古酒
「お酒って、何でもいいの?ジョーンズさん!」
カーラは興奮気味に聞いた。
「カーラ様、私も実際に見たわけではありませんが、旧世界ではバニラ成分を工場で専用のアルコールから作っていたそうです。今はその工場もアルコールもありませんが、一部のお酒にはバニラの香りがする物があるそうです。昔の科学者が調べたところ確かにバニラ成分が入っていたと。」
「一部のって事は何でもいいわけじゃないのね。まあ、いいわ。じゃ、じゃあ、チュウシュツってどうすればいいの!」
「カーラ様、残念ながら私にはそういった知識や技術はありませんので、わかりません。しかし酒の職人ならいい知恵を持っているのではないかと思います。お役に立てず申し訳ございません。」
ジョーンズは申し訳なさそうに言った。
「そんなことないわ!すごく役に立ったわ!お酒の専門家はとても身近にいるもの!職人はリー姉さんとエミリーに相談ね!大丈夫、だって物凄いお酒が好きなんでしょう?彼らは!」
★☆★☆★☆
その日の午前中、エミリーとリーは屋敷にいた。
いつもは森に行ってポーション以外にも役に立ちそうな薬草を探しに森を探索していたが、今日は行商人が来ると言うので残っていたのだった。
やがてライアンとカーラが特別に許可されたという行商人を連れて屋敷にやってきた。
広間に通された行商人達はイワナガの前で緊張しているようだった。
イワナガからエルフの存在と魔導具を受け取った行商人達は魔法の存在も同時に知らされていたが女神の存在はまだ伏せているようだった。
エミリーは魔法力に優れた少女で今は魔法薬と魔導具の研究をしていると紹介された。
ちなみにカーラはライアンの婚約者として紹介されているようで、ライアンの横で大人しくしていた。
エミリーには行商人が持ってきた商品で気になるような物は特になかったので、魔法がどれくらい認知されているか尋ねてみた。
行商人達の答えは大体同じようなもので、初めは一部の人間(主に村の有力者)くらいしか魔法の事はわかってないようだった。これは魔石を持っている人間がそれだけ少ない事を意味していた。
しかし、すぐに魔石の噂は広まり今では多くの人が魔石に触れると自分の魔力が分かる事を知っていた。
ただ残念な事に、魔力の高い人間はほとんどいないため自分で魔法を発現できるものはいないようだった。
「そう、みんなが魔法を使えるようになるにはもう少しかかりそうね。」
エミリーは少しガッカリした。
「エミリー様、そんなにガッカリしないでください。まだ魔力感知がうまくできないだけですから。魔力を感じれば自然に使えるようになるはずです!」
リーが落ち込んだエミリーを慰めてくれた。
「エミリーよ、いい案がある。お主の力で特別な魔石をいくつか作るがよい。それをこの行商人たちに渡し、行く村々でそれを祀ってもらうのだ。魔法神への信仰が強くなれば、魔力はそれに反応する事だろう。それと魔法神の本尊の場所も伝えてもらうといい。熱心な信徒は森に詣るであろうよ。」
イワナガはエミリーに提案しながら行商人達を見た。
すると行商人達は必ず仰せの通りに致しますと口々に言うのだった。
全くイワナガはどれだけ女王様なのだろうとエミリーとリーは思わずにはいられなかった。
エミリーは特別な魔石を作るためにサクヤのところに行くことにした。
一人でも良かったのだが、ノームがどうしてもと言うのでリーも一緒に行くことになった。
途中アクアがやって来て、ルークとキャンディから村にいる行商人についての相談があったのでエルフの村の場所以外なら話しても構わないと伝えた。同時に信用出来るなら会ってもいいと伝えてアクアを送り出した。
サクヤの部屋に行くとジェシカが一緒だった。
二人はもともとエミリーのサポートで地上に来たのだが、今はカーラの試練の監視役の名目で地上に残っている体になっている。
といってもゲートを開くらいしかやることがないので、この頃は二人で旧世界のお酒を整理(試飲ともいう)していた。
「サクヤ姫!ちょっと相談があるのだけど、いいかしら?」
エミリーが中に入ると、ちょうどカメから茶碗に酒を注いでいるところだった。
「何だ、エミリー、今日は森に行ってねーのか?」
「今日は行商人が来るっていうから、会って来たのよ。それでイワナガ姫から魔石の注文が入ったから相談に来たの。」
エミリーは二人にことの次第を簡単に説明をした。
「で、エミリーさんはどんな魔石を作りたいの?」
「それを相談にきたのよ。どんなことが出来るのかわからないし。」
「そんな難しいことはないの。まずはどんな世界にしたいのかを考えてみて。」
「どんな世界って?そりゃあ、平和で暖かい世界がいいわ!魔法はそれを手助けしてくれる才能の一つなの。欲を言えば世界の危機には魔法で何とか出来るのなら言うことはないわ!」
