもあることを、俺は言わずに彼を見送った。


6.

 太陽が燦々と照りつける中、俺は屋敷の門から少し離れた川辺で屋敷を見張っていた。朝方から張り込みを続け、屋敷の住人が出ていくのを見届けてからかなりの時間が経った。暇つぶしにしていた川釣りもいい加減飽きてきた頃だ。

 幸いなことに住人は帰ってくる気配は全くなく、門番の警戒も薄れてきている様子。弓使いの準備が整えばすぐに侵入していいだろう。

 それからしばらくして、弓使いが準備完了を伝えに来た。すぐさま屋敷の裏に回り、弓使いが設置した縄を掴んで塀をのぼる。昼時ながら、誰にも気づかれることなく屋敷の敷地内に潜入が成功。そのまま屋敷の中へ入っていった。

 今回狙うは、黄金の壺。婚儀が終わって宝がなくなっているのに気付いたら彼らはどうなるだろうか…まあ、そんなことはぬすび盗人の俺が考える必要はない。

 襖の開け閉めをくり返していく内に、お宝が飾られた大きな部屋に辿り着いた。少し暗い部屋でも、壺の耀きははっきりと認識できた。

「よし!これ盗ってさっさと帰るぞ」

そう言って戻ろうとした時、俺は気付いた。自分の背後の襖が開いていて、その間に男がいることを。

「なんでここにお前がいる」

俺は男を睨みつけたが、男は笑いながら近づいてくる。

「誰なんですか!あの人!」

「多分だが、あいつは昔、一番最初に俺を裏切った奴だと思う」

 弓使いの問いに即答し、最大限に警戒する。未だにヘラヘラ笑いながら、ようやく男は顔が見える位置までやってきた。

 髭は雑に切られ、髪の毛もボサボサ。海藻のように揺れる前髪の中から、真っ直ぐとこちらを凝視する丸い目が飛び出していた。そしてボロボロの紐で腰に帯びられた鞘に手を掛ける。

 あの柄巻…『あいつ』が何個も所持していた物と全く同じだ。やはり『あいつ』で間違いない。

 すぐさま弓使いを指差し、指示を出す。

「おい、お前!黄金の壺を持ってさっさと逃げろ!」

「お前じゃないです、風北です!」

「わぁかたから、早く行け!今までみたいに手加減出来る相手じゃねえんだ!」

 弓使いは反論することなくすぐさま走りだした。『あいつ』は弓使いなど目もくれず、ずっとこちらを見たまま歩き続ける。

 悪いが『あの』約束も破るだろうけど許してくれよな。

 そう弓使いに心の中で謝りながら腰に帯びた愛刀を鞘から抜いて構える。それを見た『あいつ』はようやく歩みを止める。

「よく今まで生きてこられたもんだな、お前」

「お前なんて言わなくていいじゃないかぁ、僕の名前はちゃーんと教えたよねぇえ?」

 無駄に語尾を伸ばす話し方も相変わらずだ。気持ち悪い。

「剥面(はぎずら)、だったか。悪いがお前の名前は好きじゃないから言いたくねぇんだよ」

 剥面の笑みを見ていると気分が悪くなるので、出来るだけ顔を見ないようにする。

「…お前がなんで此処にいるのかは知らんが、目の前に居続けるってことは、殺される覚悟が出来てるんだよなっ!」

 言い切るよりもはやく畳を蹴り、奇襲を剥面に仕掛ける。上段斬りで頭部を狙ったが、軽く避けられて空振りに終わるばかりか、空いた横腹に蹴りを食らってしまった。なんとか転ばずに着地し、剥面を見る。

「殺される覚悟ぉお?そんなものないよぉ。だってぇ…」

 剥面の目がさらに大きくなり、鞘から刀が一瞬で抜かれた。

「君を殺しに来たんだからね」

 伸ばし口調が無くなり、冷たくも強い殺気が流れ出す。

「君は知っているはずだ、僕がどれだけ強いのかを。前は無傷で逃がしたけど、今日はそうはしないよ…」

「本当にうぜぇな。はなからこっちもその気なんだ。…かかって来いよ」

 俺の返しを嬉しく思ったのか剥面は笑顔を見せ、瞳孔を大きく開いた。そして───

 一瞬で目の前に現れた。

「しまっ」

 突然の出来事に動揺し大振りに刀を振ったが、簡単に躱され、頬を浅く抉られてしまった。痛みは感じるが、こちらからも攻撃をし返す…。

 刀と刀が何度も交わり、その度に火花が散る。今の俺と剥面との闘いを第三者からしたら、一方的な打ち込みに見えるだろう。俺は隙を与えないように素早く刀を振るが、どの斬撃も剥面が片手で持った刀で防御される。一方的とは言えど、こちらが勝っているわけではない。

 以前闘った長刀使いの大男の時に使った、石を投げつける行為は昔に剥面から学んだ方法だ。故に、あのような小細工は基本通じることはないだろう。そうなれば純粋な斬りあいになるわけなのだが、片手持ちの剥面に両手で斬りつけてもあいつは笑みを浮かべながら防御するだけ。あいつは攻撃の重心をずらすことで、防御(受け流し)しているのだ。

 付け加えて説明するが、先程剥面が瞬間移動した『ように見えた』理由は、あいつの目にある。斬られて思い出したが、あいつの目(伸ばし口調が無くなった後)を見ると一瞬ながら、意識が遠のいてしまうと言われている。何故遠のくのかは知らないが、昔のあいつ曰く、相手に向ける視線に全ての意識を込めているからだそうだ。だから、あいつの目は絶対に見てはいけない。

