ご令嬢とお客様
ティアは夜の応接室で客二人と対峙している。
あの騒ぎのあとすぐにヒルデガルドが慌てて飛び出してきた。メアリーはイザークと名乗る黒の魔導士にこんこんと説教され、修道院にもどるやいなや怒髪天を衝く勢いのシスターマイヤーナにルチアともども説教部屋に連行された。
ティアは多少の身繕いをしたあと応接室で彼らと香茶を飲んでいる。いつも食堂で飲んでいるお茶とは違い最高級のものだ。ティアにとっては馴染みの、よい香りが部屋に漂う。
部屋の中も質素な修道院の中にあって華美だ。高級な調度でシックにまとめられている。貴族趣味だ。食堂のごつごつとした椅子と違い、ふかふかの座り心地の良いソファーに椅子がある。
ティアはいまイザークと対面に腰かけている。ヴォルフはティーカップとソーサーをもち、扉のそばにあるソファーのひじ掛けの部分に座っている。行儀の悪い行為だが彼がやると、なぜか様になる。どことなく品が良い。そして、燭台に照らされた灯りで、よくよく見るとイザークはかなり若いようだ。
ティアはイザークに見つめられてというより、鋭い目で睨まれてちょっと怖くてドキドキした。誰も言葉を発しない。やっと彼がおもむろに口を開いた。
「どこも痛むところはないか?」
意外なことにティアを気遣う言葉だった。
ティアはこくこくと頷き、助けてもらった礼を述べた。
「なぜ、私たちを敵だと思ったのだ?」
口調はどことなく横柄で彼が高位の貴族であるとわかる。しかし、13歳で第2王子の婚約者となったティアは王宮の決まりきった人たちとだけしかお付き合いを許されなった。彼が誰なのか皆目見当もつかない。
「私はカルディアの罪人です。いつ襲われてもおかしくないと思っています」
「なるほど・・・その用心は間違ってはいない。しかし、やり方に少々問題があるが」
「問題といいますと?」
こてんとティアは首を傾げた。銀糸の髪とアメジスト色の瞳が揺れる。悲しいかな髪の毛の先が少し焦げている。
「あれでは窓から丸見えだ」
ティアは自分の失態に、恥ずかしげに頬を染めた。
「それから、自害用のナイフをもっていたようだが、あれでは野外の活動に不便だ。
すぐに刃こぼれするぞ。もっと実用的なものにしろ」
ティアはありがたく拝聴した。冷たい美貌だが、よくよく話を聞いていると親切な方のようだと思った。その後、ヴォルフもまざり逃亡生活の心得や持ち物などを軽く教えてもらった。ティアは非常に得した気分になった。
「そうそう、ティアラ嬢。あのルチアとかいう修道女から護身術を習っては?」
ヴォルフがいう。
「いい考えだな。それから、あの火魔法使いには制御方法を教えたほうがいい」
「確かに、あれは危険ですよね。私はそれほど知識がないのでお役にたてるかどうか」
ティアが心配げにいう。おそらくメアリーは魔導を学んだわけではなく、突発的に火魔法が使えるようになったのだろう。そういうものが少数ながら、一定数出現する。力が不安定でかなり危険な状態だ。本人もそれに気づいているから今まで言わなかったのだろう。あの時はティアを守るために咄嗟に発動したのだ。
「安心しろ、信用できる者をこちらで手配する。これを機にそなたも魔導の勉強を再開してはどうだ?」
「?」
彼らはティアが魔導学院に通っていたことを知っているようだ。
「ヒルデガルドに聞いたところによると、そなたは手に職を得ようとやっきになっていたと聞く。職人など目指さずに、適性があるのだから魔導を習得したほうがよい」
ティアももちろん魔導の勉強をできるのは嬉しいし、ここの大図書館にはその手の貴重な蔵書が沢山あるが、今は二の足を踏んでしまう。どちらかというと薬師がいい。
「どうした。気乗りしないようだな」
イザークが目ざとくティアの表情を読む。
「魔導を勉強すると、その先は貴族と付き合うことになってしまいます」
その言葉に一瞬沈黙が落ちる。
「貴族が嫌いか?」
「少々苦手でございます」
「まあ、そうなるな」
そこでイザークはヴォルフに、魔導教師の手配とティアに護身術を習わせる旨をヒルデガルドに伝えるようにと指示をした。ヴォルフはティアに爽やかな笑みを向け、挨拶をすると部屋からでていった。
「ところで、もう頭はひえたのか」
「え?」
「三ヶ月間、尖塔に籠っていたと聞いている」
ティアは真っ赤になって恥じ入った。
「お恥ずかしいことに、長い間自己憐憫にひたっておりました。メアリーやヒルデガルド様をはじめとして修道院の方々に大変ご迷惑をかけてしまいました」
恐縮して縮こまるティアに「まあ、あの状況ならそれも致し方ない」とイザークが慰めのような言葉をかけた。ぶっきらぼうで横柄な話し方をするが優しい人のようだ。最初は冷たかった声に何となく温かみが出てきたような気がした。
「その様子なら、もう吹っ切れたようだな」
「はい。これから先は平民としての務めをはたしていきたいと思います」
イザークがティアを呆れたようにみる。
「そういう話をしているのではない。カーライルのことだ。熱愛していたとの噂もあったが、もう吹っ切れたのかと聞いている」
イザークのその言葉にゴトンと固くて熱いものがティアの心に投げ込まれたような気がした。
「イザーク様、私の心は変わりません。今でも変わらず殿下をお慕いしています」
ティアの悲し気に見開かれた瞳から一筋の涙が落ちた。
「愚かな」
イザークが小さく呟く、その漆黒の瞳に僅かな痛みが走った。
結局、あの二人が何者で、なぜティアを保護してくれているのかはわからなかった。修道院に保護されなければ、ティアは今頃、前回と同じ末路を迎えていたはずだ。今は余計なことは考えず、そのことだけを感謝することにした。




