ドワーフの大剣
再開しました。不定期ですが少しずつ進んでいきます。
ドサっという大きな音がした。
ミーナがリュックを降ろした音だった。
ミーナはリュックを開けると中からあり得ないほど大きな剣を取り出した。
というか大きなリュックよりさら大きな剣だ。
一体どうやって入っていたのだろう。
「あれは魔導袋なんだわ!」
エミリーが言う。
「これが魔導袋かどうかはどうでもいい!私はまだピチピチの35歳だぁ!おばさんじゃない!!」
ミーナは自分の体よりはるかに大きな大剣を軽々と振り回しながらエミリー目掛けて突っ込んできた。
大剣はその重量から一撃必殺の武器だ。
威力は高いが動きは遅くなるのが普通だ。
しかしミーナは大剣を文字通り振り回していた。
その威力たるやカーラを守ろうと剣を抜いたライアンを一太刀で吹っ飛ばした事でもよくわかる。
その剣は振るう度に風を起こしていたが、闇雲に振っているわけではなくその風に剣を乗せる事でより速く、より強くなっているようだった。
ミーナは風の魔術士のようだ。
エミリーはミーナの素早く重い剣をあっさりと躱していた。
ミーナも当てる気などはなかったのだろう。
そのうちエミリーは避ける事をやめてしまった。
「!?」
ミーナの顔に驚きの表情が浮かんだ。
剣はわずかな殺気を纏った。
剣筋はより速く鋭くなったが、エミリーは相変わらずあっさりとその剣を躱していた。
「何故?何故当たらない?・・・剣筋が見えている?」
大剣の動きはトリッキーで予想もしないところから剣が襲ってくるのだから、ミーナが驚くのも無理はない。
他の者も皆ポカンとしている。シルフは例外でのんびりヒゲの手入れをしている。
普通ならこんなデタラメな動きを躱す事は出来ない。
そもそもこんな動きが出来ることが間違ってるのだ。
大剣の加速するエネルギーに対してミーナの体は小さすぎる。
自分が吹っ飛んでしまうほどの荒々しい力なのだ。
それなのにミーナは巨大な力が手首を粉々にするような無茶な動きの大剣を、まるでステッキでも振ってるかのように変幻自在に操っていた。
大剣の起こす風が強くなってくると、エミリーはステッキを出して軽く振りはじめた。
すると巻き起こる風はそよ風のように大人しくなり、同時に大剣の動きも鈍くなった。
エミリーはステッキをスウーッと流れるように動かし頭の上に振り下ろされた大剣の剣先に軽く当てた。
大剣はエミリーの右に逸れてゆっくりと地面に刺さった。
「さあ、お茶の準備が出来たわ。向こうで少しお話しましょう。」
エミリーがニッコリ言うとミーナはうなずくより他なかった。
キャンディがポットから温かいコーヒーをみんなに注いだ。
テーブルには甘いクッキーやフルーツのほか、パンケーキも置いてある。
「朝ごはんまだでしたから。」
みんなは朝食を取っていたがキャンディとルークは朝のお参りからこの森にいるのだった。
ぐうー。
ミーナのお腹が鳴った。
そういえば彼女も朝倒れてから何も食べていない。おまけにあの大剣を振り回していたのだから、ずいぶん腹ぺこだろう。
「挨拶は後にして、まずはいただきましょう!」
エミリーが言うとみんなはそれぞれの神様に祈りを捧げ、思い思いの食べ物に手を伸ばした。
ミーナは少し周りを見てから恥ずかしそうに近くにあったパンケーキを皿に取ったのだった。
「私はね、イワナガ様のところにお参りに行く途中なの。」
お腹が満たされたミーナが旅の目的を答えた。
イワナガはその昔、ドワーフの里を訪ねた際、ドワーフの女性の地位が低い事を憂い、女性達と新しい魔導具の開発をしたのだという。
エルフの血の影響でドワーフの女性は魔法や魔術に優れた者が多かった。
イワナガと一緒に魔導具を作った女性たちは、その後独立してその魔力を生かした女性だけの工房を作る事になる。
彼女達しか作れない魔導具の数々が女性の地位を向上させていった。
「イワナガ様は私達にとって、神様も同然!私達の先祖はいつの日かお参りに行こうとずっと願っていたの。でも前の世界では人間が多くて外に出ることが出来なくて。」
「あなた、もしかして歩いてここまで来たの?あの大きな荷物を持って?」
カーラが不思議そうに尋ねる。
ライアンが吹っ飛ばされた事にはもう怒っていないようだ。
「そうよ!新しい魔導具のテストも兼ねてたからこの旅は丁度よかったわ。」
ミーナはそう言って大きな魔導袋から薄くて四角い石版のようなものを取り出した。
石版の真ん中には鏡が付いている。
「これがその新しい魔導具なの?」
エミリーが尋ねる。
「そうよ!これがあれば遠くにいても自分のことを知らせることが出来るのよ!」