「そんなに、守ってばっかじゃ、いつかは、斬られちまうぜ。…言っとくが、あの時の俺とは、少しは違うからな!」

 強気な言葉を吐き捨てて、剥面から距離を取る。それでも剥面は笑い声を出したまま攻めてくる様子はない。

 心の中で自分を奮い立たせると、刀を左肩辺りまで上げ水平に構える。まるで今から俺がすることを楽しみにしているように、剥面が動く様子はない。

「いくぞ!」

 声を張り上げると俺は飛び出し、水平斬りを仕掛ける。

しかし、俺の刀と剥面の刀が触れる寸前で手首を曲げて接触を回避する。剥面の口元までしか見ていないが、笑顔が消えたので予想外の行動だったのは確か。

さらに、切っ先まで刀が避けきるのを見ると、手首を無理やり返して、剥面の刀の側面に自分の刀を当て付ける。威力を逃がしきれなかった刀は折れ、さらに剥面の体勢を崩すことにも成功。最後に空いた剥面の胴へ斬り上げ攻撃をする。

「遮三閃(しゃみんせん)!」

これが俺の奥の手の三連斬撃。最初の水平斬りは触れる寸前で空振りにし、素早く折り返しの水平斬りを仕掛けて相手の隙を生ませる。そして、本命の斬り上げで相手を切り捨てる。初見では不可避の必殺の攻撃。これを食らわせれば、俺の流れにもっていける程の致命傷を与えることが出来る。

 流石の剥面も三撃目は対応出来ずに斬られ、よろける。そして観念したのか刀を手から離す。

 この勝負、もらった!

 そう確信し、とどめをさそうと踏み出した、その時。

 剥面が背後に隠していた二刀の小刀を取り出し、投げつけてきた。

 反応が出来ずに、腹部に二刀とも被弾する。

「ふっふっふ、はっはっは!…悪くない攻撃だったよ。けれど駄目だ。君では僕を殺すことは出来ない」

再び笑い出した剥面はさらに隠していた小刀を取り出す。その行動に、傷を気にする様子は一切感じられない。やはりこいつはバケモノだ。

 対して俺は体に刺さった二本の小刀を抜いたが、息が荒くなる。

「はぁはぁ…出来ない?どういうことだ」

「実はね、人の命を盗むことが出来るのは、その経験がない者か、その行為を躊躇いなく出来る者だけなんだよ。例外がいないでもないけど、基本全ての人間はそうなっている。君のような躊躇いを持っている人間が人を殺すことは出来ないさ。ははっ」

 剥面は狂気的な笑みを浮かべ、小刀を舐める。

 今あいつは、俺が躊躇いを持っているから殺すことは出来ないと言った。けど実際俺は多くの人を殺したんだ。もう殺すことに躊躇いなんてないはず…そうだ、あいつの言うことなんざ、全て、偽りなんだ!

 俺は息を整え、刀を構えなおす。剥面は何一つ顔の表情を変えずに語りかける。

「…さあ、終いにしよう。こんな最高の機会はもう来ないだろうからね…」

「お前との因縁を断ち切りたいのは俺の方なんだけどな!」

 剥面はわざとらしく笑い、大きく手を広げた。

「そうかいそうかい。これも全て、依頼をくれたあの人のお陰。僕も君も感謝って訳だねっ!」

「お前、何を言って───」

 俺が言い終える前に、俺の耳元を何かが通り抜ける。それと同時に剥面の首が弾け飛んだ。

 『射貫かれた』首が地面に落ちるのを見て唖然としたが、急いで振り返る。

 そこには、息を荒らげる弓使いが立っていた。弓使いは弓を下ろすと、口を開いた。

「…心配になって来ましたが、大丈夫ですか?」

「………」

 全く…邪魔っしやがってよぉ。

 心の中でそう嘆いたが、本心ではほっとしたのか、体の力が抜けてその場に座り込む。

「壺は安全な所に置いたのでご安心下さい」

 弓使いがこちらに歩み寄って、手を伸ばしてきた。その手を力強く握って立ち上がる。

「そうか。ありがとな」

 畳に転がる剥面の頭部に目を移す。

 いつか俺もああなっちまうのかね…

「それじゃ、屋敷の奴らが戻ってくる前にさっさと戻るか、弓使い!」

「…………だからっ!風北ですー!」


7.

「い、いってぇ!しみるぅ!」

 今俺は死ぬような痛みに耐えている。というのも、弓使いが、薬屋から貰ったと言う塗り薬を傷口に塗ってくれているのだが、これがめちゃくちゃ沁みて痛いのだ。怪我したら唾をつけとけばそれで良いと思っていたが、傷口が炎症するから駄目らしい。そもそも怪我自体そんなにしたことがないからこういう痛みは馴れていないのだ。ここまで辛いとは…。

「とりあえず、これで大丈夫です、が」

 「が」を強調するので、その後に続く言葉を恐れて弓使いの顔を見る。

「しばらくの間は動かず、安静にしていてくださいね」

「お、おう。そんくらい平気なこった」

 「これから毎日塗りますよ」等と言い出すのではないかと思っていたので、胸をなでおろす。そして、うつ伏せの状態のまま体を休めた。

「そういえばこの刀、いつも使ってますけど、どれくらいの間使っているのですか?」

 弓使いが俺の愛刀を手に持ちながら質問を投げかけてきた。

「それか?そいつは二代目だから一年ぐらいかな。一本目は敵に折られたからそいつの方が長生きなんだぜ」

 それを聞いた弓使いは刀の側面を見つめた。そして口を開く。

「もしかして、その折った相手は、先日話した『宿敵』の方なのでしょうか」

 弓使いの読みが鋭いことに感心しつつ答えを返す。

「勘がいいなぁ。そう、その通り。あいつが得意としてた突き技で側面を打たれて、ものの見事に真っ二つにされちまったよ。あの時は負けると思ったな」

 あの闘いを鮮明に思い出し感傷に浸っていると、視界に悲しい表情を浮かべた弓使いが映った。

「どうしたんだよ、何か気に障ることでも言ったか?」

 それを聞いた弓使いは慌てる様子で両手を振って否定した。

「いえいえ!全然、ないです。あの…その宿敵との闘いはどのように決着をつけたのでしょうか?」

 そりゃ刀が折れたらどう勝ったのか気になるよな。

「最後は、あいつの剣を奪って一刺ししたな。まぁ、流石の俺でも殺した相手の剣を持ち続けるのは嫌だったから、あいつの近くに置いて帰ったわ。」

 弓使いの表情は変わることなく、代わりに持っていた俺の愛刀を机に置いた。

「…なるほど。では、私はそろそろ帰らせていただきます」

「今日は…いや、これまでありがとうな、風北」

 自分の名前を呼んでもらえたのが嬉しかったのか、弓使いは微笑みながらお辞儀をし、隠れ家を出ていった。


8.

