家に帰る
――メラニア修道院の工房にて――
「ティア!ちょっとこれかけてみて」
ティアはルチアから透明なガラスの入った眼鏡を受け取った。人相が変わるほど大きくて、不格好な眼鏡である。
「ああ、成功しましたね。瞳の色が茶色に変わっています」
サフィラスがほっとしたように言い、ルチアがガッツポーズを作る。二人とも工房に籠ってここ二・三日、瞳の色が変わる眼鏡を作っていた。
魔導で変えることも可能らしいのだが、ティアはその方法を知らない。魔力を帯びてしまうし、負担になる。よほど上手でなければ、魔力持ちの人間には、ばれしてしまう危険がある。そこで二人がティアの為に魔道具を作ってくれたのだ。
「ティアが思ったほど不細工になってないな。もとがいいからこれが限界か」
ちなみにデザインはルチアである。
「まあ、瞳の色は変わっていますし、見た目も違いますから。これで髪の色を変えればバレないと
思いますよ」
サフィラスが顎に白くて長い指をあてて言う。
「お二人ともありがとうございます!」
ティアが元気に礼をいう。これで彼女の変身グッズは完成した。浮き浮きのティアの横で、
珍しく静かなメアリー。心なしか瞳がウルウルしている。
「本当に今夜、一人で行くんですか?」
それは何度も話し合って決めたことだった。メアリーがいると素がでてしまう。それに、なによりも辛い思いはさせたくない。
「メアリーったら、まだ心配しているの?ほんのちょっとお家に帰るだけよ。それも、すぐに出るつもりよ?それ以外にカルディアに入る方法ないし」
ティアはしょうがないというように肩をすくめ、にっこりと笑う。
「私を侍女にして連れてって!」
メアリーがティアにしがみ付く。
「やあねぇ。メアリーは侍女ではなくて、私の初めてのお友達でしょ。大丈夫。生まれ育った家だから心配しないで」
そう言って微笑んだティアの顔は、明るく力強かった。
*****
霧に包まれた夜、カルディアの王都アイアースを一台の馬車がいく。黒塗りで紋章すら入っていない。大きな邸宅の前を通り過ぎ、人目につかない裏口で止まった。
出会ったときと、同じように黒ずくめの格好をしたイザークが馬車を降りるティアの手を取る。
「無理はするな。そなたが家に帰ったことは、あくまでも内密なのだから」
ティアが頷く。今の彼女はマントこそ羽織っているが、ドレスに身を包み、貴族の令嬢、そのものの姿をしていた。
邸の裏口にぽつりを灯りがともっている。
ティアが別れを告げようとイザークを見上げると、彼は優雅に跪いて胸に手を当て頭を垂れた。
驚いて、丁寧にカーテシーを返した。
「ティアラ嬢、君の勇気に敬意を。気を付けて」
背中を押すように言うと彼は馬車に乗り込み、去っていった。
初めてイザークに「君」と呼ばれた。このような状況にもかかわらず、頬が染まった。
認められたような気がしてとても嬉しかった。
ティアはゆっくりと深呼吸をすると姿勢を正し、昂然と頭を上げた。そして入り口の扉に向かって優雅な足取りで歩く。
ーーー私はティアラ・デ・ウィンクルム。もう一度、侯爵令嬢の仮面をかぶる。




