ご令嬢は便乗するようです
ティアは午前中から午後にかけて散歩と称して屋敷内や敷地を探索した。
ただ遊んでいたわけはなく、脱出の経路を下調べしていた。
当然、使用人連れである。彼らは頼みもしないのにぞろぞろと付いてくる。自然ティアの行動は目立った。
屋敷はかなり警護が固く、兄が味方になってくれればなあと思った。幸いシーリーは敵というわけではないようだ。その事実に少しほっとした。
かといって利がなければ、ティアを助けてはくれないだろう。
彼女はそれが勘違いとも知らずに、そう考えていた。
昨夜は図書室で取り乱したかと思ったら、すぐに平静にもどり、余裕の笑みで隙なくティアを部屋に連行…ではなく送ってくれた。そういえば、何やら途中で「父に謀られた」と笑顔で恨み言をつぶやいていた。ティアはそんなシーリーが珍しく、ほんの少し怖かった。
あの様子では、シーリーの性格からして、父エドガーに一杯食わせなければ気が済まないだろう。
兄を騙したりしたら、絶対にいけないのだ。優雅で美しい兄は、見かけによらず結構えぐい仕返しをする。
ティアを完全になめ切っているマチルドもシーリーには恐れをなしている。弟のアルベルトなどは母エカテリーナの後ろ盾があれど遠巻きにしているくらいだ。
取り合えずはそれで父への溜飲は下げた。
(お兄様頼みなんて、私ったら情けない)
ティアはこつんと自分の頭をこぶしで叩いた。
「ティアラ、何をしている」
振り返るとシーリーが苦い顔をして佇んでいた。
「あら、お兄様。私、散歩をしていましたの」
「屋敷の中でか?」
声に不信感がにじみ出ている。ティアはどぎまぎした。
「この家に帰ってくるのは久しぶりなので、ついもの珍しくて」
「そうか、それは良かった。使用人から、お前が朝から不審な行動をとっているという知らせがあったから、見に来たのだが杞憂だったな」
笑顔で応じる兄、本当にそんな報告があったのだろうか?厳しく監視されているのか、それとも兄に試されているのか。
「部屋へ送ろう」
流れるような動作でティアの腕をとった。優雅な所作であるが、それでいて有無を言わせない。ティアはそのまま部屋に連行…ではなく送られた。
「お兄様、ちょっとお話したいことがあります」
ティアは連れてこられた部屋の前で言った。
「今でなくては駄目か?こう見えても私は忙しいのだが……。夜に時間をとろう」
「いえ、それには及びません」
ティアはその頃、この屋敷を抜け出す予定だった。もともとカルディアに入国するために利用しただけた。
ただちょっと兄に対しては良心が痛む。彼が詰め腹を切らさなければよいがと思った。
「ならば、部屋で聞こう」
シーリーはそういうとティアを部屋に押し込んで人払いをした。そして指を立てると風魔法を発動した。部屋の気流を乱す。これで話は聞かれない。用意周到さに驚いた。やはりこの人は怖い。
何を隠そう彼は魔道学院で入学から卒業まで一貫して主席であり続けた。王家にも一目置かれる由緒正しいウィンクルム家の跡取りでなければ、宮廷魔導士団に取られていた。
「ティアラ、手短に」
「あ、いえ、その差し出がましいことで恐縮なのですが、今、ウィンクルム家の領地はどうなっているのかと」
彼女は何を言い出すのだろう?シーリーは軽く首を傾げた。
「変わりなく、やっていると思うが?」
ティアはひたと兄を見つめる
「それではお兄様は領地経営に携わっていないというのですか。まったく、領地を見回ることはないのですか?」
彼女の言うことは確かに差し出がましい。このような言われ方をする覚えはない。そして決して子女が口を出して良いことではない。
それを重々承知のはずなのになぜ?
「領地からの報告はきちん受けているし、それは父の領分だ。今は王都を離れるわけにはいかない。王宮が大変な状態であることはお前もおぼろげにわかるだろう」
「だから、こそです。いまカルディアは不安定な状態です。紛争もあったばかりです。民が疲弊し、浮足立っているようなことはありませんか?」
ティアの言葉に虚を突かれた。
「私は、隣国を見てきました。領民は領主の考え一つで、幸せに不幸にも、裕福にも貧困にもなります。政など何もわからない私が言うのはおこがましいとわかっていますが、どうか、考慮に入れてくださいませ」
そういうと彼女は丁寧に頭を下げた。シーリーは今まで、王宮や家で策謀に取り巻かれ汲々としていた。彼自身も視野狭窄に陥っていた。
考え込むときのくせであごに手をやる。答えをだすのにそれほど時間はかからなかった。
「わかった。明日にでも領地にたとう」
ティアは兄の言葉に軽く目を見開いた。叱責させる覚悟を持って箴言した。
「妹に諫言されるとはな」
ふっとシーリーが微笑む。ティアはうれし気に頷いた。
「話は終わりか?」
「はい」
話は終わったとばかりに踵を返した。しかし、後頭部あたりにティアの視線を感じる。なぜか彼女は部屋を出ようとするシーリーを凝視している。
「?」
振り返ると、まだじっと見てくる。シーリーはさすがに気恥ずかしくなり、自分の頬にすこし朱がのぼるのを感じた。何か、彼女に期待されているのか?
僅かな動揺を隠して平静を装う。
「まだ何か?」
ティアがふるふると首をふる。そういう仕草は年相応で可愛らしい。思わず微笑んでしまう。シーリーはティアの多大なる期待も知らず、部屋を後にした。
ティアは部屋を出て行く兄を拝んだ。
(お兄様、あなたもお父様に騙されましたわよね?ならば、馬鹿な私は、ウィンクルム家一の優秀なあなたのリベンジに期待するしかありません。
ぜひとも私の分までお父様に「いつもより苛烈にしてえぐい仕返し」をしてくださませ)
いくら人が良くとも彼女も人間だ、育ててくれた恩だとか、そんなものはこの際どうでもいい。
兄の手腕に大いに期待し、便乗する気満々だった。
父エドガーは、ウィンクルム一族きっての魔道に長けた優秀な兄妹を敵に回してしまったことにまだ気づいていない。