 とある休日(盗みに行かない日)、俺は町に行く弓使いのことが気になって、彼のあとをつけることにした。町への道中は特になにもなかったが、町に入ると弓使いは小さな建物の中に入っていった。換気口の窓から中をのぞくと弓使いは五人ぐらいの男たちと話していた。机には以前盗んだ宝と、米などの食糧が積んである。これから交渉を始めるのだろう。

 なぜ後をつけるような真似をしたか。それには二つの理由がある。

 一つ目は、交渉方法を知りたかったから。普通に考えて何回も財宝を商人に渡せばさすがに盗人だと気付かれる可能性が出てくる。そうなれば役人共に取り押さえられかねない。そのため取引をする際は信頼できる奴か取引相手を何度も変えるかの二択である(ちなみに俺は後者だ)。

はたして弓使いはどちらを選んだのだろうか。緊張しながら中の様子をうかがっていると、思っていた以上に弓使いと取引相手の男たちは親密に話しているようだ。恐らく信頼できる交渉相手なのだろう。

 胸をなで下ろしつつ、俺はもう一つのつけてきた理由の為に、もう一度弓使いの行動を監視する。

 俺がつけてきた二つ目の理由。それは弓使いがいつも俺の見ていない所で何をしているか、ということ。弓使いとは仲良くなったつもりだし、盗み以外の時でも会うのだが、やはり気になる。裏切られ続けた俺は、本能的に相手を疑ってしまうのだ。裏切るような行為ならば問いたださなければならないし、そうでなければ何もしない。出来れば何も起きなければいいが───

 不安になっていると、中から弓使いの本名「風北」という言葉が聞こえてきた。結局弓使いに聞いてから一度しか言わなかった言葉だが、改めてもう一度聞いても何かが頭に引っかかる。

 かざきた…そうだそうだ。記憶が正しければ、風北家は貴族の南紀家を護る一族だったはず。さらに言えば、風北家は腕利きの用心棒を多く生み出す事で有名な家だ。そんな名家の子供が行くあてを無くすとは、あの家もなかなか落ちぶれたものだ。そういえば南紀家にも昔盗みに入ったことがあったな。そうそう、あそこの家の用心棒はなかなか強くって、全力で闘ってもギリギリだったな。刀も弓も達者だった記憶がある。名前はよく覚えていないが、奴も風北の用心棒だったのだろう。…ん?たしかあいつの父って誰かに殺されたって───

 俺の頭の思考回路が一斉に止まる。

 そんな…。じゃあ俺が一緒に盗みに行った奴は…

「おや、こんな所でどうしたんですか」

 突然声をかけられ、驚いて顔を上げると、目の前に風北がいた。

 頭の中を高速回転させ、次の行動を考える。

 どうする、風北に本当の事を言うか?でもそれを言えば、おそらく風北は俺と別れるだろう。…となるとまた俺は孤独の道を歩むことになるだろう。それだけは嫌だ。また一人になるのは嫌だ───

 自身が歩んできた過去を思いだし弱い俺が行動権を握る。そうして俺は自分の利点だけを考えて、不思議そうにこちらをみつめる風北に「なんでもない」と言って、真実を再び闇に隠した。


9.

 風北のことを知ってどれだけ経っただろうか。あれから何度か彼と盗みに出たが、風北の真実に気付いてからどうも調子が鈍る。風北の助けもあってなんとか捕まらずに済んでいるが、毎日が死地も同然である。

 どうすれば解決するだろうか?やはり風北と別れるべきだろうか。けれどどうやって別れる?普通に言っても無理だろう(変に怪しまれるだけだろう)。なら、真実を語るか?彼は何と言うだろうか(下手をすれば殺されるかもしれない)──

 俺は昼飯の白飯を黙々と口にはこびながら、ひたすら考えた。

 今日も風北は町に出掛けて帰ってこないのだからじっくり考えよう。

 そう思って剣の鍛錬(素振り)も忘れて考えたが、夜になっても最適な答えはみつからず、結局今日ももやもやとした心で盗みに出る。

 ふと空を見上げれば俺の心とは真反対に満月の光が町を照らしていた。


10.

 俺と風北は井戸をみつめていた。別に飲み水があるか見に来たわけではない。

風北曰くこの井戸は今回の目的の屋敷へ続く隠し通路なんだそう。少々疑いはしたが、風北が先に降りて道を発見したので、安心して縄を樹に結び付け井戸のなかへ入って行った。

 井戸を下りきると、本当に地下通路があったのだが、月光だけでは暗すぎて奥まで見えない。どうしたものかと考えていると、風北は懐から何かを取り出すと、壁に擦りつけた。

「何してんだよ」

「これを勢い良く擦るとこんな風にっ、火が点くんですよ。あ、すみません。そこら辺に木があると思うので、取ってもらえませんか」

「お、おう、任せろ」

 風北のもつ紙のような物が気になりつつも、足元にある一部だけ乾いた木を探し出すと、風北に手渡した。風北はそれの乾いた部分に火の紙を移して、松明に変換するとこちらに歩み寄ってきた。

