チョコにチョコをかけたチョコのケーキ
「彼のことでカッとなって悪かったわ。あなたは悪くないし、悪気がないのもわかっている。だからさっきの短気を謝るわ。ごめんなさい。」
「そ、そんな事、女神様に謝られるなんて恐れ多い!私は大丈夫ですから!」
「許してくれる?」
「もちろんです。それにエミリー様は私がお二人の役に立つとおっしゃいました。まだよくわからないですけど、頑張ります!」
「ありがとう、キャンディ。あなた達はライアンと同じ女神の側にいる人間だから、ライアンと仲良くしてね。私の事もカーラでいいわ。」
「はい、カーラ様。」
「まあ、そういう事だ!こっちもよろしく頼むぜ、ライアン!」
「よ、よろしくおねがいします、ルーカスさん。」
「ルークでいいよ。ライアンの方が先輩だからな、女神付きのな!」
「じゃ、じゃあ、ルーク、こちらこそよろしく!」
カーラと使徒達が仲良くしている間に、エミリーとリーはお茶の用意を進めていた。
キャンディが美味しいコーヒーをご馳走してくれるというので、リーは土魔術でテーブルと椅子を作り、エミリーは持ってきていたおやつのクッキーとベリーなどを皿に盛り付けた。
持ち物はイワナガが貸してくれた魔導袋に入っている。
旅をするのに便利だろうと貸してくれたこの魔導具は袋の中に別空間があるようでなんでも収納できた。
たぬきに似た青いロボットのポケットのようなものだろうか?
「エルフはコーヒーなんて飲むんですか?」
「昔はハーブティーが多かったけど、コーヒーを飲む者もいましたよ。」
「いました?」
「ええ、今の森ではコーヒー豆が手に入らないんです。コーヒーはオームの街で仕入れていましたから。」
「え、じゃあ森の外に出ていたんですか?」
「ええ、もちろんみんなじゃないですけど。好奇心の強い若いエルフが変装して流行りのものを持ち帰っていたんです。コーヒーやお菓子はお土産として森に入ってきていたんですよ。」
「へえ、コーヒーは人気なんですね。実は私苦手なんですよね、コーヒー。だって苦くないですか?」
「エルフのみんなもコーヒーそのものが好きな者は少ないですね、一緒に食べるお菓子やスイーツが目当てなんですよ。」
「コーヒーって眠気覚ましや香りを楽しむものだとばかり思っていたわ。大人って何でこんなもの喜んで飲むんだろうって思ってたのに、そんな嬉しい楽しみ方があったなんて!」
「だって女子ですから!」
リーは胸を張って答えた。
エミリーは軍に入って初めてコーヒーを飲んだが、苦くて好きにはなれなかった。
マスターはコーヒーが好きなようで、くつろぐ時にはいつも飲んでいた。
彼はいろいろ教えてくれたが残念ながらほとんど覚えていない。
頭に残っているのは豆の種類がいっぱいあることと、挽き方、淹れ方で香りと苦味が変わるといったもので、エミリーには楽しそうに語るマスターの笑顔の方が印象に残っていた。
「お待たせしました!」
キャンディがカーラ達を連れてテーブルにやってきた。
「あ、クッキーとベリーがありますね。なら浅煎りがいいですね!」
キャンディはおもむろにコーヒーポットを取り出してテーブルに置いた。
両手をポットに向けて何やら呟いていると、ポットの口から湯気が立ち、良い香りが辺りに漂った。
次にガラスのピッチャーを取り出すと、同じように両手を向けて呪文を呟いている。
するとピッチャーに白い液体が満たされていく。
「ミルクも出せるの!」
「ルークはブラックが苦手だったので、頑張ってミルクも出せるようにしたんです・・・」
エミリーがびっくりして尋ねるとキャンディは恥ずかしそうに答えた。
コーヒーを入れたカップがみんなに渡ると、
「ではみなさん、テーブルのお菓子に合う浅煎りのコーヒーを楽しんでください!浅煎りコーヒーは苦味が少なく酸味が強いので酸味の強いフルーツや焼き菓子に合うんですよ!お好みでミルクと砂糖を入れてくださいね。」
キャンディはそう言ってブラックのままカップを口に運び美味しそうに一口飲んだ。
エミリーはその姿をかっこいいと思い、真似することにした。
「・・・苦い・・・嘘つき・・・」
エミリーはかっこよく飲むことができなかった。
「エ、エミリー様!無理しないでミルクを入れるといいですよ!」
キャンディが慌ててミルクを足して、かき混ぜてくれた。
「ありがとう。ではもう一度。」
恐る恐る試したミルクを入れたコーヒーはまろやかな感じで随分と苦味は薄れていた。
「エミリー様、これをを食べてみなよ!」
ルークが皿に取り分けたベリーとクッキーを渡してくれた。
「ありがとう、ルーク。」
エミリーはベリーを食べてみた。
「美味しい!フルーツの味がはっきりするのね。」
「酸味が口をスッキリさせてくれるんですよ。だから焼き菓子なんかはくどくならなくていくらでも食べれちゃうんです!」
エミリーを見ていたカーラはミルクを入れようか迷っていた。
入れないで飲んだ方がかっこいいのではないか?
