あなたを愛しています
その頃、久しぶりに結界を解いて、村に現れたメラニア修道院の礼拝堂には神に仕える者たちが集まっていた。ヒルデガルドが身に着けたペンダントトップが明滅し始めた。カエルムのカミーユからの贈り物のそれは、柔らかい光を帯び六芒星を刻みはじめた。
「いよいよね」
シスターマイアーナと目が合う。頷き会う二人はいま礼拝堂にいる。
「なんでも500年ぶりの発動らしいけれど」
ヒルデガルドに少し緊張が見える。
「あなたなら大丈夫ですよ。私がついているのですから」
いつも不愛想な彼女がヒルデガルドに朗らかに笑いかける。
「祈りましょう。歪みをただすために」
ヒルデガルドが静かに呼びかけると、礼拝堂が厳かな空気に包まれた。一人一人の祈りが力となり、一点を目指して放たれれる。
ペンダントを外すと中空に舞い。祈りを集めるように光輝いた。祈りは白く光る帯となり、ティアの持つ琥珀のアミュレットへと導かれた。
そして、カエルムの大神殿でもカミーユを中心に祈りが始まった。
祈りは力となり触媒となったカミーユの体を巡り、遠く、ティアのもつ琥珀のアミュレットへと注がれた。
地面に置かれた琥珀のアミュレットからは尽きることなく、多くの人々から集められた祈りの聖なる力があふれてくる。ティアは持てる魔力のすべてを注いで、術式を展開し続けた。光が走り、古城一帯を包み込むほど巨大な六芒星が地面に刻まれていく。
聖なる結界が完成した。
その瞬間黒い霧はきえ、辺りは眩い祝福の光に包まれた。前回とは違い、二人は結界の中心にいる。呪詛を垂れ流す呪いの根源は逃げることもかなわず、聖なる結界内にとらわれた。
足元から迸る光に包まれたティアは、体の中に巣食う黒く蠢く影がすうっと消えていくのを感じた。
そして、イザークの宝剣で貫かれた黒く禍々しい肉塊は、断末魔を上げながら、いく本もの白い柱の光に貫かれ、しだいにに浄化されていった。最期は、さらさらと崩れ、あっけなく散った。
あれほど二人を苦しめた呪いは消えた。
聖なる光が少しずつ薄れ、広大な結界が徐々にその姿をけしていく。
猛々しい心が鎮められ、誰もが戦うことをやめ、戦もやんだ。
あたりを静寂が包む。
ティアは、剣を鞘に戻し立ち上がるイザークを見た。
懐かしい大切な人。
一歩踏み出したのに、彼のもとにいく勇気がなかった。
繰り返した「生」の中で、果たして今の自分は彼にふさわしいのだろうか。それがティアの足を止めさせた。
それなのに
「ティア、良かった」
イザークに抱きしめられた。
「君が生きていて……本当に良かった」
ティアの心臓が跳ねた。鼓動が早くなる。彼と目が合わせられない。すこし距離を取ろうとして、彼の胸を押したのにびくともしなかった。それが嬉しくて、温かい腕の中で彼の体温をずっと感じていたかった。だが、言わなくてはならないことがある。
「あ……あの、今の私はあなたに相応しくないかもしれませんよ」
イザークは彼女を強く抱きしめた腕を緩めた。少し離れて、二人の目があった。深く青い瞳が、ティアの目を覗き込む。
「思い出したのか……私を。そのほかのことも」
ティアは頷いた。その言葉を聞かなくてもティアはここへ来るときに気付いていた。彼はすべてを知っている。それを一人抱えていた。ティアはそれを直視するのが怖かった。自分は汚れていないと言えるのだろうか。彼との大切な思い出をなくしていたのは裏切りではないのだろうか。痛みに心が軋んだ。
ティアの大好きな晴れた日の湖と同じ色をしたイザークの瞳が、静かに彼女を見つめる。彼が次に紡ぐ言葉が怖かった。
「ティア、君は私の汚れた手を握ってはくれないのか」
そう言うと彼はふっと微笑んだ。ティアの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「愛してる。これまでも、これから先も、必ず君を支える」
真摯な言葉が心をふるわせる。ティアは迷いなく彼の腕に飛び込んだ。
「愛しています。ずっとあなたを」
しっかりと抱き止められて、耳元で彼が囁いた。
「結婚しよう、ティア」
「はい」
胸の高まりとともに、今初めて二人の唇が重なった。
Fin




