呪い ~原点~
随分と古い記憶に感じる。その頃はまだ……。
第一王子フィリップの執務室に呼ばれた。仕事には不必要かつ、無駄に豪華な調度品で飾られた部屋に入ると、第二王子カーライルと第三王子ジークもいた。人払いがされている。おそらく良くない話があるのだろう。
「これを見たことがあるか?」
カーライルから見せられたそれは、古びたというより朽ちかけた宝剣だった。錆びていて鞘から抜くことができないようだ。
「これは王家の魔道具だ。呪詛を切る剣と呼ばれ、代々王家に伝わるものだ」
随分と仰々しい呼ばれ方だ。するとカーライルが自分の指を短剣で軽く切ってみせた。にじみ出た血を剣に擦り付ける。するりと剣の錆が落ち鈍く輝いた。
「これができるのは私だけなのだ。他の者がやってもこの宝剣は何の反応も示さなかった。これは、カルディア建国の頃、王族を呪った大呪術師を切り捨てた剣だ。つまりこの剣が反応を示したということは、私には王家を受け継ぐ資格があるということだ。
しかし、残念ながら剣は相変わらず鞘から抜けない。貴様にも試させてやろう」
カーライルがくだらない能書きを垂れ、得意げにニヤニヤといやらしい笑いを浮かべる。兄に対抗心剥き出しのジークが、悔しそうな表情をしている。フィリップは相変わらず覇気がなく、面白くなさそうだ。今の王族の力関係を如実に表している。
抜けたら抜けたで絡まれるのだろうか?いや、違う。
ここには、そのようなくだらない要件では済まされない空気がある。
「抜けたら、どうだというのだ?」
あえて聞いてみる。多分、碌でもない頼みごとをされるのだろう。この従兄弟達はいつでもそうだ。利害の一致を見た時だけ団結する。裏では殺しあうほど憎しみあっているのに。
カーライルから剣を受け取った瞬間、体内に力が流れ込んでくるのが分かった。どこか体の奥深い部分が剣に呼応する。血など必要なく、柄を握っただけで光輝き、あっさりと抜けた。おそらく王族の血を引き、かつ強い魔力をもつ者に反応するのだろう。国王の政略結婚により血が薄まり、魔力の弱った彼らでは扱えない。ただ、それだけの事だ。しかし、いつでもそれだけのことが面倒事をひきおこす。
案の定、彼らは剥き身の両刃の輝きをみて、一様に仄暗い顔をした。恨まれるのも妬まれるのも昔からだ。どのみち、彼らが自分以外の人間を愛することはない。長い付き合いでも情すらわかない。
今更、そんな感情はどうでもよかった。
網目のようにはしる複雑な回廊をカーライルとしばらく歩いた。王子たちの中で彼だけが、王宮の完璧なる地図を持つと言われている。そのようなものが現存するならば……。人を出し抜くことに長けている彼らしい。いっそ私など身代わりにたてずに、外交を自身で執り行えばよいのに。しかし、残念なことに彼の場合、沸点が低すぎて話し合いにもならない。
黙って歩けばよいものを、先ほどからカーライルの自分語りが続く。鬱陶しくなったころ、彼の足が止まった。
「で、ここはどこなんだ?」
カーライルに連れてこられたのは王宮の奥深く。初めて見る通路の行き止まりに、赤さびの浮いた、古く大きな鉄扉があった。そこは暗く、湿り気を帯びた場所だった。どこからか、微かに血の臭いが漂ってくる。薄気味の悪い場所だ。何もいないはずの地下から、槌をうつようなカーンカーンという音が聞こえてきた。
「今は使われていない地下牢の入り口だ。その剣でこの中にいるものを浄化してもらいたい。貴様も聞いたことがあるだろう?元地下牢だ。王家に対する呪いや呪詛。ここには結界によって悪しき魂が閉じ込めてある」
人ならざる者、数百年前に呼び出された異形。虐殺された異民族達または、征服された国々の恨み。派閥争いから陥れられた者たちの暗い情念。カルディア建国のときから連綿と続く負の財産だ。話には聞いたことがある。しかし、呪詛を切るのは次期王となる者がなす仕事だ。少なくともこの国の伝承ではそうなっている。私の仕事ではない。
王家では、いつの間にか国王陛下が管理されるはずの宝物庫などをカーライルが引き継いで管理している。それらの場所をカーライル以外の者は知らない。それが今のこの従兄弟たちのパワーバランスだった。陛下は病気で臥せっていると言われているが、おそらくもうこの世にはいない。暗殺する前に拷問でもして聞き出したのだろうか。
「呪詛が溢れて、そろそろ結界が危ない。ある程度鎮めて、結界を張りなおす必要がある」
カーライルはそう言うと「くくっ」といかにも楽しげに、ゆがんだ笑みを浮かべる。嘲笑のつもりだろうが、失敗して引きつっている。
「何をすればいい?」
面倒くさい頼まれごとだ。謀られているものかもしれない。カーライルの手によって、この扉の向こうに閉じ込められる危険性もあるが、異常なほど物欲が強いこの男が、王家に代々伝わる特別な剣を手放すとは思えない。自身で扱えなくても手元に置いておきたいはずだ。恐らく大丈夫だろう。
「余裕だな。まあ、全部倒せって言うのは無理だからな。その剣で適当に弱らせるだけでいい」
カーライルはイラついた様子で、舌打ちした。
「その剣でしか切れないのだ。だが、その剣を抜刀できるのは貴様しかいない」
このような危険な場所に単騎で乗り込めと言っているのだ。魔導士も付けずに。私が中で死んだら誰がこの宝剣を回収するのだろう。興味深いところだ。
「要するに地下牢にいる人ならざる亡者たちを切って来いということだな」
「ああ、残念ながら、切ったものが王家に向けられた恨みを背負うことになるがな!」
叩きつけるようにいったあと、乾いた笑い声を上げた。
カーライルは自分がその役目を果たせなくて、兄弟に恩を売ることができない腹立たしい気持ちと、呪詛にまみれた亡者たちと対峙しなくてもよいという安堵感の間に揺れている。
「こちらにはまったく、いいところがないようだが?」
素直な感想を口にした。
「これが、貴様の頼みを聞く条件だ。それに貴様も王族だろっ!どの道恨みを受けるのは一緒だ」
カーライルがぎりぎりと歯をかみしめる。人に頭を下げることが嫌で、借りを作りたくないのだ。都合のいい時ばかり、同じ王族だという。くだらない権威に縋りつく。
これは愚かな判断だ。わかっている。しかし、己に王族の血が流れている以上、たとえここを離れたとて、この状況を放置すれば、いずれは身に降りかかる。断ることは無意味で不可能だし、なによりも背に腹は代えられない。それほどまでにして私は……己の欲を優先した。
「これを機に私は領地に引っ込む。今後は、一切干渉してくるな」
「調子に乗るなよ。イザーク」
カーライルはギリギリと歯を食いしばり怒りに黒ずんだ顔を向ける。
私は赤錆の浮いた扉に手をかけた。
「今後この国を率いるものとして、後学のために一緒に来るか?横で見ているだけでかまわないぞ」
笑ってそう問いかけると、カーライルは顔面を蒼白にし、震えて一歩退いた。扉を少し開けただけであふれ出る瘴気に怯んだのだ。
いっそこいつを中に蹴り入れてやれば、少しはすっきりするのだろうか。まあ、いい。彼らの言うことを聞くのもこれが最後だ。
扉の中へ一歩踏み出すと、全身を冷気が襲った。祖父から受け継ぎ左手に嵌めた青い指輪が、淡い光を放ったような気がした。