「この通路は屋敷の地下水路だったものを変えられたものですので、地面に水溜りが多く存在します。ですが、通路はまっすぐなので安心してください」

「迷子にはならない、ってことだな」

 苦笑しながら暗闇に包まれた奥を見る。

「行くか」

 松明を持った風北を先頭に通路を歩きだす。

 それにしてもよくこんな情報を知っているものだな。

と隠し通路の道中感心しっぱなしだったが、徐々に人の声が聞こえるようになると気を引き締めた。

ちなみに今回盗みに行く屋敷も盗む宝を決めたのも全て風北だ。よほどこの家に思い入れが強いのだろう(俺は最近は下見すらしなくなったからどこの家だって別にいいのだが)。

 隠し通路は出口に近づくに連れて狭まっていき、やがてほんの僅かに光が漏れ出た出口と思われる地点に到達した。そこで風北は松明を水につけ、手を出口へ押し出した。

 出口は屋敷の掛け軸の裏だったようで風北が部屋を見回す。先程聞こえた人声が噓のようになくなっているのが分かると俺達は屋敷を散策し始めた。ここでも風北を先頭にし、閉められた襖を次々と開けていく。

 途中で屋根裏から物音が聞こえた気がしたが、人に会うことはなく大事そうに飾られた宝と対面する事が出来た。

 お目当てのお宝(ちなみに細剣である)を目にすると風北は、我を忘れたように勢いよく走りだした。急に走り出したので驚いていると、風北は言った。

「父の…形見なんです」

 なるほどそれでこの家にしたかったのか。となるとその剣はあいつの…。

そう納得していると奥からたくさんの足音がきこえてきた。

 こんなに早く!?いや、さっきの物音の正体が人であればこうなってもおかしくはないだろう。

「風北、早くいくぞ。下手すると捕まっちまう」

「えぇ」

 風北は刀を腰に結び付けながら返事した。俺と風北はとにかく走った。屋敷の住人もなかなかな速さで本当に捕まってしまいそうだ。足音から予想するにおそらく十人前後。撃退より逃走を選んで正解だった。けれど隠し通路に逃げた事もバレてしまったらしく、足音が止まない。

 びちゃびちゃと音を立てながら必死に走っていると、風北が俺に提案をする。

「ここは私が足止めしますので、貴方は縄がちゃんとあるか見てきて下さい!」

 風北の提案に無言でのり、足を動かす。なんとか井戸に着いた俺は帰り用の縄を見つけると、遠くにいる風北に縄があったことを伝え、縄をのぼり始めた。風北はぎりぎりまで追手を食い止めると言ってまだのぼらないらしい。時間を稼いでくれている風北の為にもゆっくりはしてられない。

 そんな時だった。のぼるのに必死だった俺の頭の中に、昼に考えた問題の答えが急に浮かび上がった。

[真実を言いたくない、でもずっと隠すのも嫌、なら「風北を捨てればいい」]

 こんな時になんて事を考えているのだろうか。けれど今の状況はまさに『それ』をするには十分な状況だ。それに今風北を囮にすればおそらく俺は助かるだろう。そう、これは仕方のない事なのだ。盗人にとって最も優先せねばならないのは生きること。つまり今から俺がすることは生きていく上で仕方のない事なのだ。決して悩みの原因を無くす為ではない。…だから、盗人となった風北も許してくれるはず…。

自分にそう言い聞かせて、すぐさま行動に移した。

 風北は矢が無くなったのかようやく縄をのぼってきている。そんな風北を悲しい目で見ながら小声で呟く。

「おい、風北……すまねぇ」

「なにを───」

 声が聞こえたのか、風北は顔を上げる。

「悪く思うな…」

 そう言って俺は縄を自分の愛刀で切った。ドシャァという音が聞こえるよりもはやく、俺は井戸から離れていった。なにか風北が言っていたような気がするが、構わずまっすぐ走った。もちろん仲間を裏切るのはつらかった。それでもとにかく俺は隠れ家に向かって走った。


11.

 盗人は弓使いの事を思うのを止め、ただただ無心で走った。行きとは違って隠れ家に直接続く道に刀を持った人がたくさんいたため、裏道から帰った。その道中でさえも、長刀を持った二人組の男達がいたが、盗人は無視してなんとか洞穴まで辿り着いた。いつもよりも帰るのに時間がかかってしまったが、盗人にとってはどうでも良かった。

少し歩いた盗人は、隠れ家の近くに人の気配がないのに気付きほっとしながらも、隠れ家の襖をすばやく開け、そしてすばやく閉める。改めて一息つこうと部屋を見回すと自分が集めてきた宝が無いのに盗人は気付いた。ありとあらゆる所を探したが、お宝どころか布切れ一つもない。

「なんで…。おかしい、これは絶対におかしい!」

盗人は焦り、勢いよく外に出ようと襖を開けた。

すると一つの風が盗人を通り過ぎた。

その風は神風の如き速さと黒光りする矢を伴い、盗人の左腕をいとも簡単に弾き飛ばした。盗人は激しく動揺した。もちろん腕が弾き飛ばされた事もあるが何より、正確にここまでの威力の矢を当てに来たという人物が今、『ここにいる』という事実が盗人の動揺の原因であった。

