王都 ウィンクルム家 現在
ウィンクルムの執務室で、父、エドガーと跡取り息子のシーリーが額を突き合わせていた。この父子は銀髪と青い瞳をもち、よく似た優れた容姿をしている。
「困ったものですね。カーライル殿下にも」
「少し勝手がすぎるようだ」
―――バタン!
ノックもなくいきなり執務室のドアが開いた。
「お父様!」
長女マチルドが入ってくる。彼女は宰相の息子に嫁ぎ、今はアボット侯爵夫人となった。
「何事だ。マチルド!礼儀がなっていないぞ。それでもウィンクルム家の長女か」
兄シーリーの叱咤がとぶ。しかし、マチルドも負けてはいない。母親譲りの茶色い髪を振り乱す。ヘーゼルの瞳には怒りがたぎっている。
「そんなことを言っている場合ではないですわ!」
「まあ、落ち着いて座りなさい」
エドガーが執事に茶を用意される。それから、人払いをすますと本題に入った。
「あの、一族の恥さらしが、貴族籍に戻るというのは本当ですか?まさかウィンクルム家に迎えるのではないでしょうね?」
どこかから情報が漏えいしているようだ。シーリーが苦い顔をする。マチルドは怒り冷めやらない。
「少なくともカーライル殿下の意向ではそうなっている」
エドガーが落ち着いた声で告げる。
「そんな。バカな!一度は国外追放になったのでしょう?今頃、下賤に身を落とし、どこかの街で客をとっているのではないのですか?汚らわしい」
吐き捨てるようにマチルドはいう。
「マチルド、口を慎め、仮にもお前の妹であった者だぞ」
シーリーがたしなめる。
「それは問題ない。殿下が隣国の修道院に保護していた。ティアラは純潔だ」
エドガーがいう。それを聞いたマチルドが怒りで震える。畳みかけるように、エドガーが続ける。
「今回は、殿下の意向である。まだ、ウィンクルム家で引き取ると決まったことではない。一応他家にあれを養女にしてもらえないかと打診している」
「あの平民落ちした愚かな娘を受け入れる家があるのですか?だいだい父上があれを甘やかして、魔導学院の入学を許したりしたから、生意気になって、図に乗って、宮廷内で嫌われたのですよ!王妃殿下など、どれほど嫌っているか」
マチルドが食いついてくる。
「マチルド、父上に失礼ではないか。下がれ!父と私は大切な仕事の話があるこれ以上の邪魔だては許さん」
従者を呼び、怒りのおさまらないマチルドを連れて行かせた。
「しかし、殿下にも困ったものですね。それほど、執着するのならば、守ればよかったのに」
シーリーが苦虫を噛み潰したようにいう。
「オズロン家を取り込みたかったようだ。仕方なかろう。それと殿下が出してきた条件は、ティアラを側室に迎えるということだ」
「周りの者をどう納得させるのです?」
ティアラは一度、咎人として裁かれた身だ。
「第一王子を傀儡に政権を奪取する」
「可能なのですか?」
「幸い、フィリップ殿下は凡庸だ」
シーリーはため息をついた。これで、ウィンクルム家は第二王子の完全なる後ろ盾となる。どう転がるかわからない政権の中で、せっかくティアラを失ったのだから、もう少し趨勢をみてもいいのではと彼は考えている。
「そして、政権を掌握し、王になった暁には、ティアラを正妃として迎えるといっている」
「何を馬鹿な!」
なによりもオズロン家が納得するとは思えない。あの家はとかく気味の悪い噂が絶えない。なんでもあの家に害をなすと末代までたたられるという。
そして、実際、王族の暗部を担ってきた家だ。この事実は侯爵以上で特に王族に近い、ごく一部の人間しかしらない。
「まあ、どっちにしても、我が家には悪い話ではない」
本当にそうだろうか?父は耄碌してきたのではないだろうか。第二王子は切れ者と言われているが、シーリーに言わせれば底がしれない人物だ。外交の上でなしてきた実績と人格の間に乖離がある。シーリーはウィンクルム家の将来を不安に思わずにはいられなかった。
それに今いる王子たちはすべて、王族にしては魔力がそれほど強くないとも言われている。それは王妃が外国から嫁いできて魔力がないのが原因だとされているが、その通りだろう。
ウィンクルム家でも父方の血を引くシーリーとティアラは魔力が強いが、母方の血を引いたマチルドはそれほどではない。おそらくティアラはそれで王妃に嫌われたのだろう。その上、国同士の政略結婚で嫁入りしたあの美貌の王妃は、驚くほど狭量で悋気が強く己より美しい娘はいびり倒し、身分が低いと手打ちにすると言われている。
あの王子は王族に再び強い魔力を復活させるがために、ティアラとの子を欲しているのではないか?政治の道具と思っていた妹が少し不憫になった。
氷の令嬢、人形と呼ばれた誇り高き侯爵令嬢ティアラは、断罪を受けた日、見る影もなく打ちひしがれていた。あの頃、妹はカーライルに恋焦がれていた。今はどのような思いをもって生きているのだろう。




