後日談2 ウィンクルム家 消息……
「本編」最終回から、八か月後くらいです。
取り留めもないお話です。お付き合いいただけると嬉しいです。
ウィンクルム領に来るのは久しぶりで、ティアは王妃の仕事を離れ、のんびり過ごしていた。領地はシーリーがいち早く手を打っていたため、国が変わっても大した混乱はなく、カルディアの大半の領土のように人口の流出が起きることもなかった。
二人はのんびりとサロンで夕食後のお茶を飲んでいた。
「たまにはいいだろう。息抜きも必要だから、もっとくればいい。仕事はきついだろう」
「大丈夫です。昔、王宮にいた頃よりもずっと楽です。皆気のよい人たちばかりで」
「だろうね」
と言って二人は笑いあう。
彼らは日々権謀術数行き交うカルディアの王宮で、それぞれに苦労した。少なくとも新しい国では、罠に嵌められることを気にする必要はない。
それにティアはカルディアである程度の外交は経験済みだし、お妃教育も受けている。
国外追放の間に正しい歴史認識も身に着けた。普段はドジな一面を見せる彼女だが、なんだかんだと王妃の職務はこなせている。
「お母様とお姉さまはどうしているのでしょうか」
「ああ、東の国へ逃げ延びたと聞いたが、その後はわからない」
「そう……」
エカテリーナがアボット家のマチルドの元へ遊びに行っているときに、王都で暴動は起こった。
姉マチルドの嫁ぎ先であるアボット家は、いくつかの不正を暴かれ、暴徒の標的となった。
やむなく国外へ逃亡した。
事は急を要し、エカテリーナもマチルドについて行くしかなかったのだ。カルディアと東の国の紛争は、ツールベルグが間に入ることで停戦中だが、亡命した貴族の情報はいまだ入ってこない。
弟アルベルトの為にも、情報は集めているが、あれから半年もたつのに、まだ消息がつかめない。
アルベルトは、現在シーリーが後見人をつとめている。カルディアのギムナジウムに通っていたが、危険が迫ったので、ヨークスに遊学させている。エドガーとエカテリーナを父母にもつ彼は、シーリーとティアを嫌っているわけではないが、複雑な感情をもっているようだ。領地にはほとんど帰ってくることはない。
それもこの兄妹の心に影を落としている。
当時、シーリーはティアの助言を聞いて、すぐに領地に向かった。そこで荘園管理を任せていた古参の家令が、不正を行っていたことが発覚した。シーリーは彼を即刻くびにして領地改革を断行し、納税額を下げようとした。しかし、それがエドガーの逆鱗に触れてしまった。
父子は何度も話し合いを試みたが決裂し、エドガーがシーリーの廃嫡を決めた。しかし、使用人の大半がシーリーを支持し、領民にも人気があった。そのため、エドガーが強硬手段をとろうと、王都へと向かった。その途中で暴漢に襲われた。その後どうなったのかはわかっていない。
カルディアの貴族にはシーリーを疑う者もいたが、彼は手を下していない。実の父親ではないとはいえ、養父であり、恩もある。
エドガーはその強引な政治手腕から、多くの政敵を作っていたのだ。国家の動乱に乗じて何者かが手をくだしたと思われるが、杳として行方及び安否は知れない。
ティアの瞳は少し寂し気に翳る。ティアはとうとう親の愛を知ることはなった。シーリーにはその事が不憫に思えた。彼は今は亡き実父母に愛されて育ったからなおさらだ。
するとティアはシーリーの心を察したように
「お兄様がいてくれたから、大丈夫です」
と言って微笑んだ。その瞳にはシーリーへ感謝が湛えられている。
「私が叱られて、部屋に閉じ込められていると、いつもお兄様が灯りと私の好物を挟んだサンドイッチと果物を絞ったジュースを差し入れてくれました」
と言って無邪気な笑みを見せる。
ティアが部屋と言っているのは自分の部屋ではなく地下室のことだ。あの頃のエカテリーナは度を越していた。