動揺していたせいで、二発目の矢への反応が遅れ、矢が盗人の横腹をかすめた。たったそれだけでも盗人の横腹が大きく抉られた。

「くぅ…なぜ…。なぜお前がここにいる!お前は確かに───」

「『捕まった』、そう思ってたんでしょう」

盗人が言おうとしたことを代わりに言った弓使いは冷徹な目で盗人を見ていた。

「いいえ、残念ながら私は捕まっていません。現に貴方の目の前にいるでしょう」

盗人は弓を向け続ける弓使いを、口を開けながら見つめる。

「もちろん私が追ってきた屋敷の人々に殺され、亡霊となってここに来たわけでも、偽物が来たわけでもありません。私は正真正銘風北紀一郎です。」

今の状況を理解出来ない盗人はただただ弓使いを否定する。

「馬鹿な…ありえねぇ………いや、まさか!あの屋敷の連中とグルだったのか!」

盗人を変わらず冷たい目で見る弓使いは、嘲笑した。

「おやおや、なかなか勘が鋭いんですね。ええ、その通りですよ」

真実を教えられた盗人は力が抜けたように膝を着き、出血する左腕を抑える。

「じゃあ…俺は…お前の掌でずっと踊らされていたって言うのかよ」

 弓使いは表情を変えずに盗人を見下し続ける。それを肯定だと受け取った盗人は再び問い掛ける。

「なんでこんな事をしやがった」

「私は『罪無き人は殺さない』。けれど貴方は私の父を殺した張本人なのですから、殺害対象になるのは当然でしょう」

「懐かしい言葉だな…。お前、あの時から俺のことを知ってたのか」

「いいえ、もっと前、貴方が父を殺したあの日から。家で父が殺されるのを偶然見てしまった私は、ずっと貴方を殺す機会を待っていたのです。二年前からずっとです。ただ一心に貴方を追い続け、私は、敵討ちを果たせると意気込んでいました。しかし現実はそんなに甘くなくなかった。貴方に対して弓矢を向けた時、何故かいつものように握れなかったのです。無理やり矢を放ちましたが、風にも邪魔をされ失敗に終わってしまいました。諦めかけた私でしたが、貴方は私を殺すこともなく、さらには仲間として傍に置いたのです。その時、私は感じ取りました。父が私にもう一度機会をくれたのだと。次は絶対に成功させる為に、私は念入りに計画を立てました。私の家で育成してきた用心棒と闘わせたり、他の盗人を差し向けたり…。そして遂にこの時が来たのです。貴方に奇襲を仕掛け、敵を討つ時が!」

 話の最中に左腕の止血を終わらせた盗人の心には、驚きと悔しさが増していく。

「騙しやがって」

 小声で発せられた憎悪を深く込められたその言葉を聞いた途端、弓使いの顔が大きく歪む。

「…騙した?言ってくれるじゃないですか。貴方は私を見捨てたり、罪の無い人々、そう、父上を…殺したではないですか!」

 弓使いは父の怒りからか冷静さを失い、怒号を盗人に放った。あまりの気迫に盗人はよろけ、尻を地面につける。

「あ、あれは…仕方のない事だったんだ。俺みたいな盗人が生きていく上では仕方のないことだったんだ。他人の事なんて考えられるほど余裕が無かったんだ!」

 盗人は訴えるように体勢をたてなおす。

 この盗人は今まで自分に後悔するような事や他人を傷つけた時、「仕方のない」の一言で済ましてきた。しかしこんな暴論を人に直接言った事など、一度たりともない。つまり盗人にとっては正当化されたこの論理は、他人に否定されるとは全く思っていなかった。

 弓使いは盗人の言葉を聞く前から握っていた矢をより一層強く握りしめ、

「ふざけるな!そんな暴論が許されれば社会の秩序などとうの昔に壊れている!貴方を許す余地は今、完全に無くなくなった。盗人よ、覚悟!!」

 弓使いは先程までの怒りの気迫をさらに強め、闘神・毘沙門天の如き闘気を放った。それと同時に矢を盗人に照準を合わせた。

 盗人は反射的に右に飛び、豪速の矢を転がりながらも何とか避ける。こんな状況でも数多もの死線を乗り越えた盗人は、すぐさま腰の鞘から刀を抜き、弓使いへ走り出す。もう弁解することは出来ないと判断したのだ。

 そんな盗人を弓使いは察知すると、弓矢を背中に戻し、父親の形見である細剣を取り出し抜剣、そして盗人を迎え打った。

「くらえ!!」

 盗人は走りながら刀を上段に構える。

 弓使いも剣で迎撃しようと腕を動かそうとしたが、何かを感じとったのか、後ろへ跳んだ。

 弓使いが後退したのと同時に、盗人は振りかざそうとしていた刀を止め、右蹴りを仕掛けていた。先程まで弓使いがいた空間を盗人の右足が空振りし、両者が立ち止まる。

「ふんっ、流石にバレてるよな」

自分の裏の手を読まれたにも関わらず、盗人はニヤついた。

「今度からは真面目にやってやるから、ちゃんと耐えるんだぞ!」

 完全に開き直った盗人は、素早く足を踏み出し、弓使いまでの距離を再び詰める。今度こそ上段斬りを突進しながら仕掛ける。

「抜かしたことを言うな!」

 対する弓使いは剣を胸の前で構えたまま盗人の反撃を伺う。

 激しい打ち合い。盗人が斬りつけて、弓使いが受けて斬り返す。

 盗人が隻腕にも関わらず両手剣の弓使いに善戦しているのは、元から盗人の力が強かったというのもあるが、大部分は弓使いが剣の扱いに慣れていないからである。弓使いの中では力で勝っているはずなのを利用して、受けた時に盗人の体勢を崩そうとしているのだが、全く成功しない。そもそも突き技を基本とする為に細くなっている細剣を両手で持ち、正面で打ち合うのも妙な話だ。けれど、弓使いはそのままの戦闘スタイルで闘い続ける。

 埒が明かないと見たのか、再び盗人が仕掛ける。盗人は刀を肩の高さまで上げ、水平に切り込んだ。

 それを見た弓使いが受けようと剣を前に出した。しかし。

 盗人の刀がギリギリの所で剣を掠め、過ぎ去る。そして即座に刀が弓使いの細剣目掛けて返ってくる。

 そう、盗人が誇る剣奥義の一つ、「遮三閃」である。

 剥面戦の時に比べて片手である為、強さも速さも少し落ちている。それでも二撃目の返し斬りは、簡単には回避は出来ない。不意打ちに近い攻撃が細剣に迫る…

 けれど、あの時のように細剣が側面を打たれて砕けることは無かった。なんと弓使いが反射的に手首を捻り、斬撃を剣の正面で受けたのだ。

 武器を破壊出来ず、「ちっ」と舌打ちをするが、盗人は止まらず三撃目の斬り上げを行う。これも弓使いは驚異的な反応速度で後ろにのけぞろうとするが、腹部を斬られてしまった。

