ご令嬢、お客様がお越しです
日差しがやや強くなり、日が少し長くなった、今日この頃。
トルクの街から帰った次の日。
ティアは日に焼けないようにと院長のヒルデガルドから貰ったつばの広い帽子をかぶり、今日もせっせと薬草の世話をしていた。
「曇りの日って結構日焼けするのよ」
などと言われ、外に出るときはティアだけ必ず着用を義務付けられている。なぜ私だけ?と疑問に思ったが、根が素直な彼女、いつしかそれも習慣になっていった。
夕方の鐘が鳴ったのでティアは帰り支度をはじめた。食堂のある居住棟に着く頃にはすっかり夜のとばりが落ちていた。辺りには夕餉のにおいが漂い食欲をそそる。玄関先でちょうど夕食をとりに来たルチアと一緒になった。二人で食堂に向かう途中で、後ろからメアリーに呼び止められた。
「ティア様にお客様がお越しだそうよ。食事が終わったら応接室に来るようにってヒルデガルド様がおっしゃってました」
「え、お客様?」
こてんと首を傾げた。ティアを訪ねてくる者がいるはずはない。とっくに貴族の身分を失い、国を追われているのだから。いいしれない不安を感じた。
「お話ししたいことがあるそうよ」
それを聞いたティアの顔色が悪くなった。
「あの、私ちょっと用事を思い出しましたわ。申し訳ありませんが、先に食堂へ行っててください」
明らかに慌てた様子で、ティアはそそくさと去っていった。礼儀正しいティアにしては珍しい。食堂とは反対方向の彼女が住んでいるドミトリーのほうへ走って行った。メアリーとルチアはそんな彼女を胡乱な目で見送った。
ティアは大慌てでバッグに荷物を詰め始めた。そして地味なマントにフード姿の旅装を整えた。世話になった修道院に何の挨拶もなく去るのは気が引けるが、残酷な死が待ち受けているかもしれないと思うとそれどころではなかった。
彼女は前回の人生を思い出していた。と、すると客というのは彼女を殺すか売り飛ばそうとしているとしか思えない。あのような悲劇はもう御免だ。ならば逃げるのみ。世間知らずな自分がどこまで逃げられるかはわからないが、あのような目にあうくらいなら今回は野垂れ死にすることを選ぶ。フードで顔を隠し、夜陰に紛れて修道院をでた。
しかし、残念なことに修道院を出たところで体力が尽きてきた。最近だいぶ体力がついたとはいえ元貴族のご令嬢、それほど頑丈ではない。一息ついた。
「おい、どこへ行くつもりだ」
後ろから、若い男の誰何する声。この時間、出入りの村人たちはとっくに帰っている。修道院に若い男がいるはずがない。ティアは慌てて逃げ出した。振り返ると、男が二人追ってくる。逃げきれない。恐怖で足がもつれた。転びそうになった瞬間ガシッと腕をつかまれた。
「なぜ、逃げる」
「なぜって、殺されたくないから・・・です」
ティアは恐怖のあまり目をつぶった。声が震える。
「何をいっている?」
「じゃあ、どこかに売り飛ばすつもりですか?」
沈黙が下りた。
ティアは捕まるくらいなら、あっさり死にたいと思った。おもむろに自害用の短刀を抜き、自らの咽に向けた。
「何をしている!」
パシッと男がティアの手に軽く手刀をいれると短刀が飛んだ。それを切なげに目で追うティア。
「ちょっと落ち着いてください。俺たちは味方です」
そういわれて男達を見上げると、一人は赤味がかった茶色の髪にハシバミ色の瞳。ハンサムで長身、鍛え抜かれた体。ティアは彼をどこかで見た覚えがあった。記憶を探る。
「あなたは、・・・たしか騎士団の・・・副士団長?」
「おやおや、顔を覚えていただいていたとは光栄です。ティアラ嬢。いまは別の部署にいますが、ここでは身分を明かすわけにはいかないので、ヴォルフとだけお呼びください」
そういうとにっこりと笑った。人に安心感を与える温かい笑みが、ティアの緊張を和らげた。
「ヴォルフ、簡単に味方だなどと口にするな」
