サクヤの魔法
イワナガの屋敷に集まった一同はミーナのお礼が済んだので一度解散した。
ミーナは屋敷の中をエミリーとカーラの後に付いて歩いていた。
「次はどこに行くの?」
「サクヤ姫の部屋よ。ドワーフの里に持っていくお土産の相談に行くの。」
部屋に入ると、相変わらずジェシカと一緒にお酒の整理(試飲)をしていた。
「エミリー、よかったな!ドワーフの里まで行けるみたいじゃねーか。その娘がドワーフの使者か?」
「あら、ジェシカ、なんで知ってるのよ。さっきイワナガ姫に会ったばかりなのに?」
「御庭番からの報告を一緒に聞いたのさ。それで多分、お土産を決めにここにくるだろーって思って待ってたのさ。」
ジェシカは気分良さそうにそう言った。
「ドワーフはどんなお酒が好きなのかしら?」
「基本、大酒飲みだからなー。アルコールの高いのが好きだと思うぞ。」
ジェシカは自分のかわいいグラスに口をつけながら答えた。
「ミーナ、ドワーフの女子もみんな大酒飲みなの?」
「そんな事はないよ。ペネロペはまあ飲む方だけど、男のように酒が飲めるのがエライってわけじゃないし。私は付き合い程度にしか飲まないよ。」
「まあ、ドワーフの付き合い程度っていうのは信用できないけどな。」
ジェシカが言うとサクヤがみんなのグラスを持ってきた。
グラスはすでに満たされていたので頼んでいたお土産用のサンプルなのだろう。
グラスはやや大きなもので受け取ると、よく冷えている。
グラスの中では黄金色の液体が細か気泡を出していて、その気泡はグラスの上の白い泡に吸い込まれていた。
「これはエール?」
ミーナが尋ねる。
「いいえ、これはラガーの生よ。」
サクヤが答える。
「ラガーのナマって何?」
エミリーが聞いた。
「美味いビールってやつさ!」
ジェシカが笑顔で答える。
「やっぱり乾杯の一杯はこれかと思うの。かんぱ〜い!」
サクヤはそう言ってグラスをあげた。
その声でみんなグラスのビールを飲んだ。
「これはエールより苦いのにすっきりした飲み口だね。だけど喉にグッとくる感じがいいよ!飲みやすいのに飲みごたえがある。」
ミーナはグラスを一気に開けて感想を言った。
「えー?これ飲みやすいの?苦くてあんまり好きじゃないかも。ねえ、カーラはどう?」
「・・・全然美味しくない・・・」
カーラは渋い顔をしていた。
「うーん、カーラはお酒が好きじゃないからしょうがないわね。でもエミリーさんはもっと美味しく飲める方法があるわよ、ね、ミーナさん!」
急に話を振られたミーナだったが、思い当たることがあるらしい。
「ああ、なるほど。確かにこのラガーの生なら美味しく飲めそうだね。」
★☆★☆★☆
一時間後、エミリー達は訓練場で息を切らしていた。
エミリーはカーラと魔法の模擬戦を行ったのだ。
少し離れた場所ではライアンがミーナに稽古をつけてもらっていた。
ミーナが魔導具として大剣を振るうと相手にならないため、ミーナは腕力だけで相手をしていた。
それでもミーナの実力は圧倒的だった。
イワナガから剣の修行を受けているライアンの技も相当なものなのだが、この豪剣には全く敵わない。
エミリーとカーラはもちろん変身している。
カーラは魔法少女を気に入っているので当然なのだけれど、エミリーも攻撃魔法を使う時には軽い興奮状態のエミリーピンクの方が出しやすいのだった。
「エアショット!」
エミリーはステッキから空気の弾を放った。
弾速の速いエアショットを移動しながら撃つ。
魔力コントロールの上手いカーラには接近戦では分が悪い。
エミリーの攻撃は隙が多いのだ。
カーラは炎の盾を展開してガードしながら距離を詰めようとする。
「ファイヤボール!」
動き回るエミリーに牽制の火の玉を打つ。
そのまま動きの鈍ったエミリーに向かう。
「!!」
ガードしたエアショットの後ろから別の魔弾が迫ってくる。
カーラは咄嗟にメイスでその魔弾を弾いた。
カーラのメイスは攻撃力強化の付与がある。弾いた魔弾は消滅した。
すぐにその先にいるはずのエミリーを探す。
『いない?』
「やああっ!」
ステッキに魔力を纏わせたマジックソードを振りかぶったエミリーが左に見えた。
『!!!』
回避も攻撃も間に合わないと感じてマジックソードを防御すべくメイスを構え目をつぶった。
ドンッ!