そう言ってミーナは鏡を軽く撫でるように触った。
するとミーナを映していた鏡は水のようにゆらゆらと揺らめいた。
しばらくして揺らぎが収まると、そこには別の少女が映っていた。
「おはよう、ペネロペ。ちょっと寝ちゃったから遅くなっちゃった。」
ミーナが鏡の中の少女–ペネロペ–に話しかけた。
ペネロペはじーっとミーナを見ていたが、やがて一言「負けた?」と言った。
「な?な?何でそれを?こ、こ、これには深い訳が・・・」
「魔力を込めたドワーフの大剣で?」
ペネロペは無表情で、その話し方は静かだったが不思議な迫力があった。
「ねえ、聞いて?それは仕方ないというか・・・」
「目的はイワナガ様。怪我もないし、剣の魔力もその森ならすぐ回復。」
ペネロペはまたじーっとミーナを見た。
「わかったよ。魔力が溜まったらすぐ行くよ。」
「ん。」
鏡の中のペネロペは短く言うと姿を消した。
「なるほど、それは映像も送れる通信の魔導具なのね。新しい魔導具って言ってたけど誰が作ったのかしら?」
「これを作ったのは今見たペネロペなんだよ。ペネロペは私達の工房のリーダーで、この旅を計画したドワーフの長老議会の最年少議員なんだ。」
エミリーの質問にミーナが答えた。
しばらくは新しい魔導具や長老ペネロペについての話が弾んだ。
ミーナが所属する工房はイワナガ由来の女性だけの工房、つまり魔力を生かした製品=魔導具を生み出す場所だった。
ペネロペはまだ50歳と若かったが(年齢を聞いた時エミリーとカーラは下を向いて黙っていた)、新しい魔導具を作り出す事が出来る天才職人だった。
ペネロペが長老の地位にいるのはその才能のおかげなのだそうだ。
200年前に人間世界が滅んだ事はドワーフの里でも話題になった。
里の外に出る者もいたが、破壊された世界には気になるようなものはほとんど無かった。
それでも今まで閉ざされていた外の世界に行くという欲求は強かった。
力自慢で酒好きなドワーフ達は昔から冒険に出ては、見てきたものや新しく発見したものを夜な夜な酒場で自慢した。そしてその自慢話で喧嘩になる事もしょっちゅうだったようだ。
人間世界が滅んだ事で冒険出来る範囲がグッと広がったので長老達は冒険者を選抜する事にした。
外にどれだけの危険があるか分からなかったし、公式にすれば無駄な喧嘩も起きないだろうと考えたからだ。
ドワーフは力自慢だから、冒険者選びは当然のように力比べ大会になった。
選手は工房から選ばれ、各工房は選手のために武器を作って応援した。
本来武器はなんでもいいのだが一撃必殺の大剣が好まれた。
「え?斧じゃないの?」
思わずエミリーが聞いた。
「斧は森で作業するときの仕事道具だよ?そりゃあたまたま獣に襲われた時なんかは武器にするけどさ。戦う時は剣や弓だって使うよ。でもこれは儀式みたいなものだから、派手な大剣がいいんだよ。印象に残るだろう?」
ミーナは笑って答えた。
ペネロペが工房のリーダーになるまで、女性の魔導具工房から冒険者が出る事はなかった。
そう、ミーナは選抜された冒険者なのだ。
女性達は冒険でイワナガ様のいるエルフの森を望んだが、男達はエルフの女王であるイワナガなど会いたくも知りたくもなかった。
ペネロペは長老議会に入ると、幾度となくエルフの森への冒険を提案したが、冒険者が同意する事はなかった。
ドワーフの女性も人やエルフよりは遥かに力持ちではあったが、ドワーフの男達には敵わなかったので、女性の冒険者はこれまで一度も選抜されなかった。
ミーナには他のドワーフとは違う点があった。それは彼女が風の魔術に長けている事だった。
ミーナは土属性の才能が少なかったので工房勤めには本来向かないはずだった。
ペネロペはミーナの才能に気づき、自分の工房に入れた。そして大会選手にすると、風魔法の魔法陣を刻んだ大剣を作り、練習を繰り返した。
自在に大剣を操るために、ペネロペは寝る間を惜しんで魔法陣と呪文を何度も何度も改良し、ミーナは腕が壊れるほど練習したのだ。
二人が大会で優勝し、冒険者の地位を勝ち取った時、二人を馬鹿にしたり妬んだりするものはいなかった。
げっそり痩せたペネロペの顔には深いクマができ、ミーナの両手はもう剣しか握れないかのようにボロボロに変形していた。
職人集団のドワーフは才能の素晴らしさと努力の偉大さを知っている。
二人が冒険の目的地をイワナガのいるエルフの森に決めた時、反対するものは誰もいなかった。
女性工房初の冒険者誕生の祝いは、里全体を巻き込んだこれまでにないほど明るく楽しげな宴だったという。