もう一人の男が口を開いた。高圧的で冷たい声、漆黒の髪と瞳をもつ長身の男。黒いマントを羽織っている。きれいな顔立ちをしているが、全身黒ずくめでいかにも怪しい。
ティアは再び緊張した。
「あーあ、ティアラ嬢、また怖がっちゃったじゃないですか」
しょうがないなというようにヴォルフが黒ずくめの男を振り返る。
その時、ひらりと光がまたたいた。
カンカンカンッ
金属に何かが当たった音がする。ボトボトと地面に小粒の石のようなものが落ちる。
ヴォルフがいつの間にか剣を抜いていた。
次の瞬間、鉄のこん棒を振りかざした修道士がヴォルフを襲う。
キン、カキーンッ
剣とこん棒が激しくぶつかり、火花が散る。ザザッと地面を踏みしめる音。
ギリギリと剣とこん棒が交差する。
「不意打ちに石礫か・・・。なかなかやるな。どこの所属の騎士だ?」
「はっ、そんなもの所属した覚えはないね」
吐き捨てるようにいうその声は・・・。
「へっ?シスタールチア!?」
ティアは驚いて止めに入ろうとする。
「ティア様!」
メアリーがいつの間にか真後ろにたっていた。
「かがんで頭を下げてください!」
メアリーの切迫したような声に、反射的に従うと、すぐ後ろで爆発的な魔力を感じた。もう、嫌な予感しかしない。次の瞬間、頭上を凄まじい熱風が通り過ぎる。
「ひっ!ファイヤボール!?どうなってるのーーーっ!」
ティアが恐怖におののきながら口走る。
巨大な質量と火力をもった火球が黒ずくめの男の懐に飛び込む。当たると思った瞬間、男は苦もなくよけた。行き場を失った火球は修道院入り口そばの大木にぶち当たる。
樹齢数百年の大木が火を噴くさまは圧巻だった。
「きゃあ!どうしましょ!木が燃えるーーっ!」
メアリーが頭を掻きむしって雄たけびをあげる。その叫び声に、いきなり立て続けに起きた出来事に呆けていたティアもようやく正気をとりもどした。
集中して呪文を詠唱し、昔覚えた大掛かりな水魔法を発動する。ミッション、大木の火を消す!
「メアリー、シスタールチア!落ち着いてください。この人達は怪しい人ではないそうです!」
ティアが声の限りに叫ぶ。
鍔ぜり合い中の二人の動きがピタリととまる。
「はい?」
燃え盛る火に照らされるルチアの顔はキョトンとしている。
ヴォルフはその隙に素早く剣をひいて鞘に納める。
「そう、誤解だよ。誤解」
などとヴォルフがルチアになにやら説明し始めた。しかし、今も大木は燃えている。ティア一人では手に余る。すると別の方向から水魔法による消火活動が始まった。黒ずくめの男だ。どうやら彼は魔導士のようだ。ティアより強力な魔法であっという間に火は消えた。彼のおかげでなんとか大木は消し炭にならずにすんだようだ。
「いやーーー!ティアさまーーーっ!」
火が消えたのも束の間、今度はメアリーの叫び声、なに事かと振り返るとティアの髪がぷずぷすと音をたてて燃えていた。悲鳴を上げる間もなく。
ザッバーンッ
ティアは正面から大量の水をかぶってひっくり返った。
黒の魔導士が、ティアのフードごと髪を焼く炎を一瞬で消し止めた。
きれいな顔に青筋を立てた魔導士の怒気を孕んだ声が静かに響く。
「この痴れ者が!制御も満足にできないくせに火球を放つ奴があるか。ティアが傷ついたらどうするのだ。今度やったら切り捨てる」
柄に手をかけ抜刀寸前の男をヴォルフが慌てて宥めにかかった。どうやら彼は剣の使い手でもあるようだ。
そのときになって、ようやくティアは、前に一度使者が訪れたことがあるのを思い出した。あのときは階段から落ちて会えなかったが・・・。そう彼らは、敵ではなかったのだ。
メアリーとルチアには聞きたいことがたくさんある。だが、それよりも二人が助けに来てくれたことが嬉しかった。
満天の星空のもと、今夜の修道院は珍しく賑やかだ。長閑なペルカトル村の夜はゆっくりと更けていった。




