ご令嬢はお手伝いがしたいのです
「あれは、ハーブですね。たしかターリス草。ポーションを作っているのね」
「え?」
目を輝かせて言うティアにシスターベルがキョトンとする。
「よくご存じで」
シスターベルは、修道院内で隣国カルディアの貴族のご令嬢ではと噂されるティアがポーションの原材料を知っているのか不思議だった。メアリーもそれは同じだったようで不思議そうにティアをみる。
「ティア様も御幼少のころ、ケガしたときあの草の汁を塗ったのですか?」
「まあ!メアリー、それではあまり薬効を発揮しませんよ。きちんとポーションを作らなければ」
「え、でもポーションって高価ですし・・・って、あれ、ティア様ポーションを作っていたのですか?」
メアリーが驚く。
するとそこへ
「はい、はい、はい、そこうるさいよ。今作業中だから、静かにしな」
そう言いながら、部屋の奥から茶色い髪に緑の瞳を持つ20代半ばくらいの背の高いすらりとした美人があらわれた。
「失礼しました。シスタールチア。ティア、彼女がここの責任者よ。彼女の指示に従ってこのポーション工房では作業が進められているの」
ティアは淑女の礼をとった。一瞬ルチアの顔が引きつる。ここでは初対面の挨拶にわざわざそのようなことをするものはいない。残念ながら、その躾のよさから、ヒルデガルドとシスターマイアーナが秘匿している彼女の出自がばれそうになっている。
ティアの銀髪は希少で隣国カルディア王国の貴族の一部にしか見られない。幸いなことに、ここヨークス王国の片田舎では知られていないので、何とかばれていない状況だ。
「はは、へー、なかなか、しつけのいいお嬢さんだね。どこぞの貴族?」
ルチアが乾いた笑みを浮かべ美しい目を眇める。その鋭い眼光にシスターベルは震えあがる。鈍いのか胆が据わっているのか動じないメアリー。そして、ティアはその問いかけにふるふると首を振る。美しい銀髪が動作に合わせて揺れる。メアリーがうっとりとティアの美しさに見とれている。
「貴族?めっそうもございません!平民でございます。それに私、とある事情から貴族は苦手でございます」
はっきりとティアが言い切るとルチアが目を細めた。
「そりゃ、奇遇だね。とある事情から、私も貴族が大っ嫌いなんだよ」
そういうとにかっと笑った。人好きのするいい笑顔だ。ルチアはティアのことが気に入ったようだ。
早速、薬草園のお世話と薬草の採取を命じられた。とりあえず見学会はここで中断ということでいよいよお手伝いとなった。シスターベルはここでお役御免とばかりにそそくさとさっていた。ルチアは良き修道女ではあるがはねっかえりで何をしでかすかわからない。あまり関わり合いになりたくないというのが本音だ。
「シスタールチア行ってまいりますわ」
「ああ、頼んだよ。ティア嬢」
ルチアがウィンクをよこした。はじめこそ怖そうな美人に見えたがどうやら気さくな人のようだ。ティアはほっとした。ただ「ティア嬢」には少し引っかかる。親しくなったらやめてくれるように進言しよう。
薬草園に行くため、メアリーと部屋を出る前にティアがふと立ち止まった。
「この部屋は魔力があまり満ちていませんね。もう少し多くの魔力が満ちていれば質の良いポーションができますのに」
「はあ、魔力が満ちて?ってなんですか。それ?」
メアリーがこてんと首を傾げる。やわらかそうな栗色のくせ毛ふわりと動く。
「ふふ。薬草を採取する前にちょっとだけお手伝いを」
嬉し気にいうとそっと瞳を閉じて胸の前で祈るように手を合わせる。
すると窓の閉じた部屋に一瞬、清浄な風が流れた。魔力開放である。これでうっすらと漂っていた魔力がより強められた。きっともっと質のよいポーションが作れるはずだ。
「これで十分かしら。さあ行きましょう。メアリー」
元気よく二人は薬草園へむかう。しかし、階段を降りたところで地下から地鳴りがし、石造りの頑丈な建物が少々揺れた。
「やだ。地震かしら」と写本制作中のシスターたちが騒いでいたが、ティアとメアリーはたいして気にもせず薬草園へ向かった。
彼女たちは知らない、大図書館での魔力開放は禁止されていることを。魔力開放できるものなどこの修道院にはほぼいないから、それはすっかり忘れ去られていた禁止事項だった。
ティアは13歳で第二王子の婚約者に選ばれるまで王立の7年制の魔導学院で学んでいた。父のウィンクルム侯爵は娘を政略結婚の道具としてしか見ていなかったので、もともと反対していたが、彼女のたっての願いだった。11歳の時に首席で合格。高い魔力を宿した優秀な生徒だった。しかし、婚約により退学し、ひそかにお妃教育を受ける身となった。魔導の勉強は楽しかったし、実践も得意だった。しかし、彼女はそれ以上に第二王子を愛していた・・・。
薬草園で年の近い二人の少女はすっかりはしゃいでいた。メアリーとうちとけて話すうちに彼女が15歳のティアより二つ上だということがわかった。ここの修道院に来る前は、遠く離れた町の孤児院で子供たちの世話をしていたという。
「まあ、それは素晴らしいお仕事ですわね」
「いやあ、それほどでも」
薬草を摘みながら、メアリーはティアと話がはずみ、感心されたり褒められたりで有頂天だった。だから、そのことに気づくのが遅れた。
「あら、何かしら?今ぬるっとしたわ」
摘んだ薬草を置いた籠を見ると血がついている。不吉な予感がした。そこから地面にてんてん落ちている血をたどるとその先にはティアがいた。見ると彼女の手は血だらけだった。
「いやーーー!ティアさまぁーーー!」
のどかな薬草園に今日もメアリーの叫び声が響く。ティアは生まれてこのかた草など摘んだことがないので、葉で手が切れることを知らなったのだ。
その後、ティアはメアリーによって医務室に連行された。しばらくして医務室にヒルデガルドが様子を見に来た。彼女は薬草園で手伝いをすることに渋い顔をみせたが、ティアが続けさせてもらえるよう泣いて頼むと呆れながらも許可をだした。ただし「ティア様は、夢中になるとケガにも気づかないようですから。今後絶対に無理はしないように」と念をおすのを忘れなかった。
ヒルデガルドはここへきてさすがにティアが隣国での噂とは全然違うことに気が付いた。なにかきな臭いものを感じる。
そしてティアに対して、今までの見せかけの慈悲ではなく、本当の情がわいてきたことにはまだ無自覚だった。