「ああっ?!」
ザンッ!
ドサッ。
目を開けるとマジックソードが地面に刺さっていた。
しかしそれは1メートルくらい離れた場所に、だ。
側でエミリーがお腹を押さえて倒れていた。
押さえているところは少し焦げているようだ。
「うう、アースクリエイト!」
エミリーはうめきながら、ステッキを地面に当てた。
ザザザー
土の壁が地面から出現した。
「うう、いたた・・・ジャンプ!」
壁の向こうでエミリーはまた距離をとったようだ。
「へえ、カーラは追跡弾が使えるよーになったんだな。」
「エミリーさんの時間差攻撃もなかなか良かったわよ。」
「あのう、二人とも基本的に優しい女神だと思うんですけど、どこでこんな魔法や闘い方を覚えてくるんでしょうか?」
「最近は部屋に戻ると魔法少女の映像を観てるです。見終わったものはカーラに貸してるです。」
「ふふふ、では必殺技を見れる日も近そうですね。どんな技になるのか楽しみだわ。ジェシカも神撃以外を考えておかないとダメよ。」
「なっ?そーゆーサクヤはどーなんだよ?」
「抜かりはないわ。今はカッコいい名前を考えているの!」
「そんなん誰に使うんだよー!武闘会でも開くつもりか?」
「あら、それもいいわ!いい事言うわね、ジェシカ!でもアマテラス様が降臨したのよ?」
「む・・・」
ジェシカはグラスのビールを飲むと、またエミリー達の方に視線を戻した。
本当に一体何と闘うつもりなのだろう?
ただの神の戯れなのだろうか?
リーは楽しそうに話をしている女神達を見ながらそう思うと少しだけ背筋が寒くなった。
「あ、危なかったわ。エミリーが接近してくるなんて思わなかったし。あ、でもミーナの剣を軽く避けてたわね?」
「もう治ってる!流石はサクヤ姫の作った衣装ね。それにしてもあの追尾弾?はいつ撃ったのかしら?私のバレットと同じように無詠唱でファイヤボールに混ぜて撃った?」
「キャノンショット!」
先に動いたのはエミリーだった。
ステッキからエアショットより遥かに速い魔弾が発射された。
カーラはその場から動かず、移動するエミリーに狙いをつける。
「キャノンボール!」
右手からスイカほどの大きさの火の玉がキャノンショットと同等のスピードで放たれた。
すぐにメイスを右手に持つと、迫ってくる魔弾を撃ち返した。
跳ね返ったキャノンショットは綺麗な弧を描いて飛んでいった。
エミリーも迫り来るキャノンボールを待っていた。
「リバースショット!」
キャノンボールはボテっと地面に転がると消滅した。
「・・・・」
相変わらずエミリーの魔力コントロールはイマイチだった。
「エミリー様は魔力も魔法イメージもカーラ様よりずっと上なのに・・・魔力コントロールって重要なんですね。」
「そーだなぁ、エミリーの魔力はデカ過ぎて、ステッキとブレスレットがねーと魔法が発動しねーんだよなー。」
「魔力コントロールがもう少しできるようになると、ステッキの負担が軽くなるから、魔石を外してもっと強い魔法が使えるようになるんだけどね。」
「実際、エミリー様は今どのくらいの魔法が使えるんですか?」
「ステッキの耐久力だけなら魔石を一個はずせるですよ。魔力はざっと5倍くらいアップするです。」
「じゃあ、魔石は7個付いているから全部外したら35倍ってことですか?」
「リーよ、そうではない。魔石が御する魔力は一個ずつ違うんじゃ。それに三つは初めから付いていて外れんようじゃし。わしの見立てでは元のブレスレットに戻ると、少なく見てもいまの1000倍の魔力が解放されるじゃろうて。」
「せ、1000倍?そんなに!」
