ご令嬢、初めてのお使いです
ティアは嬉しくて朝早く目覚めてしまった。顔を洗い身繕いをして礼拝堂へ朝のお祈りに行く。浮き立つ心を引き締め、平和と安寧を願う。
日課の礼拝を終え彼女は朝食を取りに食堂へ向かった。空いている窓際の席に着くとメアリーが早速横に来た。
「ティア様、今日楽しみですね」
うきうきとした声で話しかけてくる。
「本当に今日のお出かけが楽しみで昨日はなかなか眠れませんでした」
ふたりは柔らかな日差しの中で笑いあった。
暖かい野菜スープに焼き立ての黒パン、自家製のバターにチーズ。すっかり味覚を取り戻したティアは食事を楽しんだ。
しかし、二人は気づいていない。その日も食堂ではここ最近、毎日一回は起こる小さな地震と地響きの話題でいっぱいなことを。
彼女は1週間で薬草の世話に慣れ、今ではポーション作りも手伝っている。今日はここのところ仕事が立て込んでいるシスタールチアに薬草の買い付けを頼まれたのだ。ティアは魔導学院時代、薬草学も学んでおり、知識が豊富なうえ、なかなかの目利きだった。魔導学院に在籍していたことはヒルデガルドすら知らないのだが、シスタールチアの推薦で今回の買い付けメンバーに選ばれたのだ。
お目付け役兼値段交渉役のシスターベルともに二人は馬車に乗り込んだ。
まだ20代前半の若きベルは修道院の買い付け係を担っているのだ。
馬車から過ぎ去っていく修道院がみえる。ここへ連れてこられてきた夜のことが夢のように思い出される。いまにも雨が降りだしそうな星の無い夜。まるで悪夢のようだった。ゆれる粗末な荷台の中で襤褸をまとい隠れるように出国した。哀しみで寒さすら感じることもなかった。王宮の大広間で皆に糾弾された時の声や言葉が深く心にささり、何度も何度も頭の中をリフレインする。せめて殿下のお顔を見たいと思ったのに、あの方は顔をそむけた。最初は助けてくれるのではないか、実はアナベル様とは付き合っていないのではないか、きっとすべてが誤解だったのではないかと縋るような思いでみていたけれど奇跡はおきなかった。せめてお声だけも聞きたかった。それなのにあの方は頑なに沈黙を守った。ならば、いっそ彼らと一緒に糾弾してほしい、やってもいない罪を数え上げてほしい。
お願い私をみて、無関心でいないで、まるでいないもののように扱わないで。
「・・アさま。ティアさま」
メアリーの呼びかけでティアは意識を現実に戻した。ベルも心配そうな顔でティアの顔を覗き込む。
「ごめんなさい。すこし酔ったみたい」
ティアは二人に心配をかけた事を申し訳なく思い、頬を赤らめた。
その後、本当にベルが酔ってしまうというアクシデントこそあったが、馬車は無事、商人の街トルクに着いた。ティアは院長の言いつけ通りに目深にフードをかぶっていた。銀髪の娘は珍しいので人攫いにあいやすいといわれたのだ。
トルクはマルシェで賑わっていた。街に降り立つのが初めてのティアも、久しぶりに外に出たメアリーも、いつも落ち着き払っているベルさえも、今日ばかりははしゃいでいるようだった。
入り組んだ市場の中で屋台を冷やかしつつ、薬草エリアについた。街にきたとはいえそれは娯楽の為ではなく、お仕事なのだからここは身を引き締めなくてはならない。しかし、それにしても薬草を取り扱う店の多いことにティアは驚いた。学院ではすべてが用意されていたからだ。
「さてと、どの店から仕入れようかしら。メアリー、ティア、手分けして安い店を探すわよ」
さっそく探索に入った。メアリーは街の買い物は何度か経験があり、ベルは買い付け担当で二人ともそれなりに自信があった。市場の歩き方も慣れたものだ。
しかし、意外にもティアが店を見つけてきた。
「あら、私が見つけた店はもっと安いわよ」
「はい、シスターベル。確かにお値段だけなら。ただあちらの品はあまりよくないのです。こちらのお店がおすすめです」
ティアにそういわれて、ベルは薬草を比較してみた。すると安い店の方は一束の中に状態の良いものと悪いものが混ぜられていた。確かに彼女のすすめる店で買った方が相対的にはお得だ。どこかの世間知らずの貴族令嬢かとおもっていたが、商品を見る目は確かなようだ。
「あなた買い付けの経験でもあるの?見たところ、市場に来たのは初めてのようだけど」
彼女はこの街に着いた時から物珍しげにきょろきょろしていた。
「はい。こういうところに来たのは初めてです。活気があって楽しいですね」
と顔にかかるフードの陰でおっとりと微笑む。
どうやらティアは院長やらルチアがたんに依怙贔屓しているだけではないようだ。彼女が来たことによって、さらにポーションの売り上げが上がるかもしれないとベルは思った。
