古城の主が持ち続けた記憶 ~原点~
与えられた役割にただひたむきな彼女を見守ってきた。
仕事で国を離れ、久しぶりに王宮にもどると茶番である断罪劇は終わっていた。それは王宮内で最も清廉な彼女にあらゆる罪を擦り付ける醜いものだった。貴族の身分をはく奪され、国外追放寸前だった。
私は、王位継承権を放棄し、国政から手を引き、中央に二度と戻ってこないと約束した。代わりに彼女を引き取った。僅かだが、為政者の弱みも握り、それなりに手を汚した。
城に連れ帰ったものの、彼女の心の傷は深く、カーライルが重ね掛けした魅了は深刻なものだった。ここへ来た当初は食事ものどに通らず部屋に籠っていた。それでも少しずつ心を開いてくれた。
受け付けなかった食事も
「いまここで君に死なれたら、私も使用人も困ってしまう」
と伝えらたら、必死にスープ飲み下し始めた。
絶望の淵にいるはずなのに妙に律儀な彼女が痛々しく、いじらしかった。
最初こそぎこちなったものの、徐々にここの生活に慣れていった。今では使用人たちにも慕われている。
食事の時は、最近口数の多くなった彼女にいつも話をさせてしまう。彼女が閉じこもっていた頃は必死で、恥ずかしいほどしゃべってしまった無様な自分を思い出す。
私から、楽しい話題を提供できればよいだが、かたい話しか思い浮かばない。社交の場で女性とそれなりに話はするが、彼女がその話を聞いて喜ぶとは思えない。本当はきれいで心地よい彼女の声を聴いていたいだけなのかもしれない。
そばにいるだけで充たされてしまう自分がいる。
彼女は花が好きで、書物が好きだ。ここに来てからは、城の前に広がる湖をとても気に入っている。夕暮れの湖畔を歩くと、傾く陽が刹那、湖に彼女の瞳と同じ色を映す。アメジスト色から闇色になり月を宿す湖を、時間を忘れて、二人で並んで眺めた。
王宮ではなんでも完璧に見える彼女だったが、料理がどうも苦手なようだ。一生懸命つくってくれる姿が健気なので、私は毎回完食することにしている。
本当の彼女は完璧どころか、少々危なっかしい。王宮で迷子になって泣きだしそうになっていた可愛らしい女の子、そのままだった。
しかし、彼女のお茶だけは格別だった。最初は何を飲まされたのかと思うほどの味だったが、次第においしくなっていった。
そのうち、まるで私の心を読んでいるかのように疲れていると甘いお茶、集中したいときには濃いお茶を入れてくるようになった。私は、彼女のお茶なしでは生きていけない気がした。
時に不器用に見える彼女だが、不思議と心に温かく寄り添ってくる。そして、弱く柔らかい部分を支えてくれる。
だから、私は、勘違いした。焦って、先走って求婚してしまった。自分では時間をかけて時期を見極めたつもりだったが、実際には混乱して怯えて走り去る彼女の後ろ姿を呆然と見送るはめとなった。なんとも間抜けな話で、陰ながら見守っていてくれていた使用人たちを落胆させてしまった。
小さな事件はあったものの概ね平穏な日々がつづいた。中央を去ったにも拘わらず私の元へ引きも切らずに届く釣書は、彼女の目に触れないよう今まで通り処分させた。そんなに公爵家の肩書が欲しいのだろうか。きっとそんなものを目にすれば、彼女はここを出て行ってしまうだろう。
彼女は私の求婚を断ったことを気にしていたけれど
「私は、君がこのままでいたいのなら、無理強いはしない。安心してほしい」
と伝えた。
これ以上我慢をしたり、悲しい思いをさせたりしたくはなかった。時間はあるのだから、今はゆっくりと心の傷を癒せばいい。愛してもいない私を選ぶ必要はない。ここが彼女にとっての安息の地になることを願った。
彼女が城へきて二年の月日がたった。散歩のときに手をつなぐようになった。目が合うと時折彼女が頬を染める。期待していいのだろうか。領地視察へ行く前にもう一度彼女に指輪渡してみよう。