「1000倍あっても大したことねーんだ、リー。あたい等より全然下なんだから。」
「そうよ、リー。重要なのはブレスレットが抑えているのはエミリーさんの潜在能力の99%以上って事なの。」
「・・・?ちょっと何を言っているのか解らないのですが??」
「本気のエミリーは一番弱い魔法のウィンドボール一発でこの世界・・・つまりこの星を壊せるです。そういう力を持ってるですよ。」
「せ、世界を壊せるって、それは魔王の力と同じ・・・?」
「まあ、その魔王サマは、今はそろそろ魔力切れだけどな。」
ジェシカの言うようにエミリーはもちろん、カーラもヘロヘロになっているようだった。
★☆★☆★☆
「はい、どうぞ!」
サクヤからわたされたのは、ポーションでも神酒でもなく、キンキンに冷えたビールだった。
ミーナはグラスを受け取ると、グイっと一気に飲み干した。
「プハーッ、美味い!」
グラスを置いたミーナは満足げな顔でエミリー達を見た。
エミリーは少しの間グラスのビールを眺めていたが、ミーナを真似て同じように一気に飲み干した。
「美味しい!」
汗をかいて熱くなった身体と冷たいビールとの相性は抜群だ。
喉を通る時の僅かな抵抗は心地よく、飲んだ後の苦味も嫌な感じはなく、むしろ爽やかですらある。
「これがラガーの生・・・」
サクヤはニッコリ笑い、ジェシカはどうだとばかりに頷いている。
カーラはやはり渋い顔をしてほとんど残していた。
カーラにはまだ早いようだ。
「サクヤ様、お願いがあるのだけれど。」
カーラがサクヤに尋ねた。
「なあに?ビールのことではなさそうね。」
サクヤは笑って答える。
「ちょっと来て、これを見てほしいの。」
そういうと、カーラはサクヤをミーナのところに連れてきた。
「サクヤ様、ミーナのこの手を治してあげてほしいの。」
カーラはミーナの右手を取るとサクヤの前に出した。
サクヤはミーナの手に軽く触れると、
「お安い御用よ。」と言った。
ミーナの右手は異常とも言える大剣の鍛錬のために指も手首も何度も壊れていた。その度に魔法で治していたが、ついに右手は大剣を操るに最適な形へと変形したまま、元に戻らなくなってしまっていた。
少女の姿にはあまりにも似つかわしくない、異形の右手。
よく見ると左手も右手ほどではないが変形して骨太の指になっていた。
「き、気持ちはありがたいけど、このままでいいよ。これは勲章みたいなものなんだ。私は物を作る才能が無くて工房ではお荷物だから。剣を振って冒険者に選ばれた事は私の誇りなんだよ!工房のみんなだって、職人だから作業にあった身体になっているんだよ。それは職人にとって勲章なんだ!私だけ綺麗な手になるなんてできないよ!」
ミーナは自分の手を見て、嬉しいとも悲しいとも言えない何とも複雑な顔をしていた。
「全く頑固な娘ね!女神の私が治してあげるって言ってるのに!でもあなたの気持ちもわかるわ。ペネロペを呼んでちょうだい!彼女がいいって言ったら治すのよ!いいわね?」
ミーナの意見も聞かず、カーラは話を進めていった。
魔法少女のカーラには普段にはない謎のオーラが出ている。
ミーナはその気持ちに押されるように、鏡を出してペネロペを呼んだ。
「はじめまして、ペネロペさん。私は黒闇天カーララートリー。ちょっとお願いがあるのだけど聞いてくれるかしら?」
「何?」
「話はミーナの手のことよ!私はこの娘の手を治してあげたいの。でもこの娘はこの傷だらけの手は勲章だから治さないっていうの!私はね、勲章ならそこにある大剣がそれだと思うのよ!それはミーナにしか扱えないんでしょ?」
