宴の裏側
宴は大層盛り上がって終わった。
もともとイワナガが計画していた宴は長く魔石の森を守護してきた黒闇天カーララートリーの成長を祝う事が目的であったため、エルフと森に招かれた元オームの街の人達が参加していた。
そこにカーラの師(と思われている)の幸福神ジェシカとエルフの女王イワナガの妹である酒神サクヤが一緒に降臨したとなれば歓迎ムードがさらに高まったのは当然といえた。
しかしエミリーも魔法神として3人に負けないくらいの熱烈な歓迎を受けたのだった。
エミリーが魔法使用のルールを変えた時、多くの人が魔法を使えるようになったのだが、実際に魔法の存在に気付いた人間はそう多くはなかった。サクヤが言ったように魔法を使うには魔法の理解と練習が必要だからだ。多くの人間は自分の中の魔力に気付くことはなかった。
魔石はステータスボードになったが戦争に利用されていた為、ほとんどの魔石は兵士と一緒に土に還ってしまった。そのため魔法の存在はカーラが言った通り一部の例外を除きエミリーの未来の信徒にしか伝わっていなかった。
この森はその例外的な場所だった。何しろ魔石の産地である。魔石の反応を村の皆が見て感じていた。
村人は魔石のステータスボードにより魔法の存在を知ることになったが、どうしていいかわからない。
この事態をダールマ家の当主である村長は村の大事としてお館様に知らせる必要があった為、急遽息子と一緒に森の奥へ向かった。
オームの街の人たちは200年前、突然森からの使者(実はイワナガ本人のようだ)に急ぎ森へ避難するようにいわれ、森で新しい村を作り暮らしていた。
森は外も中も不思議な力で守られていたが、人々が暮らせるように昔のような呪いは無くなっていた。
しかし村人と森の住人との交流はなかった為、エルフや魔法の存在は村長以外には知られていなかった。
村長がお館様を訪ね、魔石の変化と自分達に魔力がある事を伝えると、お館様は驚くべき事を告げた。
それは魔法神が誕生したという事よりも大事な事、黒闇天様のご降臨が近くあるという衝撃の事実だった。
お館様は成長した黒闇天様をこの地で祝う為、村からエルフの村までの道を整備し、ご降臨の暁には宴をしたいと言った。村長はこの時初めてお館様が黒闇天様を守っていた事を知り、昔、森に招かれたのはその信徒であったからだと知った。
そして村長は黒闇天様のご降臨を知り、家督を息子のライアンに譲る事を決め、お館様に仕える事を望んだ。
村長は密書を読んでおり初代様の想いを知っていたが、自分ではその願いを叶えることができないことを知っていた。何故なら村長は女だったからだ。そこでその願いの成就を息子に託したのだった。
道の整備と宴の準備はエルフと村人が一緒に行うことになり、村人は初めてエルフの存在を知った。この作業でエルフ達は魔法の使い方を教え、村人はエルフ達が持っていなかった様々な技術を教えた。
多くの人々はMP(魔力)も魔法力もEだったので、大きな魔法は使えなかった。
それでも多くの人にとって、この未知の力の存在は大きな希望になり夢を与えた。
魔法の力が顕著に現れた者はエルフの村に通い専門的な魔法を学ぶことになったからだ。
新たな当主となったライアンは特に魔法の力が強い訳ではなかったが、イワナガ女王の屋敷で衛士として仕えることになった。ライアンと一緒に同年代の5人の少年少女も衛士見習いとなった。
この事は魔法が使えない者にとって別の希望となった。5人のうち3人はライアンと同じように魔法が強い訳ではなかったからだ。
黒闇天カーララートリー様のご降臨は信徒である村人にとってこれ以上ない喜びだった。神を軽々しく語る事は本来ならありえない。しかし信徒にとっては一生、いや数百年に一度の奇跡である。少々口が軽くなるのは致し方ないだろう。
屋敷勤めの少年達から主のイワナガ様やエルフのことが村に伝わると、村人達は好んで話をした。この森のエルフ達も噂話が大好きだったので道の整備作業は楽しく、彼らはすぐに仲良くなった。
昔のエルフは排他的で物事への関心も薄かったのだという。
しかしイワナガ様がエルフの女王になり少しずつ変わっていったのだと老エルフが教えてくれた。
話のネタで大きなものは2つあった。1つは魔法神エミリー様がどんな女神なのかということ、もう1つはどうやらライアンがカーララートリー様にお熱であるらしいということだった。
カーララートリー様は自分達の信仰の対象だからよく知っていた。サクヤ様はイワナガ様の妹でジェシカ様はサクヤ様の親友で一緒に何度か訪れていたという。ジェシカ様は幸福神としてカーララートリー様を守る立場にいるという。
会ったことがあるという老エルフ達が容姿や性格まで教えてくれた。
他の3人の女神と違って魔法神エミリー様のことはほとんどわからない。ただ魔法を地上に広めるために3人の女神と一緒にいるので、一緒に訪れるだろうと予知の力があるイワナガ様が言っているという。
そんな訳でエミリーは噂のネタになり、宴のスペシャルゲストとしてご降臨を期待されていたのだった。
ライアンのことはそれはそれは盛り上がっていた。もちろんイワナガも知っていたが噂が大きくなり過ぎていたので決して本人の耳に入れないようにと注意をする程だった。皆もこの身の程知らずな若者の無謀な恋心を見守るために不用意な発言をしないよう気を使いながらその空気を楽しんでいた。
宴の直前、事態が大きく動いたことがリーからの報告でわかった。無謀と思われた若者の気持ちが届くかもしれないという報告だった。当の女神がまんざらでもないらしい。
人々は女神は人など相手にするはずがないと思っていたので、若者が派手に振られることを予想していた。
ところがここに来てまさかの大逆転の可能性が急浮上した。
若者は女神のナイトになることが決まったらしい。らしいというのはリーがはっきり伝えていないためだ。
しかしこれでは単なる主従関係だ。圧倒的に立場が違うのだから若者にとってはこれ以上ない幸福であろう。美しい(見たことがないのであくまで想像)女神の側に居られるのだから。このこと自体が既にあっぱれな快挙なのは違いない、が、しかし。
こうなると人々は更なるイベントを期待する。もちろん告白タイムである!