 体制を崩された弓使いは、盗人が繰り出した追撃の蹴りが当たり吹き飛ばされる。

 背中から着地した弓使いは転がり続け、うつ伏せの状態で止まった。

「立た…ね…ば…」

 弓使いはなんとか体を動かそうと試みる。しかし、剣を持った弓使いの右腕を盗人の右足が踏みつけ、左足で胴体、そして首の真上に刀が突きつけられて動きを封じられる。

「終わりだ、風北。このまま首を断ったら、お前もその細剣で心臓をぶっ刺してやるよ。あいつみたいになぁ」

 盗人は悪意の笑みを浮かべ、少しずつ刀を首に近付けていく。弓使いは盗人の話した「あいつ」が自分の父のことだとすぐに察した。けれど弓使いは抵抗することなく、口をニヤつかせた。

「なんだよ、何がおかしんだよ!」

 弓使いの顔がニヤついているのに気付いた盗人は踏みつける力を強くする。弓使いは表情を変えることなく返答をする。

「知っていますか…盗人よ。貴方は、私を殺すことは出来ない…」

剥面にも言われた言葉に、盗人は戸惑いの顔を見せ、力を弱めた。それでも弓使いは逃げ出すことはせずに話を続ける。

「父上が殺されたあの時、私もその場にいました…草木に隠れて、闘いの最後を見ました……父上は倒れ、貴方が立ち続けたのを見ました…。その時私は、父を殺した忌まわしき男の顔が気になりました。ヤツはどんなに憎い顔をしているのか、と。私は貴方の顔を注視した。けれどそこには勝ち誇るどころか、恐怖を露にした顔があった。違和感を覚えた私は、貴方が入ったであろう地域一体の窃盗被害を情報屋に調べさせました。そしたらはっきりしましたよ…」

 弓使いはゆっくりと首を曲げ、盗人の顔を見る。

「貴方は傷つけることはしえど、殺すことはしていていない。住民も用心棒も誰一人。それは私が仲間に加わってからもでした。…今思えば最初に貴方を射ち損ねたのは心なしか貴方を許そうと……」

 一瞬目を背けたが、視線を戻した弓使いの眼は、先程までよりも力強い物になっていた。

「例えあの時、父上を殺したのが事故だったとしても私は貴方を許しません」

「もう一度言います……貴方は人を殺せない。頭の中では殺そうとしても体がそれを拒否する。だから今私を殺そうと思っても、貴方の持つその刃はこの首を貫くことなど出来ないはずです、そうでしょう!」

 実際、盗人の右腕は震え、息遣いも荒々しくなっていた。本来の盗人の心は精神が脆く、これ以上押されれば戦意は喪失するだろう。

 もうひと押し!