「じゃあ、その想いを込めればいいのよ、やってごらんなさい?」
サクヤはそう言って取り出した魔石を渡した。
エミリーは魔石を受け取ると両手で包んで想いを込めた。
手を開くと魔石は仄かに光を放っていた。
「きれい・・・」
「その光はあなたの想いを乗せているの。だから暖かいでしょう?魔法はイメージ。この魔石に触れたり、祈ったりした者はそのイメージを受け取る事になるわ。これまで魔法神を感じられなかった多くの人々もこれならあなたを感じることが出来る。いいものができたわね。」
「うん、ありがとう、サクヤ姫。」
エミリーは魔石を頭の上に上げて光に当てた。新しく生まれた魔石は反射と自身の光でキラキラと輝いていた。
「いいのができたみたいだな!じゃあ、乾杯だ!せっかくだからエミリー達も飲んでいけよ!」
「そうね、ちょっと変わったお酒が出て来たから一緒に試しましょうか。」
サクヤは新しく茶碗を3つ用意すると、カメからお酒を汲んで注いだ。
「サクヤ姫?1つ多いわ。私とリーさんの2人よ?」
「おいおい、ノームがいるじゃねーか?飲みに来たんだろう?」
いつの間にか小人の姿になった笑顔のノームがそこにいた。
「は、いつの間に!アライグマの方が可愛いのに・・・」
リーは思わず本音を口にした。
「かんぱーい!」
5人は茶碗を上げて乾杯した。
「う、強いわ・・・」
エミリーは一口飲んで茶碗を置いた。
「ははは、エミリーには強かったみてーだな。サクヤ!ソーダ割がいいかな?」
「サクヤ様、私もソーダ割でお願いします!」
リーにも強かったようだ。
「やれやれ我が主人は酒が弱いのう。折角の熟成酒なのにもったいない。ワシはもちろんストレートでお願いしますぞ、サクヤ殿!」
ノームは一気に飲み干すと嬉しそうにおかわりを頼んだ。
カメから漂う香りは甘いもので飲み口もまろやかだったが、前に飲んだ純米吟醸とは違う独特なクセがあるようだ。
「サクヤ姫?このお酒は何が変わっているの?」
「あら、興味を持ってくれたのなら嬉しいわ。このお酒は古酒と言うの。泡盛って言うお米と黒麹菌で作る蒸留酒を熟成させたものなんだけど、その熟成方法が特殊なの。」
「同じお米が原料でも清酒とは随分違う味になるのね?」
「そうなの!よく覚えていたわね。でも同じお米じゃないの。インディカ米という粒の長いお米を使うの。それと製造方法も違うのよ。清酒は醸造酒といって、お米をアルコール発酵させて作るのだけどその方法だとアルコール度数は最高20%くらいにしかならないの。蒸留酒は醸造酒を蒸留して作るのだけど、最高96%まで高めることが出来るのよ。」
「96%・・・」
ノームが呻いた。
「このクースもそんなに高い度数なんですか?」
ノームを無視してリーが尋ねた。
「まさか!泡盛も古酒も25度くらいよ。」
「でも強いお酒って感じがしたわ!」
エミリーが言うと「私もそう感じた。」とリーも相槌を打った。
「蒸留酒はね、各地に色々な種類があってその土地独特の違いがあるの。中でも味や香りはこだわりがあってそのお酒を象徴するとても大事なものなのよ。泡盛は熟成するとまろやかになって香りも良くなるんだけど100年とかの超長期熟成をするともともとあった本来の香りがなくなってしまったり、水になっちゃうこともあるの。だから香りと芳醇さを保つように『仕次ぎ』という方法が生まれたの。独特な風味を残した熟成酒だから強く感じたのよ。」
サクヤはニッコリ笑って説明してくれた。
仕次ぎというのは、年代物の泡盛にそれより若い泡盛を継ぎ足していく方法で、まずカメを3つくらい用意して1番古い泡盛を親カメとする。
親カメから古酒を汲み取ったら減った分を2番目に古いカメから注ぎ足し、減った分を3番目のカメから注ぎ足す。三番目のカメの不足分は新酒の泡盛を足す。
カメに入る泡盛の酒齢は10年くらいずつ離れているといいという。
つまり10年寝かした古酒を作ることから始めながら少しずつカメを増やしていくのだ。
こうやって長い時間をかけて長期熟成をしていくのだという。
「いや、サクヤ。25度のストレートは普通にきついからな。みんながお前やノームみてーな酒豪じゃねーんだ!」
特製の可愛い茶碗でちびちび飲んでいたジェシカは水を飲むように茶碗を空ける2人にを見て呆れるように言うのだった。
どうやらジェシカはお酒は大好きだけどいくら飲んでも平気というウワバミではないようだ。
ソーダ割を飲んでいたエミリーは何気なく古酒のカメに近づいていた。
そこからいい香りがするからだった。
そこでエミリーは衝撃の事実に気が付いた。
「サクヤ姫!このお酒、バニラの香りがするわ!」