いつの間にか失敗すると全てが木っ端微塵に吹き飛ぶ、この大イベントにワンチャン賭ける雰囲気が出来上がっていた。
告白タイムはナイト任命の時。新たなこのイベント要請はすぐにリーに伝えられ、イワナガ及びカーラ以外の3人の女神に報告された。
「民の情報網は実に凄いものだ、のう、リーよ。」
「はい、お館様。全く驚くべき速さにございます。」
リーがしれっと答えたので、リーク元がリーなのは明らかだった。
「大儀であった。」イワナガが流れるように受けたのでイワナガの指示であることがわかった。
「で、その告白タイムってのはどんな事するんだ?」
「そんなこと決まっているじゃない!『あなたが好きだ!付き合ってください!』って言うのよ。そして相手はイエスかノーで答えるの!」
そう、告白タイムはただ想いを伝えるだけではない。自分の彼女になってくれと頼むハードルの高いものなのだ。告白タイムは公開イベントの為、『あなたの気持ちは嬉しいわ。』などという甘い答えは許されない。返事は『はい!』か『ごめんなさい!』の二択しかない過酷なものなのだ。
「ねえ、サクヤ姫?そもそも女神は人間と付き合えるの?」
「大丈夫よ、恋愛は自由だしね。」
「へー、問題とかないのかなぁ?」
「問題しかねーぞ。一緒にいても女神は年を取らねーし、何かの用で神の国に一年も帰ってしまえば、地上は100年以上経っちまうからもう会えねーんだ。なのに浮気なんかしようもんなら天下の大罪人扱いだしな。あとなんだっけ、若い女が好きな奴・・・ロリコンだっけ?浮気しないと変態扱いされるんだ。ひでー話だろ?」
「う、浮気はする方が悪いんじゃない!ねえ、リーさんもそう思うでしょ?」
「エミリー様、エルフはそもそも恋愛がよくわかりませんので。その問いにはお答えしかねます。ただ、エルフの寿命は長いので、新しい連れ合いが出来ることはよくある事です。エルフにとって一緒にいる時お互いが楽しい事が大事だと考えられています。」
「まあ、要は2人の問題ということだ。それに浮気なぞわしがさせんので心配無用だ。」
「じゃあ、どうやってライアンに告白させる?」
「ナイトの授与は舞台の上で行い、みんなに祝福してもらうつもりだ。その舞台上行うのが良いであろうが、告白のタイミングは授与の先か後かどっちがいいかのう?」
「あのな、ちょっといいか?みんな付き合う前提みたいに話してるけど、カーラはあいつの申し出を受けるのか?断るかもしれねーんだろ?」
!!!!
ジェシカの一言で一瞬場が凍りついた。
そうなのだ、確かにカーラが受ける確証はない。そして受けなければ2人共トラウマ級の傷を受けるかもしれないのだ。しかし、だ。
「私だって普通ならこんなやり方は良くないと思うの。でも2人が一緒にいられる時間は短い。ジェシカさっき言ってたじゃない!何かあったらもう会えないって!今日しなかったら告白のチャンスはもうないかもしれないのよ!カーラの今日の態度を見ればライアンのことを意識してるのがわかったでしょ?だから告白してうまくいったら嬉しいわ、でも結果よりもライアンの告白は今する事が大事なの!2人が後悔しないように。そうでしょ!」
つい熱くなってしまった!ドキドキしている2人が可愛くて応援したくなっていたのだった。
「エミリー殿の言う通りだな。ついつい面白くて酒のツマミにしてしまうところだったよ。これはしっかり舞台を整えてやらねばいかんのう。」
「やれやれお館様はひどいですね。かわいい弟子の一大事だというのに、遊びの1つくらいにしか考えてなかったなんて。」
「む、何を申すか、元はといえばお主が持ってきた話ではないか。」
「まあまあ、姉さんもリーも問題ありませんよ。結果、いい舞台が整いそうだから。せっかくだから楽しくやりましょう!そして私達は全力であの子達の恋を応援するのよ!」
「はい、やりましょう!ジェシカも協力してよね!」
「しょうがねーなー。ま、カーラの為だ。あたいも協力するぜ!」
「私も協力させていただきます。大事なポーション作りの仲間がギスギスしていては困りますから。」
「うむ、では作戦会議だ!この祭りを何としても成功させねばならんからな!」
女神達が2人をくっつける作戦を考えているとはつゆ知らず、カーラはジェシカに言われた言葉を思い出していた。
『あいつのことが好きなのか?』
顔は真っ赤で、心臓もドキドキしている。ライアンを想うと胸が締め付けられすごく苦しい。でもあと少ししたらまた会える、そう想うとえも言われぬ幸福感に包まれていた。
カーラは胸の中に小さな赤い玉が生まれたように感じた。
生まれたばかりのその玉はとても小さくすぐに壊れてしまいそうなのにとても暖かい物だった。
カーラにはまだそれが何なのかわからない。
それでもその小さな玉がとても大切ものだということはわかっていた。
カーラは胸に手をやると優しく包むように両手を重ねそっと手のひらを閉じた。