「ミーナの手が綺麗になるのは私も嬉しい。私からも頼む。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!綺麗になったら大剣を持てなくなっちゃうよ!それじゃあ、私の居場所がなくなっちゃうよ!」
「あら、大丈夫よ。綺麗になってもあなたの手の形と記憶は無くならないから。任せてちょうだい!」
サクヤはニッコリ笑ってミーナを見た。
「このような奇跡、工房を代表して感謝する。本当に、本当にありがとうございます。」
ペネロペが頭を下げてお礼をしている。
「え?ペネロペ、泣いてる?それにそんな丁寧なお礼初めて聞いたよ?」
ミーナがビックリしてペネロペを見た。
「泣いてない。お礼をするのは当たり前。」
「任せてちょうだい!急に呼び出して悪かったわね。ありがとう、ペネロペさん。」
「黒闇天カーララートリー様、女神サクヤ様、ミーナの事、よろしくお願いします。」
ペネロペはもう一度頭を下げた。
画像が切れる時、頭を上げるペネロペの目には涙が溢れていた。
「決まりね!ペネロペも賛成してくれたんだから問題ないわね!」
「ペネロペが泣くなんて・・・それに頭を下げるところなんて初めて見たよ。」
ミーナは驚いていた。
「ペネロペはあなたの事がとても大切なのね。カーラのお願いだから特別に最高の魔法をと思っていたけど、ペネロペの涙を見たら最上級の治癒魔法を使わないと釣り合わないわ。」
サクヤは空間魔法でいくつかの瓶を取り出すと、その内の二つに呪文を唱えた。
「ミーナ、この瓶に手を入れて。少ししたらスッキリするからそうしたら手を抜いてね。左右で時間が違うからスッキリした順に手を抜いてちょうだいね。」
ミーナは言われるまま、二つの瓶に手を入れた。
しばらくして、左手、右手の順に瓶から手を抜いた。
手はスッキリしていたが、特に見た目で変わったところは見られない。
サクヤがその瓶から少し液体を取り出し呪文を唱えると、少し濁った緑色だった液体は綺麗な透明な液体に変わった。
サクヤは右手、左手それぞれに作った魔法液をミーナの手に擦り込むように塗っていった。
「サクヤ姫、その魔法液は?」
「これはミーナの手の記憶を持った魔法液よ。」
「手の記憶・・・」
「そう、成功、失敗、会心の一撃、それぞれの動きやそれに伴う痛みや傷なんかも全部取り出して魔術式に変換したものよ。」
「魔術式を液体に・・・それって治癒魔法で解析した魔術式をさらに別魔法の魔術式で書き直してるって事ですよね!」
「そう、流石は魔法神ね。その通り!ウンディーネの力で完成した液体の魔法陣なの。だからこのままだと蒸発して無くなってしまうから・・・」
そう言ってサクヤは両手のひらを上に向けた。
「女神木花咲耶姫命の名において、ミーナの両腕に超完全回復と記憶の継承を、そしてその新しい腕に祈りの力を与える!」
サクヤの手のひらが輝きその光がミーナの両腕を包んだ。
ミーナが見つめる先には細く真っ直ぐに伸びた綺麗な指の(かつての面影はかけらもない)美しい手があった。
「綺麗・・・」
「ミーナ、振ってみてよ。」
カーラがいう。横にいるライアンが大剣を渡す。
「うん!」
細い指の少女には不釣り合いな大剣は片手で軽々と持ち上げられた。
ミーナの顔が一気に赤く染まった!
「あはっ!あははっ!」
弾けるような笑顔で大剣を振るう少女がいた。
周りには嵐のような暴風が吹き荒れている。
エミリーはその風をステッキで軽くいなしながら、嬉しそうに舞い続ける少女を見ていた。
「ちょっと頑張りすぎたかしら?」
エミリーの後ろに避難している女神達の中でサクヤはペロッと舌を出した。