本当はすぐにでもその部屋から出してやりたかったが、義母エカテリーナから見たシーリーはただの厄介者だった。
義父には気に入られていたが、アルベルトがすでに生まれていて難しい立場だった。何か失敗すれば、エドガーの期待にこたえられなければ、いつ追い出されてもおかしくなかった。そのため、下手に逆らうことは出来なかった。
そんな、中でティアだけが、幼いながらも、両親を失った悲しみに寄り添ってくれた。彼女はとても可愛らしかった。
そんな妹を救えなかった自分に、いまだに忸怩たる思いがある。
もし、自分が魔道学院の寄宿舎に入らず、自宅から通っていれば、ティアをずっと見守っていたのなら、彼女を守れたのかもしれない。
シーリーにとってウィンクルム家は息苦しくて、気が休まらなかった。魔道学院に入学したのを幸いと、逃げ出してしまった。口にはしないがいまだにティアに申し訳なく思っている。
もし、彼が家にいてティアと第二王子の婚約がなかったら、彼女は今頃自分の隣にいたのだろうか。そんな思いがふと浮かぶこともある。
「アルベルトは元気にしていますか?」」
「ああ、相変わらずだ。……まだ時間はある。ここへ帰ってくるかどうかは、ゆっくり考えればいいさ」
「なんだか、全部お兄様頼りで、ごめんなさい」
シーリーはぽんぽんとティアの頭をなでる。
「いいよ。お前は、しっかり陛下を支えてやれ」
「お兄様。陛下なんていったらイザーク様、また嫌がりますよ」
と言ってティアが笑う。
ツールベルグを共和制にしようと、最後までいっていた彼が、結局国王を引き受けることになった。専制を厭う彼の考えで、実質半分くらいは合議制になっているが、あとは彼の決断力に頼っている。おかげで皆、領地の立て直しや経営に専念できる。
ふとティアが黙り込む。
家令が客を来たことを知らせに来た。
「イザークさ……いえ、国王陛下がおこしです」
「わかった。今行く」
シーリーはため息をついた。
「なんでこの国の王は妻を実家まで、わざわざ迎えに来るんだ?」
それが国王に対する唯一の不満である。それにティアはまだ実家に二泊しかしていない。
「え?隣国から帰る途中だからって、いっていました」
「いやいや、それ迂回しすぎだから。それに来るときも一緒にきたよね」
「はい、途中だから降ろしてやるって」
「国王の送迎って、何なんだ?」
ティアが首を傾げる。
「ついで?」
シーリーは頭を抱えたくなった。国王が過保護すぎる。
玄関につくとイザークと従者が一人待っていた。彼は旅装に身を包んでいる。華美な紋章入りの馬車や装束は国内を移動するときは控えている。その方が、経費が削減できると国王自身が考えているからだ。
実際、護衛を引き連れて移動するより効率がいいし、かれ自身誰よりも強い。下手をすれば護衛が足手纏いになってしまう。ただ国外へ行くときには体面もあり、そういうわけにもいかないので、国境付近で体裁を整えている。
「イザーク様!お帰りなさい!」
「ただいま。ティア」
「後もう一泊していけ」とティアに言うつもりだったが、たった二日離れていただけでひしっと抱き合う二人をみて、毒気を抜かれた。
「妻が世話になったな」
「いえ、私の妹なので、いつでも大歓迎です。陛下」
「陛下はやめてくれ、公の場ではないのだから」
イザークが少し嫌そうにいう。早くこの呼称にも慣れて欲しい。そういえば彼は自分よりすこし年若いのだと、シーリーは思い出す。
「では、また明後日」
「お兄様、またね」
そういって別れた。結局、彼らとはよく会っている。城に泊まることもしばしばあり、いつの間にか家族のような付き合いをさせてもらっていた。
気付けば、シーリーはカルディアで王宮勤めをしていた頃よりも、孤独も息苦しさも感じなくなっていた。
星降る夜、二人を乗せた馬車の角灯の明かりが遠くなる。
僅かな痛みと悲しみを含んだ切ない思いは、夜気にとけていった。