「カーラはミルクと砂糖をたくさん入れた方がいいと思うよ。」
悩んでるカーラにライアンが言った。
「私をお子様だと思ってる!」
カーラはライアンを睨んだ。
「カーラ様、ではこれをお試しください。」
キャンディはそう言うと、2つのポットを両手に持ち新しいカップに同時に注ぎ始めた。
ポットの先から黒と白の液体が流れ出しカップの中で混じり合った。
「どうぞカーラ様、カフェオレです。」
カーラは新しいカップを持つと口に運び飲んでみた。
「なにこれ!甘くて美味しいわ!」
「カップに砂糖を入れて甘くなるようにしたんです。コーヒーも濃いめでないので本当はミルクは同量入れるんですけど、ちょっとだけ少なく注いでるんです。こうすればコーヒーの味も楽しめますから!」
キャンディはカーラの為に特別な一杯を作ったようだった。
ライアンはミルクと砂糖を慣れたように入れ、リーはミルクだけを入れて飲んでいた。
ルークはキャンディとは反対に砂糖をたっぷり入れていた。
エミリーは結局、砂糖をちょっとだけ入れることにした。
大人への道のりはまだまだ遠いように感じる一杯だった。
「キャンディ、さっきこのコーヒーを浅煎りって言ってたけど他にもあるのかしら?」
エミリーはキャンディに何となく尋ねた。
「はい、エミリー様!コーヒー豆の焙煎・・・加熱乾燥させることですね、によって、大きく浅煎り、中煎り、深煎りに分かれます。本当はもっと細かく分かれるんですけど長くなるのでここでは割愛します。」
すでに長くなりそうな予感がする。
「深く煎るほど苦味が増すんですけど、自分で焙煎するのでしたら深煎りの方が楽なんです。じっくり火を通せばいいので、豆の状態が安定するんです。コーヒーの淹れ方にもよりますけど深煎りの豆を使った方が同じ味が出やすいですね。」
「でも苦いんでしょ?誰が飲むの、そんな苦いの。」
「カーラ様、コーヒーの淹れ方で変わるんですよ。深煎りの豆はエスプレッソで入れるのがいいです。蒸気を使って淹れるこの方法はコーヒーの旨味が凝縮して苦いだけじゃないんですよ!あと、アイスコーヒーにも向いています!冷たいコーヒーには深煎りがよく合うんです!」
どうもコーヒーの淹れ方にもこだわりがあるようだ。
エミリーはルークを見た。
ルークはやれやれと言った顔をしていたのでコーヒーの話は振ってはならなかったのだと感じた。
エミリーの視線に気付いたルークは気持ちを察したのか笑って頷いていた。
「キャンディ、女神様は退屈しているようだぜ?前に言ってたその苦いコーヒーに合う美味しいお菓子の話をして差し上げなよ。」
美味しいお菓子ですと!?
