閑話 茶豆と生ビール
ジェシカはじっと待っていた。
みんなと夕食をした後、サクヤと衣装合わせがあるからと、エミリーとカーラを見送って一人サクヤの部屋に残っていた。
サクヤはつまみを用意している。
衣装合わせは口実に過ぎない。いや確かにいい加減に考えてはいない。何故なら気を抜くとサクヤの趣味を押し付けられかねないからだ。
しかし今部屋に残っているのはそれより大事なことを確認するためだ。
サクヤはきっと気づいているはずだがいつからだろうか?
「お待たせー!」
そう言ってサクヤがお盆にジョッキとお皿で蓋をしたザルを乗っけて戻ってきた。
蓋を取るとザルの上には緑の莢に入った茹でた大豆が山盛りに乗っていた。
ジョッキの中はもちろん生ビールである!
早速乾杯しグイッとやる。この喉越しがたまらない!お子様にはわからない大人の楽しみである。
「生には枝豆だよな!」
そう言ってザルの中の莢に手を伸ばすと、
「甘いわ、ジェシカ!それは茶豆よ!」
「な、何だと?!」
莢を開くと豆を覆う薄皮は茶色で豆の色も枝豆より濃いものだった。
味は・・・
「う、う、ウマーイーーー!!!」
美味しく食べるため品種改良されたとはいえ、枝豆は未成熟な豆を若取りしたもの、熟成した茶豆の味の濃さには敵うはずもない。
「ビールに枝豆と決めつけていたあたいはなんと浅はかだったのか・・・茶豆の存在を忘れるとはなんたる不覚!」
「ふふふ、ジェシカ!常に手に入らないからといって、可能性を否定しては目の前の現実を見誤る事になるわ!」
「くっ、このジェシカ、まだまだ未熟、枝豆の如き未熟者であったか・・・」
などと美味しい茶豆をつまみに気分良く生ビールを飲んでいたが、ふと今回の目的を思い出した。
違う!ビールと豆の相性を再確認するためにエミリーとカーラを返したわけではないのだ!
ジェシカは飲みかけのジョッキをテーブルに置くと、真面目な顔でサクヤを見た。
「サクヤはいつから気付いていた?」
「はっきりとそうと思ったのは多分あなたと同じ、魔力放出が制御できないとわかった時よ。」
急な質問だったがサクヤは当たり前のように返事をした。
今日の飲みが『ビールと茶豆の相性を確かめる会』でない事をサクヤもわかっているのだろう。
「でもその前からそうかもしれねーと感じていたんだろう?」
「魔石に魂が宿って、前魔法神が神の国を出て行った時からかしら?」
サクヤは少し考えてから答えた。
「最初っからじゃねーか!言えよ!」
ジェシカが怒ると、
「でも、私の予知力はそんなに強くないから。その時はいろんな可能性があったのよ。もちろんその中にはジェシカが心配している『魔王復活』の可能性もあったわ。」
サクヤはちょっとすまなそうな顔で答えた。
魔王復活。何故そんな事が起きる可能性があるのか。
それは前魔法神が魔王だったからだ。
☆★☆★
人間が畏れを抱き、魔法使いやエルフを排除していた時代。
人間達は魔法使いやエルフの不思議な力を畏れ、仮想敵としてその頂点に魔王がいると想像した。
そしてその幻想はマイナスのイメージとともに広く世界中に伝播していった。
結果としてそのマイナスの畏れのイメージは空気のように世界を覆い、世界の空に蓄積されていったのだ。
長い時間をかけて空に蓄積されたマイナスの感情はやがて魔力を宿すようになっていた。魔力自体は広く薄い上、上空で距離があったためその魔力を感知できるものはほとんどいなかったがその影響は目に見えない形でしっかり現れ始めた。
世界全体がなんとなく嫌な感じになっていったのだ。人々はますます魔王を意識するようになってしまった。
ゆっくりとしかし確実に上空の負の魔力は力を溜めていく過程で、魔王は世界を滅ぼす存在で魔王を倒せば世界は救われると考えられるようになっていった。
ダリルは優秀な魔法使いで、優しく頭のいい青年だった。ハーフエルフを妻に持ち幸せに暮らしていた。
誰とでも仲良くなれるダリルには人間の友人もおり、人間社会にも詳しかった。
そのため、魔王伝説は魔法の無理解から生じた『訳のわからないもの』への恐怖の転化であり、魔王など存在しないことを承知していた。
人望がある彼は、人間との無駄な争いを回避できると考えていて、その考えを周囲に働きかけていたおかげで彼の村は大きな争いもなく平和を保っていた。
しかし時代はますます暴力的になっていき、ダリルも戦わざるを得ないほど人間は魔王討伐に傾倒していった。そしてそこまで大きくなってしまった負の感情にエルフや魔法使いもいつの間にか感化されていて、人間憎しの感情や魔王誕生を信じるものさえ出てきてしまうほど世界の空気は濁りきってしまっていた。
そんな最中ダリルの留守中、村が襲われ村人が大勢殺された。ほとんど皆殺しでその中にはダリルの妻も含まれていた。
村に戻ったダリルは妻の変わり果てた姿に嘆き悲しみ、留守にした自分を恨み、妻をこんな姿にした人間を憎んだ。ダリルは生まれて初めて湧き上がる自身の黒い感情に戸惑いながらも悲しさのあまりその感情のまま激しくこの世界の破滅を願ってしまったのだ!