 大きな隙を狙っていた弓使いがさらに責めようと、口を開けかけた瞬間。

「ありがとうよ」

 弓使いが声の主を確認する。弓使いの体の上にいるその主は、先程とは違う狂気的な笑みを浮かべていた。

「お前がそれを教えてくれなかったら、このまんま弱い俺が動いてお前を殺せなかっただろうよ。けど。安心しろ。『あいつはもうこ殺した』から。」

 盗人は刀を逆手に持ち替える。

「とある奴が言ってたぜ、人殺しが出来るのは、それを躊躇いなくできるやつだってよ。首を貫くことなど出来ない…だったか?ふっ、じゃあやってやるよ」

 刀の高さを自分の頭の上まで上げ、盗人は瞳孔を大きく開く。弓使いは盗人から溢れ出る殺気によって口すら動かない。

「死にな、小僧」

「あ、あぁ…」

 辛うじて口が少しだけ動いた弓使いを嘲笑うように、刀が真っ直ぐに振り下ろされる。

 と同時に。

 弓使いと盗人のすぐ近くに三本の矢が突き刺さった。

 盗人が腕を静止させ、矢に視線をずらす。三本の矢はどれも弓使いの体の寸前に刺さっている。

 矢が放たれたであろう方向へ顔を向けるよりも先に、盗人は弓使いから離れた。弓使いが何事かと顔を動かすと、そこには二人の大男が立っていた。

「ふん、相変わらず勘だけは鋭い男だな」

「ほお、あれがお前に勝った盗人か、弟よ」

 片目を開かないながらも弓使いの顔に笑みが戻る。

「下風(しもかぜ)兄弟…」

「風北殿!窮地の際に傍にいれず、申し訳ございませんっ!」 

 呼び掛けた大男が弓矢を引いて、弓使いから離れた盗人を狙撃する。

 盗人は飛んできた矢を造作もなく撥ね除けるが、その間に長刀を持ったもう一人の大男が突進攻撃を仕掛ける。

 その攻撃を後退して避けた盗人は、大男へ反撃することなくその場に佇んだ。

「兄者!こやつの相手は私で十分にございまする。風北殿を離れた場所まで避難してくだされ!」

 下風(弟)はそう叫ぶと、刃を盗人へ向ける。

「以前の闘いでの屈辱、ここで晴らさせてもらうぞ!」

「出来るといいなぁ、そんなこと」

 笑みを浮かべて盗人も刀を構える。以前とは違う所は、大男は鎧を着ておらず、盗人は隻腕であったこと。そして、本当の殺し合いであること。

 何の合図もなく同時に地面を蹴り、盗人の刀と下風(弟)の長刀が混じり合う───


 その頃、下風(兄)と弓使いは離れた位置で弓使いの止血を行っていた。下風が服を破って傷に押し当て、出血を抑えている。

「この程度しか出来ず、すみませぬ」

「別にいいのだ、長衛(おさえ)。私が奴を殺し損ねたから…」

「あの盗人は風北殿の御父上を殺す程の強者。仕方のないことでございまする。それよりも、弟の近衛(このえ)が時間を稼いでいる間に、なんとか回復してくださいませ」

 地面に横たわりながら止血を受けている弓使いは、盗人と斬り合う近衛を見つめた。

 近衛が防戦一方になり必死に耐えているのを見た弓使いの頬に涙がこぼれた。


 怪我を負っているにも関わらず、盗人は疲労を見させることなく攻め続ける。素早さで劣った近衛は何度か牽制に薙ぎ払いを行うが、盗人の攻撃の手は緩まない。

「ぬぅ……」

 近衛は盗人の隙を防戦になりながらも探し続けた。走ってきた盗人から斬り込まれ、反撃に斬り返すが回避、の繰り返し…。

 すると近衛は、盗人が突撃、回避の一定行動しかとっていないのに気付いた。そして近衛は懐に右手を入れた。

「我を打ち負かした盗人よ!ここで決着といこうではないか!」

 そう言いながらも、斬撃を受け止めた近衛は、片手で長刀を薙ぎ払う。近衛の予想通り、盗人は回避しつつ後退。ここで近衛は突進し、振りかぶる。盗人が受けようとするが、お構いなしに近衛は左手で持つ長刀を投げつけた。

「その程度か」

 盗人は冷たい声を発しながら長刀を右に避け、がら空きの近衛に反撃しようとした。

 けれど、近衛の攻撃はまだ終わっていなかった。

 近衛は右手に持っていたある物を盗人に投げつける。そのある物とは、手の平程の小さな小瓶。小瓶は回転しながら盗人の顔目掛けて飛んでいく。

 一応右手を警戒していた盗人は、小瓶を刀で叩き切る。すると、小瓶が割れ、中に入っていた粉末が盗人の顔に降りかかった。

 この小瓶は近衛が以前の戦闘で盗人にされたことを真似て作ったもの。小瓶にはいっぱいの砂が詰め込まれている。先程まで目を開ききっていた盗人は目に砂粒が入り、激しい痛みを感じた。

 流石にここまで予想していなかった盗人は目元を手で隠し、後退する。

 近衛は、地面に突き刺さった長刀を掴むと、追い打ちをかけるべく走りだした。盗人はまだ目に手を当てて、防御はしていない。

「覚悟ぉー!!」

 盗人の腹目掛けて近衛が斬り込む。あと少しで触れる、といった時に盗人の手が退けられ、近衛と視線が繋がる───

 その後、近衛が見たのは、ただの地面だった。

 今の状況を読めずも、近衛は消えた盗人を探した。

「あと二人…」

 近衛が背後からその声を聞いた時には、既に斬られていた。

 盗人の顔に血が付くが、その顔に感情の揺れは一切見られない。

「よくも…よくも近衛を!」

 近衛が倒れるのを見ていた長衛が、弓使いの止血を止めて盗人を睨みつける。顔は怒りで赤く染まり、細身ながらも大きな体は震えていた。ゆっくりと手で三本の矢を掴むとそれらを弓につがえる。

「近衛から離れよ!汚らわしき盗人!」

 勢い良く射出された三本の矢は、弧を描いて盗人へ降り注いだ。盗人は避けることもなく、それら全てをほぼ同時に弾いた。そして盗人はこれで終わりか、と言わんばかりに長衛を見つめた。

 自分の攻撃を完全に防がれ、長衛は弓を捨てて腰に帯びた刀を抜く。

「近衛、今そっちにいくぞ…」

 誰にも聞こえないような小声でそう囁くと、刀を胸の前で構える。

「用心棒、下風長衛、いざ参る!」

 刀を腰まで落とし走り出す長衛は、どこか悲しく見えた。喊声を発しながら突撃し、盗人を前にすると上段に構える。この間、やはり盗人は一歩も動くことは無かった。

「せやーーーーっっ!!」

 長衛の発声と共に刀が振り下ろされる。刀が加速して近づく中、ここでようやく盗人は足を動かした。

「残るは本命…」

 盗人のその声が聞こえた時にはもう長衛の右腕は切断されていた。切断面から大量の血が流れ出し、長衛は地に膝をつける。刀から手を離して切断面を抑える長衛を、盗人は無慈悲に蹴り飛ばし、弓使いに顔を向ける。