そして帰ったら、もう一度求婚しよう。
しかし、そうはならなかった。 カーライル率いる兵が何の前ぶれもなく城を襲った。私が中央を離れるのが早かったのだ。情報を集めるのを止め、王家とは関わり合いになりたくないとばかりに引き上げてしまった。
恐らく謀反だの逆賊だのといわれの無い罪をきせられたのだろう。もう少し準備をしていれば防げたかもしれない。
約束を違えることなど何とも思わない連中だとわかっていたのに。
攻め込まれた城を守っていた私は、ティアがいないことに気が付いた。彼女を探しつつ敵を討伐していると、井戸のそばに追い詰められていた。顔色をなくし、とても怯えていた。
そのとき私は慌てていて注意を怠った。彼女に触れる瞬間、槍で体を貫かれてしまった。その呪いのかかった槍を体から抜くことは不可能だった。ただ朽ちて行くのを待つだけとなった。
そのうち、人外の女からとてつもない呪詛がだんだんと膨れ上がっていくのを感じた。確かアナベルと言ったか、もう人であることをやめている。
嘲笑しながら、カーライルが戯言をぬかす。
私はあの呪詛を切れる宝剣をあっさり奴にくれてやったことを今更ながら悔やんだ。切った人間に呪いが返ってくると奴の口から聞いていた。ただの嫌がらせだと思い、その言葉を信じなかった。本当に嘘の上手い者は嘘の中に真実を散りばめる。
私は真実と嘘の見極めに失敗した。
「ティア、逃げろ!」
しかし、彼女は逃げなかった。私の周りにまばゆい光を放つ六芒星の魔法陣が刻まれる。守るように。
ティアが発動させたのか?体を貫く槍から呪いが薄れていく。彼女は結界の外にいる、なぜ?
どこまでも人を慈しむような、柔らかく優しい笑み。
大好きな彼女の笑顔。
馬鹿な!彼女に向かって手を伸ばす。
ありがとう……
それが彼女の紡ぐ最期の言葉となった。
その身にすべての呪いを受けて、最愛の女性が、風に舞うように、ゆっくりと井戸に落ちてゆく。心に絶望が広がった。
彼女の手からきらりと青い光がもれた。
ティアが指輪をつけていてくれた。
私を受け入れてくれていた。
絶対に失いたくない。
……彼女の命を奪わないでくれ……
私の青い指輪が砕け散った瞬間、何か聞こえた気がした。
意識が、絶望に染められた無慈悲な闇にのみ込まれた。
♢♢♢♢♢♢♢♢
優しくて少し甘く、残酷な長い悪夢を見ているようだった。
目を覚ますと王宮にいた。
彼女がカーライルへの思慕に狂い断罪され、斬首されるところだった。
再び王宮で目覚めた。彼女がいわれなき罪で断罪され、牢に入れられた後だった。
私は奔走した。彼女を守るために。気が狂いそうなほど必死に救いの手立てを探した。
間に合わなかった。
目が覚めるたびに、私は彼女を死へ追いやる事態を壊していった。しかし、目が覚めるたびに彼女を死に追いやる要因は変わる。残酷な死は確定しているのに、そのやり口が繰り返すたびに変わっていく。
いたずらに彼女を苦しめた挙句、死ぬまでの苦しみを長引かせるだけだった。どこかで呪いを打ち破らなければならない。私は方法を模索し、探し求め奔走した。
また今回も彼女は恋に落ちていた。それこそ付け入る隙が無いくらいに。まるで時が壊れたかのように、ひと欠片の甘さも含まない恋に身を焦がしている。
あと何回やり直せる。
せめて彼女が恋に落ちる前に間に合えば。しかし、繰り返される時は、それを一度も許さない。まるで運命だとも言うように。絶対に変えられないものだというように。立ちはだかる。
ティア、必ず救い出す。
こうして強く願うことが、呪いとなって魂を縛るのかもしれない。
繰り返されるときの中、いつでも、どんな君も、誰を愛していようとも……。
君を愛している。