その激しい怒りは世界中に取り巻いている巨大な負の魔力の格好の餌食となった。怒りで我を忘れたダリルはこの邪悪な魔力にまんまと取り込まれてしまった。
依り代を得た事で巨大な魔力はただのイメージから意思を持った本物の魔王になった。
ダリルの意思と体を依り代にした魔王は初めから世界を破滅させるために生まれ、それ以上でもそれ以下でもなかった。
魔王ダリルはその溜め込んだ魔力を一気に解放して世界を破滅させた。
ダリルが我に返った時には全てが終わっていた。
魔王は一瞬で誕生し一瞬でその役割を終えた。
ダリルは静かになった世界を見渡すと涙を流しがっくりと膝を落とし、妻の横で静かに息を引き取った。
体の中に見たこともないほど純度の高い綺麗な魔石を宿して。
☆★☆★
魔王復活の可能性・・・
ジェシカはエミリーの桁外れの魔力が制御不能なことからエミリーの魔力が魔王由来のものと感じた。
魔法神ではなく、魔王として能力を受け継いだのではないかと心配したのだ。
サクヤも同じ心配をしていた。しかもずっと前から。
ジェシカがなんで相談してくれなかったか怒るのも無理はない。
「なんで言ってくれなかったんだ・・・」
「魔王復活が現実的なら、大神様が何かしていたと思うわ。大神様が何もしないから私も様子を見ようと思ったの。私の予知は人に言ってしまうと変わってしまったり見えなくなってしまうからね。」
サクヤはそういうと茶豆を剥いて食べると続けてビールを流し込んだ。
「おかわりいるでしょう?」
そう言って席を立った。
おかわりが来るまでジェシカは少し考えていた。
サクヤの言い方だと魔王復活はなさそうだ。
しかしそれなら何故エミリーは魔王の魔力を継承したのだろうか?
そもそもコントロールができない一歩通行な能力なのだ。
もちろん魔法神ダリルの能力だから次期魔法神として継承してもおかしくはないが、何か引っかかる。
ダリルはもともと優秀な魔法使いだったのだから、普通の魔力を普通以上に持っていたはずだ。
魔力の暴走事故とも言える魔王化を経験してしまったダリルは魔法神として魔法を極めて限定的な使用方法にしてしまった張本人だ。そんな者が危ない能力を引き継がせるものだろうか?
サクヤが言ったように危険なものならセバスチャンが封印でもなんでもするだろう。しないってことはダリルの想いを尊重したのだろう。
そういえばダリルも頑固でよくじじいと喧嘩していたな。
「・・・?」
ん?あたいはダリルが意図的に能力譲渡、いや神の権利を譲渡したと感じている!
エミリーの神格化はその願いが原因ではなかったか?
強い純粋な想いが奇跡を呼んだと神の国でも話題だったのだ。
しかしこの方がしっくりくる!
奇跡的なのは間違いない。大神が関わっていないのだ!
奇跡を起こしたのはエミリーじゃない、ダリルだ!
御神体の魔石がうっかり軍にあったなんてことはあるはずがない。エミリーの手に渡るようダリルが仕組んだに違いない。つまりダリルはエミリーを神に、自分の後継者にしようと思っていた?
なんでエミリーなんだ?偶然か?
ダメだ!ワカンねー!
「おまたせー」
サクヤがジョッキを持って戻ってきた。
つまみにはエイヒレが追加された。ビールの友としてはこれも最高だ。
冷えた生を飲みながら、サクヤに自分の考えを言ってみた。
「私もそう思ったわ、なんでエミリーさんなのかしらって?」
サクヤもダリルが奇跡を起こしたと気付いていたらしい。
サクヤにエイヒレを千切ってもらい受け取って食べながら聞いていた。
「でもエミリーさんを見たらすぐわかったわ!」
エイヒレを口にしながら嬉しそうに言う。
「えっ?なんで?」
「あの子ね、知流にソックリなの!」
「チルって知流姫のことか?妹の。」
「そうよ、そしてダリルのお嫁さん。だからあの子が選ばれたのね。」
「生まれ代わりなのか?」
「ううん、それは感じないから違うと思う。」
「じゃあ、やっぱり単なる偶然なのか?それとも・・・」
ビールのつまみに今度は茶豆を食べながら考える。
サクヤはエイヒレを食べていたが食べ終わると、ビールを一口飲んだ。
「あの子の空間シールド、あの防御魔法は知流の得意技だったのよ。だからあの子は知流の血を引いているわ!」
嬉しそうに話すサクヤを見て、ジェシカは言いたい事があったがビールと一緒に飲み込んだ。
ダリルに子供がいるとは聞いたことがない・・・エルフは長寿だからチルにはダリルの前に子供がいたとしても不思議じゃない・・・うん、ぜんぜん不思議じゃねーな・・・ダリルは知っていたのだろうか?それとも知らなかっただろうか?ダリルを思い少し考えてしまった。
「あ、ジェシカ、ダリルの血が入ってないと思ったでしょう!」
「そ、そ、そ、そんなことねーぞ!」
慌ててビールを飲もうとしたらもうなかった・・・
「随分慌てるのね、大丈夫、知流にはダリルとの子供しかいないわ。いつだったか、姉さんが話してくれたの。知流にも予知能力があってね、一緒に暮らすと危ないから安全なところで預かってもらうんだって。姉さんはそれなら自分が預かるって言ったんだけど、子供を育てた事ないでしょって断られてショックだったって言ってたわ。」
そうなのか、心配して損したぜ。でもそれはエミリーにとってもいい事だ。まあ、魔王の子孫ってのはちょっと微妙だがもう終わったことだ。
サクヤは新しいジョッキとつまみを用意しに席を立った。
サクヤはジョッキと山盛りの唐揚げとポテトフライを持って戻ってきた。
「さあ、今日は飲むわよ!あの子は私の親戚、気分的には姪っ子よ!もちろん付き合ってくれるでしょ!」
サクヤは本当に嬉しそうだ。
今日はとことん付き合ってやろうかね!