 弓使いは既に立ち上がり、弓矢を構えていた。

「逃げなかったことはぁ、褒めてやるよ」

 無表情だった盗人に狂気的な笑みが再び戻る。

「貴方に褒められるぐらいなら死んでやりますよ」

 弓使いが照準を合わせ、矢が放たれる。高速の矢にかかわらずも関わらず、盗人は踏み込み、矢を弾き飛ばした。

「もっと強いのだせよ…風北ぁ!」

 盗人の挑発的な言葉を無視し、弓使いは矢を二本取り出すと、そのまま二本ともつがえた。

「二本でやっるてか?!いいぜぇ、撃ち落としてやるよ…」

 盗人がニヤつき少し舌を出した。その光景にイラつきながらも冷静に狙いを定める。

 そして、再び二本の矢は盗人に向かって放たれた。二本は空中で分かれるも、勢いを落とすことなく飛んだ。

 盗人は何の躊躇もなく二本の矢の迎撃を行う。一本目を水平斬りで弾くと、盗人の腕が有り得ない程速く動き、二本目を斬り上げで無効化した。

 あの人間は化け物であったか。

 そう直感的に思った弓使いは筒に入った矢に手をかざす。

 しかし、指に矢が触れることは無かった。

 驚いて背後を確認した弓使いの目に見えたのは、空の筒であった。

「もう無くなったのか」

 顔をしかめた弓使いを見て盗人は笑い出した。

「ふははははは!その様子だと矢は尽きたみたいだなぁ。万策尽きたってか!?はははははは!」

「まだ終わってはいない…」

 弓使いは苦し紛れに細剣を抜く。

「ははははははぁはぁ………無理なのを承知で抗うか…」

 盗人は笑いを止めて目を閉じる。

「なら散れ、風北」

 目を極限まで開き、前傾姿勢になった盗人は地面を蹴りだす。

 父上…どうか…私に力を───

 弓使いは右手に持った刀を強く握りしめる。

 そんな時、焦る弓使いの視界の中で、盗人の他に動く者が映った。

「まだ終わってはおらんぞーーーーーっ!」

 怒号と共に、盗人の背後に長衛が飛び出す。盗人は弓使いだけに集中していた為、驚愕の顔を見せる。

 上段から繰り出された斬撃を、盗人は頭の上で受ける。長身の長衛が上から盗人を押さえつけるような形で二人は拮抗する。

「我も隻腕なれど、その状態では我に分があろう!」

 実際、盗人は背中を地に見せている状況。不意打ちを食らった盗人が不利なのは明らかであった。それでも盗人は苦しむ表情を見せない。

「お前が俺に勝ちたいなら、もう一策持って来い!」

 叫んだ盗人は長衛を凝視する。眼が合った長衛は一瞬体が強張り、その隙に刀が弾かれた。

「無駄死にだったな」

 刀を顔に向けられたにも関わらず、長衛はニヤつく。

「この世に起きる全てのことに、無駄など無いのだぞ、愚か者」

「なんだと」

 首を傾げた盗人に突然風が吹きつけた。

 思い出したかの様に盗人は振り返る。

 振り返った盗人の眼に映ったのは、大岩の上で弓を構える風北だった。

 けれどその弓には先程までとは違い、父の形見の細剣がつがえられていた。

「我が父の仇よ、今こそ決別の時」

 弓が最大限まで引かれ、照準が合わせられる。細められた眼が、盗人の動きを正確に補足する。

 盗人は叫びを上げながら距離を詰めた。その顔にはもう余裕は見られなかった。

「来いやー!『お前ら』の最高を、この手で打ち砕いてやる!希望さえも盗むのが、盗人じゃぁーーー!!」

 冷静に風北は盗人の心臓に狙いを定めると、目を見開いた。

「勝機の風は来たれり──穿て、我が一撃よっ!」

 風北の手から細剣が離れる。細剣は吹き荒れる風を追い風にし、倍以上に加速していく。速くなる細剣は全くぶれることなく一直線に飛んで行った。

 神風の如き一撃を盗人は下段斬りで迎撃する。風北の戦力に対して、自分の全力でぶつかったのだ。

「はぁーーーーー!!」

 細剣と刀が接触し、火花が散る。僅かに盗人の力が上回り、刀が上がりかける。そして────

 パキッ

 その音と同時にひびが入ったのは、刀だった。盗人が驚くよりも速く刀が木端微塵に砕け散り、速度を落とさないまま盗人の体を細剣が貫通していった。

 それでも盗人は一歩踏み出したが、崩れて地面に倒れた。

「まだ…まだ…」

 地を這いつくばる盗人を通り過ぎ、突き刺さった細剣を抜き取る。そして再び盗人の前に移動し、行く手を塞いだ。

 目の前に立つ風北を憎むような眼で見つめる盗人に対し、風北は冷たい眼で見返した。

「これで終わりです」

 風北が細剣を盗人の首に突き刺す。盗人は大量の血を吐きながら激しく苦しんだが、ものの数秒で動かなくなった。

 死んだことを確認すると、風北は細剣を鞘に納め、下風兄弟の元へ走りだした。

 風北が下風兄弟の元に着くと、倒れる近衛の傍に長衛がじっと座っていた。

「こいつも、風北殿のお役に立てて嬉しいと思いますよ」

 俯く長衛に風北は質問をする。

「悲しくないのですか…」

「…そのようなこと思った所で、近衛は帰りませぬよ」

 返ってきた長衛の声は震えていた。長衛は近衛の大きな手を額に近付け、涙を流した。

 これ以上話しかけるのは無用と考えた風北は、出口へと歩き出す。

「風北殿、近衛と一緒に…屋敷に戻ってもよろしいでしょうか」

「…好きにして下さい」

 風北は振り返らずにそのまま歩き続ける。視界に盗人の亡き骸が映り、ふと疑問に感じた風北は立ち止まる。

「終盤のこの人からは今までとは違う、狂気と殺気を感じた。あれは剥面という盗人からも同じようなものを感じたが…盗人の末はあのようになってしまうのだろか?」

 もう一度盗人を見るが、やはり違和感を覚えた風北は考える。一瞬何かに気付いたような顔になったが、すぐに首を振った。

「杞憂であるな…」

 風北はそう小声で呟き歩き出そうとするが、思い出したかの様に細剣を抜いた。

「父上…仇、討ちましたよ」

 細剣を笑顔で満月に照らす。しばらくして、細剣を戻すと、今度こそ歩き出す。

「それじゃ、さっさと戻るか…」

 そう自分に言い、風北は盗人の隠れ家を出て行った……

                                         お終い

どーもこんにちわ。自称厨二病のフクロウowlです。この物語を楽しんでいただけたなら嬉しいです。できれば感想をいただけるとありがたいです。

さて、物語についてですが、風北君が仇を討ったエンドにしました。もう一つないでもありませんが、それはご希望次第、ということで(おこがましい気もしますが)。

あと最後の所だけ雑な解説を。

盗人が、避けられるはずの矢を敢えて迎撃した理由については、彼が言っていた通り、風北君の仇をうてるという希望を踏みにじりたかったからなんですね。全てを奪った上で風北君を倒す。彼の残酷な考え方です。結果刀が先に折れてしまい、身を滅ぼしたという結末になった訳ですが。

そういえば、最後に風北君がいろいろ言ってましたが、あれは何を意味するのか。もし続編かけたら嬉しいです。

私としても、ちゃんとした一発作品(今の所)がこれだけなので、文の書き方が手探りなところはありますが、そこも含めて感想を貰えると嬉しいです!

質問があればどしどし下さい。よろしくおねがいしまーす。

それにしても新型コロナウイルスは怖いですね。外に出るのも怖い怖い。家でひっそりと暮らさねば…。皆さんもお体に気を付けてお過ごしください。

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