対峙
古城を舞台に両軍乱れて戦ってきたが、迎撃の準備ができていたツールベルグ側が圧倒的な優位を保っていた。
領主は、先を見越して兵を配置していた。城の周りに罠が張り巡らされ、十分に引き付けてから弾幕を張った。それにより軍は半分以上の兵力を喪失した。そのほとんどが逃げ出していた。
国力の衰えた国の兵士に忠義などない。残っているのはおそらく最近になって慌てて雇った傭兵だろう。
初めから勝負は決まっていたのだ。
年寄りや子供など、非戦闘員はすでに避難している。いまここにいる者達は皆戦える。この日を見越して、侍女に至るまで己の身は守れるように訓練してきた。城を攻撃されたのはこれで二度目。短期で決戦は終了する。
最初の悪夢を繰り返さないために、同じ愚はおかさない。
イザークは司令塔の役割を部下に引き継いだ。
今しがたティアの居場所と安否を示す水晶から彼女の気配が消えた。こんなことは今までなかった。イザークは焦りを感じた。いつも彼女の存在をそばに感じていた。声がきけないのがもどかしいほどに。
今、守るべきものは彼女しかいない。
イザークが現れる敵を片付けつつティアを探した。もしかしたら、彼女は導かれるように井戸に行っているのかもしれない。
焦燥感にかられたとき、イザークの背中ががら空きになった。その瞬間を狙いすましたように黒々とした槍が彼の背をめがけて放たれた。
物陰に潜んで待ち構えていたカーライルが、風魔法を操って呪いの槍でイザークを貫こうとしていた。
彼の背中に迫る槍は、あっさりと弾かれた。イザークの持つ宝剣に速度を増した槍は叩き落された。
「また、同じ手を」
呟いて軽く舌打ちした。
「馬鹿な!この化け物……」
カーライルが口惜しさと怒りに顔をゆがめた。魔法でコントロールした呪いの槍を叩き落すなど常人には無理だ。そこまでの反射速度はない。
「二度も同じ手を食らわない」
「は?何をいっている?まあ、いい。貴様だけでも葬ってやる」
茂みから魔導士団がばらばらと現れた。己の私怨を晴らすためだけに、こんな所に兵を温存していたなど、信じられない所業だ。イザークはカーライルの身勝手さが腹立たしかった。
しかし、今はティアが第一優先だ。一気に片付けることにした。
長めの呪文詠唱を終えると魔力が膨れ上がり、イザークの前に数百本もの光の矢が現れる。カーライルが恐怖にゆがむ。
広範囲魔法はときに味方を巻き込む。威力が弱くなるうえに使いどころが難しい。しかし、一塊になっている兵の戦意を喪失させるには丁度よい。
「この人外がっ!」
憎々し気にイザークを罵る。誰一人として、逃げる暇を与えず魔法の矢は放たれた。しかし、カーライルには一本も当たらない。
魔導士がバタバタと倒れていくなか、カーライルだけが無事だった。わざと当てなかったのだ。
「相変わらず馬鹿な男だな。自分の兵をひとまとめにしておくなど。広範囲魔法の餌食ではないか」
「貴様……どういうつもりだ!私を嬲り殺すつもりか」
いきり立つカーライル。
「そうしたいのはやまやまだが時間がない」
そういうとイザークは呪いの黒い槍を拾い上げた。
彼の意図を察したカーライルは恥も外聞もなく逃げだした。もうはったりは通用しない。まだ死んでいない気絶しているだけの部下を見捨てて、背中を見せ脱兎のごとく敗走した。王家の紋章が入った立派なマントが翻る。そんな無様な光景を目にしながら、イザークは握った呪いの槍をカーライルにむけ力強く放った。
「安心しろ。その槍で貫かれてもすぐには死なない。だが治癒はきかない」
そういい捨てるとティアのもとに走った。水晶に反応があった。彼女は今、あの井戸にいる。
井戸のそばで、ティアは深い眠りから目覚めた。あたりを見るとそれほど長く眠っていたわけではないようだ。
ティアはこの景色を知っていた。ずっと前から知っていた。
懐かしく、温かい、そして悲しく恐ろしい結末を迎えた……あなたとの思い出。いつの間にか頬を涙が濡らした。
そのとき悪寒が走った。
----見ぃつけたあ
耳元で不気味な声が響いた。ぞくりと背中を氷で撫でられるような寒気を感じた。
井戸の中から黒い霧をまとった泥が大量に噴き出した。城の方向に着地し激しく渦巻くと徐々に人の形をとっていった。
ティアは体を動かそうとしたが、呪いの影響と恐怖に襲われで指一本動かない。あたりに異臭が漂い。足元から怖気が這い上がってくる。
泥の人形が色彩を帯び、ゆっくりと顔を上げた。嫣然と笑う。
アナベルがきた。
周りが黒い霧でおおわれ、空間が閉ざされた。
感傷に浸っている暇はないティアはアミュレットを握りしめ、神聖魔法の術式を唱えた。琥珀のアミュレットの濁った琥珀の中にぼんやりと六芒星が現れた。
すると徐々に霧が晴れてきた。それに少しほっとした。だいぶ体も動くようになった。改めてカルディアの魔導書の術式を発動しようとした。
しかし、苦悶の表情を見せたアナベルが、何の前触れもなく襲い掛かってきた。呪詛は待ってくれない。
間に合わない。ティアは恐怖で目を閉じた。
「ティア!今のうちに術式を展開しろ!」
恐る恐る目を開くとイザークがアナベルの体を光を帯びた宝剣で刺し貫き、地面に縫い留め、押さえつけた。
ぐずぐずとアナベルの体が溶け始め宝剣から逃れようとする。それをとらえる彼の腕がずぶずぶとアナベルに埋まっていく。
彼は傷つけさせない。誰も傷つけさせない。今、ここで逃がすわけにはいかない。
ティアは、気持ちを落ちつけると慎重に術式を詠唱しはじめた。
今度は負けない。