つまらなそうな女子達はその言葉に敏感に反応した。
「ザッハトルテのこと?」
キャンディがルークに聞いた。
「多分そんな名前だったんじゃないか?俺はスイーツには興味がないからな!ライアンもそうだろ?男はやっぱり甘いお菓子よりガツンとした肉だよな!」
「そ、そうですね。私も肉料理の方がいいですね。」
男子の会話には身も蓋もなかった。
「ザッハトルテ・・・だと?」
リーの目が鋭く光った。
「リーさん、知っているの?」
「お館様から聞いた事があります。それはチョコレートケーキの王と言われる伝説の一品と言っておりました!」
「そうなのか、キャンディ?」
「そうね、王かどうかはわからないけど、チョコレートを使って作った生地にアンズジャムを塗り、チョコレートでコーティングしたチョコレートケーキだからね。チョコだらけでくどいから箸休めに砂糖を入れない生クリームを添えて食べるらしいよ。」
「おい、キャンディ、俺じゃなくて、女神様に説明しなきゃダメだろ!」
キャンディは突っ込まれていた。
「チョコにチョコをかけたチョコのケーキ・・・」
「わ、私は箸休めの生クリームに砂糖が入っていてもいいと思うのよ。苦いコーヒーを飲むのだから、もう少しくらい甘みが増えても問題ないわよね!」
「カーラ様、それは名案です!それにさっきカーラ様が飲んだカフェオレのような飲み方もありではないでしょうか?キャンディ殿、いかがですか?」
「え?あ、はい、エスプレッソにスチームミルクを加える飲み方はカフェラテといいますし、泡立てたフォームミルクを加えたものはカプチーノといいます。コーヒーの量が少ないのでミルクが多くいれます。あと砂糖たっぷり入れる人も多いですね。」
キャンディが答えるとリーとカーラの瞳がキラリと光った。
「エミリー様!コーヒーとは奥が深い!これはコーヒーの勉強会を是非キャンディ殿に開いていただかないと!」
「エミリー、コーヒーの可能性はすごいわ!一緒に合わせる物の研究も必要だわ!ちなみにこの浅煎りのコーヒーにぴったりのお菓子は何なの?キャンディ!」
「は、はい、やはり酸味を生かした浅煎りコーヒーにはフルーツケーキやフルーツタルトがぴったりかと。あと、アイスクリームはどのコーヒーにも合うかと・・・」
「アイス・・・コーヒーはアイスクリームに合うのね!!」
エミリーが大きな声を出した。
アイスクリームはエミリーの大好物だった物なのだ。
「シルフ、バニラの木は残っているかしら?キャンディ、ルークは知っている?」
「エミリー様、バニラの木の産地は聞いた事がありません。」
キャンディが申し訳なさそうに答えた。
「エミリー様、アイスクリームのことなら、ダールマ家に残るオームの記録から分かるかもしれません。」
以外な事にライアンから情報が出てきた。
「ライアン、どうゆう事?あなたがアイスクリームを知っているなんて意外ね?」
「エミリー様、アイスクリームについては食べた事も知っている事もありません。でも聖地オームはかつて観光地でもあったのです。コーヒーの事もアイスクリームの事も人気のある商品だったと記録にあった事を覚えています。バニラとはアイスクリームの種類の一つですよね。だからきっと産地の情報もそれである程度わかるはずです。」
若いとはいえ流石は当主様だ。オームの歴史について学んでいたのだろう。
「キャンディ、あなたにはもう一つ大切な使命ができたわ。心して聞きなさい!あなたの使命は世界にまたコーヒーの美味しさを広め誰もが手軽にコーヒーを楽しめるようにすることよ!そのためには一緒に合わせる食べ物の研究も外せないわ!今コーヒーを再現できるのはあなただけなの。私達は美味しいコーヒーを研究する会を立ち上げあなたを応援するわ!」
エミリーの宣言にリーとカーラは満足そうに頷いた。
その日からイワナガの屋敷からコーヒーの香りと甘い匂いがするようになった。
少しするとイワナガは屋敷から離れた場所に研究所を作ってくれた。
曰く甘いものは苦手だからとのことだった。
この場所は『女神印のキャンディ珈琲一号店』として有名になるのだがそれはまだ先の話だ。




