ご令嬢、いよいよ修道院の見学です
手当の終わったティアは医務室に訪ねてきた院長のヒルデガルドに働く必要はなく、のんびりと過ごしていればよいと言われた。
前世の記憶が戻った彼女はいま悔やんでいた。なぜ自分は三ヶ月も自己憐憫に浸って無駄にしてしまったのだろうと。いま思うと自分に酔っていただけの愚か者だ。尖塔に籠って悲恋に酔って当然のように他人の施しを受けていた自分が恥ずかしい。
少しでも役に立とうと手伝いを申し出たが、かえって迷惑をかけてしまった。
しかし、彼女はしらない。修道院がさらなる風評被害を被っていることを。嘆きの声が聞こえなくなって2週間になるが「嘆きの尖塔」の呼び名はいろいろな伝説とともに村にしっかり根付いていた。
そしてティアの反省は止まらない。家事のひとつも満足にできない自分が不甲斐ない。これでは殿下に嫌われてもしょうがないわ、などと見当違いなことまで考え始める始末。貴族は洗濯も料理もしないというのに。悶々としながら味の薄い野菜スープをスプーンですくって機械的に口に運んでいると、シスターベルという30歳くらいの修道女がやってきた。茶色い髪のふくよかな女性だ。
「ティア、ヒルデガルド様がお呼びよ」
そそくさと昼食を済ませて彼女の後について院長室へ行くとヒルデガルドから意外な申し出をされた。
「ティア様、無理をせずにあなたにあった役割もしくはお仕事を探しましょう。まずは修道院内を見学してみたらいかがかしら」
といって優しく微笑んだ。その言葉をきいて心底ホッとした。
彼女は、いまドミトリーの一人部屋にいる。トイレも風呂も部屋にあり、メアリーが掃除にくる始末。これではまるでお客様だ。そのうえ、院長のヒルデガルドとメアリーはなぜかまだ彼女を「ティア様」と呼ぶ。それが心苦しかった。もう一回敬称略でお願いしよう。そしてもう少ししたらメアリーとの相部屋をお願いしようと考えていた。
そして今、ティアはシスターベルの案内で修道院の職場見学をしている。敷地内に広い農園がありシスター達が雑草とりをしていた。ここでとれた新鮮な野菜は修道院で食べる分と村へ卸す分があるという。早速手伝いを申し出たがシスターベルにより速攻却下された。
農園の先には厩舎があり、馬や家畜も飼っている。ティアは懲りずに手伝いを申し出たが「まずは見学を終えてからにしましょうか」とシスターベルに笑顔でお断りされた。
さらに遠くの方に平屋の石造りの建物がいくつ見えている。何かの工房のようだ。
修道院の敷地はとても広大でティアが考えていたよりもずっと活気があり、皆がいきいきと働いているように見えた。
王都にいた頃は修道院というところは「何か」で傷がつき結婚できなくなった貴族の令嬢が幽閉される場所だと勝手に思い込んでいたのだが全然違った。ここは穏やかながらも活気がありみな生き生きと働いているように見えた。少なくともあの冷たくてよそよそしい王宮よりもずっと素晴らしく感じられた。ここ最近沈みこんでいたティアの気持ちは久しぶりにほんの少し浮き立った。
畑をぬけるとその先に工房があった。煙突からもくもくと煙が立ち上っている。
近づくにつれカーンカーンと槌を打つ、小気味良い音が聞こえてきた。
「あちらでは鍛冶をやっているのですか?」
ティアは驚いた。修道院内に鍛冶屋があるとは思わなかった。
「鍛冶をやっているのはほとんどが村の職人です。彼らは日中のみ通いで来ています。私たちは主にガラスを作っています」
「ガラスですか?」
「ええ、他にも教会のステンドグラスや絵画を補修したり、食器などを作ったりしています」
「まるで職人みたいですわ」
「職人みたいではありません。私たちは職人集団なのです」
「まあ、それは素晴らしいわ」
誇らしげに言うシスターベルと感心しきりのティア。ここで何かを習得すれば誰にも迷惑かけず自分で食べていけるかもしれないと思うと希望がわいていきた。
「ぜひ、中を見学させてくだい」
「それではただいま作業中ですので、窓からでよろしいでしょうか」
「はい」
ティアはさっそく窓に駆け寄った。三ヶ月のひきこもり生活の影響で少しふらついていたが、多少体力がもどっているので問題はなかった。
早速窓からのぞいて見ると筋骨隆々の男性が真っ赤に熱せられた鉄を打っている。
「あれは看板を作っているところですよ」
窓からのぞくだけだが中の熱気が感じられるようだ。鍛冶を習得したら職人として食べていけるかもしれないなどと淡い希望を抱いていると奥の方から作業着をきた男がやってきた。ティアはその男から目が離せなくなった。なぜなら彼が手にもっていたのは焼き鏝だったのだから。
前世の拷問で焼き鏝を押された記憶がフラッシュバックした。
その瞬間、悲鳴を上げて卒倒した。
目が覚めると夜更けだった。
「よかったー!ティア様」
ベッドから体を起こそうとするティアにメアリーがひしっと抱き付いた。心配で彼女にずっとついてくれていたようだ。
物心がついてから、人からそのように扱われるのは初めてだった。まるで大切なもののように。こそばゆくて、恥ずかしくて、とても嬉しかった。
次の日、気を取り直して、シスターベルに自称ティアの侍女メアリーが加わっての修道院見学を再開した。ちなみに工房への出入りはヒルデガルドによって禁止を言い渡された。
今日はチーズやバターの加工所を見学し、勧められるままに試食した。
「すごく、おいしいです」
ティアは素朴な味に感激した。
王宮や公爵邸でどんな豪華な料理を食べてもおいしく感じなかったのが嘘のようだ。
それから修道院の別棟のような石造りの立派な建物前にきた。
「ここがわが修道院自慢の大図書館です」
お妃教育の為、勉強ばかりで読書をすることなどほとんどなかったティアは胸を躍らせた。
広いエントランスは古くがっしりとした作りだった。明かり取りの窓にはステンドグラスが埋め込まれているところもあり、キラキラと美しかった。
2階へあがり高い天井にとどきそうな膨大な書物の間を抜け広間にでるとテーブルがいくつも置いてあり、修道女が静かに書き物をしていた。
カツカツと羽ペンの動く音だけが響く。
「これは何をしているのですか?」
「写本を作っています」
それなら私にもできるかもとティアは喜んだ。市井では読み書きができないものも多いと聞くが彼女は貴族の出身なので得意分野だ。でも、それって職人になるのかしら?とティアは思った。何にせよ出来そうなことがあるのは嬉しい。
そしてさらに回廊を抜け、渡り廊下の先の奥まった場所に連れていかれた。ここはまるで迷路のようだ。帰りが心配だ。
シスターベルが大きな扉を開ける。
「ここは・・・」
高い天井から光がさし、ステンドグラスが美しい影をおとす広い部屋には微かに魔力が漂っていた。
大きな釜があり、たくさんの野草が種類ごとに分別され、薬師たちが働いていた。