馬車に仕入れた薬草を積んでもらうと3人は街でも比較的治安の良い場所にある食堂で遅めの昼食をとった。店の中は商人や家族連れでごった返していた。三人とも修道女らしく、いつもと変わらないささやかなメニューを選んだ。隣のテーブルでは子供が泣きだし、少し離れたテーブルでは夫婦げんかが始まるなど喧騒につつまれていた。ティアが物珍しそうに時には心配げにその様子をみていた。その間もティアはきっちり髪を隠していた。
ベルが会計をすませ3人は店を出た。すると、店の目の前の通りをすごい勢いで荷馬車が飛ばしてきた。ティアは驚いたが、街の人々はそんなことは日常茶飯事とばかりにひょいひょいとよけた。だが一人子供が逃げおくれてしまった。考えるより先に体が動いた。ティアは駆け寄った。そのときふわりとフードが落ちて銀糸の髪があらわになったが、それどころではなかった。
通りでは6歳くらいの男の子が足に傷を負い動けなくなっていた。じわじわと血の流れが広がっていく。母親が駆け寄り悲鳴を上げた。ベルがすかさずそれを宥めた。
「ポーションがないから、仕入れた薬草を」
メアリーが馬車へ取りに行こうとする。
「大丈夫です」
そういうとティアは自分の掌を男の子の傷口に翳した。淡い光がもれ、みるみる傷がふさがっていく。その様にメアリーが「ひっ!ティア様!」と驚愕の悲鳴をあげた。ティアが魔法を使えると思っていなかったのだ。男の子はすぐに動けるようになり母親に抱き付いた。
「回復魔法・・・」
ベルが呆然という。回復魔法を使える者は珍しい。それこそ魔導を勉強するエリートにしか使えないうえに生まれつきの才能も必要だ。メアリーもそのことは知っているが、周りに集まってきた街の人たちからすればそれは・・・まるで。
「奇蹟だ!」
「すごい・・・聖女様」
「聖女様だ!」
などと人々は口々に言う。母親は泣きながらティアに礼をいった。「少ないですが受け取ってください」と金を渡そうとしたので、ティアははっきりと断った。彼女にしてみればほんの少し魔力を与えて男の子のもつ回復力を促進しただけだ。それに魔力は休めばすぐに戻るのだ。
しかし、そのせいで3人は思いのほか目立ってしまったので、ティアは慌ててフードをかぶり逃げるように馬車に乗り込んだ。だが、ベルだけは「ペトラルカ村、メラニア修道院のポーションを御贔屓に」としっかり宣伝を忘れなかった。
かくして、メラニア修道院に見目麗しい聖女様がいるという噂が静かに広がっていくこととなった。
帰りの馬車で「なぜ自分の怪我のとき回復魔法を使わなかったのですか」とメアリーに問われ、ティアは「そんなこと思いつきもしませんでした」といって、メアリーを泣かせてしまった。そう、メアリーは自分を大切にできないティアをみると怒ったり、泣いたり忙しいのだ。そんなメアリーの柔らかな栗色の髪を申し訳なさそうにティアは撫でた。
それにしても王都にいた頃は家族に便利に使われていた回復魔法だが、誰も礼の言葉など口にしなかった。あれほど感謝されるとは思わなかった。嬉しかった。ティアは疲れて馬車の中で眠ってしまった。それもそのはず折れた足を治したのだから。男の子は重傷でおそらく医者にかかる金もないだろうということがティアにはわかっていた。記憶が戻ったおかげで虐げられている者の生活も気持ちわかるし、彼らの営みが何ら貴族と変わりないということも理解していた。
ティアの天使のようにきよらかな寝顔の横でベルとメアリーは話し合った。
「回復魔法は使用者を疲弊させるものと聞くわ」
といってベルは表情を引き締めた。
「その様ですね。ティア様、随分お疲れのようです」
「ならば、ティアのこの力は村の者にはもちろんのこと、教会の者にも秘匿に。でなければ彼女が壊れてしまうわ」
その言葉にメアリーが勢いよく頷く。
「ただしヒルデガルド様にはご報告しましょう」
「シスターベル、それはなぜですか?」
メアリーがちょっと不安げに聞く。なぜならばヒルデガルドは陰で辣腕経営者と呼ばれているペルカトル村の女傑なのだ。メラニア修道院は慈善団体であるはずなのだが・・・。もちろん、世事に疎く修道院に来てから日の浅いティアはこのことは知らない。自分を拾ってくれた美しい慈悲深い聖女様だと思っている。
「ヒルデガルド様は合理的で儲け話がお好きな方ですが、非道な方ではありません。最近ではティアのことをとても可愛がっているご様子。それに、もしも今後、ティアに何かあった時、彼女を守れるのはヒルデガルド様しかいないわ」
「確かに」
メアリーが力強く頷く。
こうして意見の一致を見た二人は馬車が修道院に着くまで眠りについた。
ベルは自分がどさくさに紛れて修道院の宣伝をしたことなどすっかり忘れていた。嘆きの尖塔よりさらに大袈裟な伝説が街から静かに広がり始めているとも知らずに。
読了ありがとうございました。
お立ち寄り、ブクマ、評価、感想など本当にありがとうごさいます。
「アラサー~」から引き続き応援いただいている方、感謝です。
初めての総合2位ジャンル1位皆さまのおかげです。
誤字報告、大変助かっております。感謝しています。




